壮大に何か始まりそう
自宅にログインしたら四人掛けのテーブルに三人のモブが座っていた。すごいな。こうも予想通りに動いてくれるとは思わなかったよ。
内心を表情に出すことなく、さも当然のように残りの椅子に腰掛ける。
テーブルに肘をついてカッコつけ、指を絡ませて口元に添えていたモブAがゆっくりと目を開きポツリと漏らした。
「定刻通り、か」
人の家のテーブルに足を放り出し、手を頭の後ろで組んでいる行儀の悪いモブBが呟く。
「ほんとそういう几帳面なところかわんねぇーよな、おめぇはよ」
ズレてるわけでもない眼鏡を中指でクイッと整えたモブCが続く。
「イレギュラーを想定して五分前行動を心掛けるくらいの気概を見せて欲しいものですね」
チラとメニューを見る。時刻は19:08。……随分中途半端な定刻だ。これで遅刻扱いじゃないとか心が広いのかなんなのか。僕は鷹揚に腕を組んで言った。
「本題に入ろうか。君たちは仲良く雑談をしに来たわけじゃない。そうだろう?」
打てば響く。フンと鼻を鳴らしたAが眉間にシワを寄せた。
「我々の組織の中に……裏切り者がいる。最重要機密の漏洩を確認した。"ボード"を介して拡散されている」
「おいおい穏やかじゃねぇな。俺らを切るなんて……命が惜しいと思わないのかね?」
「このタイミングでの裏切りとは不可解な……いや、まさかッ……そういうことなのか?」
いち早く真相の尻尾を掴みかけたCがギリッと歯を食いしばる。普段のスカした態度とは似ても似つかない様子を他の二人が見咎めた。
「分かったことがあるなら言え。何度も言わせるな」
「一人で抱え込もうとすんの、悪いクセだぜ?」
「……すみません。ですがこれはまだ口にするべきではないでしょう。それに……他ならぬ自分が、まだ、信じたくない」
Cは言葉を濁した。
組織の中に裏切り者がいると判明した以上、思わせぶりな発言をするのは心証が悪くなる。手を組んでいる可能性を排除できなくなるからだ。真相の発覚を遅延させている。そう思われても仕方がない。
不信が不和を生む。疑心暗鬼を生ず。
心地の悪い沈黙が場を支配していく。まさか、こいつらも……?
険悪な空気。それを打ち破ったのは窓のガラスが四散する耳障りな音と、ド派手な入場をキメた血塗れのモブDであった。
「ッ! お前は……!」
「おい! 何があった! 誰にやられたッ!」
「まさか裏切り者に……?」
ぐったりと身を横たえたDにABCが駆け寄る。ぐっと呻いたDはなんとかして立ち上がろうとしたが、既に力が入らないほど死に瀕しているらしくドシャリと崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……俺はもう、助からない……遅効性の毒を食らった……解毒を許さない猛毒だ……もう、手遅れなんだ。直に天へと還るだろう……」
死の間際だというのに自らの死因を懇切丁寧に解説したDが最後の力を振り絞って僕らへの遺言を述べていく。
「ヤツは既に寝返った……"機関"が動いている……これはもはや裏切りで済まされるもんじゃない……これは、革命だッ! ぐ、ガハァッ!」
そして何一つ有益な情報を落とさなかったDは盛大に吐血して死んだ。Dーッ!
仇討ちだ。僕はすっくと立ち上がり玄関へと向かう。
「待て! 今日こそは俺らも一緒にっ」
背を向けたままバッと右手を水平に広げ、はしゃぐBを黙らせる。指を鳴らして着火し、クイッと手首を捻って消火する。振り返らずに言う。
「粛清の光は一条でいい」
「お前も……死ぬ気か?」
「帰って、来るんだよな?」
「単独行動癖は治っていないようですね……」
応えなく歩き出す。裏切り者には死を。それこそ、僕らが所属する組織の、けして破ってはならない鉄の掟なのだ。多分。
▷
バザー通りを歩く。まずは粛清対象の情報を集めなくてはならない。やたら気取ったポージングで話し込んでいるモブどもの会話を拾う。
「"発現者"の所属は知れたか?」
「そう急くな。既に"追跡者"を放っている。我らの手中に堕ちるのはもはや時間の問題」
EとFの会話には中身がない。ハズレだ。
意識を切り替えて他をあたる。
「闇魔法発動条件緩和真相如何?」
「五分五分。掲示板情報愉快犯可能性有」
GとHは全チャに脳をやられた改造人間だった。こうなってしまってはもう手遅れだ。求める情報は手に入りそうにない、か。
視線だけを動かして周囲を探る。裸足に白ワンピースで地べたに座り込んで空を見上げている女モブI……あれはなかなかに癖が強そうだ。避けたほうが無難か? だが虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。僕はそれとなく近付いた。
「うん……そうね、スピカ。嵐が来るわ。黒い雲が世界を覆うの。でも大丈夫。わたしがあなた達を見失うことは、ない」
僕は尻込みした。いけるか……? だがしかし……。
毒を食らわば皿まで。僕は意を決して話しかけた。
「何をしている」
「星を見てるの」
「……今は、昼だけど」
「見えないの? シリウスはあんなにも輝いているのに」
そう言ってIは両手を虚空にかざした。半開きの目が、どこか遠くに思いを馳せるように細められる。これはこれは。僕は言った。
「あいにくと、星を詠む才能はなくてね」
「詠むんじゃないよ。対話なの。宇宙を介して、わたしたちは繋がってる」
「……なら星に聞いてくれないか。尋ね人がいる。本人か、もしくは手掛かりとなる人物の居場所を」
「ん。お願い、ポラリス」
瞑目したIが光を浴びるように両手を広げる。十秒ほどそうしていたIはおもむろに右手を伸ばした。拳を握ってから、ゆっくりと人差し指を立てる。
「あっち」
そしてIはすぐそこにある路地裏を指し示した。近っ。
「そう、か。感謝する」
「あなたにアストライアの加護がありますように」
星の加護を授かった僕は路地裏へと歩を進めた。そこにいたのは壁に背を預けて項垂れているモブJだ。だるそうに僕を一瞥して呟く。
「何故……ここが分かった」
「星に導かれてね」
「そう、か。お天道様にゃ、勝てねぇか」
Jは観念したように視線を地に落とすと、何がおかしいのかくつくつと喉を鳴らした。
「で、だったらどうする? 俺を殺すか? そんなことをしても……もう無駄だ。手遅れなんだよ。"革命"はもう、止まらねぇ! くふっ、ふはっ! 無駄な努力ご苦労なこったなァ!」
牙を剥いて笑うJを無視して僕は進む。拍子抜けしたような顔をしたJが声を荒げる。
「なんだ、怖気付いたか? ……なんとか言えよオイっ!」
三下と化したJ。哀れな。僕は肩越しに振り返って言う。
「今のお前は……殺す価値すらない」
「ッ……! くそッ! クソがッ!!」
負け犬の遠吠えと地を殴る音が路地裏にこだまする。僕は振り返ることなく路地裏を抜けた。
家屋に背を預けている仮面の不審者モブKがちょいちょいと手招きしている。今日は無視することにした。
しかし回り込まれた。進行方向の路地裏からぬっと出てきたモブKが何事もなかったかのように家の壁に背を預け、変わらずちょいちょいと手招きしてくる。タフだな。その図太さを買おう。僕はKの誘いに乗った。
「クク……貴様、鏡は持っているか? 酷い顔をしているぞ」
どうやら僕は酷い顔をしているらしい。そっか。僕は言った。
「この顔は……生まれつきだよ」
「貴様が諧謔を弄するとは珍しい。逃避の一環か。一つ忠告しておこう。貴様は……近いうちに命を落とす」
そう言ってモブKは仮面をずらした。金と銀の双眸が鋭い光を帯びる。どうやら僕の命は長くないらしい。そっか。僕はそれっぽい雰囲気を整えて言った。
「忌み子風情が僕の高を括るんじゃない。今の僕には……星の加護がついてる」
「これは手厳しい。だがゆめゆめ忘れないことだ。貴様に憑いたそれはアルコル。かすかなるもの。その光消えしとき、貴様もまた……」
「そっちこそ忘れないことだ。言ったろう。運命は、僕が決める」
「クク……。グッドラック」
背を向けたまま片手を挙げてKをあしらった僕は噴水広場へと足を延ばした。全ては星の導きのままに。
▷
噴水広場は喧騒に包まれていた。今宵の宴の真意を解せぬ者は想像以上に多い。
体内に因子を有さないクソスポ女子二人がクソゲ民の饗宴についてこれず立ち竦んでいる。そこへ一人のエセホスト風の男が歩み寄る。
「失礼、フロイライン。花の残り香を思わせる君。運命という言葉を……信じますか?」
「は? 誰だよ」
「キモ。死ねよ」
そしてあえなく玉砕した。儚げに目を細めた男はそこに答えを求めるかのように虚空へ視線を踊らせた。
「…………それが宇宙の選択か」
哀愁を帯びた男がポケットに手を突っ込みとぼとぼと去っていく。誰にも理解されぬ男の背中だ。丸みを増したそれは背負った業の重さ故か。哀しき男よ。
オープンテラスカフェに腰掛け、広場を見渡しながら分析する。
計画は順調だ。因子を獲得した"発現者"の噂を同時多発的に"ボード"へと漏らす。加えて、因子獲得条件の緩和を匂わせる情報を与える。それだけでこの有様だ。実に容易い。あとは"レコード"を"アップロード"すれば、滅びの指向性を帯びた少女の運命を変えられる。
ふ、と息を漏らして天を仰ぐ。空からモブLが落ちてきた。テーブルを粉砕して転がったモブLは血塗れだ。どうやら誰かに追われているらしい。
「痛っつ〜……あのクソ男……! っ! せ、先輩!? どうして、ここにっ!」
後輩の女モブLは今さら僕に気付いたようだ。テーブルが壊れてしまったので格好がつかないが……まあいい。僕は腕と足を組んでモブLを見下した。
「随分と見窄らしくなった。血に塗れたその姿……"レッド"には相応しい末路だな」
「っ……そう、いう、ことですか……。あの男はっ! 先輩の差し金!」
「だとしたら?」
「う……ぅ……うああああぁぁぁぁっ!!」
憤怒を露わにしたモブLが構えた刃を僕に突き出してくる。僕は避けない。避ける必要がない。
「遅いぞ」
「人遣いが荒過ぎんだよッ! テメェはッ!」
凶刃を銃身が受け止める。モブMだ。意外と頼りになることで有名っぽそうなモブMである。
グッと捻りを加えたカチ上げで刃を弾き飛ばす。無手になったLが再び地を転がる。戦う力は既に残されていないのだろう。Lは虫のように這いながら僕へと助命を嘆願した。
「せん……ぱ、い……ゴメン、ナサイ……助け」
「おっと耳を貸すなよ。こいつは……やり過ぎた。"革命"にだって加担してるのは確認済みだ。ここで始末する。異論は無いな?」
僕は言葉を返さなかった。ただ成り行きに身を任せるべく目を閉じる。
「沈黙は肯定と受け取るぜ」
「いやっ! 助けーー」
Mが銃身の先に付いた短剣でLを切り捨てる寸前ーー風切り音。短剣が飛来する。数は三。Mの急所を狙った不意打ちだ。
「チッ!」
大きな舌打ちを一つ打って飛び退るM。闇討ちを仕掛けたのはフードを目深に被ったモブNである。
「大口の依頼があってな。恨みはないが、お前を殺す」
暗殺者のモブNである。
掌中で短剣をチャキっと弄んだNが鈍く輝く剣先をMへと向けた。
「依頼だぁ? 金を積むヤツに靡くだけの金魚のクソが、よくもほざいたモンだなぁ!」
「フッ。女、疾く失せろ。貴様に死なれたら……困るやつがいるんでな」
「そんな……私にはそんな人なんて……っ! まさか、先輩……?」
僕は再びすっと目を瞑って成り行きに任せることにした。
正直Lが落ちてきたあたりから普通にキャパオーバーなんだよね。革命ってなんだよ。君らどこでこの世界観共有してんのさ。
「…………!」
息を呑む音と駆け出す音が連続する。どうやら無事に逃げおおせたようだ。スッと僕の斜め後ろに陣取ったモブOが含み笑いを漏らしながら呟く。
「いいのかね? 彼女を仕留める絶好の機会だったというのに。これで君は晴れて人類への反逆者だ」
「……そう誘導したのは貴方でしょう」
「穿った見方をする。受け取り方は自由だが、それを押し付けるのはやめ給えよ」
モブOとまるで中身の伴わない会話をしていたところ、唐突に横槍が入った。
「そこま」
「そこまでよッ!!」
モブPの声を遮るほどの大音声。何奴か。広場の注目を一手に集めたその女は教会の鐘塔から僕らのことを見下ろしていた。
豪奢なドレス。金髪縦ロール。そして蝶々を模したベネチアンマスクを着けた謎の女……そう、シラギク仮面である。
とうっ! と跳躍。空中でクルンと一回転して広場に降り立ったシラギク仮面は、腰のレイピアをシュッと抜き放って暴漢どもに突き付けた。声高に叫ぶ。
「わっ↑(裏声)……わたクしが来たかラにはそノような狼藉ハ見過ごセマセンわー→」
大根じゃないか。僕は呆れた。
これには噴水広場に集った一同も呆然である。ど、どうする……? 続けるか……いやしかしこの空気……僕らはとりあえず膠着状態の元凶であるシラギク仮面に全てを押し付けた。
このゲームの感情表現は変なところで細かい。耳を真っ赤にしたシラギク仮面がぷるぷると震えている。これは……アテにならない。日和ってるんじゃねーですわよ。
「グウッ! 誰かッ! 俺を、止めてくれッ! 殺してくれえっ!」
静寂を切り裂いたのは擦り切れた服を着たモブだ。ガクガクと震えながら乱入してきたモブに続き、四人のモブがザッと姿を現す。
「くくっ。もはや誰にも止められぬさ」
「精神性に難はあるが、素体の性能は十分だ」
「貴様は既に我らの下僕。さぁ、全てを無に帰すといい」
「クックック……見ものだな」
「ぐっ……貴様らぁ!」
モブQRSTと、なにやら強固な洗脳を施されたらしいモブUである。戦いたくないと喚きながら得物を振り回す様からは彼の意思を感じない。あれ程の洗脳を……外道め!
「フン……面白くなってきたじゃないか。飛び入り参加は認められるのか?」
「クソっ! 間に合わなかったってのか!? "ブラック"の連中は何をしてやがった!」
モブVとWが遅ればせながら到着したようだ。混沌としだした噴水広場を見つめ、Vは不敵な笑みを浮かべながら大鎌を構え、Wは顔を顰めて大槍の石突きで地を叩いた。
熱が高まっていく。決戦の刻を間近に控えて昂ぶる者が多数を占めるなか、冷めた視点で物事の推移を観測する者もいる。
「やはりアカシックレコードの枠組みから逸脱することは叶わなかったようだな」
「アポカリプスは既定路線。審判の刻は近い」
「エントロピーの増大、というわけだ」
モブXYZがカフェテラスで優雅にティーカップを傾けながら中身のない会話を繰り出す。思わせぶりなセリフに呼応するように勇士が集う。
一触即発。
互いが互いを牽制するように得物を構え、油断なく視線を走らせる。ジリと足を滑らせて身体を開き奇襲を警戒。やがて世界から音が消える。互いの呼気を探るような静寂。張り詰めた緊張の糸はもうとっくに限界を迎えている。
そしてついに激突の時が――――
訪れない。
そりゃ、PKしたらレッドネームになっちゃうからね。日和るのもやむなし。
進退窮まったモブ集団が眉を八の字にして僕を見る。なんなのさ。僕に何をしろというのか。XYZあたりが何とかすればいいだろと思って視線を向けると彼らも眉を八の字にして僕を見ていた。どういうことだよ。
そしてそのまま十秒近く経過した。事態は進展の兆しを見せない。
分かった分かった。分かったよ。ほんとにしょうがないモブたちだ。僕はすっくと立ち上がった。後ろからずっと付いて来ていたカメラ役のシフォンに離れるようサインを送る。すっと離脱したのを確認。その刹那、僕の右手の封印が疼き出した。
「ぐッ……ううっ……鎮まれ、僕の右手……! おい、離れるんだ! 僕から離れろッ! 聞こえないのかっ! 封印がもう、保たない……! 死にたいのかッ! 離れろー!」
モブたちがはしゃぐ。撤退だーとか時期が悪かったーとか適当こきながら散っていく。そして僕は右手の封印を解いた。指を鳴らして邪気を解放する。噴水広場は闇の焔に飲まれて更地と化した。くっ……僕は、なんてことをしてしまったんだ……。僕はそれっぽいモノローグを流した。痛みをこらえるようにうずくまる。
「ハイ、カットっす〜!」
僕はすっくと立ち上がった。衣服に付いた汚れをぱっぱと払う。お疲れっしたー!
▷
総員闇魔法因子発露計画。
情報に踊らされたプレイヤーは街のあちこちでクソ雑なロールプレイを存分に披露した。その様子は余すとこなくカメラに収めてある。『ケーサツ』も精力的に働いてくれた。各所で収めた映像を全てネットの海に放流する。それが計画の全容だ。
見てる方が共感性羞恥で悶えそうな動画の数々は瞬く間にネットの話題をさらった。これでメアリス高校生の羞恥心を多少なりとも薄められればいい。そう考えていたのだが……どうやら逆効果だったようだ。
パーソナライズという機能がある。自身の検索、視聴履歴から、興味関心を引くようなコンテンツをオススメしてくれる機能だ。
クソ雑ロールプレイ動画を再生したら最後、メアリスの動画がズラリと出てくるという悪循環が発生し、なおのこと悪目立ちするという状況に陥った。闇に埋もれるどころか、過去の言動一つ一つを根っこから丁寧に掘り返されることとなったメアリスは羞恥のあまりエモペナを発症して逝ってしまわれた。最強がこの地に戻ってくるのはまだまだ先のことになりそうである。
いやぁ、インターネットって手強いね。僕は改めてそう思った。




