32.反省の果てに
たった今起こったアクシデントの元凶とも言える八重が土手の向こうへと消えて行くのを見届けた僕らは、誰が悪いのかについての言い合い、第二ラウンドを開始した。
「どう考えても一番悪いのは涼太だよ。常原さんに冷たくするくらいなら、連れてこないようにちゃんと説得しないとダメに決まってる」僕は強気で言い放った。
「玄関前で押し問答してたらいつまでたっても来られなかったんだよ。だから無理に相手する必要ないのに勝手に気を使った暦が悪い。しかもミクがいる前で、だ」涼太の言い分にも一理あるとは思うが、それでも僕が悪いとは思えない。
「まあまあ二人ともそんなに興奮するなよ。美咲がビビってるじゃねえか。ここは公平にオレサマが判断してやろう。といっても話は簡単だ。さっきの子を連れてきたくせに涼太が冷たくするからレキがいつものごとく接待モードに入っちゃったわけさ。だから原因を作ったのは涼太、んで余計なことしてミクを勝手に怒らせたのがレキだな」
「「だからそんなのわかってる」」余計なところでハモった僕と涼太が健二を睨みつけた。その態度に落ち着けと言いたげに両手を上げ下げしているのを見ると、完全な他人事として楽しんでいる考えが透けて余計に腹が立つ。
「簡単だったろ? 二人とも悪りいんだよ。涼太はとにかく人に冷たすぎるし、好きだって言われると余計に態度をきつくするだろ? レキははっきり言ってバカだとしか言えないぜ。普通に考えたら彼女の前でしらん女子に優しくしたらいい気分するはずないだろうによ、つかわかってやってんだから救えねえよ」
涼太は舌打ちをしながら明後日のほうを向いてふてくされている。きっと自分でもわかっているのだろう。
そして僕はと言えばもちろんその通りだと認めるしかなかった。だからこそ行動に移す前にミクへと相談したのだから。だが予想よりもはるかにミクの嫉妬が凄かったわけで、まさか八重にも竿を貸してやろうと言っただけで川へ突き落されるとは思っていなかったのだ。
一応反省すべき点はあると自覚した僕は、ミクが放り投げて行った竿とバケツを回収した。するとそこにはすでに十匹以上のテナガエビが入っていた。きっと最後に僕へ見せて自慢しようとしたか、称賛されたいと思ってたのかもしれない。
そんなことを考えると無性に自分に腹が立ってきて、思わず大声を出したくなってしまった。
「チクショー! バカヤロー! なんで僕はすぐこうなんだ! ―― ミク、ごめんよ……」僕が最後につぶやいた言葉は、独り言にしないで本人へ伝えるべき言葉に違いない。
「よし、僕は今からミクに謝りに行ってくるよ。このテナガエビは僕んちの玄関先へ置いといてくれよ。健二の分と一緒に帰ってから後始末するからさ」そう言ってから健二へバケツを渡した。
半乾きのシャツを拾い上げて袖を通すと、ビーチクルーザーへ跨って漕ぎ出そうと右足に力をこめる。すると視線の先にある土手のスロープから一台の自転車が下り降りてくるのが見えるではないか。
僕はたまらず走りだすととにかく全力でペダルを踏んづけた。まったくなんて遅い自転車なんだと思いながらも気分は光よりも早い。
「ミク! おーい!」
「こよみ! ごめんね、ホントにゴメンね」ミクはきっとずっと泣いていたんだろう。身の回りが赤くはれあがっていた。瞳は充血していて息は絶え絶えで苦しそうで見ていられない。
一気に走り寄った僕は自転車を投げ出してミクのところへ急いだ。するとミクも自転車を倒しながら走ってくる。駆け寄った僕らはしっかりとお互いを抱きしめあった。
「なんでゴメンなんていうのさ。悪いのは僕だったんだから気にしちゃダメだよ。それに泣くなんてもってのほかだろ? 急に行っちゃったから怒って帰ったと思ってたのに違ったんだね」
「そんなつもりなかったのにこよみが川に落ちちゃったから、私ビックリしちゃって…… 急いでタオルと着替えを持って来たの。風邪引いちゃったら大変だからちゃんと拭いてね?」
ミクが背負って来たのは僕のリュックだった。まさか家まで言ってきてくれたなんて思ってもいなかったから申し訳なさよりも驚きが強い。
「僕んちまで行って来たの!? たまに落ちることあってもそのまま帰ってるから気にしないで良かったのに。でも嬉しいよ、ありがとね」
荷物を受け取った僕はいそいそと着替えを始めた。危うくいつもの調子でパンツまで脱ごうとして背中を平手打ちされたが、それもまた心地よい痛みである。
「やっぱり着るものは乾いている方がいいね。ミクのお蔭ですっきりしたよ。心配かけちゃってごめんね。もっとバランス感覚が良ければ落ちないで済んだかもしれないのにさ」まあ実際には不意をつかれたのだから無理だっただろうが、いちおう僕なりの気遣いのつもりだった。
「そうよね、私だって落とすつもりじゃなかったのに軽く触れたくらいで倒れちゃうんだもん。ビックリしちゃったわよ。ちょっと運動不足なんじゃないの?」
「ひどっ! 不意を突かれたら誰でも同じじゃないのかなあ。でも運動不足なのは確かかもしれないね。ここ最近は宿題ばかりやってたからさ」
「ふふ、物は言いようね。でも大事にならなくて良かった。川で流されて溺れちゃう人のニュースとか夏には多いでしょ?」
「心配しすぎだと思うけど気を付けるに越したことは無いかもね。さてと、どうしようかな。まだ明るいしもうちょっと出来ると思うけど?」僕はそう言ってミクと健二たちに目をやった。
「まあ一回こうなるとなあ。また明日ってことでいいんじゃねえか? 涼太は塾があるんだっけ?」
「そうだよ、学力テストの添削授業があるから一応行こうかなと。受けてないけど問題と模範解答配布があるしな」
「じゃあ明日は平和に四人ってことで。昼飯喰ったらいつもんとこでいいだろ?」
「オッケー、またテナガエビか? あんまり釣り過ぎても始末に困るかもしれないから程々にしてくれよ? すでに二十以上だろ?」僕は健二たちのバケツを覗き込もうとした。
だがその時――
『チリンチリンチリン』
激しい鈴の音が川辺の方で鳴るのが聞こえて来て、僕らは一斉にそっちを向いた。




