戦時下のヨークシャー
アシュレイは、故郷が心配で飛んでいきたくて気が焦る。でも、高齢なヒューゴ師匠を思って、のろのろとした馬車の旅を我慢している。
同じように西に向かう馬車には、徴兵された若者や食料を積んだ荷馬車が連なり、なかなか捗々しく進まないのだ。
それと同時に、西からは難民の群れが背負えるだけの荷物を持って、疲れた足を引き摺りながら歩いている。
胸がつぶれる気持ちになるアシュレイだったが、たどり着いたヨーク城を見て愕然とする。
自分が短期間過ごした、豊かなヨークシャーは、消えていた。ヨークの城門の中には兵士と難民が溢れ、祖父母達が住んでいた小屋にも大勢が寝泊まりしている。
「アシュレイ、ここは戦時下なのだよ。私の指示に従いなさい!」
いつもは優しいヒューゴ師匠の厳しい声に、アシュレイも「はい!」と答えた。
ヨーク城も人に溢れていた。黄色と黒のヨーク伯爵の制服を着た兵士だけでなく、農作業着のままの徴兵された若者も多い。
城の広場では、若い騎士や従者達が、徴兵された若者を訓練していた。
上級魔法使いのヒューゴ様は、ヨーク伯爵に大歓迎された。それだけ、カザフ王国の攻撃に苦戦しているのだ。
「戦場はどうですか?」
着いたまま、お茶も飲まずに会議が始まった。アシュレイも気にかかるけど、高齢の師匠の健康も大切だ。
ヨーク城の勝手は分かっている。小姓を捕まえて、お茶を持ってくるように命じる。
新米の小姓だったレオナールと会えたら良かったけど、違う小姓しか見当たらなかった。
前は、貴族達をもてなしていたサロンは、戦争の作戦本部になっていた。
「アシュレイ、何処に行っていたのか?」
ヨーク伯爵と話していたヒューゴ師匠に咎められる。
「師匠、少しは身体を労って下さい。小姓にお茶を持って来させます」
上級魔法使いのヒューゴ様しか目に入っていなかったヨーク伯爵は、やっとアシュレイに気づいた。
手放すのが惜しく感じたけど、やはり上級魔法使いの弟子にして良かったのだと、自分の判断が間違っていなかったと満足そうに頷く。
「これは、失礼しました。遠方から来られたのに……」
謝るヨーク伯爵を、ヒューゴ様は手で遮る。
「戦時下なのですから、気にしないで下さい」
とはいえ、運ばれてきたお茶とジャム付きパンを、皆で頬張る。
「カスパル師匠は?」
何人かの見覚えのある騎士も参加しているのに、ヨーク伯爵のお抱え魔法使いのカスパルの姿が見えない。
「ああ、カスパルは前線にいる。何とか持たせたいのだ!」
簡単に描かれた地図で、前線に砦を作ったのを説明される。
「私も、そこにいきます!」
少しの間だけど、弟子だったカスパル師匠を助けたいと、アシュレイが言うのを、ヒューゴ師匠が止める。
「まだ、お前には前線は無理だ。後方支援だけだと言ったはずだよ」
うっ、と拳を握るアシュレイ。ヨーク伯爵としては、強い魔法使いなら前線で戦って欲しいが、上級魔法使いのヒューゴ様に逆らう気にもならない。
「では、怪我人の治療をします!」
作戦会議にいても、戦わしてくれないのなら無意味だ! と立ちあがろうとしたアシュレイをヒューゴ師匠が止める。
「お前も何年かしたら、上級魔法使いとしてシラス王国を護らないといけないのだ。作戦会議に参加しなさい」
今、前線で戦わなくても、作戦の立て方、そして祖国の護り方を覚えて欲しい。
シラス王国の上級魔法使いの一人、アリオン様が体調を回復できないままなのだ。
自分もだが、まだ若いアシュレイに無理をさせないで、全体像を把握する経験を積ませたい。
ヨーク伯爵もヒューゴ様の考えは理解できたが、何もかも足りない状態なのだ。
前線からは、毎日、負傷兵が運び込まれている。
そして、どれほどの命が失われているのか、領主としては、悠長にアシュレイの教育を見ているのが辛い。
ザッとした現状の説明を受け、かなり西部はカザフ王国に攻め入れられているのに、ヒューゴ様も暗い気持ちになる。
「国境線を護れませんでした!」
血を吐くような口調のヨーク伯爵を、ヒューゴ様は労わる。
「北部や東北部も苦戦しているが、今は反シラス王国同盟の首座にいるカザフ王国を退けるのに集中したい!」
ヒューゴ師匠が前線に出るのだと、アシュレイは気付いた。
「師匠、私もお供します!」
「アシュレイ、お前は後方支援だけだと、何回言えばわかるのか!」
厳しく咎められて、シュンとするアシュレイだったが、気持ちを切り替えて、治療に専念する。
小姓に師匠の部屋と自分の部屋に荷物を運ぶように告げ、お小遣いを少しやる。
アシュレイは、魔法を使う雑用をしていた。ヒューゴ様が、簡単な魔法なら任せられると判断されたからだ。
特に、この一年は、治療師として名前を上げていた。
四半期ごとに服や多額の報酬を貰っていたのだ。ほとんどのお金は、祖父母に渡していたが、今回は少し持ってきた。
短い期間だけど、ヨークシャーで過ごした体験が、アシュレイにチップも必要だと思い出させたからだ。
後は、負傷した兵士達の治療に専念するアシュレイだが、薬草や包帯が足りない。
「これは、ミーナさんに頼んだ方が良さそうだ」
勝手知ったる半地下で、衣装を管理しているミーナさんに包帯が必要だと頼む。
「避難してきた女の人にも協力して貰ってはいるのですが、足りていませんね! 包帯は、用意しましょう!」
「シーツも清潔なのに変えなくては! 鍋で炊かないといけないけど……薪が不足しているんだね!」
そのくらいミーナさんなら知っている。でも、いつもの何倍もの人たちに食事の提供もしているのだ。
「布と薪と薬草……他には不足している物はないですか?」
食料は荷馬車で運び込まれている筈だ。
「清潔にする為の石鹸も不足しています!」
何かアシュレイに考えがあるのだと、ミーナは気づいた。
「何とか調達してくるよ!」
くるっと身を翻して、出て行ったアシュレイの背中を見送りながら、ミーナは戦争が始まって、初めて笑った。
「相変わらず、髪の毛はくるくるのままだわ! ちゃんとブラシをかけなきゃね!」
括ってはいるけど、あちこちから巻き毛が飛び出している。走ると、余計に!
「でも、あの子なら大丈夫ですわ!」
ミーナは、包帯を増産する手配をテキパキと始めた。




