お嬢様と止められない気持ち①
私の仕えるお嬢様、シャオミィ様は顔は可愛らしく、仕草は美しい。
可愛らしさと美しくさを兼ね備えたお嬢様なのけれど、一つ…いや二つ問題があった。一つ目はナルシストであること。二つ目は、あんまりにも自由に動くものだから大変でしょうがないこと。
「お嬢様ーっ!!!」
まさに、今の状況から察せられる問題だった。
無事に買い物が終わったと思ったら、お嬢様は少し「少しでいいのよ…待ってて」と言い捨ててすぐ、人混みの中を走って行ってしまった。私は、そんな彼女を探し回っている。
(やばい…)
非常にやばい。絶大にピンチである。
執事という職に就きながらお嬢様を見失った──いや、今の状況に関しては私よりお嬢様の法が問題だけれども──それ上私には創作能力なんてものはない。
「あの!先ほど走ってった…ええと豪華な服を着た美しい容姿の女性を…」
(…ええい、もう言ってしまえ!)
「シャオミイ様なのですが!見ませんでしたか!?」
「し、シャオミイ様…多分…」
「ええ、あちらの方に走ったかと」
「あっちですね!ありがとうございます!」
「申し訳ないのですが、少々荷物を保管しておいてください」と彼女らに言い、全速力で走る。
あの、お嬢様のことだ。少し待って、なんてちっとも少しじゃないだろうし、ちゃんと帰ってくると思えない。さらに遠くに行ってしまうだろう。
それに、お嬢様はご興味があるものに関しては積極的でらっしゃるから、危険な目に遭ってしまうかもしれない。
(無事でいてくれ…!!)
・・・
(どちらに──どちらに行ってしまったのかしら…)
右?左?それとも真っすぐ?
人混みから抜けて、人がほとんどいないところに出たため人に聞くことはできない。
「ちょっと…!さっきのお方っ」
帰り道、一つの瞳孔があたくしの瞳に焼きついた。
隣りにいるカカは見ていなかったのだろう、戻ったら美味しい紅茶を淹れると話をしていた。
人を掻き分けて遠い背中を追いかける。背中はどんどん小さくなる。あたくしは速度を上げた。
「っ――行かせません!」
「先に行ってらして」と、一人行動をしようとするあたくしを必死に止めていたカカ。
光は視界を横に流れていく。
「カカ、貴方…」
「お嬢様ご自分の立場をわかってらっしゃいます!?もう日が暮れてまいりました。直ちに屋敷に戻りましょう。危険です」
「カカ…」
「行かせたい気持ちもありますが、私一人じゃお嬢様を守りきれないんです。だから――」
「カカ」
「…はい」
「いくらなんでも貴方、あたくしのことが好きすぎるわよ」
「…、……はぁ、行きますよ」
あたくしは、そう手を引くカカを振り切って走った。
…しょうがないことだわ。だって、あたくしはすぐにでも会いたかったのだもの。
あのカカのことだ。正直に言ってしまえばさらに制止されるだけである。
(けれど…)
街灯の灯りがゆらゆらとゆれている。
(……、少し怖いわね)
心なしか寒気がするし、視線を感じる。物音も、する気がしてきた。
カカの言うとおり、あのまま帰るのが吉であった。
少し、ほんの少しだけ後悔して戻ろうと振り返ると、広がるのは知らない道だった。
「か、カカぁ……ちょっと…カカ!!」
あたくしが大好きならば、こっそりついて来ているものではなくて?
多少苛ついて周りをぐるりと見渡す。見覚えのある執事の姿は少しも見られなかった。
「誰か…!いらっしゃらないの!?」
大声を出すと、声は響くだけ
(ああもうこんな時だけ一人にしなくていただきたいわ…!!!)
「いるよ。呼びました?──リマンダ嬢」
──ではなかった。
凛とした声が誰も居ない路地に響く。
あたくしにはその声はどこから聞こえてくるのか分からなかった。と、いうより何故あたくしの名が…家名が分かるのよ!
「どちら様ですの!?何故、あたくしの名を…」
「ふふ。それはそれは、貴方様という方は有名でございますから。存じているのですよ。知らないことは、逆に不敬に当たるのではないですか?」
「はっ…」
そ、れはそうね。確かにそうだわ。…あたくしは一体何を思っていたのかしら。あたくしは美人なのだから、有名で、名を知られるなど当たり前のことだったわ…!
ふふん!と恐れも忘れて名の分からない殿方…だと思われる方に向かって話す。
「確かにそうね!…さて貴方、名は何と言うの?」
「…こんなところで聞きます?」
「ここ以外でどこで聞きますの」
「………」
「名乗りたくない様子ね?」
「リマ──」
「いいわ。そのかわり姿を現しなさい!」
(姿が見れればいずれ名もわかるし、さっきの方だったら好都合だわ)
自信満々に言うと、名の分からない殿方は渋々と言った様子で「わかった」と言い、あたくしが向いていた方向の逆方向にある物陰から出てきた。
顔は、暗くてよく見えない。けれど…
(美しい髪…)
少し長い黒曜石のような髪が、少ない光を集めて光っていた。それはまるで宝石みたいで、美しい。
体格は、離れているから正確では無いけれど、あたくしより少し大きいぐらいだろう。
(…あたくしは、目が見たいのに…)
両手を胸の前で繋ぎ、一歩前に出る。
「ねぇ…顔を見せてくれないかしら」
「顔ですか?ふふ。良いですよ?」
「!」
あたくしに向かって、彼が近づいてくる。
心臓が、ドキドキと煩い。高鳴りが止まらない。
もし、あの瞳孔をしていた方だったら…あたくしは死んでしまうかもしれない、なんて思っていると、彼はもうあたくしの目の前まで来ていた。
「っ」
「見える?」
「ええ…!見えますわ…!」
(あの瞳孔だわ──)
瞳の色はオッドアイで、あたくしから見て左が薄水色で、右は深く濃い緑色だった。
あたくしは美しすぎて、言葉が出ない。それ程に、全てのバランスがあたくしのように美しい容姿──一体、どんな方なのだろうか。
「ね、ねぇ…名は…」
「名は言わない約束でしたよ?」
質問が頭でぐるぐると回る。
人差し指を口元に置き、微笑む姿に、高揚が止まらない。
(名を…名を知りたいわ…)
誰なのだ。名を知って、あたくしはこの方と婚約を結びたい。
ずんずんと彼に迫ると、あたくしとの身長差がよくわかった。逞しい身体にまた心臓が酷い。
「あたくし──!!」
「ふは、ではまた会いましょう。楽しみにしています」
彼は、あたくしの横をスッと通り過ぎてしまった。
「待って…」
「お嬢様ー!!!」
(!?カカだわ!)
去ろうとする彼に手を伸ばしかけると、後ろからカカの声が、小さく聞こえてきた。
「お嬢様!お嬢様!!!」と、必死にあたくしを呼ぶ声に、顔が歪む。彼の姿は、かすかだがまだ見えている。
「っ…カカ!!!ここよ!!」
(背に腹は代えられないわ…!)
この美しいあたくしだって女の子で、暗い夜道を一人で平気に歩くことなど、気軽にできることではなかった。
「お嬢様…!!!!ここにいらっしゃったのですね…!!」
「ええ。心配をかけたようね」
「っ本当にそうですよ!!!もう!勝手にどこかにいかないでください!!!!!!」
「ええ…申し訳なく思っているわ」
「ならいいんですよ」
「…………」
彼は、もういなかった。
けれど目に焼き付いた彼を、あたくしはハッキリと覚えている。
(…最後)
あたくしの隣をとき、少し見えた表情。美しい顔に見合わなく、水に溺れているかのように苦しそうな表情をした彼。
「お嬢様?」
黙るあたくしに、前を歩いていたカカが振り返ってあたくしに声をかける。辺りはすっかり暗くなっていて、カカの表情は見えなかったけれど、声色からして、あたくしを心配しているようだった。
「…もしかして、誰かに会っていました?」
何も返事をしないあたくしに、カカは、何か言おうとしたのか、少し声を出してから「すみません」と言って今度はあたくしの手を引いて歩き出した。
あたくしは、かなり心配をかけてしまったらしい。
少し歩くと、リマンダ家の馬車が見えた。その中にはお父様の姿も見えた。
「シャオミィ」
「はい」
「お前は、本当に…何をしている」
「…何をって、もう知っているの?情報伝達ができているのね」
「シャオミィ…」
「……確かに、あたくしが悪かったわ」
「シャオミイ、そういうことではない」
「では一体どういうことなのよ」
「シャオミィ──お前は本当にわかっているのか?」
「何をよ」
「お前はリマンダ家の者で、私の娘なのだぞ」
「ええ、だから反省をしているわ」
心配をかけた、と続けると、お父様は苦いものでも食べたかのような顔をした。
「…わかった。では屋敷に移動しよう」
お父様は帰ってからまたあたくしとお話をしようとなさっているのだろう。
一旦こちらに背中を向けるお父様。なんだかその姿が、あの美しすぎる彼に見えて呼びとめる。
「なんだ…?」
「ぁ…なんでもないわ。行きましょう」
(……あたくしは、もし彼を止めたとしても、きっと何もできなかったのね…)
だって、肉親のお父様でさえ、呼び止めて何もできないのだもの。




