第56話:実家に迫る魔手
エルフの里の平定に続き、不落と謳われたドワーフの鉱山までが魔王軍の手に落ちたという報せは、王国の枢密院を激震させた。絶対の防壁であった重騎士アイラまでもが敗北した事実に対し、危機感を募らせた王国上層部が目を付けたのは、一人の「死者」の影だった。
「カレンに続きアイラまで……。敵の指揮官である『深淵の魔女』とやらは、かつて我が国が処刑した聖女・聖良の術式を模しているという。ならば、その身内に探りを入れるのが筋というものだ」
王都の薄暗い会議室で、冷酷な決断が下される。 標的となったのは、私の前世の生家であり、王国北方を守護するベルンシュタイン辺境伯家だった。
元より実直で知られる辺境伯家は、亜人の排斥を推し進める王国の過激な方針に懐疑的な立場を取っていた。上層部にとって、それは都合の良い口実となる。王国は辺境伯家に「魔族との内通、および国家反逆」という全く無実の罪を着せ、家族を人質として王都へ強制連行するため、聖騎士団の精鋭からなる別働隊を隠密裏に派遣した。
「――お姉様、王都に放っている私の『影』から緊急の報せです」
魔王城の執務室に、リリスが血相を変えて飛び込んできた。 差し出された書状に目を走らせた瞬間、私の周囲の空気が、凍りつくような漆黒の魔力で歪んだ。
「ベルンシュタイン家が、国家反逆の疑いで包囲された……? ふん、相変わらず汚い真似を平然と行う国ね」
私の脳裏に、前世の記憶が鮮明に蘇る。 厳格ながらも常に私を信じてくれた父、不器用な優しさで私を包んでくれた母、そして、私の背中を追っていつも笑っていた幼い妹。あの忌々しい裏切りの日、私を処刑台へと送った王国は、今度は私の大切な家族の命まで奪おうというのか。
「アリシア殿、いかがなさいますか。我がエルフの隠密隊、およびドワーフの重装歩兵団はいつでも動かせます。……貴女の家族を、あの腐った人間どもの手から奪い返しましょう」
ルナリエが静かに、しかし鉄の決意を秘めた声で一歩前に出た。ドワーフの鉱山を解放したことで、私たちの陣営には大陸最高峰の武具と技術が揃っている。
私は立ち上がり、かつてないほど濃厚な深淵の闇を全身から解き放った。
「これまでは敵の拠点を各個撃破してきたけれど、方針を変えるわ。……ルナリエ、リリス。魔王軍の主力を直ちに動かしなさい。ベルンシュタイン領を包囲する聖騎士団を、一兵たりとも逃さず包囲殲滅するわよ」
私を裏切り、今また家族を脅かす王国への怒りが、静かに、けれど逃れようのない絶対の業火となって燃え上がる。 愛する家族を救うため、そして王国に最大の痛撃を与えるため、「深淵の魔女」の真の軍勢が動き出そうとしていた。




