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21.悪党に訪れる末路




「オリービア」



 オリービアがハイドの様子を無言で見守っていると、ローレルが小さな声音で彼女の名を呼んだ。

 振り向いたオリービアの顔に、ローレルの端正なそれが近付く。そして、彼はオリービアの耳元に唇を寄せ、彼女にしか聞こえない声で言葉を紡いだ。


 オリービアはそれに表情を動かさず、微かにコクリと頷く。


 ローレルがオリービアから身体を離すと同時に、下を向いていたハイドが、不意に彼女の方を振り返って言った。



「――オリービア。本当のところはどうなんだ? 俺は何を言われても大丈夫だから、どうか“真実”を教えて欲しい」

「ちょっと!? 何でその女に訊くのよ!? アンタはアタシの言う事だけ信じていればいいのよ!」



 ユーカリの金切り声が飛んできたがハイドは構わず、真摯にオリービアを見つめる。



「……旦那様……。――えぇ、分かりましたわ」



 オリービアは微笑んで頷くと、スカートの後ろについていたポケットから、長方形の小さな機器を取り出した。



「これは、わたくしが発明した『録音器』ですわ。音声をこの機器の中に保存する事が出来ますの。これを使っている間は魔力を消費し続けるので、魔力がそれなりにある方でないと使えないのが欠点ですわね。使用出来る者が限られてしまうので、改善試作品でまだ販売には至っていませんの。――わたくしは使えますので、この廃屋に入る時に、魔力を込めて機器を作動させておいたのですわ」



 説明しながら、オリービアは機器の下部にある小さな丸い突起物を指で押した。



『ようこそ、芋女。待っていたわ』

『まぁ、お招き頂きありがとうございます、ユーカリ・ブルタス様、ロナド・デンロン様』



 すると、機器の上部にある細かい網目状の箇所から、少量の雑音と共にユーカリとオリービアの声が流れてきた。

 ハイドとユーカリとロナドが、驚いた表情で彼女が手に持つ機器を見つめる。



「もっと先ですね。少し早送りします」



 オリービアは丸い突起を押し続け、パッと離した。



『あら? ユーカリ・ブルダス様、今『殺す』と仰いましたね? 殺すのですか、わたくしを?』

『あぁ、そうだ。お前がいると、俺達の計画が台無しになるんでね。ここで死んで貰うよ』

『計画……ですか? もしかして、ランジニカ伯爵邸を乗っ取って資産と屋敷を我が物にするという、愚劣で凡愚で馬鹿馬鹿しい内容の事でしょうか?』

『はあぁっ!? 何よその言い草はっ!?』

『ユーカリ、落ち着け……』



「………………」



 そこにいる者達全員、言葉も出さずにそれを聞いていた。

 ユーカリとロナドに至っては、再び青褪めた顔で口元を引き攣らせ、『録音器』を凝視している。



『今すぐにお前を殺したいところだが……私も散々邪魔をしてきたお前に相当腹が立っていてね。この男達にお前を輪姦させて、その澄ました顔が泣き乱れてグチャグチャに善がる姿をじっくりと堪能する事にするよ。ボロボロになるまで凌辱して、絶望したまま殺してやろう……ククッ』



「…………っ!!」



 それを聞いた途端、ハイドとローレルの顔つきが般若のそれに変わった。



「きっ――貴様ぁっ! オリービアに何という下劣極まりない事をっ!!」



 ロナドに掴み掛かろうとしたハイドを、オリービアが鋭く呼び止めた。



「お待ち下さい、旦那様! 折角ですので、お二人にはここで全ての罪を認めて貰いましょう。――ローレルさん、回収をお願いした『アレ』は今持ってらっしゃいますか?」

「はい、今朝渡そうと思っていたので、ここに。――オリービア、後であの男を思いっ切りぶん殴ってもいいですか?」



 最後はオリービアにしか聞こえないような声音で、ローレルがそう訊いてきた。



「あらあら、亡くならない程度にお手柔らかにお願いしますね。ありがとう、ローレルさん」



 オリービアはクスリと笑いながら、ローレルが上着のポケットから出した物を受け取った。

 それは、彼女が持つ物と同じ『録音器』だった。



「ローレルさんに頼んで、執事の部屋にコレを忍ばせておいたのです。そして、ユーカリ・ブルタスとロナド・デンロンが一緒に部屋に入るのを見計らって、魔力を飛ばして『録音器』を作動させていました。――あぁ勿論、お二人が一緒の時以外は『録音器』は動かしておりませんよ? 例えロナド・デンロンがとんでもなくいかがわしい趣味をお持ちでも全く存じ上げませんので御安心下さいませ」

「はっ!? な、何を言うっ!? そ……そんな趣味は持ってにゃい!! てて適当な事を言うなっ!!」



 ロナドが顔を真っ赤にし、焦った拍子に噛みながら怒鳴ったけれど、オリービアは全く構わず、『録音器』の上部にある網目状の部分に耳を寄せた。

 そして音を少量にすると、保存された内容を早送りさせながらザッと耳に通す。



「……お子様には絶対に聞かせられない内容が含まれていると覚悟していましたが、意外にありませんね。理由は……成る程、そういう事ですか。帳簿に関する核心部分がありましたので、お聞かせしようと思いますが……。――旦那様、その……」

「大丈夫だ、君の言いたい事は分かる。俺は彼女とその男の関係は分かっている。遠慮無く流してくれ」

「……そうでしたか。では――」



 ハイドの凛とした顔に頷いたオリービアは、『録音器』を作動させた。



『……また服とネックレスを買ったのか。そんなに何着何個も必要な物なのか? 俺には分からないな』

『アタシは二度も同じのを付けるのは嫌なの。毎回同じだと貧弱でみすぼらしく見えちゃうでしょ? アタシはそんな風に見られたくないのよ。常に高貴でいたいの』



 『録音器』から、少しの雑音と共にロナドとユーカリの会話が聞こえ始める。



『分かった分かった。だが、また今月の交際費の予算を大きく超えるぞ』

『そんなの、いつもの通り他の経費に割り当ててよ。全体の予算を超えて赤字になったら、また町民の税金を上げればいいわ。せいぜい頑張って、アタシにいい思いをさせて頂戴――ってね、ウフフッ』

『やれやれ、傲慢な女だ。毎月帳簿を誤魔化す身にもなってくれ。バレたら一発で捕まるぞ? 署名をしていないし、抜き打ちで国から監査が入ったら不味いな……。俺の名前は危険だし、過去にいた使用人の名前を調べて適当に書いておくか。やれやれ面倒だ』

『フフッ、面倒を掛けられても好きでしょ? アタシの事。身体は正直だものねぇ? アタシにあんなに溺れてるんだから。大丈夫よ、アタシもアナタが好きだから』

『……その同じ台詞を料理長にも言ってるんだろう? 知ってるんだよ、俺は。お前の離婚理由は「複数の男と浮気・不倫したから」という事もな。確か三股だったか? 不倫相手の奥さん全員に慰謝料を支払う羽目になって、お前の金じゃ全然足りず、実家からも出させて、怒った親から勘当されたのも知ってるぞ。全く懲りない女だな。あの伯爵の坊やも手玉に取って、男達を侍らせて、さぞかしいい気分だろうな』

『あら、怒ってるの? フフッ、嫉妬かしら? ハイドはチョロかったわ。弱っているところを慰めたらアタシにイチコロだもの。本気で慰めるわけないのにさぁ、全てはアタシとお金の為なのに。ホンットお馬鹿な童貞よね、フフフッ。大丈夫よ? アタシはアナタの身体が一番好きだから。――ねぇ、今すぐアナタとしたくなったわ。ここでは駄目なの?』

『シーツはお前の連れてきた使用人が洗っているからな。跡が残ったら、お前との関係がバレてしまう。使用人がそれを料理長に言ってしまったら、嫉妬で俺の料理に『毒』を入れられかねない』

『フフッ、それは困るわね。モテる女は辛いわぁ。じゃあ早くアナタの部屋に行きましょうよ――』



 オリービアは、そこで『録音器』の動作を止めた。



「…………」

「な、なっ……。――ちっ、違うわ! そんな事アタシ言ってない! デタラメよ! そのヘンなモノがおかしいのよ!! ハイド、こんなの信じちゃ駄目よ! その女の陰謀よ! アタシ達の仲を引き裂こうとしてるんだわ!! なんて酷い女なのっ!!」



 ユーカリがオリービアを睨みつけ、不快な甲高い声で叫ぶ。

 


「……覚悟していたとはいえ、本人の声で直接聞くのは、やはり辛いものがあるな……。帳簿の不正もしていたなんて……。だから頑なに俺に見せようとしなかったのか……。大丈夫だって言っていたのも嘘だったんだな……。――ははっ。最初から、嘘だらけ……だ……」



 乾いた自嘲が漏れ、そっと睫毛を伏せたハイドは、長い息を漏らした。



「俺はまだ……心の奥底で貴女を信じて、貴女がオリービアに何もしない事を信じて、この一週間、見張りもせず貴女を放置していたんだ。それは俺の“一縷の望み”でもあったんだ……。俺を救ってくれたユーカリさんは、人を襲うような真似はしないって……。――俺は、本当に馬鹿で不調法者だな……。そんな俺の自分勝手な望みの所為で、オリービアをこんな危険な目に遭わせてしまった……。本当に……申し訳ない――」

「旦那様……」



 ハイドはゆっくりと顔を上げると、醜く顔を歪ませているユーカリを見る。



「……ユーカリさん、さようなら。俺はもう……貴女とは二度と、金輪際関わらない。屋敷に来ても絶対に入れない。貴女には決して頼らない。貴女と俺は、これからは赤の他人だ」

「は、ハイド……。待って、アタシを見捨てないで……。アンタがいないとアタシ、どうやって生きていけばいいの……。お金も無いし、住む場所も無いの……。お……お願い、アタシを助けてよ――」

「…………三年間。もう十分助けたよ――」



 ハイドはそうポツリと言うと、ユーカリに背を向けた。

 彼の様子を黙って見ていたオリービアは、ローレルへ静かに呼び掛けた。



「……ローレルさん、彼らをお呼びしていいですよ」

「……はい、分かりました。――すみません、お待たせしました! よろしくお願いします」



 ローレルが部屋の入り口に向かって叫ぶと、衛兵達が一気に部屋に踏み込んできた。

 彼らはローレル達と一緒にここに来て、合図があるまで部屋の外で待機し、中の様子を窺っていたのだ。



「今までの会話を全て聞かせて貰ったぞ。ユーカリ・ブルタス、ロナド・デンロン。幾つもの罪の容疑により、お前達を捕縛する!!」

「――やっ、止めろっ!! 俺は悪くない!! この女に騙されていただけだっ!!」

「はぁっ!? あっ、アタシだってこの男に!! ――はっ、ハイド! ハイド助けて……っ!」



 衛兵に腕を掴まれ、助けを求めて必死にハイドの方を振り返ったユーカリは、その凍るような冷たい視線とぶつかり、ヒュッと息を吸い込んで言葉を無くしてしまった。


 その蔑んだ眼差しは、自分を完全に拒絶していて。



「……あ……ああぁ……」

 


 そこでようやくユーカリは、ハイドはもう二度と自分に見向きもしない事、伯爵邸から自分の居場所が完全に失くなってしまった事を悟り、深い絶望に陥ったのだった――


 

「罪の擦り合いは牢の中でするんだな。良かったなぁ、暫く住む場所が出来たじゃないか。薄暗くて寒くて色んな虫がわんさか出てくる汚い場所だけどな! ほら、さっさと歩け! ――あっ、こら動くな! くそっ、コイツ暴れて……!」

「俺は無実だ!! これは何かの間違いだっ!! 俺は何もしてない!! 離せ、無礼だぞ!! 離さないかっ!!」



 腕を振り回し暴れまくるロナドの後ろで、ローレルは無言で足元の小さな瓦礫を拾うと、それを勢い良く彼の頭に投げつけた。

 瓦礫は見事にロナドの後頭部にガツッと直撃し、彼は「グゴッ」と変な呻き声を上げると失神してしまった。



「おっ、何だ? いきなり気を失ったぞ?」

「良かったじゃないか、連れて行くのが楽になった」

「……倒れてる奴ら、容赦なく血塗れだな……」

「これは……まぁ、『正当防衛』って事で……。自業自得さ、うん……」



 後日、衛兵達へ事情聴取と『録音器』の提供を約束したオリービア達は、ズリズリと引き擦られていく白目を剥いたロナドと血塗れの男達、そして茫然とした失意のユーカリの哀愁漂う後ろ姿を見送った。



「ぶん殴るのは無理そうだったので、そこら辺の物をぶん投げておきました」



 しれっと言ったローレルに、オリービアとニアナは思わず笑ってしまったのだった。






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