02話 青春を謳歌しましょう
ほのぼのラブコメ回
私の実家はパン屋だ。城下町でカフェも兼ねて営業している。
先日のラルフとの打ち合わせも実はここのカフェでの事だった。
あの後も家族に質問責めにあい大変な思いをしたが、今はそんな事どうでもいい。
「なるほど、確かに店長イチオシなだけあるな…」
「……こんな処で何をなさってるんですか理事長」
「何をとは何だね城下町グルメ巡りだよ見て分からないかッ!?」
「………」
何 で 居 る ん だ こ の オ ッ サ ン 。
確かに今日は休日だ。
しかし由緒正しいガネット魔法学園の理事長様が城下町のパン屋に何の用があると言うのか。
「純粋な観光です~。って言うか君、私は客だと言うのに接客なってないよ」
「…申し訳ございません」
くっそ、その尖った口先にタバスコ突っ込みたい。
が、言われた事は正論なので大人しく自重する。
「ん?そう言う君は4年Bクラスのエリス君じゃないですか」
「わざわざ呼び出しておいて白々しいです理事長。ご用件は何ですか?」
駄目だこれ以上関わりたくないスパッと用事を済ませて帰ってもらおう。
そう思って訊ねると、理事長は先程までのふざけた雰囲気から一転して真面目な表情で言葉を紡いだ。
「君は今回の【課外授業ペア制度】についてどう思う?」
「…どうって、余計なお世話だと思っています」
「直球だね」
「こんな処までわざわざおいで頂いたのに上っ面だけの回答なんて無駄なだけです」
そう言い切ると理事長は軽く噴き出した後にそうだね、と頷いた。
「うん、これはひょっとすると期待以上かもしれない」
「…どういう事ですか」
「今回のペア制度にはきちんと意味があると言う事だよ」
「意味?」
意味とは一体どういう事か。
理事長の様子から察するに、『青春の謳歌』とかそう言う単純な話でもなさそうだ。
「いや、究極的に言えば『青春の謳歌』と言うやつだよ。…まあ、多少の大人の事情もあるがね」
「それと私に何の関係が?」
回りくどい話は嫌いだ。
私が理事長に解を仰ぐと、理事長はニヤリと笑ってこう言った。
「君は今回の課外授業で結構重要なポジションにいるという事だよ」
麗らかな春の真っ昼間だと言うのに、悪寒と共に嫌な汗が背中に流れた。
◆ ◆ ◆
魔法には属性と言うものがあり、使える数はその人の魔力と技術レベルに依存する。
私は現在土属性が使えるのだが、パン屋の娘としては火属性が欲しいと両親にせがまれ、今期の選択授業はその手のものを選んだつもりだった。
が、今、私がいるのは闇属性呪術強化コースだ。
どうしてそうなった。
「ねえねえ見て見て、これ新商品の呪詛返しの札~」
「スゲー」
「ベル先生かっけぇ!」
「でしょ~」
「…んなもんいいからとっとと授業して下さい先生!」
性分で思わず突っ込めば担当講師のベルタ先生は「え~」と不服そうに口を尖らせた。
その軽そうなノリが理事長と被り私は更に苛立ってしまう。
「エリス君は真面目だな~。ま、そんな彼女の熱意に免じてぼちぼち授業始めるかー」
そうしてベルタ先生の授業はやっと始まった。
黙っていれば絶世の美女なのに本当に残念な先生である。
「じゃあ今日はこの間やった解呪の術の応用編ね~」
とはいえ、日常生活に役立つかは別としてベルタ先生の授業はなかなか面白い。
希望した科目とは違ったが、何だかんだで毎回楽しみにしていたりする。
「……と言う訳で、やっぱり高度な呪詛の解呪となるとそれなりの技術が必要になるわけ」
先程までの談笑が嘘のようにさくさくと授業が進行する。
「じゃあ最後に一番難易度の高い解呪方法なんだけど――」
と、授業も終盤に差し掛かった所でベルタ先生は一旦説明を止めた。
何事か?と訝しげに顔を教壇に向けると、黒髪を靡かせ妖艶に微笑む先生と目が合った。
「それはね、恋する乙女の口付けよ」
「…」
「…」
「……ハアァ!?」
「うん、予想通りのナイスリアクションをありがとうエリス君」
右斜め上な答に思わず声を上げると、先生はそれはもう満足そうに極上の笑みを返してくれた。
「あ、別に乙女じゃなくてもオッケーよ~。重要なのは相手を助けたいっていう誠意なんだから」
「胡散臭いよセンセー」
「そうだよー」
他の生徒も流石に簡単には信じられないらしい。
そんな私達に先生はまだまだね~と鼻で笑った。
「でも残念ながら事実なの。ま、そんじょそこらの安い誠意じゃ意味がないからなかなかお目にかかる機会はないけど。童話にもよくあるでしょ?眠る姫を口付けで起こす王子様のお話」
…言われてみれば確かにそんな童話はいくつか存在する。
「とはいえ、君達が疑いたくなる気持ちもよく分かる。今日は一先ずそう言った方法もあるって覚えてくれればそれでいいよ」
以上!と先生が私に目を向ける。
「起立、礼!」
…そうしてその日の選択授業は終わったのだった。
◆ ◆ ◆
「へぇ、面白そうだねそっちの授業」
「うん…まあ参加メンバーが先生含めてちょっと自由すぎる気がしますけどね」
ベルタ先生の授業の後、私は偶然廊下でラルフと鉢合わせた。
丁度ラルフも教室に戻る所だったらしい。
課外授業が始まる前も会話が無かった訳ではないが、ペアになってやはり話す機会は格段に増えた気がする。
まあ、内容は課外の事だったり日常のどうでもいい雑談ばかりだが。
「それで、エリスは好きな人いないの?」
「ぶっ」
ななな何を言い出すかこの青年は!
「いやだって『恋する乙女』じゃないと駄目なんだろ?」
「それはあくまで比喩的表現で!大事なのは誠意!大事なので二回言いますが誠意なんです!」
…って何を慌てているんだ私。落ち着け冷静になれ。
これではまるで――
「…エリス、顔が赤いけど大丈夫?」
「ぎゃあああああ!!!!」
限界だった。これ以上は耐えきれないと悟りが開けるくらいには限界だった。
そうして私は奇声を上げながらその場から逃げたのだった。
…後に教室で更にラルフから心配されたのは別の話だ。泣きたい。
◆ ◆ ◆
私は恋をしているのだろうか。
…いや、単なる吊り橋効果の様な気もする。
こう言う時に限って相談したい友人はみな多忙だから困ったものだ。
かくいう私も時間さえあれば課外授業にかかりきりなので人の事は言えないが。
そんな課外授業の進捗はと言うと、これが思いの外悪かった。
まず、開門術に関する資料がまったく見つからない。
辛うじて召喚術に関する記載を見付けてもほんの数行しか記載がないなんてザラだ。
「どうしたもんか…」
正直、学園の図書館だけでは限界を感じていた。
しかしこの図書館以上の蔵書を求めるとなるとやはり――
「王立図書館、しかないんだろうなぁ…」
ハア、と一人溜め息を溢す。
王立図書館は王立だけあり国内一の蔵書率を誇る図書館だ。
一般にも開放されているため基本的に出入り自由だが貴重な資料を見る場合はそれなりの手続きが必要だ。
「今からで果たして間に合うか…」
「何が?」
「うひょあ!」
突然の登場にその場が図書館である事も忘れ奇声を上げてしまった。
「ラルフ」
ここ最近の動機息切れの元凶のお出ましである。
いや、勝手に意識している私が全て悪いのだが。
「王立図書館の手続きをしようか迷ってて」
「ああ、その事か」
そう言ってラルフは持っていた封筒から紙を取り出した。
「さて、これは何でしょう」
「…それは、もしや…」
「そ、王立図書館の特別許可証」
おおお!
流石、地味に毎回試験上位に食い込むだけあってラルフは優秀だった。
「流石です、ラルフ!」
私は喜びのあまり彼に飛びつく。
そしてナイスです!ブラボー!と、硬直するラルフに気付かないまま私は彼を賛辞していた。
「……コホン。君達いちゃつくなら他所でやりなさい」
そう、周囲から好奇の視線を向けられているとも知らずに。
「……」
「……」
「……………ぎっ、」
そして図書館で更なる奇声を上げた私が司書の先生に怒られたのは言うまでもない。
ちなみにラルフは私が一通りのお叱りを受け退室するまでの間硬直し続けていた、らしい。




