第7話:百合の暗殺者と、駆け巡る銀光
「翔鳳様を害させはしない!」
武官の陸が疾走し、真っ先に躍り出た暗殺者の刀を弾き飛ばす。澄んだ金属音が地下書庫に響き渡った。
「くっ……だが、数が多い!」
狭い地下書庫になだれ込む数十名の黒装束。
全員の胸元に刻まれた『百合の紋様』。皇太后の手先であり、死を恐れぬ精鋭の暗殺部隊だ。
「葵、余の背後に下がっていろ!」
翔鳳が私をかばうように前に出る。
長年彼を苛み続けていた『呪脈』が消え去った今の身体は、驚くほど軽い。翔鳳の放つ一撃は重く、鋭く、迫り来る暗殺者を瞬く間に薙ぎ払っていく。
しかし——。
(『鑑識の眼』——集中!)
瞳の奥で光が弾け、敵全員の体内構造が透過表示される。
(……な、なにこれ……!?)
私は息を呑んだ。
暗殺者たちの心臓と脳幹を繋ぐ神経系に、あの『黒い呪気』の糸が張り巡らされている。彼らは痛覚を麻痺させられ、恐怖すら感じない「傀儡」として操られているのだ!
「翔鳳様、陸! 刃で斬っても無駄よ! 彼らは痛覚を遮断されている……首か心臓を破壊しない限り、何度でも立ち上がってくるわ!」
「何だと……!?」
陸の顔に戦慄が走る。
現に、陸に深く斬りつけられたはずの暗殺者が、血を流しながらも感情のない瞳で再び刀を構え直していた。
「ならば……全滅させるまでだ!」
翔鳳が刀を構え直すが、病み上がりの身体に無数の傀儡を相手にするのは酷だ。このままでは体力が削られ、押し潰される!
(解剖学的に見て、痛覚を遮断する神経経路の遮断……そして操り糸となっている『呪気の節』。……見えたわ!)
「翔鳳様、剣の背で敵の攻撃を受け止めて! 動きを留めてくれれば十分よ!」
「葵、何を……!?」
私は懐から、余っていた数本の『霊導銀の針』を両指の間に挟み込んだ。
「医術は、命を救うためだけにあるんじゃない……患者を脅かす害悪を、正確に撃ち抜くためにもあるの!」
翔鳳が間一髪で敵の刀を受け止め、暗殺者の動きがほんの一瞬、完全に止まった。
その刹那。
(『鑑識の眼』で捉えた運動神経の起点——首の横の『天牖』と、脳幹へ繋がる『風府』!)
シュッ、シュシュッ!
私が指先から放った霊導銀の針が、鋭い銀光を描いて暗殺者たちの首筋へ正確無効に突き刺さる。
ミリ単位の誤差もなく神経節を打ち抜かれた暗殺者たちは、「あ……っ」と短く息を漏らし、糸が切れた人形のようにその場へドサリと崩れ落ちた。
「な……なに……!? 針一本で、息の根を止めたというのか!?」
後方に控えていた皇太后が、初めてその余裕の表情を崩し、顔を蒼白にした。
「違います。命を奪ったんじゃない……運動神経への伝達を一時的に遮断し、脳幹の『操り糸』を切り離して意識を失わせただけよ!」
私は霊導銀の針を構え、皇太后を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの卑劣な呪いも、 puppets(傀儡)の仕組みも……解剖学と東洋医学の理の前には、すべてお見通しです!」
「く……不吉な女め……! 伝承にある『神の眼』を持つ医官の血脈か……!」
皇太后は忌々しげに吐き捨てると、懐から黒い煙玉を取り出し、足元へ叩きつけた。
激しい爆煙と紫の煙が充満する。
「咳……くっ! 葵、伏せろ!」
翔鳳が私を抱き寄せ、袖で煙を払う。
煙が収まった時、そこに皇太后の姿はなかった。打ち転がされた無数の暗殺者たちを残して、彼女は撤退したのだ。
◇
「……逃げられたか」
陸が剣を収め、悔しそうに拳を握りしめる。
「ですが、これで決着の舞台は整いましたね」
翔鳳が私の肩を抱く手に、ぎゅっと力がこもる。
彼の胸からは、強く力強い鼓動が伝わっていた。
「皇太后の一族・崔家が、この国を呪いと毒で支配しようとしていた動外なる証拠……そして、それらを打破する『葵の医術』。もはや、奴らに逃げ場はない」
翔鳳は地下書庫の出口を見据え、冷徹で、けれど揺るぎない王者の瞳で言い放った。
「行くぞ、葵、陸。後宮の闇を払い……この国に真の光を取り戻す!」
「はい、皇子様!」
「どこまでもお供します、翔鳳様!」
現代医学の知識、東洋医学の針、そして『鑑識の眼』。
二つの世界を越えて手にした力を胸に、私は冷酷な皇子とともに、最後の決戦が行われる大朝会へと歩みを進めるのだった——。




