第3章の1 職業さらわれ屋
夜、町のとある屋敷の一室。仄かな明かりだけが灯る部屋で、密談が行われていた。
屈強な男たちが膝を突き合わせて何やら話しこんでいるようだ。部屋の一つ高くなった場所に、一人の男がおり、話し合いを黙って聞いていた。
畳に並べられているのは六枚の写真。どれも制服姿の少年少女だ。
「よし、まずは何だか弱そうなこの子から! いいですか、親父」
話をまとめていた年長の男が、写真を指差して和装の男を振り仰ぐと、男は黙って頷いた。明りが消え、話はそのまま闇へと紛れていった……
新年が明け、勇輝は三が日を家で過ごした。
おせちを食べ、お正月番組を見て笑う。
母方の祖父母はとっくの昔に他界し、父は祖父母に勘当されたと笑っているので、帰省というイベントはない。よって祖父母からお年玉をもらうこともなく、少しばかり両親から頂いただけだ。
三が日が過ぎて如月に戻り数日すればもう学校が始まった。お正月気分で日々を過ごせばもう一月も終わり、一月が行くとはよく言ったものだ。
そして春日勇輝十七歳。
彼は広い日本家屋の一室で、椅子に座っていた。畳の上に不自然に置かれたただ一つの椅子。肘掛がついて座り心地は最高だが洋風で違和感この上ない。一人座らせられて、王様の気分を味わっているのだろうか。
その椅子に、肘掛に腕を縛られ、胴を背もたれに括りつけられていなければの話だが……。
只今勇輝は、今年三度目のヤクザによる誘拐に遭っていた。
ヤクザからの絡みは学校へ攻め入ったあの時にけりがついたものと思っていたが、彼らはヤクザのなかでもひよっこだった。
昔からの任侠と呼ばれるような、筋のある漢たちは期を待っていたのだ。死堅牢如月を徹底的に潰し、その座を奪い取ろうと画策する彼らは、勇輝をさらって脅すという古典的手法を取った。
目の前に広がるは組員たちの宴。肴はもちろん勇輝。
少し視線を向こうにやれば、相対するように組長の親分が勇輝を睨んでいる。
そんな喧騒の中、勇輝は心の中で必死に謝っていた。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 俺がうっかりしてたのが悪かったんです。でも、でもさ、後ろからいきなりスタンガンは無いと思うんだよ……ね)
しかし、この全力の謝罪はこれから勇輝を助ける面倒を行う仲間に対してではない。
これから助けにくる彼らが起こす粛清によって、路頭に迷う目の前の組員に対してだった。
(酒とか飲んでないでさっさと逃げてください~。ていうかヤクザに連絡網はないわけ?)
勇輝はタオルで口を塞がれ、必死に伝えようとするが籠った唸り声になるだけだ。
つい先日さらった二つの組も、決戦の景気づけにと飲めや歌えやの大騒ぎだった。
もちろん、見張りはしっかり勇輝の傍にいるが……。
先の二つの組がこうやって失敗していることを彼らは知らないのだろうか。いや、おそらく知っていても、信じているのだ。自分たちの勝利を。
たかが高校生に自分たち任侠の者が負けるはずがないと。
彼らがただの高校生なら、そうだったはずだ。しかし、彼らは魔術師。ただ残念ながらその事実は龍牙隊の中でのみ知られることであり、一般人、それがヤクザであっても秘匿されていることだった。
(頼むから~。誰もこないで~。来るなら弥生以外にしてぇぇ!)
先の二回の誘拐では、一番最初に弥生が救出に来、組の全員を半殺しにした挙句、屋敷を剣一本で全壊させた。
次に来たのは錬魔で、全員を催眠ガスで眠らせた後、同様に眠る勇輝を担いで帰っていった。ヤクザたちは身体的には無事だったが、零華によって社会的に抹殺された。
勇輝は路頭に迷ったヤクザたちに真剣に同情したのだ。もう、あのような過ちは犯さないと誓ったのだが……。
(なんでこう、俺は攫われやすいのか)
そう思った瞬間。爆発音が轟いた。
今までのなかで一番派手な乗り込み方に、勇輝は一発で誰が来たのか分かった。
(秀斗が来た~)
安堵が半分、不安が半分。弥生ではないことで安心したが、爆発音に不安が募る。
組員たちが騒然とする中、組長は部屋の隅に飾られていた日本刀をその手に取った。
「勇輝~。無事だな!」
廊下をバタバタと走る音が聞こえ、ついで声とともに金髪美形、秀斗が姿を見せた。
今日も黒いヘアバンドが金髪を引き立てて見目麗しい。
秀斗は隊員服を着ており、羽織は着ずに綿のズボンにTシャツ。それに上着を羽織っていた。特徴は、ズボンと上着に多数のポケットがあることだ。
(無事だよ~)
と伝えてみるが、秀斗には不明瞭なうめき声しか聞こえない。
「単身一匹乗り込んでくるとは命知らずな奴め、者どもかかれ!」
組長が立ち上がって、そう叫ぶと、四方の襖が開かれて大勢の組員が姿を現した。それぞれ長ドスやらナイフを持って牽制している。
「おっと? なんだ、正気の奴らがけっこういるじゃねぇか」
先ほどまで酒宴を楽しんでいた人々の姿は消え、四方敵に囲まれた状態になる。
「先の二組はそうやって負けたからな。あれはフェイクだ」
組長は恰幅の良い体を揺すって笑う。
「お前ら! この餓鬼を葬って死堅牢の座を奪え!」
それを合図に組員たちが一斉に動き出す。
次々に秀斗に襲いかかるが、ヘアバンドの下で星鎧の能力、絶対守護を発動している秀斗には掠りもしない。
「おらおら! まとめてこいよ!」
秀斗は向ってくる敵を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、時には麻酔銃で眠らせて床に沈めていく。
そしてその数も数えられるほどになったところで、勇輝の背後に人が立った。
「こいつの命がどうなってもいいのか!」
お決まりの脅しが発動した。
勇輝は組長によって添えられた首元の日本刀に目をやって、塞がれた口の中で溜息をついた。
(こんなの脅しにならないって)
弥生の場合は問答無用で間合いを詰め、脅した男の脳天を剣の柄で強打した。その速さは人のものではない。否、人ではなかった。
秀斗は早撃ちで残りの組員も眠りにつかせると、銃口を組長に向けた。
それに応えるように勇輝の首筋に刃が押し当てられる。少しでも動かされれば、一筋の赤い血が流れるだろう。
「そんなことすると、可愛い勇輝が泣いちゃうんだけど?」
これは組長に向けられたものではなく、勇輝に対する嫌がらせだ。
(誰が泣くか! 後でぶん殴る!)
「ふん。こいつを殺されたくなければ、その武器を置け。お前も交渉の材料にしてやる」
秀斗はしばらく躊躇い、やれやれと言わんばかりに銃を前に投げた。
「タイムアップ、みたいだぜ?」
軽く両手をあげて、爽やかに笑った。あまりにも爽やか過ぎて逆に嫌な予感がする。
「死ね」
物騒な声は別の方向から、そして別の声質で勇輝の耳に届いた。
勇輝の視界を銀色の髪が掠め、首元から刀が離れた。えっ、と思ったのもつかの間、すぐにあぁ……と驚きは同情に変わった。
振り返ると同時に組長が膝から崩れ落ち、勇輝の体は自由になる。
「ご苦労さん、弥生」
組長の背後に出現し、その頸椎に剣の鞘を叩きこみ、勇輝を縛る縄を切った。その間二秒、見事な早業だ。
弥生は美人を損ねる無表情で月契を鞘に納めると、具現化を解いた。
「あ、ありがとう」
勇輝は椅子から立ち上がって体を伸ばす。ちらりと組長の無事を確認すると、ぐるりと部屋を見回した。現在立っているのは如月の三人のみ。
「……まぁ、屋敷が無事なだけよかったほうだよな」
彼らに雨風をしのげる家が残っただけでも万々歳である。
「つーか弥生。今回は俺の出番なんだけど、なんで来たんだよ」
「お前と同じ理由だ」
「あ、なるほど」
二人はつかの間視線を交錯させると、別々の方向へ歩き出した。
「え、ちょっとどこ行くんだよ」
勇輝はどちらを追うべきかと二人を交互に見る。やけに二人があっさりしすぎていて嫌な予感がするのだ。
「酒蔵。ここのじいさん、酒のコレクターとして有名だからよ」
「私室。こいつは日本刀の蒐集家として名高いからな」
返事は完全に私欲であり、勇輝は呆れてすぐに言葉が返せなかった。つまり彼らはここに漁りに来たと言ったのだ。堂々と。
(もしかして、俺を助けるとか頭に無かった?)
おそらく、勇輝を助ける方がついでだったのだろう。
勇輝はしばらく悩み、酒蔵へと進む秀斗の後を追うことにした……。
酒蔵は屋敷の外にあった。蔵の鍵を壊して入ると、そこには棚中に並べられた酒の数々。瓶ではなく樽で置いてあるものもあった。
秀斗は喜々としてそれらを見ていく。
「あ~、日本酒類は全部持ってるな」
どうやら棚に並んでいるのは全部日本酒らしい。が、ざっと見ても数百種類は並んでいる。これらを全て持っているという秀斗の蔵は一体どんなものだろうか、と勇輝は少し興味が湧いた。
「秀斗ってそんなに酒が好きなの?」
「当たり前~。俺らにとっちゃ酒はお茶だからな。ないと困る」
アル中のような発言だな、と思いながら勇輝も辺りを探った。酒には詳しくないので見てもさっぱり分からないが……。
戸口付近をうろついていると、足に引っかかりを覚えた。不思議に思って床を探ると、一部が開くようになっているらしい。
(隠し扉?)
勇輝はわくわくして、取手をつかんで持ち上げる。重たいそれは、ゆっくりと開いていった。
階段が現れ、地下に続いているらしい。
「秀斗~地下室見つけた~」
勇輝は得意満面で二階を物色している秀斗に声をかける。
「おっ、でかした!」
秀斗は階段を駆け下りて来て、その入口を覗き込んだ。
「暗いな」
そう言うと秀斗は、二の腕にあるポケットから小さな懐中電灯を取り出した。突如現れた便利道具に勇輝は目を丸くする。
「このポケットって飾りじゃないんだ」
「当たり前。色々入れてるんだ、便利だぜ?」
「色々?」
「色々」
秀斗はにたっと笑った。深く詮索するべきではないと本能に訴える笑みだ。
そして懐中電灯の光を頼りに下りていくと、空気はさらにひんやりと冷たくなる。
「最高の保存場所だな」
秀斗が辺りを探って電気のスイッチを見つけると、明かりをつけた。
「すっげぇ」
二人同時に感嘆する。電球に照らされて露わになったのは、所狭しと並べられた洋酒の数々。
樽で保管されているのも多かった。
「おぉぉ! すげぇ、ノッキーン・ポチーンじゃねぇか!」
秀斗が瓶の一つを手にとって目を輝かせている。
「それ何?」
「アルコール度数九十。アイルランドで作られてんだ。最近まで密造酒になってたからなかなか手に入らなくてよ」
アルコール度数九十? と勇輝は首を傾げる。そんな度数は聞いたことがない。
テキラーも四十から五十のはずだ。
「こっちにはハプスブルグ・アブサン・プレミアム・レゼルヴ・ストロングがある! 八十九・九! アブサン最高!」
呪文のような名前に、付いていけない勇輝は自分にもわかるワインを探し始めた。
(シャンパンとか、ないかな)
ごそごそと、泥棒そのものだが秀斗を見ていると良心も動かなくなった。
「マジ⁉ スピリタス! 勇輝見ろよ! これが世界で一番強い酒だぜ? アルコール度数九十六!」
それほど度数が高ければグラスに注いだ瞬間に気化するが。
「……頼むから、それ俺に飲ませようとかすんなよ?」
飲んだ瞬間あの世行き決定だ。
アルコール度数の世界三強が揃い踏み、一体ここの組長はどういう趣味をしていたのだろうか……。
しばらく家探しをして、日本刀を二振り持った弥生と落ちあって如月へと帰った。
彼女も彼女でよい得物を見つけたようだった。
如月のホールに入ると、三人が帰りを待っていた。
「お帰り~勇輝君の奪還ご苦労さま」
肩までのゆるくウエーブがかかった茶髪に愛らしい顔をした癒慰が癒しのオーラを纏ってお茶をしていた。本日の衣装は呪われた屋敷に現れる吸血鬼らしく、ミニスカに短いマント、笑顔から鋭い犬歯が覗いている。
「怪我はないな」
あったら殺すぞ? とでも言わんばかりの高圧的な物言いと鋭い視線。三人の無事を確認すると、如月の医者、錬魔は踵を返して出て行った。一房だけ長い赤髪が背中で揺れている。普段着の上に白衣を着ていたので実験でもしていたのだろう。
「組のみなさんに迷惑をかけてはいませんね?」
才色兼備、品行方正の零華は藍色の長い髪を揺らして、優しく微笑みかけた。
その問いは主に人体損傷、屋敷破壊をしていないかというものであるが、今から社会的な抹殺を図る彼女が言うと説得力に欠ける。
「酒三つゲット。度数九十越えだぜ」
「あらあら、それは楽しみですね」
「これも勇輝君が攫われてくれたおかげね」
癒慰がよくやったと親指を立てた。
「ほんと、お前はよく攫われるよな」
潰す口実が出来るからいいけど、と秀斗は付け加えた。勇輝は完全に餌である。
「どーせ俺は職業さらわれ屋ですよーだ」
ぷいっと少し拗ねた勇輝は、お茶淹れようか? と訊く癒慰の言葉を無視して部屋に帰って行った。
「でも、ちょっと危ないわよね」
「えぇ、今はまだ攫われるくらいですんでいますが、いきなり後ろからグサッともいきませんしね」
「でも歯向いそうな組ってこれが最後じゃねぇの?」
「私たち、どれほどの恨みを買ってると思ってるのよ」
三人は各々思い当たる人の顔や団体を頭に浮かべた。大小様々だが、厄介なのもいる。
「対策を打つべきですね」
「何かあんのか?」
「えぇ。癒慰ちゃん、匠さんのところに行って、今から言うものを作ってもらってください」
それから三人は、零華の策について話し合いを始めた……。




