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婚約拒否とお出かけ

 猫って、可愛い――そう、思いませんか?

 私の場合、まず顔がちっちゃくて保護欲が湧いてきます。そして、歩いている姿。自由に動いてとても可愛らしい。毛はもふもふだし、鳴き声もにゃー、と可愛い。

 …にゃー、とこの屋敷に居ないはずの猫の鳴き声が聞こえてきた。

 おかしいなと思いつつ、私の足にすり寄って周りを歩くその姿にときめく。


(かわい〜)


「ちょっ…!………いる…?」


 ぽわーっと声質だけはふわっふわな、本人とは似つかないのが特徴なお嬢様の声が微妙に聞こえてきた。

 猫は一匹から十匹程度に増えている。


「………」


 無視無視

 私は今猫に埋もれかけて忙しいんだ。あー忙しい忙しい。


(きっと幻聴だし)


 猫可愛いし

 押し潰されて地味に殺されかけてるのは置いといて思考を放棄していると、「もう!」と頬を叩かれた。いわゆるビンタだ。


「は…すみません」


 あまり向き合いたくない現実に戻ってきてしまって気が落ちる。

 可愛い猫がいなければ、頬がジィんと痛いし、好きなんでしょ?といばるお嬢様がいるし


(…めんどくせぇ〜〜〜〜)


 とりあえず、取り繕って愛想の良い顔をする。

 お嬢様はお怒りのようで眉を寄せ、腕をブンブン振ってらした。別に可愛いとか思わなかった。


「許せないわ…!」

「申し訳ございません」

「許せないわ!この、このあたくしが呼びかけたのに…っ!」

「………」

「こんなに、美しいあたくしなのに…!!!」

「………………」

「おかしい……」


(…おっと?)


 もしかしてこれはお嬢様をナルシストから抜けさせる一種のチャンスなのでは?この容姿で性格が良くなれば…本当に完璧なお嬢様の出来上がりだ。そうなったら数多くの殿方から求婚を受けるだろう。

 私は執事であり、お嬢様に救われた側の人間でもある。お嬢様が幸せになることは望ましい。

 ぷんすこぷんすこ怒るお嬢様に叱る声を向けることにした。


「お嬢様、私も含め皆がお嬢様が大好きな訳ではないのですよ」

「そういう訳あるわ!」

「無いのですよ、お嬢様」

「そんな、わけ……!!」


(お、これはもう一押しだ)


「お嬢様、そろそろ現実を見ましょう。皆は…」

「――そんなに」


(お、来たか?)


「あたくしのことが好きだと表立って言うことがそんなにも恥ずかしいだなんて…!!!」

「そうですよ…ん?」


(おっとっと…?)


「あたくしは恥ずかしい存在ではないわ!!好意を抱いて当たり前なのに…」


 なんだか話が全く違う方向に向かっている。

 お嬢様の表情も、憂いているようだけれど胸を張っている。やはりお嬢様(ナルシスト)お嬢様(ナルシスト)であるのだ。


「お、お嬢様……」


 コンコンコンとノックの音がした。

 お嬢様の側には私がいて、私は旦那様に選ばれた執事、自分で言ってはなんだが優秀であるから、おそらく急用の知らせだろう。


「何のよう?」

「お嬢様。旦那様がお呼びです」

「お父様が?」


 お嬢様のお父様。

 王家の血を引くリマンダ家の当主であり、屋敷の辺り全体を仕切る領主であり、私をおお嬢様に仕えさせた主人でもある。


「はい」

「珍しいわね。お父様があたくしに干渉するなんて」


(確かに珍しいな)


 下がっていいわよと言われたドアの向こうの使用人は、はいと言って足音を立てた。

 旦那様はお嬢様のお父上とは到底思えない聡明さをお持ちで、そしてお嬢様に関することは大体違う者、例えば私に伝言させ、ご自身から干渉なんてしたこと無かった。まぁ、干渉()()()()()の方が正しいかもしれないが。


「本当に珍しいわ」


 淡々とした表情のお嬢様。

 無理もない。旦那様は裏で色々とお嬢様のためにと働いていたのだが、お嬢様は馬…少し頭が…、“あれ”なものだから気づいていない。


「心配することはありません。旦那様はお優しい方ですから」


 にこ、と不安そうな顔をしていたお嬢様に微笑む。

 お嬢様は安堵の息を吐いて私に感謝を言った。その顔はとても優しい顔で、顔だけ見れば天使のようだ。


「貴方、やはりあたくしのことが好きなのね」


 戯言は聞かなかったことにした。



  ・・・



 コンコンコン


「失礼します」

「――シャオミィお嬢様ですね、どうぞお入りください」


 お嬢様の声に直ぐに反応した声は、旦那様の優秀な直属メイド。硬い声の持ち主で、まだドア越しにも限らず緊張してきた。

 ギィ、と開いた扉。

 広がったのはまさにエレガントといった空間だった。


「失礼します」

「ああ」

「…で、何の御用です?お父様」


 片手を髪に触れながらお嬢様は言った。

 そんなお嬢様に高そうな椅子に座る旦那様は、ムッとした表情をする。


「…久しく会う父親に何か言うことは無いのか」


(…言い方がなんだか子供みたいです旦那様)


 この旦那様は、私たち使用人には本当に凄く“憧れの人”というか、“頼れる人”の象徴みたいに見ることができるのだが、お嬢様と関わる時は毎度毎度子供のようになる。

 お嬢様は旦那様のお言葉をそのまま受け取ったのか、旦那様と似てムッとした表情をした。


「お父様が会ってくださらないからだわ」


 いつになく冷たいお嬢様。

 お嬢様はいつもナルシストだけれど、旦那様と奥様の前ではそのお嬢様の性格が無くなったように見える。

 旦那様も奥様もお忙しい方だから、幼い頃のお嬢様の側にいることは難しかったらしく、よく使用人が相手をしていたらしい。それが影響しているのだろう。


(まぁ、でも多分お嬢様は…)


 少しうつむいたお嬢様はボソッと声を出した。


「あたくしのことが好きすぎて会ってくれないのかと思うけれど…」


(御名答)


 流石だ。こういう時のお嬢様のナルシストは本当に役に立つ。

 お嬢様は顔をあげて旦那様を正面から見た。


「それで何のようなんです?」


 キイと椅子の音がする。

 旦那様が今回はと話し始めた。その声は凛としていて、私の知るいつもの旦那様で、ピリと緊張が走る。


「お前に婚約を結ばせる」


(え)


 驚きすぎて声が漏れてしまったかもしれない。いや本当に驚いた。お嬢様に婚約なんて、旦那様が一番無理だと知っていると思っていたから。


「嫌だわ!」

「えっ」


(あ)


 今度は普通に声に出てしまった。――いやなんでいやなんだよ…!

 バッとお嬢様をみると、明らかに不愉快ですって感じの顔をしていた。いやなんで????

 旦那様も不思議に思ったのだろう。何故だとお嬢様に問いただした。


「あたくし、縛られたくないもの」

「…駄目だ。お前は王家の血筋であるリマンダ家の令嬢である」

「結婚する義務があると、そういうことね」

「そうだ」


(…おお、凄いですお嬢様)


 流石は旦那様のご令嬢と言ったところだろうか。


「確かに、それはあるかもしれないですね―でも、あたくし本当に嫌だわ」

「わかっているなら従ってくれ」

「嫌よあたくし嫌なのだもの」

「…せめて名前を聞いてから判断しなさい。シャオミィ」

「名前なんて関係ないわよ!!!!」

「…理由はないが婚約をしたくない、ということだな?」

「いいえ違うわ!!」

「何が違う。この家に生まれたのだから、いずれ婚約をすると知っているだろう」

「そうね、知っていました。けれど絶対に婚約なんてしたくないわ!」

「理由がないからその意見をのむことはできない」

「――理由ならあるわ!!!」

「…先程理由はないと言っていただろう」

「細かいこと!うるさいわ!!!!」


(……)


 すっごい白熱した会話をしていたのに…急に馬鹿が見えて流石お嬢様としか言えない。

 お嬢様はダァンと旦那様の前に立って少し苦しそうな表情で叫んだ。


「このあたくしを独占になどさせたくないのよ…!!!!!」


 何秒か間をあけて旦那様が口を開いた。


「…また何を言ってるんだ」


 お嬢様の性格に一緒にいると大変だといち早く気づいた旦那様は、お嬢様がさらなる進歩という名のエスカレートをしたことなど知らないのだ。

 旦那様は額に手を置きため息をついた。

 チラ、と旦那様のメイドを見ると、絶望したと言う様な顔をしていた。そりゃそうだ。


(これが、お嬢様です…)


「……シャオミィ」

「――ああそうだわ!」


 諭そうとする旦那様の声を遮ってお嬢様はキラキラとした顔をしていた。

 この顔は、あれだ。もう止められないやつだ。


「皆の目にこの美しいあたくしを焼き付けて差し上げましょう!!」


(……いや本当に何を言ってんの)


「シャオミィ……」

「お父様、これは必要なことよ。皆にとってこのあたくしが必要とするならば、あたくしは独占されてはいけない存在なのよ」


 まぁ、確かに一理あるかもしれない。けれどやはり馬…

 お嬢様はそうとなったら動くしかない、と言わんばかりに私の方を向いた。


「カカっ!行くわよ!」


 そして走り出し、ドンとドアを開けて姿が見えなくなった。

 私に声をかけたにも関わらず、私を置いて行ったお嬢様に、残された私と旦那様、そのメイドはもう何が起きたのかわからない。


「………」

「…すまんなカーロ」

「…いえ、旦那様のせいではありませんよ」

「大変ですね、カリィ」

「あははは…まぁ、それでも――お嬢様をお守りし、仕えるのが執事ですからね。行ってまいります」


 私はお嬢様の開けたドアを通ってお嬢様が走ったであろう道を駆けた。



  ・・・



 私は屋敷を出るであろう馬車に乗ろうとするお嬢様の後ろ姿を見つけた。

 ここで発進されてはもう辿り着けない。


「お嬢様、お嬢様…!どちらへ?!」

「あらカカ。遅かったじゃない」


(…全然早い方ですけどね…!)


 お嬢様が思ったよりも足が速いから本当に驚きましたよ。

 私はハァハァと息が切れているのに、お嬢様は切れていない様子だった。凄く可愛らしい見た目で、こんなにナルシストだというのに、変な話だ。


「どちらに行かれるのですか?」

「そんなの決まっているわ!下町よ!!」


 さぁ、乗って、と指さされたのは運転席。

 不思議に思ってお嬢様を見ても、お嬢様は自信たっぷりな顔をしていただけだった。


「え、えっと……?」

「貴方が運転をするのよ、早く!」


(……ou)


 いや、普通に無理なんだが。私馬車なんて運転したことない。お嬢様は本当に頭がおかしいのだと理解した。


「…御者を呼びましょうか」

「いえ、そんな時間ないわ!貴方がやりなさい…もしかして出来ないの?」

「できませんよ…私そんな万能ではない執事なので」

「……そう、なら仕方がないわね」


(ふう…)


 危なかったとホッとしていると、お嬢様が私の背を押してきた。


「えっ」

「走るしか無いわね!」


 行くわよーっ!とウキウキな声が背中から聞こえてくる。

 先程も走っただろうになんでこのお嬢様は元気なのだろう。私はもうクタクタで動ける気がしないというのに。


(…というか足が死ぬ……)



  ・・・



「ふぅ!ようやく着いたわね…大分疲れたわ!」

「だい…ぶ…で、ハァ……ハァ、済んで…るハァ、お嬢様、が、不思議でたまりませんよ…………ハァ」


 既に疲れだ取れたのだろう。お嬢様はピンピンしてらっしゃった。私はゼーゼーと息を吐いているというのに全くおかしいことだ。

 お嬢様は側を歩く町民を見つけたらしく挨拶をした。


「ごきげんよう!」

「ぇ…しゃ、シャオミィ様…!?ごごきげんよう……」


(とんてもなくビビらせてんじゃないですか…)


 怯えながら挨拶を返してくれた女性の方に感謝を述べると、またもや怯えながら去っていった。

 お嬢様は貴族においても上位の存在。加えて私という平民には見る機会など限りなく少ないでだろう執事がいるのだ。恐怖してもしょうがない。

 対して何故かお嬢様は超絶ご機嫌な様子だ。


「うふふ。あたくしのことが好きだと隠さなくてもよろしいのに」


(ぜっったいに違いますけどね)


「さぁ行くわよ!」


 お嬢様はまだヨレヨレな私を置いて走っていってしまった。本当にどこからあの力が出てくるのか。もう、私という選ばれた執事が弱すぎるのかと錯覚してしまう。

 お嬢様の走った方向は、心優しい通行人が教えてくださった。本当にありがたい。


「っ、お嬢様…!」


 バン、とお嬢様がいると聞いたお店に入る。

 視界に入った何やら人が集まっている場所に駆け寄る。


「シャオミィ様〜!」

「お似合いです」

「ふふ、目に焼き付けておきなさい」

「はいっ」

「シャオミィ様、きっとこれも似合いますわ!」

「もちろんよ――あたくしに似合わないものなどないわ!」


 しゃ、シャオミィ様〜〜!!!

 きゃーっと黄色い歓声と満足そうな表情をしているお嬢様を見て、疲れがどっと訪れる。


(なんだか楽しそうで良かったですよ…)


 心配することも、急ぐ事も必要なかったな。

 ふぅと安堵のため息をついて、本当ににこにこな一言も話さなければ可愛らしいお嬢様に近づく。


「お嬢様」

「あらカカ」


 お嬢様そのままにこにこで私の方を振り返り、お嬢様の周りにいる店員たちは私のスーツ姿に察して捌けていった。

 別に何か大切なことを言うわけではないからなんだか気まずくて黙っていると、お嬢様が口を開いた。


「皆喜んでくれているの」

「そうですか」

「あたくしに似合うものばかりだし…最高だわ」

「本日は何も買えませんから、また訪れましょうか」

「あら買えないの?何故?」

「お金を持っていないのです。急いて出てきたゆえ」

「そう」


 しょぼん、と効果音が出そうな顔をしているお嬢様に罪悪感を抱く。いや買うって言われても何も出来ないのだけれど。

 すると、奥の方から阻止を振り切ってズンズンと店員が歩いてきた。


「ご安心くださいシャオミィ様!!」

「え?」

「10枚程度でしたらタダで差し上げますわ!」

「…あら」


(わお太っ腹――っていやいや)


「そんなことして大丈夫なんですか?」

「ご心配は無用です!私のこの店は倒産などなりませんから!」

「…良かったですね!お嬢様!…お嬢様?」


 またもやにこにこかと思ったお嬢様の表情は、なぜだか固く、凛とした雰囲気をまとっていた。

 店員は失礼な事を言ってしまったかと慌てている。


「も、申し訳ありません…!」

「謝らないでくださいっ!…お嬢様、ご厚意ですよ。受けたらなくて良いのですか?」


 お嬢様はこのようなご厚意はありがたく受け取る人だと思っていたものだから、何故今は受け取らないのか不思議で不思議でたまらない。

 お嬢様は普通に口を開いた。


「…それはあたくしが美しいからなのかしら?」

「?お嬢様…?」

「え?ええ。そうに決まっていますわ」

「そう――それならありがたくいただくわ!」


 ありがとうと言って店を去るお嬢様。

 急いで斜め後ろに付いて歩き、私はどうしたのかと聞いた。


「“リマンダ家だから”なのかと思ったのよ」

「リマンダ家だから…」

「ええ」


 深くは教えてくれなかったが、恐らくお嬢様は“リマンダ家の令嬢だから”というレッテルが嫌だったのであろう。

 思えば、今までの受け取ってきた際に“リマンダ家だから”というような意を感じられる言葉は言われてこなかった。

 なるほどと思っていると、お嬢様は先ほどと打って違った、可愛らしい笑顔を両手に服を持った私の方を向いてこう言った。


「このあたくしの美貌が“リマンダ家”に負けているわけがないじゃない」

 ご精読ありがとうございました。

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