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荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~  作者: 釈 余白(しやく)
第三章:特別な夏休み

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33/50

33.はつこい

『何してるの?』


 あの日あの時、僕らがここで釣りをしていなかったら。ミクが声をかけて来なかったら。そして僕が――


 つい二週間かそこら前の事が急に思い出された。そんな僕は今釣竿を握りしめて奮闘を始めたところだ。すぐ横には最初の日と同じようにミクがいる。


「すげえぞレキ! コリャ今度こそ鯉に間違いないぜ! 竿がすげえしなってやがる!」健二は大興奮で叫んでいるがこっちはそれどころじゃない。


「大丈夫、こよみならきっとうまくできるわよ、絶対! なんて言っても私がついてるんだから頑張って!」ミクも興奮して何を言っているのか自分でもわかって無さそうだ。


 それでもみんなが見守ってくれていて心強いのは確かだった。僕は足を踏ん張ってリールを巻こうとするが、手がうまく動かない。今まで見たことないくらいに竿が大きくしなっていて、少し力を加えるとラインが切られてしまいそうである。


「ぐうぅ、コリャ相当デカいよ。重くてちっとも巻けやしない。水面へ上げて空気を吸わせられれば何とかなると思うんだけど」引きは強いが暴れるように泳ぐわけではないので多少の余裕はあった。


 この感じだときっと持久戦になる。相手が疲れるまで僕も根を上げずに踏ん張るしかない。いいところを見せるとか自慢したいとかそんなことを考える余裕もなく、ただひたすら竿を右だ左だと操作して相手が疲れるのを待つ作戦だ。


「おい暦、こうやって竿をゆっくり立ててからさっと寝かせてる間にリールを巻くんだよ。前に教えたのを思い出せ!」その時、僕らの中では鯉釣りに一番詳しい涼太がアドバイスを送ってきた。


「そっか、ポンピングだっけな。よしっ! ―― やった、少し巻けたぞ! おっと、ゆっくりゆっくり丁寧に―― おっしゃー!」さっきよりも大分巻き取れたが、最初に随分とラインを持って行かれた分を取り返せたかどうかだろう。


 それでも順調に相手は弱っていることはわかる。さっきよりも引きが弱くなっている気がするからだ。だがそれが油断を産んでしまったのかもしれない。


「うわっ」よく確認しないまま横へ移動したところで足を滑らせてしまった。


「危ない!」とっさにミクが僕の背後にしがみつく。


「ありがと、マジで危なかった…… またびしょ濡れになるのはカンベンだもんね」


「そうよ、もう一度着替えを取りには行かないんだからね。さ、あと一息がんばりましょ!」ミクが僕の背中にぴったりとくっついていると、勇気とパワーをくれている気がする。


 汗ばんだ背中には柔らかなミクの感触を感じる。どうやらミクもいつもと違って冷静ではいられないらしく、僕の腹の辺りを握りしめている拳は少し震えていた。


「ね、ねえ、もう離してもいい? 足元は大丈夫よね?」


「えっ!? なんでさ、僕はこのままがいいんだけど? なんか力を貰える気がするんだ、頼むよ」


「でも…… ―― もうっ、わかったわよ、力になるなら私も頑張るけど、できれば早めにお願い……」ミクの声が少し小さくなっていくように感じたが、きっと拳を握りしめているくらいだから疲れるのだろう。


 こうして僕はミクと二人で大物とのバトルを続けて行く。健二と涼太は応援してるんだか冷やかしてるんだかわからない風に騒いでいる。よくわかってない美咲も一緒になって応援してくれているようだ。


 ミクの助けで冷静さを取りもどした僕は、また竿を立てて寝かせながら巻き取ると言う動きを何度か繰り返していった。だが二回か三回繰り返すとまたラインがするすると出て行ってしまい、相手も必死に抵抗しているのがわかる。


 それでも相手は一匹、こっちはミクと二人に加えて応援団まで突いている。やがて水面すれすれに魚影が見えてきた。黒光りする姿はパッと見で鯉だとわかった、と言いたいが、前回もそう思ってあげてみたらニゴイだったから油断はできない。


「見えた! 見えたぞレキ! 間違いねえ、アレは鯉だよ、しかもでっけえ!」健二は相変わらず興奮し易くうるさくて仕方ない。この間も大騒ぎしてニゴイだったことを忘れたはずがないのに。


「間違いないぞ、今口髭が四本見えたからな! 慎重に行けよ。水面から上げる時が一番バラシ易いんだからな!」涼太までが大興奮しているが、この距離で口髭の本数まで見えるはずがない。


「こよみ? 大丈夫だからしっかりね。私がついてるよ」ミクだけは冷静なのか優しい言葉をかけてくれて、僕は一気に心が落ち着いたような気がした。


 背中に伝わるミクの体温はさっきよりも高く感じ、ドキドキと鼓動までが伝わってくる。それにとっても柔らかくて安らぐと言えばいいのか落ち着くと言うのか、とにかく心地いい感触――


「あっ! あっ!? ええっ!? ちょ、もしかし―― いや、なんでもない……」僕はさっきミクが離れようとした理由がわかってしまった。


 今の今まで落ち着きを取り戻していたと感じていた僕は、突然心臓が破裂しそうなくらいにバクバク言い始め、とても冷静とは言えない状態へと変わっていく。


 するとその鼓動が伝わったのか、ミクは僕の背中へ頭を押しつけてきた。


「バカ…… へんなとこだけ鈍いんだから…… さ、後ひと踏ん張りよ。初めての鯉を見せてちょうだいね」


「もちろんさ、ミクに見せるためにも絶対に釣り上げるんだから一番近いとこで見ててくれよな」


「うふふ、随分とカッコつけちゃって。好きだよ、こよみ」


「残念ながら僕の方がもっと好きなんだからね? よし、それじゃ最後の仕上げと行こうか!」


 もう完全に弱っている様子が伝わってきて気持ちにも大分余裕が出ている。それでも油断はせずゆっくりしっかりと巻き上げて行った。やがて岸辺まで引き上げられた魚体は尻ビレで浅瀬の水面をバシャバシャと叩くのが精一杯のようだ。


「鯉だぞコレ、間違いねえ! レキがとうとうやりやがった! 今度こそマジもんだろ! すげえすげえ!」健二の興奮は最高潮に達していてさらにうるさくなっている。


「すごいね、田口君って釣りが上手なんだねえ。健ちゃんも上手だけど」美咲までいちおう祝福の言葉をかけてくれた。


「まさか本当に釣りあげちゃうとは驚いたぜ。しかもかなりでかいな。六十センチ以上ありそうだ。えっとメジャーはどこだっけか」涼太は自分のタックルボックスをまさぐっている。


 そしてミクは――


「こよみったらホントにすごいよ。宣言通り夏休み中に釣り上げちゃうんだもん。私…… 私なんか感動しちゃって―― もうどうしたらいいかわかんない」思いがけないミクの様子に僕は戸惑いを隠せなかった。


「なんで泣くんだよ。ミクのお蔭で釣りあげられたって言ってもいいくらいなんだ。一緒に喜んでくれって、ね?」


「喜んでるよ? でもどう表現していいかわからないの。なんでかわからないけど涙が出て来ちゃうんだもん」ミクの大きな瞳から、それに負けないくらい大きな雫がこぼれ落ちて行く。


 僕はその姿を見てたまらなく愛おしさを感じ、思わずミクの背中へ腕を回し抱きしめてしまった。もちろんみんなに見られているなんてことは、完全に頭から飛んで行っていたことは言うまでもない。


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