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第一章6 『真剣勝負』

「……見つけた」

 冷や汗が絶えず流れ出るのを肌で感じる。

 聞き覚えのあるこの声からは嫌な予感しかしない。だが恐れる必要はないことを知っている。ここはダンジョンだ。プレイヤーキルは絶対に起きない。

 珍しくフレンドが誰もINしていなかったため、俺は一人でモンスターを狩っていた。

 この階は森をイメージされたフィールドになっており、猛獣をモチーフにしたモンスターは高レベルだ。だからこそ降りてくるプレイヤーもそう多くはない。きっとこの声の主は相当な実力の持ち主なのだろう。俺はそんなプレイヤーに心当たりがあった。

「なにを無視しているのかしら。早くそこの木の裏から出てきたらどう?」

 声の大きさから推定するに十メートルは離れているはずだ。決して逃げられない距離ではない。障害物を利用しながら銃弾を避ければ、無傷とまではいかないが逃走が可能になる。

 だがそれはあくまで中級プレイヤーの話だ。上級プレイヤーは進路方向から素早くこちらの意図を悟り、確実に通るポイントに銃口を向け、障害物の間を抜けようとしたところを正確に狙い打つだろう。

 俺は煙幕を片手に隠しながら木陰から姿を現す。

 面倒なのは嫌いだ。なにかあればすぐに逃げるつもりだ。

「ドナタデショウカ?」

「とぼけるな。私は君をよく覚えている。頭の切れるスナイパーで、私を負かした唯一のプレイヤー」

 無表情なのにどこか悔しそうに聞こえる。

 そんなにショックだったのだろうか?

「で、〈解体屋〉フェイクが俺になんの用だよ。復讐か?」

「私のことを少しは知っているようだな。私は復讐だなんてつまらないことはしない主義だ。だがリベンジはさせてほしい。残念ながらここは対人マップではない。そのかわりにモンスターがいるではないか。そこで提案がある。私と勝負しよう」

「断る」

 俺はすでに逃走経路を計算し始めていた。

 対人マップに無理にでも連れていってぼこぼこにされるのかと思ったが、彼女の考えはその一歩先をいっていた。

「このフロアにはまだ確認されていないボス級モンスターがいるらしい。先にそのモンスターを倒して戦利品を持ち帰った方が勝者だ。どうだ? 簡単だろう。私とてこのフロアは一人では少々辛いのだが君とて同じだろう」

 各階にボス級モンスターが一体だけ時間湧きする。数ヵ月に一体ともいわれるぐらい希少価値は高い。また、極希に落とすレアアイテムも法外な値段で売られていると聞く。モンスターを狩るプレイヤーの目的はこのボス級モンスターといっても過言ではない。

 プレイヤーの格好の的にされているボス級モンスターだが、ボスということだけあってその実力はお墨付きだ。レアアイテムに目が眩んで返り討ちにあったプレイヤーが数多く存在する。階層が低くなるにつれモンスターは強くなる。ボス級モンスターも例外ではない。

 俺も何体かボス級モンスターを倒したことはあるが、ソロで挑んだことはない。いつもクライムーブとボス級モンスターのターゲットを(なす)り付けあいながら戦っていたからな。

「承諾したまえ」

『フェイク様からフレンド申請が届きました』

「は? なんでこうなるんだよ」

「君がログアウトしたら私がバカみたいではないか」

 赤の他人からはログインしているかしていないかは分からないが、フレンドならば知ることができる。

 ここで拒否っても執念深い彼女は執拗に俺をつけ回すことだろう。

 俺は渋々頷く。

「それではスタートだ。お互い頑張ろう」

 言うだけ言って消えていった。

 逃げればよかったのか? いや、出会ったときにはもう手遅れだったのかもしれない。

 ともかく、さっさとターゲットを倒して終わらせるに限る。

 ボス級モンスターが沸く場所には条件がある。

 それは広い空間であることだ。実力を最大限に発揮できるように適度な障害物が用意された空間に設定されている。

 このフロアは一通りマッピングしてあったため、出現予測ポイントはすぐに見つかった。

 自然湧きの雑魚モンスターを片付けながら目的地に歩いて向かう。

 本気で勝負をするのであれば雑魚共は無視して走り去るべきなのだが、相手は対人で名の馳せているプレイヤーだ。モンスター相手にどう戦うのか見てみたい。見つけることができたらの話だけどな。

 おそらく十分ぐらい歩いただろう。そろそろ目的地というところで銃声が聞こえ、無意識のうちに身を隠す。

 目的地の近くから銃声がするということは十中八九ボス狩りだろう。俺の見込みは正しかったというわけだ。勝負をする以前に他のプレイヤーに目標を取られては話にならない。今回はドローということで片付けよう。フェイクもそうするはずだ。

 戦闘中のパーティーを邪魔する、もしくは目標を横取りすることは重大なマナー違反なのだが、高レベルプレイヤーしかこれないこの階でボス狩りをしているパーティーに興味を持った俺は隠蔽(ハイディング)スキルで姿を消して盗み見る。

交戦中のパーティー……ではなく、プレイヤーは一人だけ。見慣れた黒の装備を(まと)ったサブマシンガン使いだった。

「ずいぶんとゆっくりしてたようね。この勝負、私がもらった」

 うっすらと笑みを浮かべて勝ち誇るフェイク。

「言っとくけど、見つけることが勝負じゃないからな。狩った方が勝者だ。その意味が分からないわけじゃないよな」

「黙りなさい……横取り(ハイエナ)はマナー違反よ」

「俺が心配してるのはな……お前がそいつを倒せるのかってことだ」

 フェイクが戦っているのは百獣の王ライオンを巨大化させたもの。

 俊敏な動作で動き回り、ライオンの猛攻を避けながら的確に反撃をするフェイク。射程距離が短い分、連射速度と機動性能が優れているサブマシンガン。ボス級モンスターとの相性は悪く、ボス狩りで使用するプレイヤーは少ない。しかしフェイクはサブマシンガンのリミットとデメリットを把握し、密着しそうな距離を保つような戦い方をしている。見ていて飽きない光景だ。

 だが俺は初歩的な弱点を発見した。弾不足だ。

 拡張スキルというものがあるが、これは持てる予備弾倉の数が増えたり、所持品限度数が多くなるスキルだ。このスキルを取得していれば弾数には余裕が持てるようにはなるものの、重量が増え、機動力の低下が目に見えて分かる。

 機動力主体の彼女がそんなスキルを取る必要性はどこにもなく、もうまもなく弾切れを起こすだろうというのが俺の見解だ。

「そろそろ辛くなってきたんじゃないか? なんなら手を貸してやってもいいんだけど」

「うる……さい。あなたは黙って見てればいいの……っ! 」

 どうやらついに彼女の持つMP9が弾切れを起こしたようだ。

 カチッカチッとむなしく弾倉の空を告げる。

 それは終了の合図であるはずだ。それなのに彼女はMP9をアイテム欄にしまうと、次にナイフを抜いた。ナイフは極端に射程が短い代わりにプレイヤーを一撃で仕留めることが可能な武器ではあるが、それは対人の話であってモンスター相手には微々たる威力だ。

 目標のライフを一人で半分削ったのは大したものだ。結局弾切れのせいでその獅子奮迅ししふんじんの働きもここまでだったわけだが。

「ナイフじゃこいつのライフを吹き飛ばすのは無理だ。そんなことはお前だって分かってるんじゃないのか?」

 俺を無視するフェイク。それでも(にじ)み出る必死さと荒い息づかいは隠せない。

 ライオンの方もライフを半分切ったあたりから行動パターンも変わり、より強く、より狂暴になった。徐々にフェイクが圧されていく。肉体に溜まった疲労のせいか、それとも精神のほつれなのか、ついにフェイクはバランスを崩し、そこですかさず容赦ないライオンの牙が降り下ろされる。

 危ない! なんて俺は言わない。ただ深くため息をついて愛銃を構える。 そして引き金を引いた。銃弾はライオンの耳を貫通した。これで右耳は聞こえない。

 急なダメージに加え、片耳の損失。急所によるクリティカルダメージの発生に伴い、ライオンは攻撃を中断せざるを得なかった。

「グルゥルルル……グルゥアアアア!」

 ライオンは森や地を震わすような咆哮(ほうこう)をあげると、俺目掛けて突進を始めた。ターゲットは俺に移ったようだ。

 やれやれ、近接は専門外なんだけどな。

 狙撃銃は弾の種類が豊富で威力も絶大だが、単発のために連射がきかず、隙ができる。モンスター相手には少々きついものがある。

 まずは距離を詰められる前に二発、右前足に撃ち込む。それだけでは突進は止まらない。俺は銃を担いで後方に身を(ひるがえ)す。そのまま一本の木に狙いを定めて走り出す。

 このままずっとおにごっこを続ける気はない。あの木まで逃げ切れば|運(LUK)要素ゼロで、あとは己の実力のみとなる。

 木とぶつかる! というところでも俺は走りを止めなかった。木の幹にしっかりと右足で踏み込むと、一歩、また一歩と前に進む。地上から数メートルの高さに達したとき、俺は右足をバネにして宙に身を踊らせる。振り向き様に銃を構え、俺を追って跳んできたライオンと向き合う。

 空中で自由は存在しないためこれ以上は逃げられない。だが身動きがとれないのはお互い同じだ。

 ライオンは本能に従い、自分に傷を付けた俺の四肢を引き裂こうと牙を剥き出しにし、鋭く研ぎ澄まされた爪を伸ばす。

 もう少しすれば万有引力の法則に従い、俺の体は落下を始めるだろう。そうなればライオンの餌食になるのは雑作もない。

 でもな、俺がお前(ライオン)にくれてやるのは命じゃねえ……鉛玉だ!

 スコープを覗かずに目線だけで狙い、引き金を引く。胸がへこむような凄まじい発砲音と同時に銃弾が発射される。それは狙い通りライオンの右目に吸い込まれていく。それで終わりではない。俺はすぐさまボルトアクションを行い、二発目を発射した。

 スライドハンドというスキルを取っている俺は、リロードや武器を構えるといった速度が上がっている。

 俺はほとんど連射と変わらない速さで二発目を撃ち終えると、空中で両目を失って(もだ)えながら落下するライオンの頭に足をつき、バランスを取りながら地面に着地する。

「動くなよ。狙うのが面倒だろ」

 抑揚のない声でライオンに語りかける。

 視覚と聴覚を失ったライオンには俺がどこにいるかなんて分からない。

 (うな)りをあげながら闇雲に腕を振り回す。そんなライオンを遠巻きに見ていた俺はもう一度、ライオンの右足を撃つ。すると崩れるように地面に倒れた。もうさっきのように腕を振り回すことはできない。

 蓄積ちくせきしていたダメージが一定に達したとき、部位破壊や一定時間使用不可などのモンスターにとって不利な異常ステータスが発生する。まさにそれだ。

 倒れてなお勇ましく吠え続けるライオンに、木々の隙間から射す日光を受けて鈍く光る銃口を向ける。

 動物愛護団体に訴えられそうな光景かもしれない。現にライオンを巨大化しただけで見た目はライオンそのまんまなのだ。引き金に指をかけてる俺の方が気後れしそうだ。だがそれでも俺は引き金を引く。

 冷酷なる銃声が六発、空にこだました。

 ライオンの額に開いた一つの穴。それは急所に連続してダメージを受けたことを表している。積み重なるクリティカルは徐々に威力を増していく。狙うのが難しい分、連続してダメージを与えればチェーンというボーナスが発生し、通常ではあり得ないダメージを叩き出すのだ。

 ライオンは最後に大きな断末魔をあげると、小さな光の欠片となって空中へと消えていった。

 俺は愛銃をしまうと、木に寄りかかるように倒れた。

 疲れた。それが今の率直な感想だった。一人でボス級モンスターを相手にするのはいつぶりだっただろうか? それにしても疲れた。今すぐ帰って寝――

 俺はあまりに唐突な出来事に言葉を失った。フェイクが顔を真っ赤にしながら俺の胸ぐらを掴んできたのだ。いくらプレイヤーキルがないフィールドとはいえ、あまりに予想外な行動に驚きを隠せないでいた。

「な、なんだよ。もしかして……嫉妬ですか?」

「くっ……感謝なんてしない。私は助けてなんて言ってない。私一人でも倒せたのだから」

「へーいへい。それよりもこの手離してくれないかな」

「次は絶対に……負けない」

 フェイクは捨て台詞を吐くと手を離し、俺に背中を向けて去っていった。

 あいつは何がしたかったんだよ……。

 最後まで俺を驚かせたフェイクが何をしたかったのだろうか?

 結局、それはログアウトしてからも謎のままだった。

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