十八話 生かされた世界で 2
翌日、普通に学園に通うことにした。
さすがに入院明けのため両親から休むように促されたがそうもいかない。
学園を休む事自体はどうでもいいのだが家に居たくない。
家に居れば自然と親の顔を見ることになる。
お父さんは仕事で家を空けていても、お母さんは居る。
あの笑顔が怖い。あの優しさが怖い。あの人が怖い。
全部怖いのだ。
それと同様にお父さんも怖い。
なんで怖いかって?
私を、立派な人間にしようとするから・・・・・・。
立派な人間?
それってなんだろう。
有名な会社に入社してたくさんのお金がもらえる様な人間?
それとも、有名な大学に進学出来る人間?
わからない。
だけど、あの人たちはそれを望んでいる。
それを望んで、実際に行動している。
私が入学した学園、桜蓮学園だが、かなりのレベルを要する学園だ。
私は難なく入学した身であるが周りはそうも行かない場合が多かっただろう。
桜蓮から合格通知が届いた時の両親の反応は本当に怖かった。
よく出来た娘だ、なんてよく言われた。
ご近所さんにも言いふらす始末。
私は、あの人たちから期待されている。
期待されているから怖い。
いつか、期待に添えられない事が起きたら、私は捨てられる。
「しっかしなぁ、雨ってかったるい」
雨は相変わらず昨日から降っているらしい。
もっとも昨日の記憶なんて残っていないのだけど・・・・・・。
雨が降る中、傘を差して通学路を進む私。
言い事教えてあげようか?
少なからず大人に近づきつつある私が長靴履いているって言う事を。
カワイイ?
学園の制服+長靴。
滅多に見る事の出来ない要素。
どんな学園生でも長靴なんて履かないよね普通。
ましてやプライベートではなく、通学で。
これって、いい様に笑い者にされるんだ。
「ホント、かったるい」
だから雨がキライ。
だからあの家の事情がキライ。
何より私を保身させるあの家がキライ。
雨の日は長靴以外履かせてくれない。
少し前までは、雨合羽の着用も義務付けられてたし。
完全装備で先に進めと言う事。
何も、戦場に行く訳でもあるまいし。
「おやおや? 長靴少女、アーミーではないかっ」
「!?」
この声にはいつも驚かされる。
なぜか。
気配をまったく感じないのに突然声を掛けられるからだ。
「アーミー言うな!! ナイフじゃないから!!」
「ほぅ、常盤嬢がそんな物騒な物事を言うなんてな。機嫌がいいのか?」
「最悪だよ、カエレ」
「いやいや待て待て。せっかくこんな素晴らしい雨模様に傘を差して登校してるんだ。帰るなんてもったいない」
「で、何よ? また私の長靴をバカにしたいわけ?」
「そんな事はないさ。もっと重要なことがある。この立花正志が重要と言うんだから、すごい事だぞ?」
立花正志。
以上。
「おいおい」
「何よ?」
「何か今端折ったろ?」
「知らないわ」
傘で顔を隠して通学路を進む。
顔を見たくない。
顔を見られたくない。
コイツには何かと見透かされている気がする。
まともにコイツに立ち向かうことが出来る人がいるなら見てみたい。
きっと、会話にもならないんだろうね。
いや、テレパシーとかで会話してたりして。
「昨日、病院にGO! したらしいな」
「その情報はどこから? 情報屋さん?」
「フッ、知りたい?」
「いいえまったくこれ程にも無いくらいに」
左の人差し指と親指で数ミリの隙間を作り、後方に向ける。
しかし変な人は右隣にいた。
「まぁぶっちゃけた話、昨日会社にいたんよ」
この男、立花正志は私が倒れていた(らしい)朝山ビルで働いているのだ。
役職とかは知らない。
むしろ正社員でないこの男がどうしてお父さんの仕事場に生息しているのかが謎。
だけど、一度だけお父さんに聞いたことがある。
『あぁ、彼はいいんだ。あの会社にいないとならん存在だ。救世主なんだよ』
とか言ってたっけ?
まぁ要するにバカ。
「記憶を失っているとか?」
「なんで知ってるか、教えなさい」
「すこぉーーーーーーし、ほんの少しだけ、君を担当したお医者さんに話を聞いたんだよ」
「サイッテー」
「まぁこれも、お友達がなせる必殺技だな」
「で、そのお友達さんは、どこまでご存知? 私は確かに記憶を失ってる。どうして倒れてたかも知らないの」
「君は特別だ。安く売ってあげよう、情報を」
「いらないわ。別に必要とはしてないし」
「そう言うと思ったよ」
相変わらず、顔を合わせない会話が続く。
こんなの日常茶飯事。
私は友達が多い。
〝お嬢様〟で通っている私にはそれに見合った友達がいる。
もちろん、差別はしてない。
クラスメイト皆と仲良くしてる。
誰とでも男女見境なく会話できる。
だけどコイツは違う。
一応、ここで補足を入れると、幼馴染。
だから友達ではない。
変な、友達。
私、お嬢様である私に馴れ馴れしく声を掛けてくるバカ。
「さぁアーミー!! 我等が愛すべき桜蓮学園まで、あと少しだぞ!!」
「絶対に、ブッコロス」
「おいおい、学園近くでそんな事を言うな。お嬢様、なんだからな」
なんちゃってお嬢様だけどね。
「あーさーみー!!」
教室に入ると真っ先に声が掛かる。
昨日、夜に電話を掛けてきた御方だ。
「おはよう」
「やぁやぁ。体の具合はどう?」
「んー、別に問題はないよ」
「そうかぁ。倒れた衝撃で胸がでかくなったりはしないか」
「あのねぇ・・・・・・。胸はほっといて」
「ごめごめ。皆心配してたよ。今日は学園来ないんじゃないかって」
「いやぁー、そうもいかないよ。あの家、かったるいから」
「こらこら、私の家より贅沢な家を批判するな。お嬢様」
「お嬢様言うな!!」
「実際、お嬢様じゃない?」
「ほっといて」
学園は平和だ。
私は大好きだ、この空気が。
こんなに他愛もない会話が出来る。
お嬢様って言うレッテルが貼られてるけど、気にしない。
どうしてお嬢様か?
聞きたいの?
まぁ、そういう風に生きろって言われてる。
それだけ。
簡単でしょ?
「立花のおかげだよ」
「なにが?」
「アイツがアンタを助けたんだから」
「ハァ?」
「だってアンタ、お父様が働く会社の屋上で倒れてたんでしょ?」
「いや、知らないけど」
「まぁそこは置いておいて、アンタが倒れてるのを立花が見つけて救急車呼んだのよ。アレ? 呼んだのはお父様? まぁそれはいいけど、ちゃんとお礼言っておきなよ?」
バカなの?
そんな話あるわけ―――。
まさか。
辺りを見回す。
一緒に登校してきたはずの立花が消えている。
いや、登校してきたのは否定しよう。
だが気付いたら隣にはいなかった。
同じ教室であるにも関わらず、教室にはいない。
アイツ、教室には基本顔を出さないからね。
もうじきホームルームが始まる。
アイツを探すわけにはいかない。
だって、遅刻扱いになるでしょ?
放課後、問い詰めるか。
あの男、何か知ってる。
私の知らない、何かを知ってる。