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22.意外な来訪者




 ランジニカ伯爵邸に戻ったオリービアは、自分の部屋に入るとまず湯浴みをし、サッパリとして新しい服に着替えソファに座ると、ほぅ……と息をついた。



「本当にお疲れ様でした、オリービア。御無事で本当に良かったです。けれどもう、あんな無茶は絶対に止めて下さいね。やるなら僕かニアナさんに必ず一言言ってからにして下さい」



 部屋に入ってきたローレルが、真剣な顔つきで開口一番そう言った。



「やっぱりローレルさんには、わたくしがわざと捕まり、自ら敵地に向かった事はお見通しですわね。ユーカリ・ブルタスやロナド・デンロンがこの一週間やけに静かでしたので、近々動くとは思っていたのです。悪事の証拠が掴めると思っての行動だったのですが……。分かりましたわ、次からはそうしますね」

「だから、次があったら困るんですって!!」



 ニアナがビシッとツッコみ、オリービアとローレルはそれにフフッと笑う。



 ――不意に、部屋の外が騒がしくなった。

 誰かが大きな声で言い合いをしているようだ。



「ん? 何でしょうか?」

「まぁ想像は出来ますが……行ってみましょうか」



 オリービア達は部屋を出ると、声のする玄関のロビーに向かう。

 そこには、ユーカリが連れてきた料理長と使用人二人がいて、ハイドに何やら文句を言っているようだった。



「今日出て行けなんて酷いですよ! それは不当解雇です!!」

「俺は一週間前にきちんと勧告したが。そして、今日が期限だ。『雇い主はいつでも従業員を解雇をする事が出来る』と王国法で定められている。客観的に合理的な理由が必要だが」

「そっ、その合理的理由って何ですか!?」

「一週間前にも話しただろう? お前達はここに来てから、ずっと仕事を怠けてきた。屋敷のあちこちが汚れて埃が立っているのを、俺は目を瞑ってきた。ユーカリさんが連れてきた使用人だからと、自分に何度も言い聞かせて。そして一年前、オリービアがここに来てから、彼女に嫌がらせを始めた。伯爵夫人――この屋敷で二番目に高い位なのに。客観的に合理的な理由はそれで十分だ」

「嫌ですよ!! ここを出て、わたし達はどこに行けばいいんですか!? なら次の仕事を斡旋して下さいよ!!」

「そこまでの義理は無い。これも一週間前に言ったが、次の住居と転職先を探す為にこの期間の猶予を与えたんだ。決まらなかったそちらが悪い。ゴタゴタ言ってないで早く荷物をまとめて出て行ってくれ」



 その様子を、オリービア達は少し離れた場所で眺めていた。



「こっちも必死に伯爵に縋りついていますねー。あの女と一緒にいると、性格も似てくるものなんですかねー」

「あらあら、それは困りましたわねぇ」



 すると、使用人の一人がオリービアに気付き、瞬時に憤怒の表情を浮かべた。



「……あんた……あんたの所為だっ!! あんたが早くここから出て行かないから!! さっさと出て行けば、ユーカリ様もわたし達もずっと幸せにここで暮らせたのに!! わたしはあんたを絶対に許さないッッ!!」



 彼女はそう叫ぶと、オリービアに向かって走り出した。

 何か光る物を持っている――



「えっ、アレって短剣っ!?」

「オリービア、逃げろッ!!」



 ニアナが驚き、ハイドが鋭く叫び、ローレルが険しい表情でオリービアを庇うように前に出る。



「あらあら、次から次へと大忙しですわね?」



 オリービアがのんびりと声を出した、その時。




「ありゃ? 不用心に扉が開いてるなぁ。おーい、邪魔するぞーい」




 玄関から、のんびりとした口調で老人の声が聞こえ、全員が一斉にそちらを向いた。



 そこにいたのは――




「せっ、先王陛下ぁっ!?」




 ハイドと料理長が素っ頓狂に叫び、慌てて深く礼をする。

 使用人二人も動きを止めて、キョトンとした表情でその老人を見つめ――ハッと我に返って急いで深々と(こうべ)を垂れた。




 リンデン・メドー・サンバークス。

 サンバークス王国の先王であり、他国との戦争では、その大活躍に『戦慄の大虎』と人々から畏怖され恐れられた。

 今はもう七十歳を超えているのに、豪快さと筋肉量は相変わらずで、熊のようにガッシリと体格の良い男だ。



「り、リンデン・メドー・サンバークス先王陛下に御挨拶申し上げます……! な、何故陛下がこのような辺鄙な場所へ――」

「あぁ、お主は前伯爵と夫人の息子のハイド・ランジニカじゃな。孫娘が立派に世話をしたようじゃ。以前に遠くで見掛けた時と比べて良い面構えになっておる」

「へ……? まご……?」



 リンデンの姿を捉え、オリービアはにこやかに微笑んで手を振った。



「ご機嫌よう、お祖父様。外に気配を感じてましたから、いつ入って来るのかしらとソワソワしていましたわ。けれどわざわざここまでいらしたなんて、相変わらずの行動派ですわね」



「――おっ、お祖父様ぁっっ!?」



 オリービアとニアナとリンデンを除く、その場にいる者達の声が綺麗に重なる。



「どっ、どういう事だ!? オリービア!! 君はフレイグラント子爵家の娘だろう!?」

「わたくしの父は、このサンバークス王国の第三王子だったのです。けれど、フレイグラント子爵家の一人娘であるわたくしの母に大層惚れ込んで、廃嫡して子爵家に婿として入ったんですの。これは公になっていない事柄ですわ」

「あやつも惚れた女子の為に潔く王子を捨てるなんて、なかなかの行動派じゃのう。ハッハッハ!」

「……そ、そうだったのか……」

「隠していたわけじゃありませんのよ? ごめんなさいね」

「い、いや――」



 ハイドは呆然としながら、オリービアとリンデンに交互に目を移している。



(……た、確かに、貫禄があるのは二人似ているかも――)



「儂の可愛い可愛い孫娘や。この一年間、ここで理不尽な目に遭わなかったかい? もし遭っていたら、その遭わせた者達を即刻首を落として処刑するから、遠慮無く申しなさい」



 穏やかな微笑みの中に、鋭い刃のような眼差しを見せるリンデンに、使用人達はビクゥッと肩を飛び上がらせ、ハイドは覚悟を決めたように頭を伏せた。


 使用人達が、一斉に涙目でオリービアを見る。「言うな言うな、絶対言うな……!!」と念を強く込めて。



 それが通じたのか、オリービアは彼らへにこやかに微笑みながら頷く。使用人達の間に、ホッとした空気が流れた。

 



「ふふっ。――えぇ、お祖父様。ここに来て二日目で、朝食に数日前のカッチカチに固くなったパンと泥が付いた生の人参をそこの使用人達に出されましたわ。わたくし、お馬さん扱いですの。思わず『ヒヒーン』と鳴いてしまいましたわ。それから朝昼晩の一週間、ずっとその品目でした。人参がキュウリ、ラディッシュに変わった事もありましたが。そして、わたくしの部屋の窓から、大小様々な虫やその死骸が投げ込まれたり、部屋の前の廊下が色の付いた何かで水浸しになっていた事もしょっちゅうでしたわ。擦れ違いざまに悪口や中傷は当たり前でしたわね。他にも色々ありましたが、まぁ可愛い悪戯ですわ」



 口元に微笑を称えながら言葉を紡いでいくオリービアと反対に、使用人達の顔色が無くなり、最後の方は真っ白になり灰になって燃え尽きていた。



 ハイドは、オリービアの言った後半の内容は初耳だった。



(そんな――そんなの、女性にとって『可愛い悪戯』では済まされないじゃないか!! そんな酷い目に遭っていたのに、俺は「何もしなくていい」というオリービアの言葉に甘え、本当に何もせずにのうのうと過ごして……!!)



 ズキズキと激しく痛む自分の胸を魔法で貫きたい衝動を、ハイドは必死になって堪えた。



「……ほうほうほう、そんな事が……。儂の愛する孫娘にそんな事をするとは……。数週間に渡る凄惨な拷問の末処刑に値する内容じゃのう?」

「ヒイイィッッ!! ――もっ、申し訳ございませんでした、オリービア様、先王陛下!! 即行この屋敷を出て行きますので、どうか、どうかどうかお許しを……っっ!!」

「いっ、命だけはどうかぁ……っっ!!」



 使用人達は涙と鼻水を垂らしグシャグシャに泣きながら、床に額を擦り付けて平伏し、懇願する。



「んんー? 可愛い可愛い孫娘にそんな愚な事をしでかして、儂は今すぐにでもこ奴らの首を落としたい気持ちで一杯なんじゃがのう……」

「ひっ、ヒイィィッッ!!」



 ゆっくりと腰に差している剣の柄に手を掛けたリンデンに、使用人達は悲鳴を上げ、あまりの恐怖に全員泡を吹き白目を剥いて卒倒してしまった。



「お祖父様、その者達の処置は旦那様に任せてあります。彼にお任せしましょう」

「そうなのかい? お主がそう言うのなら仕方ないのう……」



 リンデンは不服そうに唇を尖らせると、ハイドの方を向いた。



「して? お主は、この者達に対してどういう処置を検討しておったんじゃ?」

「……はい。最初は、退職金無しでここから出て行って貰おうとしたのですが、この者達が私の妻とその専属侍女にしてきた事は、【名誉毀損罪】か【侮辱罪】に値するかと存じます。しかも、その内の一人は妻に短剣を向けました。これは許されざる所業です。よって、この者達を全員牢に拘留し、十分に心から反省をさせた後、釈放します。それと、この者達が彼女達にしてきた所業は、王国中に広めようと思っています」

「……ふむ。牢を出た後でも、その噂が邪魔をして再就職は厳しくなる……か。後はこの者達の頑張りどころと言ったところか。儂としては軽いと思うが、お主がそれでいいのならそうすればいい。孫娘はお主に一任しておるからの」

「ありがとうございます。――それと、恐れながら先王陛下」



 ハイドは片膝をつき、リンデンに向かって深く(こうべ)を垂れた。


 


「私もこの一年間、その者達を放置し、妻と侍女への嫌がらせを傍観してきました。そして私自身、妻をずっと蔑ろにしてきました。この屋敷の当主として、人として、夫として決して許されざる所業です。どうか私に相応の罰を与えて頂けませんか。この場で死ねと言われたら、すぐに自害致します。私はどんな罰でも、甘んじてそれを受け入れる所存です」





 

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