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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第7章:神殺しの剣、あるいは空っぽの英雄

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エピローグ:白紙のカンバスと、見習い大工の英雄

カーン、カーンという小気味よい槌の音が、青空の下に響き渡っていた。

「おいカイト! そっちの梁(はり)、少し右にズレてるぞ!」

「マジか? おかしいな、ちゃんと測ったはずなんだけど……っと、サンキュー、ガウル!」

かつて帝都グランディールと呼ばれ、赤黒い瘴気に覆われていたその場所は、今や活気に満ちた巨大な建築現場へと姿を変えていた。

足場の上で汗だくになりながら木槌を振るっているのは、かつて神を討ち果たした英雄――天条海人(カイト)だ。

彼は魔王討伐後、新たに建国された連合国の「王」になることを全力で辞退し、「俺はただの迷子だから」と笑って、復興のための見習い大工として毎日泥だらけになって働いていた。

「カイト様、ガウル! 休憩にしてください、お昼ご飯ができましたよ!」

下から弾むような声が聞こえ、カイトが梯子を降りると、そこには大きなバスケットを抱えたフィオナの姿があった。

かつて禁忌の魔法の代償でボロボロだった彼女の肌は、今は雪のように白く滑らかだ。彼女はその無尽蔵の魔力を、今や「枯れた大地に水を引くこと」や「建築資材を一瞬で乾燥させること」など、復興のためのインフラ整備に惜しみなく使っている。

「おお、フィオナのご飯! 今日は何だ?」

「お肉と野菜がたっぷり入った、特製のシチューです! はい、バルド様も、新兵の訓練はそこまでにして休んでくださいね」

「やれやれ、嬢ちゃんの美味い飯の匂いがしちゃあ、若者たちも訓練どころじゃなかろうて」

少し離れた広場で、かつて家畜として飼われていた若者たちに剣術を教えていた隻眼の老騎士バルドが、苦笑いしながら歩いてくる。

みんなで木陰に座り、温かいシチューを木皿に盛り付けていると、ふわりと心地よい風と共に、白銀の髪を揺らしたルナリスがやってきた。

「遅くなってすみません! 各地の居住区の代表との会議が長引いてしまって……」

「お疲れ、ルナリス。ほら、お前の分のシチューもよそってあるぞ」

カイトが木皿を手渡すと、ルナリスは「ありがとうございます」と花が咲くような笑顔を見せ、カイトのすぐ隣にちょこんと腰を下ろした。

彼女は今、連合国の実質的な指導者として、人々を導く忙しい日々を送っている。だが、どれほど忙しくても、一日のうちでカイトたちと過ごすこの時間だけは絶対に手放さなかった。

「……美味い」

カイトはシチューを一口食べ、目を細めた。

「本当に、フィオナの飯は最高だな。毎日食っても飽きねえよ」

「ふふっ、ありがとうございます。カイト様がいっぱい食べてくれるのが、私の一番の魔法の源ですから」

フィオナが嬉しそうに微笑み、ガウルが「俺の分のおかわりもあるだろうな!」と豪快に笑う。

その賑やかなやり取りを見つめながら、カイトはふと、見上げるほど高く澄み切った青空へと視線を向けた。

(……シチュー、か)

カイトの頭の中は、相変わらず「すっからかん」だった。

地球で自分がどんな家に住んでいて、誰とこの料理を食べていたのか。どんな味だったのか。思い出そうとしても、白い霧がかかったように何も浮かんでこない。

世界を救うための代償として支払った、自分自身の過去。

ふとした瞬間に、自分が根無草の幽霊になってしまったような、微かな寂しさが胸をよぎることはある。

「……カイト様?」

ルナリスが、カイトの横顔を覗き込み、そっとその大きな手を両手で包み込んだ。

「また、空っぽの頭の中を探していましたか?」

「……ばれてたか」

カイトは照れ臭そうに頭を掻いた。

「いや、寂しいとか後悔してるとか、そういうんじゃねえんだ。ただ……俺のカンバス、本当に真っ白になっちまったなって、たまに不思議な気分になるだけで」

すると、ルナリスはカイトの手をぎゅっと握りしめ、悪戯っぽく微笑んだ。

「真っ白なら、これから私たちが、いくらでも新しい色を塗っていきます。……カイト様が数え切れないくらい、楽しい記憶や、美味しい記憶でいっぱいにしてみせますから」

「おうよ! 明日は南の森に、極上のイノシシ肉を狩りに行くぜ! カイト、お前も来い!」ガウルが身を乗り出す。

「私は、カイト様に似合う新しい服を縫っているところなんです! 楽しみに待っていてくださいね」フィオナが胸を張る。

「ふん。坊主、お前さんの剣の腕もだいぶ鈍っているようじゃな。明後日はワシが直々にしごいてやる」バルドがニヤリと笑う。

次々と飛んでくる仲間たちの言葉に、カイトは思わず吹き出した。

「あははっ! 休みなしじゃねえか。……でも、悪くないな」

カイトは、繋がれたルナリスの手の温もりを感じながら、もう一度青空を見上げた。

過去はない。自分を導いてくれた女神の声も、もう聞こえない。

けれど、今の彼の隣には、共に笑い、共に泥をかぶり、明日を語り合える「新しい家族」が確かに存在している。

「――おーい! カイト兄ちゃん、午後からは西区画の屋根張り手伝ってよ!」

広場の方から、かつて絶望の中で泣いていた子供たちが、満面の笑みでカイトに向かって手を振っていた。

「おお! 今行く! 飯食ったらすぐ行くから待ってろ!」

カイトは大きく手を振り返し、残りのシチューを勢いよく飲み干して立ち上がった。

「ごちそうさん! さてと、一丁世界を作りにいきますか!」

「カイト様、怪我には気をつけてくださいね!」

ルナリスたちの温かい声援を背に受けながら、カイトは眩しい太陽の下へと駆け出していく。

彼が失った過去は、二度と戻らないかもしれない。

だが、彼らがこれから描いていく白紙のカンバスには、きっと、どんな神の奇跡よりも美しく、色鮮やかな『未来』が描かれていくはずだ。

吹き抜ける優しい風が、名もなき英雄の背中を、どこまでも暖かく押し出していた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

読者の皆様の応援のおかげで、ここまで書き進めることができています。

もし「続編が気になる!」「応援してるぞ!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや、星での評価で応援をいただけないでしょうか。

皆様のポイントが、ランキングを駆け上がる原動力となります!

これからも熱い展開をお届けします!

よろしくお願いします!


<beens 過去作>

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/

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