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鏡と料理と美しきお嬢様

 周りより土地が盛り上がっているところにある、緑に囲まれている屋敷は王家の血を引く一族、リマンダ家の屋敷である。

 朝早くに起きてレースの柄がきれいな紫のドレスに着替え、屋敷内を歩くのはリマンダ家の一人娘のシャオミィお嬢様。


(今日も早いな)


 そしてその後をつけているのが執事の私、カーロだ。

 お嬢様は、必ず起きたすぐ最初に鏡を見られる。手鏡とかいうショボい鏡ではない。この屋敷にあるいっちばん大きい全身を映す、豪華な装飾が施された鏡だ。

 私はお嬢様の後を気づかれぬよう、足音と気配をできり消して追う。理由は…


「!」


 反射してお嬢様を映す壁にビクリと肩を震わせる。そして、思ったよりもピカピカなこのリマンダ家の壁に驚く。お嬢様の姿はハッキリと見えた。

 そういえば昨日、誰かがとてつもなく綺麗に拭いたと言っていたことを思い出す。


(にしても、壁って…こんなんだっけ)


 お嬢様はピカピカすぎる壁に気づくことなく通り過ぎる。

 私は、お嬢様の足の先から頭の頂点まだ凛として歩いている姿を見て、本当に少しだが見惚れてしまった。

 私のお嬢様はとても美しいのだ。

 整っている容姿に美しい曲線を描く姿勢、なんだかまとう空気も美しく見えてくる。特に、私の瞳には姿勢は美しく見える。ピンと綺麗に伸びた背筋は、可憐であり、鏡に向かわれるお嬢様の姿はきっと誰にとっても、とても美しく見えることだろう。


(…当たり前のことか)


 貴族にとっての当たり前ではない。()()()()()()()の当たり前だ。お嬢様は、私がお嬢様の執事となった時には、既に姿勢にかなり気にしておられて、


「あたくしが一番美しく見える姿勢はどれかしら!!貴方の意見を聞きたいわ!」


 と私に聞いてきた。そして、私がそれに答えると


「そうね…それもあるわ。でも、他はないかしら?――だってあたくしにはも〜っと美しくなれる素質があるのだもの!」


 と、意見を出せば納得せず次の意見、新しい意見を言えばまた納得せずに次、伝えて拒否られ次、と何ともまぁ酷い会話を何時間かしたことがある。

 …あの時は本当に酷かった。他の使用人は私を哀れんだ目で見るだけ見てで去っていくし、旦那様もチラッと見てそのままスルー。思い出すだけでもう苦しい。

 あの何時間を美しい姿勢を探すためだけに過ごしたのだ。お嬢様が美しくなられないわけがない。逆に美しくなって頂かないと私が不憫である。

 鏡にたどり着かれたお嬢様は、鏡の近くに立ち、数秒経ったとたんにペタンとドレスを広げて座り込んでしまった。

 やばいのではと思った私は隠れていた柱から離れてお嬢様に駆け寄ろうと足を――


「ああっっ!なんて、なんてなんてなんて――美しいの…!!!美少女、美少女すぎるわ!あたくしったら…一晩明けるだけでこ〜んなに美しくなってしまうなん、て…っ!」


 足を、進めようとしたところ。お嬢様は「百年に一度の美少女…いえ!一兆億年に一度の美少女だわ…!!!」と一人歓喜の声を上げていた。


(…お嬢様、言うならば一兆億年ではなく一垓年ではないですか?馬鹿がバレてしまいます)


 たちくらみでもなさったのかと、私のこのお嬢様を心配した気持ちを返して欲しい。けれども無事であったことには変わりないので、少し複雑な気持ちだ。

 お嬢様は私に気づくこと無く、誰もいないと思っているのかはしたなく鏡にへばりついて興奮した表情で大きく口を開けているのが鏡で映って見えた。


(…あ、これは)


 私、カーロはこの顔を知っている。執事だからーと言うわけではない。この屋敷で働く使用人なら承知のことだろう。

 「あああぁぁぁああ〜〜っ!」と叫ぶお嬢様。


「瞳の黄金色ぉああ美しく輝いているわ!!その大きさまでも!あぁ眉も鼻も美しいぃっ!!」


 やはりな、と一息をつく。

 このあたくし美しい状態のお嬢様は比較的安定しているお嬢様だ。


「あたくしの美しい黄金の髪も素晴らしいわ、髪のカールも色も綺麗だもの、この顔…まさに完璧だわ…恐ろしいいいっ!!!何故国はこのあたくしを保護しないのかしらっ!なんて美しい尊顔なの――あぁ!!!!」


 少し早い口で叫んだお嬢様は、床にべたりと顔をつけて肩を震わせた。

 ところでお嬢様?ご自分の顔を『尊顔』と言うのはいかがなものでしょう。

 離れているにも関わらず聞こえてくる泣き声に今度こそやばいのではと駆け寄ると、ムクッと顔を上げて泣き叫んだ。


「なんて…なんて美しい横顔なのぉおおおおおおっ!!!はぁ…罪ね、罪だわ!この美しさは…罪でしか無いわ!!」

「…、…」


(この、女……)


 出かけた拳をグググと抑える。と言っても、まだお嬢様の頭に近い所にあるのだけれど。

 思えばお嬢様に無駄な心配をしたことは過去にもたくさんあった。なんなら百もあったのでは無いだろうか。過去も今と同じようにムカついていたと思う。よく今まで抑えられたものだ。


「ん…?あら??あらら?カカじゃないの!?」


 カカというのは私のことである。

 始めてお目にあった時、私の名前がカーロ・カリィということから、お嬢様は「では貴方の名と姓から取ってカカと呼ぶわ!」と私のあだ名を決めたのである。


(バレた…)


 まぁ…しょうがないことだ。だってこんなにも、もう真横に立っているぐらいに近くにいるのだ。絶対にしないが、殴れる距離だ。これで気づかない方がおかしい。

 お嬢様はぱあっと顔を明るくした後、キラキラと目を輝かせた。

 悪い予感しか、しない。


「ねぇ!」

「はい…お嬢様。私に何か御用ですか?」

「ちょっと、貴方があたくしには用があるのではないの?」

「………」

「あたくしが美しすぎて用も出せないようね?」


 ふふんっ、と胸に手を置き座るお嬢様。


(ああ…)


 おっと危ない。この右手の拳が出てしまうところだった。危ない危ない。

 そしてここから地獄が始まる。

 そもそも私がお嬢様に気づかれぬよう後を追っていたのは見つかった時が面倒くさすぎるからだ。


「いえ、別に…」

「そんなの嘘よ!だって、だって…カカ?貴方、あたくしのこと大好きすぎるもの!」

「――全然違いますが」


(逆に嫌いまでありますよ、お嬢様)


 気づいてくださいお嬢様。貴方今凄く面倒くさい人になりかけていますよ。


「嘘よ!!貴方あたくしの後を追ってきていたということでしょう!?」

「…それはお嬢様が何をしでかすのか分からないからです」

「何を言っているのかさっぱりわからないわ」


 わからないって…え、お嬢様貴方これまでの行動を覚えてらっしゃらない???あたくし綺麗、つって屋敷の敷地にある噴水にドボンして溺れかけたの、覚えてらっしゃらない?????貴方がまたそんな風にならないよう、そんなしょーもない死に方をしないよう、私が見守っているんですよ。

 私の口角がピクピクしているのに気づいたのか、お嬢様は不服な、少し泣きそうな顔をしていた。


「何よ!このあたくしが美しくないと言っているの!?」

「いやそんなことはひと言も…」

「言っているわよ!!!」

「言っていないです…!お嬢様は可愛らしいです」

「はぁ!?」


 お嬢様はぷくーと頬を膨らませた。

 正直、可愛い。自分のことを毎回毎回美しいだの綺麗だのお嬢様が自分で言っているせいで霞むが、本当に整っている顔をしている。


「あたくしは()()()のよ!!()()()も嬉しいけれど、違うわ!!」


 「あたくしをわかってないっ」と嘆くお嬢様。

 世間一般的に、お嬢様は『美しい』よりも『可愛い』がお似合いなご尊顔をしていると思いますよ。


「…はぁ、朝食の時間が近いですよ」


 お嬢様は「そうね」と返事をし、私の手を借りて立ち上がると、一人でスタスタと食堂に向かって歩いていった。

 この切り替えよう、素晴らしいだろう。だけれどもお嬢様の良いところにはなり得ない。なぜならこの切り替えはお嬢様の気まぐれであるからだ。

 ふうと息を吐き離れていくお嬢様に駆け寄り、お嬢様の一歩ほど後を私が歩く。お嬢様に負けないぐらい背筋を伸ばした姿勢のよい姿で。

 広い庭がよく見える廊下をコツンと足音を響かせて歩く。

 王家の血を引く黄金の髪がお嬢様の振り返る動きでひらと揺れる。


「貴方」


 呼びかけに「はい」と答える。

 お嬢様はもう一度「貴方」と言い、ためてためた。


「やはり…あたくしのこと、大好きなのね!」


 「先程から視線を感じるもの!」とお嬢様は私に自信満々な笑みを見せた。

 いやー、私はお嬢様を見守っているだけですけどねぇ…!


(口を滑らせてはいけない。滑らせてはいけない――)


「アハハ」


 もう笑うことしかできない。何か言葉にしたら余計なことを言ってしまいそうだ。それも、不敬なことを。


「もうっ、あたくしが美しいから仕方が無いことなのだけれど!」

「…アハハハ」


 キランとジト目を輝かせるお嬢様。

 お嬢様は何か言ってほしいのか黙っている。ゆえに私は数秒間無言をお嬢様と見つめ合った。

 痺れを切らした私はお嬢様のお望む通り、一言。


「なわけ」





   ○




 食堂で朝食を食べ終わったお嬢様は、ナイフとフォークをカチャと小さな音を立てて置いた。

 私はお嬢様の斜め後ろで食べ終わるのを待っている。


「ごちそうさま。美味しかったわ」

「それは良うございました」

「もうあたくしは部屋に戻るわ」

「承知しました」


 スッと手を挙げて他の使用人達に皿を片付けさせる。

 お嬢様は姿勢良く座り、何か考えているのか数秒黙った後言葉にした。


「カカ。ミリリカにあたくしのために作られた朝食がとても美味だったと伝えて?今すぐ」

「はい」


 お嬢様の言う今すぐ、と言うのは本当にすぐのことだ。早速動かなければと、お嬢様の命を執行しようと動くと、止まりなさいと止められた。私は、貴方の命で、動いたんですけどね…!

 無駄に姿勢の良いお嬢様は優雅に拭いた口から淡々とした声で「これも伝えて」と言う。


「とても美味だったのだけれど――」



  ・・・



 重いドアをぐっと押して厨房に入る。中にいる料理人らは私が来た理由を察して、少しあいさつをした後すぐに案内をしてくれた。

 案内してくれる途中には、私に気の毒にと目線を送る者もいた。


(これはまだ優しい方なんです…)


「料理長」


 こちらに背を向けているいかにもシェフと言った服を来た女性が振り返る。

 ほとんど毎回何回も会うものだから、失礼だが彼女の顔には飽きてしまった。いやはや本当に失礼だ。


「お、よく来ましたねカーロ!」


 彼女はミリリカ・アイリー。この屋敷の料理長で、凄い料理の腕前の持ち主である。聞く所によるとこの屋敷に来る前は各国の王に料理を振る舞っていたのだとか。

 のほほんと微笑む彼女は、よくお嬢様に振り回される私にとっては癒しのような存在である。

 そして、私のことをあだ名ではなく本名で呼んでくれる使用人の一人である。


「なんだかほとんど会っているからか飽きてしまいますね。ふふ」

「ふふじゃないよ…」


(てかなんで同じこと考えてんだよ…失礼だ…)


 厨房にまだ皿が多く残っているのが見えたので私は「作業しながらでもいいよ」と言う。

 すると、ミリリカさんは皿洗いをしながら話を聞くそうで、石鹸を手に持った。今思ったけれど、それは声聞こえるのだろうか。


「それで?用件をどうぞ」


 彼女はちゃんと声が聞こえるように水の速度や皿を置く強さを調節して作業を始めた。流石である。そんなに変わらぬ年なのに熟練の動きだ。この仕事を始めたのはミリリカさんの方が早いのだけれども。


「私今日は伝達伝えに来たんだ…」

「えー!聞きたい聞きたい!」


 私の慰めて欲しいオーラを跳ね除けて意気揚々にお嬢様の伝達を聞きたがる彼女。

 有能な彼女は、何故かお嬢様のことが大好きで、理不尽なことも何回か言われたことがあるがそんなに苦では無いらしい。まぁ、()()()()だ。苦ではあるのだろう。


「私、今日は朝食からすっごくシャオミィお嬢様のためにと研究して作った料理なのです!」

「へー、それは珍しい」


 朝は単純なもの(例に挙げるとすればただのパンとゆで卵)で良いとお嬢様が言うために手抜きを作っている彼女が、お嬢様の命を背いて違うものを作るとは。


(確かに、今日の朝食はスクランブルエッグだったりベーコンだったり豪華だったな)


 きっと、お嬢様にあう朝食を深く考えて……


「私、その感想を感想を待っていたんです!」

「………」

「楽しみで楽しみで…!」

「……………………」

「…カーロ?」

「………、ぅ…いえ……………」

「なんだか調子が悪そう…大丈夫です?」

「ハイ…大丈夫、です…」

「そう?」


 一旦ホッとするミリリカさん。そしてそれにホッとする私。いや、ホッとはしていないな。私はお嬢様の伝達をこのままでは言えない。私言いたくないですお嬢様。こんなにお嬢様のためにと尽くしたのに、こんな仕打ち…

 渋い顔をしていると、ミリリカさんは不安そうな顔をしていた。明らかに私のせいだろう。申し訳ない。


「ゔ」

「もしかしてシャオミィお嬢様は…」


 捨てられたの子犬のような顔をするミリリカさん。

 これは早く伝えたほうが彼女のためだろう。そう考えた私は意を決して言葉にする。


「…お嬢様は――」


 「とても美味しかったけれど、貴方にはもっとあたくしに合う朝食が作れるはずよ」


「と、仰っていたよ…」


 その言葉は、かつてお嬢様が私に姿勢について聞いてきた時と同じような言葉であった。

 「…また、研究のし直しですね」と小さく呟くミリリカさんは、生気を感じにくい程にショックを受けているようだった。


「そう、なりますね…」


 それもそうだろう。彼女のために頑張ったのだこら。けれども、お嬢様がその朝食を指示していない時点で正しくないとわかってしまうのでは………、黙っておこう。

 悲しそうなため息をつく彼女に何を言うべきかわからない。

 そんな私を見かねたのか、ミリリカさんは明るく弾けた声で大丈夫だと言った。けれど、調理器具を触る手は震えていた。


「ミリリカさん…」

「安心してください頑張りますよ。また、シャオミィお嬢様のために!」

「そう、ですか」

「はい!シャオミィお嬢様には了解しましたと伝えて置いてください」

「…うん、わかった」


 本当、我々は面倒くさい…あぁ違う大変なお嬢様を世話することになってしまったね、ミリリカさん。

 厨房を後にして、屋敷の広い廊下に出る。

 さてお嬢様はちゃんとお嬢様の自室で大人しくしているだろうか。

 お嬢様の命は終わったため、私はお嬢様の元へと急ぐ。この屋敷は、旦那様が王家の血筋を引く影響でとてつもない程に広くできている。まだ数年しかこの屋敷にいない私にとって、この迷路は迷子にならないようにするだけで手一杯だ。

 コンコンとドアをノックする。もちろん、お嬢様の部屋だ。今日はここまで来るのに三十分程。まだ、短い方である。


「遅かったわね、カカ」

「すみません」

「いいえ?大丈夫よ。あたくし知っているもの」

「お嬢様…!!」


 三十分程歩き回って疲れた身体にお嬢様の言葉が響く。

 そうですよ…この屋敷広すぎて広すぎて、迷子になるところでした。普通になっていたんですけどね!


「大変だったでしょう」


 私の疲労を拭うお嬢様。

 なんだか私の目には輝いているシスターに見えます。


(やはりお嬢様は素敵な方なのかもしれないな…!)


「ええ。大変でし――」

「――あたくしの美しいい顔を前にする準備は!」

「………ん?」

「わかるわ〜このあたくしの美しい顔を見たら緊張してしまうものね!ごめんなさい…あたくしが尊いから…っ!ドアの前で緊張していたのでしょう!!!」


 おーいおいおいと少し涙を流し、それを指で拭くお嬢様。

 お嬢様は目を瞑っているので、私が呆れている目をしているのに気づいていないのは当然のことだ。


(…やはり、このお嬢様は…)


「なぜならば!!あたくしってこ〜んなにも美しいんだもの!!!!」


 お嬢様は腕を胸の前で交差させクルッと綺麗にドレスを円に広げ、一回転したところで両腕をピシッと天に上げ、指先まで綺麗にポーズを取った。









 ご精読ありがとうございました。

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