第63話:静寂の帝都と、狂信の魔導生命体
嘆きの城壁を越えた先、赤黒い瘴気に沈む帝都グランディール。
かつて人類を絶望の淵に追いやった魔王軍の総本山に、三千の『新生・連合解放軍』が足を踏み入れた。
しかし。
「……どうなってんだ、こりゃ」
前衛を歩くガウルが、大剣を肩に担いだまま怪訝そうに鼻を鳴らした。
静かすぎるのだ。
巨大な黒曜石の建造物が立ち並ぶ帝都のメインストリートには、魔物兵の姿はおろか、巡回する悪魔の気配すらない。あるのは、乾いた風の音と、所々に転がる魔物たちの『干からびた残骸』だけだった。
「カイト様……。嫌な予感がします。この街全体から、強烈な『死の呪い』のようなものを感じます」
ルナリスが白狼の上で『黎明の神弓』を握りしめ、青ざめた顔で周囲を見渡す。
「ああ。前に俺がここに来た時よりも、ずっと空気が重い」
カイトは刃こぼれした鉄剣を鞘に収めたまま、ゆっくりと大聖堂へと続く大通りを進んでいった。
その突き当たり。
空を突くほど巨大な大聖堂へと続く、何百段もの大階段。
その頂上に、『それ』は座していた。
「……よくぞ戻ってきたな、世界の特異点(異物)よ」
かつて帝国宰相レオンと呼ばれた男。
しかし、その姿にもはや人間の原型は留められていなかった。
右半身を覆っていた魔力結晶は全身を侵食し、三体分の七天王の力を取り込んだその肉体は、さらに悍ましい進化を遂げていた。
背中からは黒々とした複数の光輪が浮かび上がり、その足元には、彼が帝都中の魔物たちを強制的に『吸収』した痕跡――無数の魔物たちの顔が浮き出た泥濘が広がっている。
「レオン……。お前、自分の部下たちまで全部喰っちまったのか」
カイトが冷たい視線を向ける。
「部下? 違うな。これらはすべて、魔王様のための『防壁の素材』に過ぎん」
レオンの声は、複数の魔物の声が混ざり合ったような、不気味な和音となって響いた。
「魔王様は仰った。私の忠誠すらも、お二人の愛の邪魔だと。……ならば、私はお二人の蜜月を永遠に守り抜くための、ただの『概念』になればいい。自我も、肉体も、部下も、この帝都すらも……すべてを私の魔力炉に圧縮し、貴様という異物を完全に排除する!!」
狂信。
もはやそれ以外の言葉が見つからないほどの、異常なまでの忠誠心。神に見捨てられてなお、神の安寧を守るために自らのすべてを冒涜的な怪物へと作り変えた男の執念だった。
「……かわいそうなやつだな、お前も」
カイトは静かに鉄剣を抜き放った。
「哀れむなァッ!! 下等生物が、私の崇高なる自己犠牲を汚すなッ!!」
レオンの叫びと共に、大聖堂の前の空間が歪んだ。
「死ネ! 潰レロ、凍レ、燃エ尽キロッ!!」
前回カイトを死の淵まで追いやった、理不尽極まりない複合極大魔法。
数万トンの『極大重力』がカイトたちを圧殺しようと襲いかかり、同時に『絶対零度の氷塊』と『腐敗の業火』が、逃げ場のない嵐となって殺到する。
「カイト様ッ!」
フィオナがとっさに『広域聖防壁』を展開しようと杖を構える。
「フィオナ、お前らは下がってろ。こいつの相手は、俺だ」
カイトは、振り返らずに片手でフィオナを制した。
かつてのカイトは、このデタラメな魔法の奔流の前に、女神ステラの手助けなしでは「因果の起点」を見つけられず、ただ出力で押し負けるしかなかった。仲間を逃がすために自分を犠牲にするしか、道はなかった。
だが、今は違う。
「――シッ!」
カイトは、迫り来る極大重力と炎と氷の壁に向かって、真っ直ぐに踏み込んだ。
「魔法の起点(因果)がわからねえなら……全部、正面から斬り裂けばいいだけだろッ!」
カイトが鉄剣を上段から振り下ろす。
刃先に一滴の真紅の光が瞬く。
『局所改竄』。
ズバァァァァァァァンッ!!!
カイトの剣が振るわれた『線』に沿って、空間を圧迫していた重力がパチンと弾け飛んだ。
さらに返す刀で横薙ぎに一閃。
迫り来る業火と氷塊の嵐が、まるでモーセの海割れのように、カイトの体の左右へと真っ二つに分断されて吹き抜けていく。
「な、ニ……ッ!?」
レオンの複数の瞳が、驚愕に見開かれた。
空間全体を因果で上書きする莫大な力ではなく、剣の届く範囲の『理だけを消去する』という、極限まで研ぎ澄まされた剣技。
魔法がカイトの体に触れるコンマ数ミリの瞬間に、その魔法が存在するという因果だけを的確に斬り捨てているのだ。
「そんな、バカな……! 貴様の魔力は、私という神の盾の前に枯渇したはず……! なぜ、これほどの暴力を平然と歩いて抜けられるッ!?」
「魔力なんてほとんど使ってねえよ。俺はただ、ジジイに教わった通りに剣を振ってるだけだ」
カイトは、暴風のように吹き荒れるレオンの極大魔法の中を、まるで散歩でもするように、一歩、また一歩と階段を上っていく。
「記憶(過去)を燃やさなきゃ奇跡も起こせなかった空っぽのガキは……もう死んだんだよ」
カイトの瞳には、かつての自分を追い詰めた強敵への恐怖は一切ない。
ただ、狂信に囚われた哀れな怪物を斬り伏せるという、静かで冷たい剣鬼の覚悟だけが宿っていた。
「オノ、レェェェェッ!! 異物風情ガ、私ノ、魔王様ヘノ愛ヲォォォッ!!」
レオンが背中の光輪を激しく明滅させ、さらに出力を上げて魔法を放つ。
だが、カイトの歩みは止まらない。
真紅の一滴を宿した鉄剣が、すべての絶望を静かに両断していく。
「――さあ、第2ラウンドだ。レオン」
階段の中腹。
ついにカイトは、レオンの極大魔法の嵐を完全に斬り抜け、その狂気の魔導生命体の間合いへと踏み込んだ。
最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!
<beens 過去作>
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/




