十七話 生かされた世界で
やけに眩しい。
目を閉じているはずなのに、眩しく感じるのは何故だろう。
自然と手が顔を覆い隠す。
「朝美!?」
誰かの声が聞こえる。
聞き覚えのある声だ。
「お父さん―――?」
「そうだ、俺わかるか? 母さんもいるぞ」
「どうして?」
「お前は会社の屋上で倒れていたんだ」
会社? 屋上?
何のことだろう。
私にはさっぱりわからない。
手を顔から退けて目を開ける。
白い天井、白いカーテン、白いベッド。
何もかも白で統一された部屋を察するにここは病院なのだろう。
「もう平気なのか?」
「わかんない。頭がボーッとする」
「自分がどうしてあそこにいたか覚えてないのか?」
「・・・・・・うん」
「わたし、お医者さんを呼んできます」
「頼む」
それからしばらく無言が続いていたところに医者が姿を現し私の様子を診る。
「まぁ、特にこれと言った問題はありません。外傷がある訳でもないですし、眠っていた時間もさほど長くはないですから。少し経過を診る必要はありますが、すぐにも退院は出来ます。保護者の方にお任せしますよ」
そう言って医者は去っていった。
「朝美、よく顔を見せてくれ」
「なに?」
「よかった、無事で・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ」
「なんだ?」
「どうして私屋上にいるってわかったの?」
「誰だか知らないが、『屋上に行くといい』と電話があってな。急いで行ったみたらって感じだよ」
「知らない人?」
「あぁ、若い男の声で随分と単調な声だった。感情が篭っていない―――と言うべきなのか判らないがその一言だけで電話を切ってしまった」
「お父さんが屋上に来た時、誰かいた?」
「誰もいなかった。屋上には朝美しかいなかったんだ」
「・・・・・・」
「雨が降っていたから、朝美以外の誰かが屋上にいたとして、そこを後にしたら足跡が残るはずなんだ。だけど残っていなかったし・・・・・・」
「まぁ何より無事でよかったわ朝美。少し、記憶が飛んでるのよ。お医者さんもそう言ってたわ」
それからしばらくして、私は退院した。
私は病院がキライ。
どこか薬の匂いが漂っているし、点滴が鬱陶しい。
他の患者との共同部屋で居心地も悪い。
満足に食事も出来なければトイレにも行き辛い。
医者も特別とどまる様には言わなかった。
数日後にもう一度検診に来るようには言われたけど。
雨が降っていたと言うことで屋上にいた私の服はびしょびしょに濡れていたらしい。
予めお母さんが家から服を持ってきてくれていた。
それを着て私は病院を後にする。
どうしてパジャマなんだろうか・・・・・・。
もう少し気遣ってジャージには出来なかったものだろうか。
少し抜けている部分があるお母さんの事だから責めたりは出来ない。
車を持ってくると言って先に出て行ったお父さんが病院の入り口で待っている。
黒塗りのベンツ。
車のことはよくわからないが、きっと高級車。
ベンツ=高級車とは誰でもそう思ってしまうほどの存在感だ。
車に乗り込み、エンジンが鳴る。
後部座席の窓から見上げる空は灰色。
雨が降っている。
この雨にどれ程私は打たれていたのだろうか。
決して強い雨ではないが、今の雨がその時の雨とは限らない。
時間は経過する。
時間が動いていれば世界のものは形を変える。
きっと、時間が私を変えてくれるだろう。
今のこの気分も忘れられる。
そう思うしかない。
家の前に車が止まる。
車から降りようにも傘が無いため降りられない。
いや、別に家がすぐそこだから私は一向に濡れても構わないのだがお母さんが許してくれなかった。
助手席からお母さんが降りて後部座席に傘を差してやってくる。
その優しい笑顔が、どこか私を悲しくする。
どうしてだろうか?
濡れている制服を自室に持ち込む。
ある程度は病院で乾かしていた様だ。
乾燥機など使えれば万全に乾かせただろうが、無論使える訳がない。
幸いにも水が滴ることは無いので暖房をつけて放置していれば乾くだろう。
問題はポケットに入っている携帯電話と財布だ。
ポケットを探る。
結論から言うと見当らない。
それもそうか。
私は現に制服からパジャマに着替えさせられている訳で、その時両親のどちらかが取り出したに違いない。
「あれ?」
ブレザーの左ポケットから覚えのない物が出てきた。
金色のメッキが施してある無地のライターだ。
100円均一とかでは売っていない、もっと高価な物でオイルを継ぎ足しで使っていくタイプだ。
「どうして・・・・・・?」
私はタバコを吸わない。
この家で吸うとすればお父さんぐらいだが・・・・・・。
手で弄びながらオイルライターを観察する。
ところどころ剥げた金メッキから察するに長い間使われていたと思える。
フタをあけると、シャキンと心地良い音を立てる。
試しに火を点けてみる。
ボッと音を立てて舞い上がる火柱。
ライターケース自体は雨の影響で濡れてしまっているが心臓部には問題がないらしい。
「誰のだろう? お父さんの?」
お父さんがタバコに火を点ける時、同じ物を見たことがある。
だとしたら持ち主に返す必要がある。
だけど何故お父さんのライターが制服のポケットに入っているか謎だった。
火柱に息を勢い欲く吹きかける。
「え、消えないの?」
もう一度吹きかける。
火柱が揺れる。
だが消えることはなかった。
さらにもう一度・・・・・・。
「・・・・・・ヤバイ?」
お父さんの一連の動作を思い出す。
フタを開ける。火を点ける。フタを閉める。
「なるほど」
フタを閉める。
消えた。
夕食時。
お父さんにライターの件を持ち出してみる。
「お父さんのライターって金色のヤツ?」
「そうだが、なんで?」
「この前落とさなかった?」
「いや、持ってるぞ」
ほれ、と言われて胸ポケットから取り出した金色のオイルライター。
おかしい。
なぜか持ってる。
じゃあ、私の持っているライターは?
「ライターに興味でも持ったか? だがタバコを吸う人間以外に必要はない物だ。まさか・・・・・・」
「いやいやいやいやいや違うからっ」
「そうか。だが忠告しておく。やめとけ」
「違うから!!」
ライターを取り出したついでなのか、お父さんがタバコを口にくわえる。
そしてライターの火を点ける。
火がタバコに近づく。
「おっと」
だがお父さんはタバコに火を点けることはなかった。
「家族がいる前でタバコはよくないな!!」
「そうですよお父さん、人がいないところでお願いします」
「すまんすまん」
そして差し出されるお母さんの手料理。
・・・・・・。
何も言わないでおこう。
食事を終え部屋に戻る。
かなり食べた気がする。
お腹が空いていた。
ただそれだけ。
「お腹がいっぱいになると、眠くなる~~♪」
幸せな気分だ。
こういう気分をいつまでも味わっていたい。
ベッドに飛び込み、枕に顔をうづめる。
やっぱり慣れたベッドで眠るのが一番良い。
病院のベッドじゃロクに眠ることは出来なかっただろう。
ふと、ケータイがバイブしている事に気が付く。
ちなみにケータイと財布は案の定お母さんが持っていた。
財布はびしょびしょで使い物にならなくなっていたが、ケータイは防水仕様の最新型なので問題はなかった。
「もしもしーー?」
『ちょっと朝美!? あんた入院したってホント!?』
「え、あー? うん、なんか倒れちゃったみたい・・・・・・」
学園の友達からだった。
あまりにも早い情報漏れ。
黙っておこうと思ったのに。
「て言うか、誰から聞いたのよ?」
『立花からの情報』
「またアイツか!?」
『てか具合どうなのよ!?』
「入院したって言ってももうとっくに退院してるよ。大丈夫、なにもないから」
『チッ』
「なにそれ!?」
『クラスの全員で花束持って行こうと計画してたのになぁ』
「嫌がらせ? 絶対に嫌がらせだよね!?」
私は幸せだ。
こうして少しの出来事で心配してくれる友達がいる。
幸せ、なんだ・・・・・・。
電話をしながら片方の手でライターを弄ぶ。
・・・・・・。
幸せ・・・・・・?




