VR遊戯倫理機構
ショッピングを楽しもうとバザー通りに出向いた僕が目にしたのは、誰一人としてプレイヤーが居ない寂れたゴーストタウンだった。
平時であればヤク中はびこるメインストリートは、まるで一斉摘発でもされたかのように無人。NPCが居らず、各種施設もハリボテときたら、その光景はもはや廃棄された寒村だ。
ついにサービス終了かな? 意外と粘ったほうだね。
僕の夢もここで終わりか。残念だが、やむなし。
だけどVRゲームの技術水準は日々上昇の一途を辿っている。いずれこのクソゲーよりも高いクオリティを誇る良ゲーが開発されることだろう。僕はその日を待ち続ける。それだけだ。
さらばNGO。さよならは言わないよ。運営死ね。
「おっ、うーっすライカン。お前も広場に向かう途中か?」
屋根を飛び跳ねて噴水広場方面に向かっていたレッドネームのモブが傍らに降り立ち馴れ馴れしく声をかけてきた。
以前までは僕の姿を見たらゴキブリみたいに逃げ出していたというのに、えらい様変わりだ。別に僕は君らの仲間でもなんでもないからね。
「買い物しに来ただけなんだけど……広場でなんかやってるの?」
「行きゃわかる。まぁ、ちょっとした催し物みてぇなもんだ。ヤク中どもはそっちに引き寄せられてるんだろ」
「なんだ。サービス終了じゃないのか」
「サービス終了に追い込もうとしてるお前が言うと洒落になんねぇな。んじゃ、行こうぜ」
言うやいなや僕を肩に担ぐモブレッド。そしてそのままグンと街を駆けていく。米俵じゃないんだからさぁ……しかも僕まだ行くって言ってないし。
「そもそも何が行われてるのさ。つまらないイベントなら参加する気ないんだけど?」
「V倫の降臨だとよ」
「行こうか」
僕は手のひらを返した。
こんな場末のクソゲーにまで出張ってくるとはやはりお目が高い。いや、クソゲーだからこそか。
彼らはNGOのサービス開始初期に問答無用でリスキルされたため、このゲームには手出し無用を徹底していると聞いたが……どうやら内部で意識の変化でもあったらしい。長らくの禁を破り、とうとうこのクソゲーに広報活動をしにきたようだ。
これは楽しみである。僕は実物を見るのは初めてだ。『ケーサツ』に勝るとも劣らない芸人具合、この目でしかと見届けようじゃないか。
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VR遊戯倫理機構。通称V倫。ネット民のオモチャである。
愉快犯の垂れ流した陰謀論や風説の流布を、あろうことかまるっと信じ込んでしまい、VRゲームがもたらす危険性や健康被害を切々と訴えかけ、果ては政府の実験説を高らかに主張してVRからの脱却を促すというとても声の大きい団体さんである。
なお情報のソースは信憑性のないネット記事というお粗末さだ。あんまりにもあんまりな根拠不明の記事を堂々と参考にしているため、自作自演を疑う声も噴出している。要は権利絡みのアレコレのせいで現実に生まれてしまったモンスターだ。
一時期は蛇蝎のごとく煙たがられていた連中であるが、ソース皆無のトンデモ理論を展開し、穴だらけのガバガバな結論で締めくくる芸風が徐々に人気を獲得。そのままオモチャとしての地位を盤石なものにした。
『パンを食べた人間が犯罪を犯した。故にパンには人を犯罪に駆り立てる成分が含まれている。パンの販売をやめろ! 国民はパンを食べるな!』
こんな支離滅裂で低次元な理屈を真面目腐った顔で主張するのがV倫だ。彼らからすると、VRゲームをしている人間はそのうち現実でも剣を振り回して暴れ回る犯罪者になるらしい。
なお、今までそんな事件が発生した事実はない。それを指摘すると、政府がVRシステムを推し進めて国民を支配するために都合の悪い事実を揉み消しているのだというお決まりの主張が続く。そしてソースは無い。
ネットに書かれた面白半分の冗談を変幻自在の妄想でガチガチに補強し、反論を許さぬ声のデカさで一点突破を試みるのが彼らのスタンスだ。
ネット民は彼らの主張のガバガバさや妄想の捻り具合、どれだけ斜め上な結論に着地したかなどを勘案して活動ごとに点数を付ける。ノリが完全にクソゲー評論と同じなんだよね。
そんな彼らがNGOに降り立った。今までは完全に無かったものとして扱ってきたというのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
「十中八九、血の花火大会二連発だろ。あれのおかげでSNSが賑わったからな。ありゃ相当衝撃的だったろうぜ? なんせ傍からみりゃキチガイの所業だからな」
「いやおかしいでしょ。街でドンパチやってた『ケーサツ』とか、僕に残虐処刑フルコースを見舞った君らのほうがよっぽどキチガイじゃないか」
「つまりやつらが寄り付く理由にゃ事欠かねぇってこったろ」
「なるほど」
なるほどね? 僕は言いくるめられた。
V倫の方々は、まこと恐ろしいことだが、僕らに対して蒙を啓いてやっているのだという認識でいるらしい。彼らはみな、仮想現実に囚われた犠牲者を救い出すのだ、という誰も望んでいない使命感を熱く燃やしている。そして度々炎上する。傍迷惑な話だね。
今回もそういった布教活動の一環だろう。果たして頭のおかしいこのゲームのプレイヤーは彼らに対して如何なる反応を返すのか。
噴水広場に辿り着いた僕らが見たのは、拡声器を用いたV倫の方々の声のデカい主張に対し、熱烈な声援を贈るプレイヤー達の姿であった。
『以上の事から分かる通り、このゲームは人の加害性を極めて高めると共に、人の痛みを理解するといった共感性の欠落を齎すのです!』
「そうだ! 全くもってその通りだ!」
「よう言うたでー!」
「せやねん! このゲームやってるやつぁみんな頭おかしいやつしかおらへんねや!」
「もっと言ってやれー!」
『ご声援有難うございます!』
完全にオモチャじゃんね。僕は座り込んで観客の一人と化した。
声援を贈るふりをしてその実、誰一人として本気で賛同してる人間がいないというのがお笑いのポイントだ。声を上げているプレイヤーの半数以上がレッドネームというのが乾いた笑いを誘う。お前らが一番頭おかしいだろ。
『人が人を傷付けるという行為が日常的に行われているこのゲームをこのまま見過ごしていいのでしょうか!? 我々は厳然たる態度でもって抗議を行うと共に、人が人を軽視することが当たり前になってしまうVRゲームの撤廃を推し進めていこうと考えております!』
「いいぞー! このゲームは今すぐ滅びるべきだ!」
「運営ー! 見てるかー! よーく聞いとけよー!」
「ようやくこのゲームも終わりだな!」
[イイネ!][わーい!][超イイネ!][イイネ!]
意見を支持するスタンプの乱舞に気を良くしたV倫の面々がにこやかに頷く。手応えありとの判断なのだろう。ネット文化に染まってないって羨ましいね。こんなの純度百パーセントの煽りでしかないというのに。
『有難うございます! 有難うございます! 我々の思いが伝わっているようで非常に安心いたしました! お集まりいただいた皆さん、手遅れになる前にまずは現実と向き合うことから始めましょう! このような洗脳を前提とした仮想現実にのめり込まずとも、現実には素晴らしい世界が広がっています!』
[ワクワク!][わーい!][ハァ?][イイネ!]
『友人や家族との語らいの場は何よりも心を豊かにするでしょう。旅行に行ったことはありますか? 古き良き文化に触れたことは? 自然と文明が織りなす絶景は、この世界のように不都合な部分を取り除いた紛い物とは違う雄大さでもって我々を迎え入れてくれます! 料理に舌鼓を打つのも良いでしょう。体を動かして汗を流すのも素晴らしいことです。皆さん、現実は、素晴らしい!』
「うおおお! 現実は神ゲー! 神ゲー!」
「マジかよこんなクソゲーやってる場合じゃねぇ!」
「はー気付かなかったわー。マジ盲点だったわ。世界って明るかったんだな。俺もうこのゲーム辞めます」
プレイヤー達の反応は上々だ。狙った反応が得られてニコニコなV倫の方々は最後の締めとばかりに声を荒げ、託宣を下すように言い放った。
『さぁ、皆さん! この、人を堕落せしめんとする都合のいい世界に見切りをつけましょう! 用意された理想郷など、所詮は金と欲に目が眩んだ俗人の創り上げた暗黒世界です! 我々は政府の洗脳から、ひいては管理社会の闇から脱却しなくてはなりません! 今ならまだ間に合います! さあ、ログアウトを!』
「うおぉぉぉ! ログアウトするぞー!」
「待ってろよ現実! 待ってろよ輝かしい未来!」
「かーっ! っぱ現実よ! リアルから顔をそむけて何が人間なんだって話よな!」
「万物の霊長がこんなお遊戯の虜になるのが間違ってたってことっしょ」
「おい! お前らもログアウトするぞー!」
「おぉー!!」
V倫の方々の熱弁を受けたプレイヤー達は今日一番の盛り上がりを見せた。
現実を礼讃する声がそこかしこから響き渡り、仮想現実に囚われることがどれほど愚かであるかを悟ったプレイヤーが清々しい笑顔を浮かべる。
早くも現実に戻った気でいるプレイヤー達は、旅行に行くなら何処がいいかという情報交換に勤しんでいた。地元の有名処や名産物などの話が弾み、心温まる交流が行われている。
なんなら俺んち泊まれよと誰かが言った。マジかよ、いいのか? という躊躇いがちな返答に対し、肩を組んで笑みを浮かべることで肯定を返す。V倫が繋いだ友情の輪だ。美しいね。
非常に建設的な光景がそこにあった。現実に希望を見出したプレイヤー達は、レッドネームや廃人といった垣根を取っ払った交流を繰り広げる。クソゲーで荒んだプレイヤー達の心がスッキリと洗われ、見事一つになった瞬間であった。
V倫の思想に共感したプレイヤー達が万歳三唱で彼らを褒め称える。満更でもない表情を浮かべた彼らは片手など挙げて声援に応えた。
皆が笑顔だった。僕も笑顔だった。隣のプレイヤー達と肩を組んだ友情の輪が広がっていき、それぞれの思いが渾然一体となってV倫の方々への感謝と化す。
ありがとう! 大切な事を気付かせてくれてありがとう! この気持ちは二度と忘れないぜ! 俺たちは目が覚めたよ! 応援してるぜ! 厳しい意見に負けるなよ! 頑張れ!
いつまでそうしていただろうか。暖かな交流というのは実に有意義で、楽しく、時間の経過に意識が追いついていなかったようで。
気付いた時には二十分ほどが経過していた。
未だに笑顔の僕らと違い、その表情に陰りを見せる者達が現れ始める。外でもない、VR遊戯倫理機構の皆様方である。
彼らの笑顔に陰りが見え始めたのは十分が経過した頃だっただろうか。
あれ、おかしくない? という疑問に始まり。
ん? いやいや……という困惑へと変化し。
そして今、こいつらふざけてんのか? という怒りへ変わりつつあった。
そう、誰もログアウトしていないのである。
騒ぎを聞きつけたプレイヤー達が狩りから帰還したため、むしろプレイヤー数が増えているという始末。噴水広場前はいま、芋を洗うようにプレイヤーたちで溢れかえっていた。
『皆さん! 皆さん!? いや、なんでログアウトしないんですか!!』
周回遅れの疑問を今更発したV倫の方。
広場がスンと静まり返る。こういう時だけは無類の連携を発揮するのがこのゲームのプレイヤーだ。そこらへんの誰かがポツリと呟く。
「え? いや、俺らが先にログアウトするのは失礼かなって」
「むしろいつログアウトしてくれるのかなって待ってたんスけど」
「礼儀ってあるよな。俺らはそれに則ってたつもりなんですけど、逆になんでログアウトしてくれないんですか?」
「逆にね? 逆に」
プレイヤー達は狩場でもなかなか見せない連携力でV倫の方々に責任をなすり付けた。流れるような手際の良さで悪者に仕立て上げられたV倫の方々が慌てふためきながら弁明する。
『ご、誤解です! 失礼しました! そんな文化があるとは露知らず……申し訳ない! 我々はログアウトしましょう! さぁ早く!』
不勉強を恥じたV倫の方々はまるで嵐のように去っていった。光となって脱獄していく彼らを見届けた僕らはポツンとその場に立ち尽くす。それまでの熱狂が嘘のように消え失せ、一抹の寂しさを覚える。
静まり返った会場の中、レッドの一人がピッと手を挙げた。衆目を一手に集めたプレイヤーがスッとトランプを取り出して言う。
「大貧民しようぜ!」
爆発的な歓声が上がる。
噴水広場に集ったプレイヤー達による熱い激戦の幕がいま、切って落とされた。




