07話 僕と上司とザッハトルテ
甘党男子二人による深夜のぐだぐだトーク編です。
「ふーん。あの鼠ちゃん、俺達がこの数ヶ月どんな手を使っても手に入らなかった資料をたった一週間で手に入れたのか」
久々に"ラルフ・ベーレンス"の住居に顔を出した上司はやっと掴んだ成果物にそれなりのテンションで喜んだ後、面白くねぇなと呟いた。
僕はそんな上司の言葉に興味がないふりをしながら淡々とリクエストされた紅茶を淹れている。
「鼠ちゃんの後ろに居るの、やっぱあの理事長先生とそのご主人様レベルだなー。まあそんな気はしてたけどめんどくせ」
「…どういう事ですか」
ぼやく上司の意図が分からず気付けば思わず尋ねていた。
そんな僕に上司はパラパラと【開門術の手引き】をめくる手を止めうろんげに此方を見る。
「ああ、お前はコイツに専念させてたから知らないんだっけ。っつっても、もう少し能動的に情報集めるクセつけろよ新人じゃねーんだし」
「……すみません」
尤もな意見に素直に謝る。
ちゃらんぽらんな上司だが、言ってる事は良くも悪くも正論なので案外すんなり身に入る。
「次またやったら減給な」
「………………」
「あっ、オイ馬鹿やめろ俺のジャム取るんじゃねーよ!」
極端すぎて横暴になりがちなのは頂けないが。
「あの理事長はガネット国王の隠者だよ」
「は…?」
大人気ないやり取りが一段落した頃、上司から出た話は思った以上に衝撃的だった。
「ま、学園に来る前は表向き王宮で侍従もやってたみたいだけどな」
「………」
この上司を凌駕するあの軽いノリからは想像し難い事実に困惑する…が、いや、そうか。
言われてみればあの理事長には底知れない何かがあった気がする。
「あのオッサンが理事長先生になったのは確か―――俺達が来た一月後くらいか。…オイオイその頃まだ下準備段階だぞマジかよ」
「内部から漏洩した可能性は?」
「ああ――ああ、そうだな。それもあるだろうな。めんどくせー…」
「一体誰が…」
上司がフォークで手土産のザッハトルテをざくざく潰す音が室内に響く。
ああ、そう言えばこれは彼がイラついている時によくやる癖の一つだったな――そんなどうでもいい事がふと頭を過ぎった。
「お前じゃねぇの?」
「え」
一体何を言っているのか、と。
視線を改めて正面に向ければ、真っ直ぐ射る様に僕を見つめる上司の視線とぶつかる。
「裏切り者は、お前じゃないのか?」
おちゃらけた雰囲気がごっそり抜け落ちたそれは鳥肌が立つほど冷たいものだった。
「………」
――彼は、気付いているのだろうか。
僕が、この任務に相応しくない感情を持ち合わせてしまった事を。…でも。
「僕には、そんな度胸ありませんよ」
「ふーん…。ま、お前やるこた容赦ないがクッソ真面目だしな。裏切るときは真正面から自爆するか」
「なんですかそれ…」
「褒めてるんだよ喜べよ」
「嬉しくない…」
「ははは。あ、でもこれだけは言っとくわ」
上司は笑いながらフォークをくるくる回す。
そして笑顔のまま僕の喉元にそれを突きつけ言った。
「今更お前があの子と同じ人生送れるなんて思うんじゃねーぞ?」、と。
「……突然なにを」
「いや、勘違いすんなって一応釘刺してるだけだよ。青春ライフ満喫してうっかり自分がこれまでやってきたこと忘れちまってねーかなって」
「………」
「自覚しろ。忘れるな。お前自身が直接手を汚した事はなくても、お前の情報でこれまで死んだ人間は大勢いる」
「…それこそ今更じゃないですか」
自覚している。
忘れてなんてない。
だからこそ僕は、もう彼女には会わないと決めたのだ。
「…僕はただ、わざわざ敵方の息がかかっているかもしれない人間を使う事はないと判断しただけです。ここまで来ればあとはモノを揃えるだけだ。人ごみに紛れて準備した方がよっぽどマシです」
「……まあ、そう言うことにしといてやるか」
そうして彼は僕が差し出した退学届けを【開門術の手引き】と共に懐へしまった。
「お前も明朝までにはここ引き払っとけよ」
「分かりました」
今後についていくつか打ち合わせした後、上司はそう言って"ラルフ・ベーレンス"の住居を去った。
「"片付け"を始めるか」
次に朝日が昇る頃には、"ラルフ・ベーレンス"はこの街から完全に消え去っているだろう。
彼がいなくなり静かになった部屋には、僕と冷え切った紅茶とぐしゃぐしゃになったザッハトルテだけが残っていた。
…そういえば彼女の家のパン屋でもザッハトルテを売っていたなと思い出し、苦い笑いが一つこぼれた。
「お兄さん。そこのザッハトルテ、二切れね」
「かしこまりました」
「あれ、今日は看板娘の妹さんはいないんだ?」
「あー、アイツは今日デートなんですよ」
「デート?」
「そう!図書館デート!いやあ、青春ですよねぇ。先日もうちのカフェで二人仲良く話してましたけど見てるこっちが甘酸っぱい気分になっちましましたよ」
「へえ…」
「相手の男子もどっかで見た事あるな~ってずっと思ってたんだが最近やっと思い出して。幼い頃の淡い恋心ってヤツ?とにかく上手くいけばいいなって思って見守ってるところですよ」
「やっぱりそうか」
「?」
「あ、これ代金ね。釣りはいらないから」
「へっ?あ、ありがとうございました~…?」
手土産はもちろんエリスん家のザッハトルテでした。




