第61話:嘆きの城壁と、反逆の楔(くさび)
荒野の果て、帝都グランディールへと続く巨大な山峡を塞ぐように、その絶望の壁はそびえ立っていた。
『嘆きの城壁』。
すべてを弾き返す黒曜石で建造された、高さ五十メートルにも及ぶ巨大な防衛拠点。その城壁の上には無数の魔力砲台が並び、数万の魔物兵が蠢いている。
「……見ろよ。ゴミどもが群れをなしてやって来やがった」
城壁の最上部。防衛司令官である上位魔族ヴァルゴスは、眼下に広がる三千の『新生・連合解放軍』を見下ろして鼻で笑った。
「たった数千のネズミが、この難攻不落の城壁を落とせると思っているのか? 魔力砲を一斉掃射しろ。奴らを塵一つ残さず消し炭にしてやれ!」
ヴァルゴスの号令と共に、城壁にずらりと並んだ数十門の砲台から、極大の魔力光が充填され――一斉に、眼下の反乱軍へと向けて放たれた。
「――来ますッ!」
連合軍の最前線。先頭を歩いていたフィオナが、杖を天高く掲げた。
「みんな、私の後ろから離れないでください! 広域聖防壁ッ!!」
フィオナの杖から純白の光がドーム状に展開され、三千の軍勢をすっぽりと覆い隠す。
直後、空を埋め尽くすほどの魔力砲撃が防壁に直撃し、鼓膜を破るような轟音が荒野を揺らした。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
「ぐ、うぅぅッ……!」
フィオナの細い腕が震え、額から大粒の汗が吹き出す。数十門の砲撃をたった一人で受け止めるなど、本来なら神業に近い。だが、彼女の瞳に逃げる色はなかった。
「……絶対に、通しません! 私の魔法は、カイト様と皆を守るための盾ですッ!」
気力を振り絞ったフィオナの叫びと共に、純白の防壁はひび割れ一つ許さず、すべての砲撃を完全に弾き返した。
「バ、バカな!? 我が軍の一斉射撃を防いだと!?」
城壁の上のヴァルゴスが驚愕に目を見開く。
「フィオナ、よく持ち堪えました! あとは私が射抜きます!」
白狼の背から跳躍したルナリスが、空中で『黎明の神弓』を構える。
その狙いは、城壁の上で次弾を装填しようとしている魔力砲台の群れ。
「――輝け、黎明の光ッ!」
放たれた三本の光の矢が、空中で数百の無数の光の雨へと分裂し、城壁の上へと降り注いだ。
ズバババババッ!! という連続音と共に、敵の魔力砲台が次々と爆発を起こし、城壁の上の魔物兵たちが悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
「いまだァァッ! 突撃ィィィッ!!」
「俺たちに続け、野郎どもォッ!!」
砲火が止んだその一瞬の隙を突き、獣人ガウルと隻眼の老騎士バルドが率いる前衛部隊が、土煙を上げて城壁の巨大な『黒曜石の門』へと雪崩れ込んだ。
「クソッ、ネズミどもめ! だが、あの扉は魔法特化の特殊合金だ! 貴様らのなまくら剣で傷一つ――」
ヴァルゴスが嘲笑しようとした、その時だった。
「――だから、全体を壊す必要はないんだよ」
怒号と土煙が舞う戦場のど真ん中。
いつの間にか、ガウルたちのさらに前――巨大な黒曜石の門の真下に、刃こぼれした鉄剣をだらりと下げたカイトが肉薄していた。
「な、なんだあの人間は! 撃て! 矢を射掛けろ!」
城壁から無数の矢がカイトに降り注ぐが、ガウルが投げた巨大な岩と、フィオナの援護魔法がそれらをすべて空中で叩き落とす。
「カイト! 道は作ったぞッ!」
ガウルが叫ぶ。
「ああ、上出来だ。最高の仲間だよ、お前ら!」
カイトは一切の躊躇なく、五十メートルの重みを支える巨大な黒曜石の門へと向けて鉄剣を振りかぶった。
狙うのは、門全体ではない。
この巨大な質量を支えている、左右の蝶番と、内側にかかっているであろう巨大な閂の『因果の結節点』。
(俺の魔力は、ここだけに使わせてもらう)
足の裏で大地を掴む。
呼吸を止め、すべての意識を剣の刃先へと収束させる。
「――シッ!!」
カイトの体がブレた。
左右に素早くステップを踏みながら、鉄剣の刃先を、巨大な門の隙間に合計三度、滑らせる。
刃が触れたその瞬間だけ。
真紅の一滴が、チカッ、チカッと静かに瞬いた。
「ハハハッ! 何をしている! その程度の剣で、嘆きの城壁が――」
ヴァルゴスの嘲笑が、途中で凍りついた。
――ゴ、ゴゴゴゴォォォ……ッ。
カイトが刃を収めた瞬間。
絶対に破られないはずの黒曜石の巨大門から、蝶番が『消滅』し、内部の閂が音もなく『両断』された。
「……あ?」
支えを失った数万トンの超質量が、ゆっくりと、そして抗えない重力に従って前へと傾き始める。
ズドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
大地が爆発したかのような轟音と共に、難攻不落を誇った嘆きの城壁の正門が、完全にへし折れて内側へと崩れ落ちた。
もうもうと舞い上がる巨大な土煙。
その粉塵が風に流されて晴れた時、ぽっかりと空いた巨大な風穴の中心に、刃こぼれした鉄剣を肩に担いだカイトが立っていた。
「……お邪魔するぜ」
カイトは、呆然と立ち尽くす城壁内部の魔王軍の群れに向けて、ニッと不敵に笑いかけた。
「門は開いたぞォォォッ!!」
「カイト様に続けェェェッ!!」
バルドとガウルの雄叫びを合図に、三千の反乱軍が怒涛の勢いで城壁の内部へと雪崩れ込んでいく。
「バカな……! バカなバカなバカなッ! 我が嘆きの城壁が、たった数分で破られただと!?」
ヴァルゴスが顔を真っ青にして後ずさる。
神のような広範囲魔法で更地にされたのではない。
盾が守り、弓が隙を作り、前衛が道を切り拓き、そして一人の剣鬼が『理』だけを斬り裂いた。
一人では決して突破できなかった絶望の壁を、カイトたちは「繋がり合った力」で、見事に打ち砕いたのだ。
「さあ、ここからが本番だ」
カイトは剣を構え直し、城壁の奥で待ち構える悪魔の群れへと向けて、反逆のトップスピードで駆け出した。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!
<beens 過去作>
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/




