エビでリヴァイアサンを釣る
ネトゲのプレイヤーというのはとにもかくにも新コンテンツに飛びつく生き物だ。そして生肉を見つけたピラニアの群れさながらに寄ってたかって食い散らかす。
メンテ明け直後、新コンテンツの窓口にプレイヤーが鬱陶しいほど群がっていて自キャラが埋もれて見えなくなるなんてのは日常茶飯事だ。むしろそれが当然であると言える。新要素と見たら特売品に群がるおばちゃん並みのバイタリティを発揮するのがネトゲプレイヤーのあるべき姿なのだ。
NGOもその例に漏れない。たがしかし、フルダイブVRというシステムとバッドマナーを許容する世界観、そしてクソ民度が合わさると事態は少々深刻になる。
「チッ。邪魔クセぇなぁ。もっと詰めろや」
「あ? ボケがテメェが遠慮しろや。釣り糸が絡まるだろうが」
「んだオラァ!」
「るああぁぁぁ!?」
モニター越しのMMOとは違ってアバターが干渉し合うからね。率直に言ってクッソ邪魔なのだ。
海エリアは釣り機能解放のアナウンスを聞きつけたプレイヤーでごった返していた。
モンスター討伐に興味がないクソスポーツ民も釣りならやってみようと思ったのだろう。そうして一人抜ければチーム全員が付いてきて、対戦相手が付いてきて、観客も付いてくる。機能解放アナウンスを聞いたのが初めてだったという影響もあるのだろう。連れションみたいに数を増やして大勢が大挙して押し寄せた結果、海エリアはキャパシティ限界を迎えていた。
「叫ぶなカスども! 魚が逃げんだろうが!」
「あ? 下手を他人のせいにしてんじゃねーよハゲ」
「ボウズのことハゲって言うのやめろや!」
「るっっせええなぁぁぁ!」
クソゲー学者達の間では、NGOのサービス開始直後になぜ殺し合いオンラインが発生したかの議論が度々交わされる。諸説あるが、最も有力な説が縄張り意識だ。
初めて満員電車に乗ったときの不快はよく覚えている。要はそれだ。見知らぬ人物にもみくちゃにされ、足を踏まれ、身動き一つ取るのにも苦労する。『そういうもの』と割り切ってしまえば楽になるが、それが出来るようになるまでは中々にストレスを感じることだろう。
βテストの段階で大注目を浴びたこのゲームは正式サービス開始直後に云万というプレイヤーが次々と降り立った。何が起きるか。大渋滞だ。
早く景色を見て回りたいプレイヤーの前には人の壁が広がっていた。動こうにも動けない。メニューを操作して立ち止まっている者も居るのでいよいよ八方塞がりだ。
邪魔だなぁ。押すんじゃねぇよ。何でゲームしに来てるのにこんな目に遭うんだ?
ため息をついて顔を伏せた時、腰に吊るされた得物に強く視線が引き寄せられた。気付きを得る。これゲームじゃん。そうして惨劇は幕を開けた。歴史は何度だって繰り返す。
「殺すぞ!」
「テメェが死ねやぁー!」
「素っ首叩き落して魚の餌にしてやんよォー!」
気炎を揚げたプレイヤー達が釣り竿を放り投げて剣を取り出す。流れるように鍔迫り合いへ移行。深海魚よりも奇怪な顔で睨み合う両者。メンチの火花を散らす二人の首からブシュッと赤いポリゴンが舞った。どうと倒れ伏して赤の砂浜に沈む。
「お前ら殺し合いオンラインエアプ勢か? いちいち殺すとか死ねとかダセェ大口叩いてる暇があったらヤるんだよ。言葉じゃゴミは掃除できねェ。覚えとけ」
ゴミを二匹をポリゴンへと変えた男は側頭部に鉛玉を貰って死んだ。
「老害がイキってんじゃねぇよ。戦いってのは変わったんだゼ? もっとスマートにやれよ」
葉巻を咥え、紫煙と硝煙を燻らせてカッコつけた男は心臓を一突きされて死んだ。
「銃はやめろっつッてんだろうがッ! 魚が逃げるって何度言えばっ」
銃声よりもデカい声で叫び散らした男は首を斬られて死んだ。
「クソっ! こんなゴミ共と同じところにいられるか! 俺は沖釣りに行くぞ!」
【踏み込み】で海へと飛び出した男がイカダを取り出して戦線離脱を試みた。イカダはショップに並んでいない手製の貴重品だ。目の色を変えたプレイヤー達が叫ぶ。
「ゴミが逃げたぞ! 脱走犯だ! 絶対に逃がすなッ!」
「一人だけ美味しい思いしようとしてんじゃねぇぞ?」
「俺も仲間に入れてくれよな〜!」
「ざけんなボケ! クソがっ! クソ共がーっ!」
抜け駆けを試みたイカダにはあわよくば自分もと期待したプレイヤーが殺到。積載容量を軽くオーバーしたイカダは当然のように転覆、解体。総勢三十近くのゴミが海へと不法投棄された。
「魚が逃げるって言ってんだろぉぉぉ!」
「ヒットしたかと思ったらイカダの残骸に引っかかっただけじゃねぇか! 死ねやゴミクズ共がよぉ!」
「あのクソ共を撃ち殺せぇー!」
「ゴミの肉片を撒き餌にしてやれ!」
「母なる海に沈めゴミ共!」
「騒いでるテメェーらも死ぬんだよぉ!」
砂浜が赤で染まっていく。
平和には礎が必要だ。今日の平和は尊い命を下敷きにして成り立っていると言っても過言ではない。
だけどこのゲームでは人の命など一山いくらのゴミでしか無いのだ。どれだけ犠牲の山を積み上げようと、平和の礎に足る尊い命なんて存在しないからいつまで経ってもクソ民度のままというどうしようもない現実だけがある。悲しいね。僕は釣り上げた魚を脇のバケツにそっと移した。
「ッ! おい! 魔法を唱えた馬鹿はどこのどいつだっ! 鬼が来たじゃねぇか!」
「鬼釣ってどうすんだよ」
[超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!]
「ふざけてる場合じゃ……おい、やめろクソスポ民! そんな大勢で立ち向かうんじゃねぇ! 仲間を呼ばれるんだよッ!」
「あーあ、死んだわ」
「上限の百体までくるなこれ。詰みだわ」
「ログアウトするわ。あとは頑張れよ」
「させるかよ。ちゃんと死ね」
「死ねッ! 殺すぞ!」
「殺すぞーッ!」
僕たちは盛大な内ゲバで足を引っ張り合っているところを百体の鬼さんに轢き潰されて死んだ。
▷
結局、『食物連鎖』の連中とクソスポ民の多くが釣りを諦めたことで海エリアは過密状態を脱した。おかげである程度の間隔を空けて釣りを楽しめている。
さてこの釣りという機能はどういったものなのか。数百人に及ぶプレイヤー達の釣果を示し合わせることで一つの結論が出た。『検証勢』のモブAが言う。
「ガチャですね」
ガチャである。
釣り上げた魚の大半は普通の魚であり、食材以外の用途は今のところ見当たらない。ちなみに生で食べたプレイヤーは死んだ。調理しないと食えない時点で薬草に劣るゴミアイテムである。
しかしながら、極稀に釣り上げた魚が口からアイテムを吐き出すことがあった。それはポーションの瓶であったり、食材であったり、モンスターのレア素材であったりと様々だ。
「エサにもこだわったほうが良さそうですね。針だけの状態よりも、虫とかモンスターの素材をエサにしたほうがヒット率やレア魚の確率が上がりました」
「この短時間でよく調べたね」
「それくらいしか出来ませんから。で、集まったサンプルを照らし合わせると餌は大きければ大きいほどレア魚を釣れるっていうことがわかったんですよ」
「うん」
「そして大きい魚ほどレア素材の質も良い。でもあんまり大きな魚がヒットすると釣り竿が壊れちゃうんですね」
「造りが粗末だもんね、あれ」
「そこで『花園』の生産職の方に作ってもらった釣り竿がこちらです」
「料理番組かな?」
Aはリールまで付いた本格的なロッドを取り出した。こともなげに言う。
「強度と靭やかさは現実のロッドとは比較になりません。これならヒト一人を飲み込むくらい大きな魚でも釣り上げられるでしょう」
「へぇ、凄いね」
「ヒト一人を飲み込むくらい大きな魚でも釣れます」
「うん」
「餌になってくれませんか?」
「頭おかしいんじゃないの?」
『検証勢』はホントこういうところが良くないよ。目的の為なら手段を選ばない。常識も倫理もかなぐり捨ててひたすらに結果のみを追い求める姿勢は廃人とはまた別種のおぞましさを感じさせる。狂人集団め。
「お願いしますよー。ライカンさん以上に簀巻き慣れしてる人いないんですよ」
「やだよ。せめてジャン負けでしょ」
ジャンケンの結果Aがエサ役をやることになった。言いだしっぺの法則に感謝。
▷
簀巻きにしたAを載せたイカダが浜を離れていった。五十メートル以上は離れただろうか。頃合い良しと見たBが拡声器で指示を出す。
『オッケーでーす! エントリーお願いしまーす!』
首筋に針をブスッとされたAがゴロンと寝返りを打った。トプンと音を立てて深い青に消えていく。窒息までは一分だ。それまでにヒットするかどうかが勝負の分かれ目となる。僕は固唾をのんで見守った。
「ウチのギルドの生産職の力作をこんな狂った検証に使用しないでほしいわね〜」
「全くですわ」
釣り竿はシラギクが握っている。高レベルの戦闘職じゃないと引き摺り込まれて終わりだろうと予想されたためだ。
非常に不満げなユーリであるが、この釣り機能自体が狂った検証で解放されたものなので僕は同意してあげられなかった。開発の狂気にはこちらも狂気で挑むしかないのである。
「まあ、こういうのはダメで元々だから」
「ダメ元で人を釣り餌にするのはどうなのかしら……?」
「ほんとですわ。こんなトチ狂った方法で大物が釣れるわけありまあああぁぁぁぁ!?」
お嬢様キャラらしからぬ奇声を上げたシラギクがザザザーッと砂浜を滑った。ビンと張り詰めた釣り糸に折れそうなほど撓った釣り竿。ビンゴ。大物だ! 僕は海に吸い込まれそうになっているシラギクを咄嗟に抑えた。
「ちょっ! ドコ触ってッ!」
「言ってる場合じゃないだろ! 絶対に逃しちゃ駄目だ!」
シラギクの腹に手を回してグイと引き寄せる。しかし僕は戦闘職ではないので焼け石に水だった。ビクともしないや。
「え? おっも」
「その言い方は悪意ありませんこと!?」
「ちょっとぉ! ウチの子へのセクハラやめなさいよ!」
ユーリが僕の腹に手を回して引き剥がそうとしてくる。しかしユーリも大概貧弱なので僕らはズルズルと吸い込まれていく。まずい、このままだと逃げられる……!
「マスター!」
「私達も協力します!」
『花園』のモブ達だ。続々と集ってきたメンバーが必死にしがみついて引っ張るもののまだ足りない。波打ち際まで引っ張られてしまった。このまま負けるのか……? 何か手は無いのか。
「よぉ、面白そうなことやってんじゃねぇか」
「自分たちだけ楽しんでんじゃねーっての!」
「俺等も混ぜろや!」
レッドネーム! 頭のおかしいレッドネーム連中だ! これで勝てる!
ギュンと駆け付けたレッドネームがシラギクの肩をガッと引っ掴み強引に起こした。立て続けに後続の乱れを直していく。恐ろしく手際がいい。殺しを突き詰めた結果、人体の造りに精通した者達の技の冴えであった。
「オラッ! 正念場だぞ! 気合い入れろや!」
「腑抜けたら殺すぞッ!」
「引けっ! 全力で引けおらッ! なんのための金髪ドリルなんだエセお嬢がよぉ!」
「ドリルは関係ないでしょう! もうッ! うおおおおぉぉぉぉォォッッ!!」
はち切れそうなほどにビンと張り詰めた糸が緩む。浮遊感。ドサリと尻餅をついたことで、海へと引き摺り込もうとする暴力が消え失せたのだと実感する。糸が切れたのか? 結果はッ!?
上体を起こした僕が見たものは、陽光を散らして光りながら宙を舞う巨体の姿だった。
十メートルは下らない。鮮やかな、いっそわざとらしく思えるほどに綺羅と煌めく極彩色。空に掛かる虹の橋のようなそれが放物線を描いて空を泳いでいた。
SSR。否、UR。特上のレアだ。
ほぅ、と誰かがため息をついた。人斬りに熱を上げるレッドネームが呆けたように空を見上げている。シラギクが大口を開けていた。ユーリがはぇーと謎の声を漏らした。そこまで認識した瞬間、ため息を漏らしていたのが自分だったことに気付く。
ヌシだ。間違いない。やった。僕らはやったんだ!
数瞬遅れて理解が追いつく。破顔一笑。爆発的な歓声が上がる。僕たちの勝利だ!
虹の魚がこちらへと泳いでくる。僕らはその時を待っていた。オモチャを買い与えられた少年のように目をかっ開き、胸を高鳴らせて。海面が爆発する。十メートルの魚など比較にならないほどの巨体を誇る海蛇がニュッと顔を出して虹の魚を丸呑みにした。そしてそのまま何事もなかったかのようにシュルシュルと戻っていった。Aは死んだ。
「……………………」
僕らは言葉を忘れてしまったかのように黙りこくったまま一分ほど腰を抜かしていた。はは、と誰かが乾いた笑いを零す。ああ、なるほど。本当にどうしようもなくなった時は笑うしか無いというのは真理であったらしい。
百メートル級。いや、それ以上かもしれない。まるで勝てる気がしない、どころか挑むことすらおこがましいと思わせる存在の威容であった。
逃した魚は大きい。しかし、むしろ逃げてくれたことに安堵しているのは僕だけではないだろう。大自然って怖い。僕は改めてそう思った。




