二十話 情報屋 2
「トキワ―――アサミ―――?」
「そうだ、俺の名はトキワアサミだ」
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だが」
「いや、待て。待ってくれ。僕の中で、知ってるトキワアサミは・・・・・・」
「『僕』、あぁ―――そういうことか」
なにを勝手に理解したのだろう。
俺にはまったくわからない。
「しかし男だったとはな」
「どういう意味だ?」
「俺はお前が女だと思っていた」
「どうして僕が女でなければならない?」
「色々と説明が必要だ。まずは警戒を解いてくれないか」
「明らかに不審者だけどな」
この男、トキワだが随分とこの部屋に慣れている気がする。
無駄な動きがないと言う表現は変だが、着ていたブレザーを脱ぐと辺りを確認する事なくハンガーを手に取りブレザーを吊るした。
そういえば、俺より前にこの部屋に居たんだ。
しばらく室内を物色していたのかも知れない。
なら、色々とこの部屋にあるモノを知っていてもおかしくはない。
「タバコは吸わないよな」
「え?」
「いや、いいんだ」
ハンガーに吊るしたブレザーのポケットからタバコを取り出したトキワ。
しかし中身が雨で濡れたのか湿っているようだ。
一緒に取り出した金色のオイルライターだけを残し、タバコの箱はポケットにしまってしまう。
「これをお前にやろう。いや、あの娘に渡してくれ」
オイルライターを差し出してくる。
「なんで・・・・・・?」
「記念品だ。俺がここに来た」
「どこから来たんだよ?」
「別の世界だ」
「だから!?」
「この世界の常盤朝美。その平行世界と呼ばれる世界からだな」
「まったく意味がわからない」
「なら黙って聞いてろ」
「じゃあ、彼女の自殺を止めるためにここへ・・・・・・?」
色々と長い説明を受けた。
彼は単調な口ぶりで感情の上下を感じ取ることが出来なかった。
「それだけじゃない。自分のためだ」
「それで、彼女は君のおかげで生きることが出来るんだな?」
「それはわからない。生きる死ぬはアイツ次第だろ。俺は、とあるキッカケを止めただけだ」
「・・・・・・」
「なに心配するな。アイツは強いよ。俺とは違ってね」
「いや僕からすれば、彼女より、君の方が数倍強い立場にいると思うんだが」
「それはどうかな」
「それで、君はどうするんだ?」
「ん」
「君は、自分のいた世界に戻って―――」
「死ぬだけだが。何の問題もなかろう」
「死ぬだけって・・・・・・」
「いいなお前は。あっちの正志と違って、話しやすい」
「茶化すな!! このまま、死ぬだけなんて!!」
「いいんだ。元を正せば俺はどういった形であれ死ぬつもりだった。少し寄り道をしているだけだ。終わりから始まり、謎の少女に出会い、別の世界の俺と名乗られ、確かめて、問い詰めて、役目を背負わされ、救済をするため平行世界の境界線に立っただけの事」
「・・・・・・だけど」
「ふん。俺としても少し変だとは思っているな。なぜなら俺は金にならない事はしない。だがこうして動いている俺を客観視すると、楽しんでいたようにも思える。実際はわからないがな」
彼女を見守っていてくれ。
彼はそう言った。
無表情の顔は終始変わることはなかった。
「もしも―――」
「え?」
「俺が生きる道を選んだら―――」
「?」
「また不幸になるだけなのかもな―――」
「こんな感じだ」
「随分と熱弁だったわね」
「あの男、可哀想だった。助けてやりたい。そう思った」
「だけど、助けたとすればまた世界がこじれるんじゃなくて?」
「それはどうだろう。元々こじれてるんだから、この状況になったんじゃないか?」
「まぁ、そうなのかも・・・・・・」
「やっぱり俺、あの男を助けてやりたいと思うんだ」
「どうして?」
「普通、そう思わないか?」
「けど、何かの夢でしょ? 非現実な事が起きるはずないじゃない。無茶苦茶よ」
「確かに、俺も気付いたら副社長室にいただけで彼はいなかった。濡れていたブレザーもなかったわけだし、室内に水が垂れてたこともなかった。だけど、これがある」
ポケットから何かを取り出した。
立花が手に持つそれは金色のオイルライターだった。
「あれ? それ、私が持ってヤツ?」
「そう、たった今拝借した」
「なに勝手に盗んでんの!? じゃなくて、なんでアンタがそれを知ってるの!?」
「だって、俺がお前の制服に忍ばしたヤツだし」
「かぁぁぁ・・・・・・。アンタってヤツはもう!! なんでそういう大事な事を!!!!」
「あの男がいた証拠がある。それだけで、俺たちが経験したことは現実になった」
「だけどどうしようもないじゃない? 私がその・・・・・・〝トキワアサミ〟の世界に行くって言ったって・・・・・・」
「橋渡し、だな」
「は?」
「俺が、お前の橋渡しになってやる。だから、助けてやってくれ。アーミーを助けた彼を、今度は君が助けるんだ」
・・・・・・。
無茶な話だろう。
だって、普通に考えて、別の世界に行くなんて無理じゃない。
「はぁ・・・・・・」
私はため息をつきながら道を歩く。
学園は終わったことだし、家に帰って寝ることにした。
道中、空を見上げる。
のんきな事。
雨はすっかりとあがっていた。
蒼い空に流れる白い雲は穏やかだ。
それに引き換え、私と来たら・・・・・・。
「長靴はダルいわよ」
色々と。
家に帰ってきて長靴を脱ぎ捨てる。
リビングにいる母に形なり帰宅の挨拶を済ませ自室に向かう。
「助けるって言ったって・・・・・・」
どうしようもない。
私は魔法使いじゃない。
しかも、マンガやゲームの世界じゃない。
現実なのだ。
こういったファンタジーの世界観は嫌いじゃないが、当事者が自分となると話は別である。
ベッドに横たわり天井を見上げる。
今頃、その噂の男はどうしているのだろうか?
未だに失礼ながら思い出すことが出来ない。
その人の顔も、その時の状況も・・・・・・。
ポケットからオイルライターを取り出す。
フタをあけ、火を点ける。
どうも変だ。
今朝より火が弱くなっている。
そのまま火を眺めていると更に火が小さくなる。
そして、そのまま火が消えた。
「アレ?」
もう一度火を点けようと試みる。
しかし、火は点かなかった。
あの時はフタを閉めるまで火が消えることはなかったのに。
「・・・・・・」
理由が欲しい。
彼を助けることが可能なら理由が欲しかった。
だって、私はまだその時の事を思い出してはいない。
だけどきっと、思い出したら立花と同じ事を思うのではないだろうか?
「ばっかみたい」
ライターを握り締め、ベッドから立ち上がる。
もう一度、あの場所に行けばいい。
そうすればきっと、思い出すかもしれない。
行こう、あの場所に。