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フイッシング詐欺

 海に来ている。サスペンスの終盤に使われそうな岸壁の上というロケーション。よく簀巻き崖落としに使われる名所でもある。カモメに似た謎生物が例えようの無い鳴き声と共に空の向こうへ羽ばたいていく。不意に肌を撫でる潮風が心地よくて僕はすぅと目を細めた。


 このゲームのプレイヤーは頭がおかしい。


 まったく、僕は操られていただけだというのに。不可抗力という言葉を知らないのかね。

 やり場のない怒りを律することは難しい。負の感情というのはどうしようもなくメンタルを削るから何らかの方法で発散する必要がある。そういう時、手近な人に当たり散らすのは少々みっともないのではないかと思う。


「建設的じゃないよね。プラス思考じゃない。退廃の極地だ」


「だがマイナスを埋めるには手っ取り早い。そうだろ?」


 違いない。

 ざり、と砂を蹴るような音。視界が回る。透明で澄み渡るような青から、鮮やかながらもどこか虚ろでぞっとする深い青へ。空と海の青の違いを堪能する。渦潮が、まるで異界へ通じる扉のようにその顎門を開いていた。目を閉じる。次に目を開いたその時、別の世界に飛ばされていたら面白いな、なんて少年の妄想のような考えを抱きながら。まあ無理だよね。僕は出力を間違えたドラム式洗濯機にブチ込まれたみたいになって死んだ。


 ▷


 せっかくだし海で爆弾を作ってみよう。何かインスピレーションを得られるかもしれない。

 自宅を爆破された僕は噴水広場にリスポーンし、十回ほど闇討ちされた後にようやく海へと辿り着いた。ゴミどもめ。僕の爆弾のストックが切れたのをいいことに少々調子に乗っているらしい。いつか必ず正義の鉄槌を見舞ってやる。僕は強靭な意思で己を律しながらせっせと爆弾作成を開始した。


 海エリアには驚くほど何もない。あるのは心地よい静寂に混ざる環境音だ。カモメもどきの鳴き声。寄せては返す白波のさざめき。心が穏やかになるね。花畑エリアが絶景スポットならば、ここはさしずめ癒やし系エリアと言ったところか。


 うねる波に反射する陽光がキラキラと瞬いていて美しい。光の妖精が乱舞しているかのようだ。星の心音のようなさざ波を堪能しながら、しかし心は凪いだ湖面の如く。僕は出来上がった爆弾をポンと叩いた。


 範囲を重視した一品だ。爆発の見てくれにも、音の余韻にも拘らない。ただ(ひろ)く、(あまね)く。蔓延るゴミを洗い流す雄大で荘厳なる自然淘汰。


「大波瀾と名付けよう」


 自らの犯した愚を悔いながら水底に沈むといい。僕は途轍もなく強靭な意思で己を律しながら穏やかな笑みを浮かべた。


 さて、引き続き失った戦力を補充するとしようか。やはり大型爆弾の在庫は百以上無いと落ち着かない。うろついているゴミが例外なく剣という暴力を携行している世界では自衛の手段がない者から食い物にされるのだ。コミュニケーションの多様性を暴力一つで塗り潰したこのゲーム。身の安全は暴力を誇示することでしか保護されない。つくづく業の深いゲームだよ。


 他愛もないことを考えながらも深く集中していた。外界をシャットアウトすることで没入する形ではなく、寧ろ積極的に取り入れて高めていく形。だから僕は誰かが接近していることにいち早く気付いた。


 ザッ、ザッと地を蹴る音。二人だ。こんな過疎エリアに一体何の用があるというのか。迷いなく近付いて来る。……爆殺()るか? 警戒を露わにしながら僕はゆっくりと振り向いた。


「やっぱりライカンさんでしたか」


「何してるんですかこんなとこで」


『検証勢』のモブ二人だった。


 ▷


「いやー、あれは中々にインパクト強い出来事でしたからねぇ。反発食らうのもしょうがないんじゃないですか?」


「血の……民度浄化作戦は二回ともなんだかんだでロールバックされてますからね。でも今回は街の二割を復興しなきゃならないってんで、まあ荒れてるんでしょう」


「でもさぁ、処刑フルコースはさすがにやりすぎじゃない? あれは悪い文化だよ、ほんと」


「あれはもうノリみたいなとこありますから」


「半ばお約束みたいなもんですしね」


「いらないよそんなお約束」


『検証勢』のメンバーはこのゲームのプレイヤーの中でもまだ理性的な方だ。

 殺し合いオンラインに辟易した者や適合できなかった者は流れるように引退していったが、それでもこのゲームに残る選択をした者はそれなりに居た。その多くは『食物連鎖』に吸収されたが、とりわけ熱意の高い者は『検証勢』へと流れた。このクソゲーと正面切って向き合う覚悟をキメた剛の者達だ。


 彼らは成果を約束されない苦行と奇行を淡々とこなす。

 穴を掘らせて、その穴を埋めさせるという無意味な作業を繰り返させる拷問があったと聞く。それに近い。意味の分からぬ作業を黙々とこなし、たまに掘り当てるのは大半がガラクタという苦行。僕なら耐えられそうにない。

 理性的に狂っている集団。それが彼らだ。まあ楽しそうだからいいんじゃないかな。


「でもあの件は自分らにとっては中々に貴重な情報が得られましたよ」


「操られたプレイヤーって大抵すぐに殺処分されますからね。その後の行動サンプルが少なかったんですよ。まさか街に進行してくるなんて思いませんでしたね」


「爆弾を持ってたら街を破壊しだすってのも初めての情報ですしね。それに操られてるプレイヤーには経験値が入らないこととかも。しかしなんでライカンさんはレッドネームになってないんですかね?」


「え? 単にシステムが悪と認めなかっただけでしょ? 操られちゃったらもう僕の力じゃどうしようもないからボーッとしてただけだよ」


 僕が操られて街に攻め入ったときに緊急ログアウトをしろと周囲から叫ばれたが、あれは本来詰み防止策だ。一応はシステムの範囲内である草の憑依に対して使用するのはちょっとズルいんじゃないかと思うんだよね。

 それに廃人連中も言葉不足だった。ゼロに合わせて爆弾に着火すればいいとだけしか言われなかったし、瞬間移動する分身がいるとの説明も受けていなかった。


 誰か一人が悪いって事件じゃないよね。むしろ悲しい事故だ。今回の件で正義を主張することはできないが、それでもシステムに悪認定されるとは思えない。それは僕の白く輝くプレイヤーネームからしても明らかだ。


「……草に操られているプレイヤーのキル判定は通常のプレイヤーキル判定と同じ? だからライカンさんは踏み倒せた? だとしたら故意でないフレンドリーファイアとの違いは何なんだ……」


「殺意の有無じゃないってことなのか? キルに付随する精神状態の変調? 脳波って何なんですかね……」


「それは開発に聞くしかないんじゃないかなぁ」


 『検証勢』のお二方は脳波というブラックボックスについてあーでもないこーでもないと議論を交わしている。結論が出ないと知ると、話題をころころと変えながら延々と話し続け、最終的にモンスターの行動パターンの話に戻ってきた。


「いやほんとNGOの敵性キャラクターに使われてる思考ルーチンは侮れませんよ」


「討伐するにあたっても、強いし理不尽ですけど、けして不可能ではないんですよね。ただそのハードルを上げすぎてるってだけで」


「ゲームとして成り立つ最低の底の底をギリギリで這ってる状態っていうんですかね。プレイヤー全員が協力してれば今頃は神ゲーでしたよ」


「善性に期待しすぎたんでしょうね。斬新なコンセプトも匙加減一つでクソの受け皿ですから。今からでもPK禁止にすればそれなりに盛り上がると思うんですけどねぇ」


 めっちゃ喋るじゃん。びびるよ。なんかしれっと腰を落ち着けてるし。

 直接邪魔されないのはいいけどね。でも僕は今静かに集中したい気分なんだ。僕は尋ねた。


「で、君たちは何をしにきたのさ」


「あ、そうそう。コレですよ、コレ」


『検証勢』のモブ……名前は『ようじょつかわせろくそうんえい』。うん、モブAでいいや。Aはインベントリから粗末な釣り竿を取り出した。メニューで売られている用途不明の品のうちの一つである。


「釣り竿って、それはもう検証終わってなかったっけ?」


 釣り竿が売られている。海エリアがある。答えは一つだろう。

 そしてこのクソゲーはそんな答えを裏切った。総勢百人ほどで釣り竿を垂らしても魚一匹釣れなかった。沖に出ても無駄だった。海に潜っても魚が見当たらない時点で察するべきだったよね。このゲームではみんな仲良く揃ってボウズだ。


「検証に終わりなんて無いんですよ。普通に釣りをするだけじゃ駄目だった。ならどうすればいいか」


「こうするんです」


 モブAの言葉を継いだモブBがインベントリを操作した。装備の変更。このゲームではインベントリをちょいと操作するだけで装備が切り替わる。脱ぐという動作を挟むと良からぬ考えを抱く輩が何人もいるからだろう。ホシノとか。


 さておき、Bが取り出したのは一風変わった装備であった。なにで出来ているのかわからない質感に、表面のぬめりを再現した光沢。虚ろな目がぼうと中空を見つめている。これによく似た装備を、僕も持っていた。


「魚の……着ぐるみ?」


「ユーリ氏に作成してもらいました。タイプサハギンだそうです」


「防御力高いんですけど、ちょっと動きにくいのが欠点ですねこれ。骨格的に無理がありますよ」


 うん……うん? ちょっと意味がわからない。直前まではまだ理解できた。検証に終わりは無いという発言は不覚にもかっこいいと思ってしまった。でもその後が致命的に分からない。意地の悪い謎解きをさせられている気分だ。


「……それで?」


「釣り糸を垂らすだけじゃいつまで経っても釣れないなら魚を用意すればいいんじゃないかと思い立ったわけですね」


「釣り竿のしなる係数とか、釣り上げたときの反動とか、そういう数値をサーバーが拾ったら何か解放されるんじゃないかという予想です」


「なるほど……」


 なるほどね? でもさ。僕は言いかけて止めた。

 きっと彼らなりに考え抜いた上での結論だったのだろう。そこに水を差すのは良くない。それ魚の着ぐるみ用意する必要あった? などと間違っても聞いてはいけない。


「じゃ、僕は見守ってるから……」


「あ、どうも長々と話しちゃってすみませんね」


「じゃ、ウチらは検証作業に入ります」


 そう言ってAは堂に入った仕草で釣り竿をしならせた。ルアーも釣り餌もついていない針がチャポンと落ちて水面を揺らす。丸い浮きがクラゲのようにプカプカと漂っていた。


 ……そのまま五分が経過。釣り竿を持って微動だにしないAに、座る姿勢がキツかったのか寝っ転がって微動だにしないB。静かにしてる。静かにしてるんだけど、謎の緊張感が走っていて集中出来ない……。僕は尋ねた。


「釣れますか?」


「ぼちぼちでんな~」


 ノリがいい。でも違う。僕は打ち上げられて死んでいる魚のようなBに尋ねた。


「釣られないんですか?」


「海釣りって意外とシビアですからね。十分くらい経過するのを待とうかと。釣り糸垂らしてすぐ釣れるってのはリアルじゃないですし」


「そっかぁ」


『検証勢』。彼らは真面目だ。至って真面目で、真摯で、それでいて真っ直ぐで、理性的に狂っている。そういう集団なのである。


 ▷


「そろそろ行くか」


 ニュッと立ち上がったBが歩きにくそうな水掻きをペタペタと鳴らして海に消えていく。いよいよ始まるようだ。僕はスクリーンショットを撮りながら平泳ぎしているサハギンを見守った。


 浮きが沈む。カッと目を見開いたAが釣り竿をしならせて吠えた。


「これはっ! デカい! デカいぞっ! きっとこの海の主に違いないッ!」


 白々しい演技がキラリと光る。彼らはいつだってシステムを欺こうとひたむきだ。


 ググッと持っていかれそうになる脚。砂浜に二条の線が刻まれる。一進一退の攻防だ。しかし線がその先をなぞることはなかった。【踏み込み】。強化された脚力を跳ね上げ、狙うは一本釣りだ。


「フィニィィッシュ!!」


 ビンと張られた釣り糸が緩む。飛沫を上げて海面から飛び出したのは2mに迫ろうかという大物。燦々と降り注ぐ陽の光を浴びてテラテラと光る大物は放物線を描いて砂浜に着地した。


 活きが良い。タイプサハギンの大物は自分が釣られたことに気付いていないのか、今なお泳がんとピチピチと身体を震わせている。凄い躍動感だ。


 そんな大物をAがガシッと抱き上げる。身体の下に両腕を差し込み、グイと持ち上げて釣果を誇示する。その顔は非常に晴れやかであった。僕は心ばかりの拍手をパチパチと贈った。


 これが『検証勢』の日常である。正直意味がわからないし、こんな茶番で新機能が解放されよう筈もない。しかし彼らはやり遂げる。このクソゲーが神ゲーになる、その日まで。


『釣り機能が解放されました』


 えぇ? 嘘だろ?

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― 新着の感想 ―
検証勢はこれがやめれんのだろうなぁ。にしても今回は酷いと思うが
えぇ……頭おかしいよ
[一言] ごっこ遊びで機能が解放される……お飯事とかしたら結婚機能が解放されたりするんか?
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