カスパル師匠と別れて
王都に着いた途端、アシュレイはカスパル師匠と別れる事になった。
上級魔法使いのヒューゴ師匠の元で修業することになったのだ。
「アシュレイ、ヒューゴ師匠なら、お前を立派な上級魔法使いに導いてくれる! 頑張るんだぞ!」
自国が何となく大変な事になりそうなのは、アシュレイなりに理解していたけど、まだこの時点では竜の卵が孵せるかの方が重要だった。
「上級魔法使いとかになれたら、竜の卵を孵せるの?」
カスパルは、西部のヨーク伯爵に仕える魔法使いだ。今回のカザフ王国との戦争で、西部が大打撃を受けると考えている。
『そんな場合じゃない!』と怒鳴りたい気分だが、アシュレイを短い間でも指導したのだ。怒るより、諭す方が効果があるのも理解している。
「竜の卵を孵せる者がいるとしたら、上級魔法使いしかいない」
「そっか! じゃあ頑張るしかないんだね」
カスパルは、シラス王国の上級魔法使いがどれほど重要な地位なのか、知らないアシュレイに教えようかと思ったが、ヒューゴ師匠に任せる事にした。
もうアシュレイは、自分の手から離れたのだ。
「折角、カスパル師匠に慣れたのに……」
前のお爺ちゃんベケット師匠から変わった時は、ちょっと苦手だったけど、カスパル師匠のやり方に慣れたばかりで、また師匠の交代!
それより心配なのは、自分の為に生まれ育ったマディソン村を離れて、ヨークドシャーの生活を始めたばかりの祖父母を王都に引っ越しさせなきゃいけない事。
「こんな大都会じゃぁ、農業もできないよぉ!」
もう一つ心配なのは、西部は戦争になるって聞いた事!
「俺だけ、王都に逃げるだなんて!」
西部育ちのアシュレイにとっては、凄く不安だ。マディソン村の友だちも巻き込まれるかもしれない。
「アシュレイ、よく聞きなさい!」
駄々を捏ねているアシュレイの肩に手を置いて、カスパル師匠が説得する。
「お爺さんやお婆さんの事を本当に思うのなら、王都に避難した方が安全なのだ。ここには上級魔法使いが何人もいるから、戦火に曝される事はない」
「じゃあ、ヨークドジャー城の人達は!」
カスパル師匠は厳しい顔をした。
「隣国のカザフ王国が攻めてくるのだ。男は全員が戦うし、女は食事や負傷兵の看護だ。負けたら、シラス王国が蹂躙されるのだからな!」
「俺も戦うよ!」
珍しくカスパル師匠がギュッと抱きしめてくれた。
「それは、もっと大人になってからだ。この戦争は長引くと思う。その時、シラス王国の民の為にアシュレイも力を注いで欲しい。その為に、上級魔法使いヒューゴ様の弟子として、ちゃんと修業をするのだよ! 約束して欲しい」
カスパル師匠の真剣な言葉を聞いて、これ以上アシュレイは文句が言えなくなった。
「カスパル師匠、死ななないで!」
「ははは、私も死にたくないよ。それに、魔法使いが死ぬような戦いは、負け戦だからな」
アシュレイには、戦いの事など一つも分からなかったけど、騎士より強い魔法使いだから大丈夫だと自分を納得させた。
ヨーク伯爵は、強い魔法使いになりそうなアシュレイを手放したくなかったが、シラス王国には上級魔法使いが必要なのも理解していた。
下手をしたら、国が滅びる危機なのだ。自領の事ばかり考えてはいられない。
「アシュレイ、ちゃんと修業して上級魔法使いになってくれ! お前の祖父母は、責任を持って王都に送ろう!」
ここまで来ても、アシュレイはまだヨーク伯爵が断ってくれるのではと甘い期待を持っていた。
だって、寄子のマクドガル卿から自分をちょっと強引に引き抜いたぐらいだから。
「アシュレイ、ヒューゴ様の屋敷に自分だけで行けるのか? 誰か使用人について行って貰った方が良いのでは?」
「大丈夫だよ! 近かったから! カスパル師匠、お世話になりました」
短い間だったけど、カスパル師匠には貴族社会で生きる遣り方を教えて貰ったと、頭を下げる。
それは、本当に初歩の初歩! ヨークドシャー城の小姓程の常識も覚えていないアシュレイだった。
荷物を持ってトボトボとヒューゴ師匠の屋敷へ向かう。
「えっ、何処だったっけ?」
近いはずなのに、大きな屋敷ばかりで道に迷ったアシュレイ。
「このまま、ヨークドシャーに帰ったら駄目かなぁ」
迷子になって泣きたくなるアシュレイだった。
「ええっと……あっちだったかな?」
迷子になって、あちこち歩き回り、より遠くに行ってしまう。
「ここは違う!」
ヨーク伯爵の屋敷も上級魔法使いのヒューゴ様の屋敷も、貴族街にあったのだけど、広場なんか通らなかった。
そこには噴水があり、ロータリーになっている。立派な馬車が何台も広場の奥に建っている王宮へと急いでいた。
「どうしよう! マジで迷子だ!」
王宮の前には、怖そうな門番が四人も槍を持って立っている。
アシュレイは、荷物を収納して、さっき会ったヒューゴ様を探そうと目を瞑る。
「ええっと、凄く魔力が大きい人を探せば良いんだよね?」
目を覗き込まれた時、今まで感じたことが無いほどの魔力を感じた。竜のリュリュー以来の圧倒的な魔力に、アシュレイは少しビビったのだ。
「リュリューよりはマシだったけどさ。あの時は食べられると思ったからね。あの魔力を探すなら、楽勝だよ!」
アシュレイは知らなかったけど、王都サリヴァンには上級魔法使いが三人いる。
アシュレイの師匠になるヒューゴ様とベケットの師匠だったマリオン様。そして、守護魔法使いのユンゲルク様だ。
「えええっ、王宮にいるの? 王様に挨拶に行っているのかな? 待っていたら出てくるんじゃない? そしたら、馬車の後をついていけば、屋敷がわかるよね!」
ヨーク伯爵が王様に挨拶する為に王都に行くと聞いていたから、ヒューゴ様も挨拶しているのだろうと、広場の噴水の縁に座って待つ事にする。
それが、とても不審な行為だとは、田舎育ちのアシュレイは知らなかった。




