番外編 愛の小粒を召し上がれ
雪が降ったと思えば少し暖かくなり、また雪が降る。
煮え切らない態度を見せる気候の中、煮え切らない男子に思い切ってアタックする日。
近年ますます女子同士での交換が増え、男子は壁際で盗み見る程度となった少し悲しいイベント。
このイベントで告白して付き合う、そういう王道も数えるくらいとなった。そしてホワイトデーまでに別れる者も多い。
だが、今年の空気は違った。学校全体が妙にピリピリしている。女子たちは朝から互いに牽制しあっている。
そんな教室に、その原因である彼らはいた。
「は~い、勇輝君。あげる、友チョコだよー」
「どうぞ春日君。生チョコなの」
「私のはクッキーよ」
勇輝の机に置かれていく可愛いラッピング。
それを可愛い顔をした勇輝が満面の笑みで受け取っていた。
「ありがと! マジで嬉しい」
勇輝はその容姿で特に上級生によく好かれる。
と言っても一方的に可愛がられるのだが……。
「相変わらず、すげぇな」
隣の席では歩が毎年の光景にうんざり顔だ。
そんな歩の机にもチョコが二三個置いてある。
本日教室は女子でいっぱいだ。もともとこのクラスに女子は二三人しかいないはずなのだが……。
「バレンタインデーって女の子が男の子にチョコレートをあげる日なんだ~」
そっか~、と癒慰は初めて見るイベントに興味津津だ。
「正確には好きな男の子に、ですが、近年では薄れているようですね」
その隣で零華が的確な説明を加える。
「私も帰ったらつくろっと」
癒慰は情報収集してくると、女子の中へ混じっていった。
「しかし、二人はもらっているのに、あちらの二人には誰もくれませんね」
零華が指す二人とは秀斗と錬魔だ。二人とも何かの気配を感じるのか今にも出ていきたそうだ。
「甘いよ。よく見なよ。女子はみんな二人にあげようとしてる」
秀斗は窓際に、錬魔は廊下側に座っているが、しっかり女子に囲まれている。女子の手には黄色と赤色でラッピングされたチョコ。
「抜けがけしないように水面下で戦ってるんだ」
「怖いよな~」
歩が茶々を入れた。
とその時、包囲網を作っていた女子の一人が秀斗へと近づいていった。回りの女子は睨みを利かしながら、その成り行きを見守る。
彼女たちには受け取ってもらえるかが重要なのだ。
「あ、あの、秀斗君。これ、もらってください」
「……何だ?」
おどおどしながらも目がぎらついている女子に秀斗は警戒しながらそれを受け取る。普段は気軽に女子に声をかけるが、こうやって迫られると怖い。
「チョ、チョコレートです。今日バレンタインデーなので……」
その女の子はチョコを渡すと、早足で教室から出ていった。そしてそれを皮切りに女子の波が秀斗に押し寄せる。
事態を理解した錬魔は錬魔包囲網が動く前にドアから出ていった。
「あ、錬魔君待って~」
「待ってくださーい」
錬魔を追って女子の半分が教室から出ていった。
一方餌食になった秀斗は、
「秀斗君、初めて会ったときから好きで」
「そこうるさい! あの、前からかっこいいなぁって」
「ジャマすんな。秀斗先輩……好きなんです!」
告白大会に巻き込まれていた。
女子たちの燃えるような告白に押されていた秀斗は突如立ち上がってこう宣言する。
「俺の恋人は弥生だ!」
それは隣の教室に届くぐらいの大声で、一気に囲んでいた女子たちが静かになった。そして全員の目がその女の子に注がれる。
教室の隅で様子を眺めていた弥生だ。名前を出された弥生は無表情で、足音もなく秀斗に近づく。
「な、俺お前のこと好きだから、問題だよな?」
「秀、そうだな、色々と問題だな」
口元を上げて造り出した笑みは冷笑で、秀斗は一番の問題に気がついた。自分の身が危ない。ここが学校という人間だらけの場所ではなかったら、速攻で剣を突き立てられていた。
「来い。その問題を解決してやろう」
弥生はそう言って秀斗を引き連れて出ていく。
その後グラウンドで何かが光っていた気がしたが、勇輝たちは考えないことにした。
二人を見送った女子たちは、申し訳ない気持ちになりながらも、秀斗の机の上に積み上げていく。
「とんだ災難ですね」
「あはは、楽しーだろ、バレンタインデー」
しみじみと同情する零華に対し、勇輝が他人ごとと滅多に見られないラブイベントを楽しんでいた。
そして昼休み、教室にいた四人は逃走に失敗し両手で抱えきれないほどのチョコを貰った錬魔と、疲労困憊の秀斗と、体を動かしてご機嫌の弥生と合流し、生徒会室で昼食を食べていた。
生徒会長に避難させてくれと、秀斗を使って落としたのだ。ここでも秀斗はチョコを貰っていた。
「バレンタインデーは、女子が好きな男にチョコレートをあげて告白する日なんだ」
「くっそ~、だから今日お前は叩き起こしにきたんだな?」
重箱から卵焼きを箸で取りながら、秀斗が勇輝を睨む。重箱五段のお弁当は癒慰と勇輝が朝作ったものだ。
「せっかくのバレンタインデーに二人が休むなんてもったいないじゃん。二人なら歩いてるだけでチョコが降ってくるよ」
「……人間の女は怖い」
消え入りそうな声で錬魔が呟いた。いつも三白眼で睨んでいる彼からは考えられないほど弱弱しい。
「大丈夫ですか? トラウマになったのでは……」
人間嫌いに拍車がかからないかと、心配顔の零華だ。
「え~、一番の楽しみは放課後なのに」
心外そうに勇輝が声を上げると、二人にジトッとした目で見られ、スーと視線を逸らした。
そして、勇輝が楽しみと言った放課後となった。
勇輝は紙袋を両手で抱えて廊下を歩いている。気の利く女の子がチョコと一緒にくれたのだ。
その後ろには如月の皆と歩。秀斗と錬魔も紙袋を持っているが、その顔は疲れていた。
「勇輝く~ん、あげる~」
「秀斗さん、どうぞ!」
「錬魔先輩。食べてください」
歩いている間も、紙袋はどんどん重くなっていく。
そして目的の場所に着くころには、紙袋はいっぱいになっていた。この時点で一番多いのは紙袋が二つに増えた秀斗だ。
「帰りて~」
「ここ見たらすぐ帰るから」
彼らがいるところは下駄箱だ。生徒が靴を履きかえる場所だが、この高校は上靴がなく校舎内は下靴なので運動用の靴の保管庫として使われている。屋上のテントから登校している彼らは転校後の数日しかここに来たことはない。
「ここにもチョコが入ってることがあるからさ。二人も見といた方がいいと思って」
「これ以上いらねぇ」
「同じく」
渋い顔をする二人をまぁまぁと宥めて、勇輝は自分の下駄箱を開けた。
「三つかぁ、うん、悪くない」
「それだけ貰ったのにまだ貰いたいのですか?」
「俺甘いの好きだし、あまったら近所のガキにやるから」
勇輝はそのチョコも紙袋に入れて満足げに袋を叩いた。
「お、俺も一個入ってる」
歩が嬉しそうに鞄にそれを放り込んだ。一人暮らしの歩にすれば、夕食がわりになるので結構重宝しているのだ。
秀斗と錬魔もしぶしぶ靴箱を開けた。
「あれ? どさどさっとこない」
期待する眼でそれを見ていた勇輝が首をひねる。
「は? ほら、やるよ」
「俺はいらん」
と二人から投げられたチョコは一つずつ。
「わ~い、ありがと。でも残念だな、二人の靴箱だったら漫画に出てくるチョコの雪崩が見れると思ったのに」
「それはあれじゃね? 次入れる女子が前のやつを捨てるっていう……」
歩がよくあるじゃん、と解釈を加えた。
「あぁ、他のとこに入れといたりするあれか」
女の子はオンリーワンを目指して他のチョコを蹴落とすのである。
ドサドサ。
しかしその音は少し離れたところから聞こえた。
「ほらこの音……え?」
その音の発生源にいるのは弥生。その足元には色とりどりのラッピングが散在していた。
「勇輝……バレンタインデーとは、女が好きな男にチョコレートをやる日と聞いたが」
「うん、そう」
「……私は女だぞ?」
弥生の靴箱から出てきたそれは、全て弥生宛で、丁寧にメモまで挟んであった。それを秀斗が拾って読み上げる。
「え~っと、弥生先輩へ、いつもきれいでかっこいい先輩は私のあこがれです。今度一緒にお茶してください」
へ~と、秀斗は次のメモを読み上げた。
「弥生先輩、私のお姉さまになってください」
それを読んだとたん、秀斗が堪え切れなくなったのか噴き出して、腹を抱えてうずくまった。
「他にも凛としたお姉さまや、華麗な弥生さんもありますよ」
零華も面白そうにチョコを拾っては読んでいる。勇輝も紙袋を広げて拾っていった。
そんな中弥生は呆然と立っていた。
確かに弥生はズボンをはき、立ち居振る舞いも女の子のそれとは違うが、それでも自分が女であることを疑ったことはなかった。
「それほど、私は男に見えるのか」
「いや、さっきの言葉聞いてた? みんな弥生が女の子ってこと前提でアッタクしてるから」
「くくくっ、お姉さま……あははははっ! モテモテじゃねぇか!」
笑いの止まらない秀斗は、違うメモを見てはまた笑っていた。その頭頂部に弥生の踵落としが炸裂した。
「ぐはっ、いてェ……」
うずくまっていたのが仇となったようだ。
「勇輝、それは全部お前にやる。片づけろ」
弥生はもう見たくないと言わんばかりに早足で如月へと帰って行った。
「じゃぁ私はチョコレート買ってから帰るね」
「では私は用意して待ってますね」
「俺は食べるの待ってるから」
「俺はバイトあるんで、またな~」
下駄箱で癒慰と歩と別れ、勇輝たちは如月へと帰って行った。
そして癒慰が帰った後の厨房では、女の子二人の楽しいお菓子作りが始まっていた。
勇輝は二人の近くのテーブルで、その過程を見ながら戦利品を食べている。
「次は小麦粉をふるうそうですよ」
「オッケー」
レシピは癒慰が女の子から聞いたチョコレートケーキだ。
「おいしーの期待」
勇輝はチョコチップクッキーをほおばりながら、わくわくと完成を待つ。
「それ何個目ですか? よく入りますね」
「そんだけ食べて太らないって何様ぁ?」
二人は紙袋から出されたチョコレートがどんどん減っていく様子を見て、呆れ顔だ。
「甘党舐めんなよ。まだ全然ヘーキ」
勇輝の足もとにはあと四つ紙袋がある。錬魔と秀斗も全て勇輝にあげたのだ。
「ふわふわと混ぜると書いてあります」
「楽しー」
そして型に生地を流していると、人の気配がした。三人が戸口に顔を向けると、それは弥生だった。 弥生はスーと寄ってきて、物珍しそうな顔でそれを見る。
「やりたかったの?」
「いや……だが、チョコレートはまだ残っているか?」
「ええ、ありますよ」
癒慰が余分に買ってきたので、板チョコが二枚余っていた。
「これをどうやって使うんだ?」
それを受けっとった弥生は指先で突いて硬いことを知ると、勇輝が食べているガトーショコラと見比べて訊いた。
「溶かして使います。膨らましたければ小麦粉が要りますし、形を変えて固めるだけでも一味違ったものになりますよ?」
一度料理を始めれば厨房を破壊しかねないので、できれば後者が望ましい。
「そうか、わかった」
弥生は二度頷くと、厨房を後にした。
「弥生ちゃんはどこで作るつもりなの?」
如月の厨房はここだけだ。
「他に弥生ちゃんが行くところと言いますと……」
「弥生ちゃんの、二つ目の部屋ね」
如月に住む彼らはそれぞれ二三の部屋を持っている。普段の寝る場所と、物を保管する場所や研究をする場所だ。
研究を目的とした部屋を持っているのは錬魔と弥生。錬魔のものは薬や治癒術のためだが、弥生のものは魔術を編み出すための部屋だ。魔術は元素の組み合わせで発動するので、新たに術を作ることも可能。月花夢幻もそうやって作られた術だ。
零華もたまに利用するが、使用頻度は弥生の方が多い。
「でも、お菓子作りに魔術が必要でしょうか」
「いやぁ、いらないと思うけど」
胸に不安が広がる二人だが、勇輝は、
「何か作る気になってるんだからいいんじゃない?」
と楽観していた。
(何事もやらないと成長しないしな~)
二人は生地をオーブンに入れ、出来上がりまで座って待つ。勇輝がいる机を囲むように座って、勇輝の戦利品をつまみながら談笑が始まった。
「なんかすげぇ甘い匂いがすんな」
焼きあがりが近づき、甘い匂いが漂ってくると、それに釣られたのか秀斗が入って来た。
水を飲みに来た錬魔も捕まえ、焼きあがりの時を待つ。
チーンと可愛い音が鳴って、癒慰がケーキを取り出した。ふんわり膨らんだケーキはスーとしぼんで程よい厚さになる。
「早く食べよーぜ」
「でも冷まさないといけないのでは?」
「う~ん。零華ちゃんが冷やしてよ」
彼らの中で冷却出来るのは水を属性に持つ零華だけだ。
「私は風ではありませんのに」
零華は右手の親指と人差し指で輪を作ると、そこからふーっと息をかけた。水の膜を通った空気は少しずつケーキを冷ましていく。癒慰もうちわで扇いで応戦する。
少しすると荒熱も取れたようなので零華が切り分けた。綺麗なお皿に分けていく。
「ところで弥生は?」
お皿を自分のところに引き寄せて秀斗が訊いた。
「チョコを作るそうですよ」
「マジ? 俺にかな」
「違うって」と勇輝。
「そんなわけないよ~」と癒慰。
「好きな男の子にですからね」と零華。
すかさずもちろんこれは友チョコですよと付け加える。
「天地がひっくり返ってもないな」と錬魔にまで言われ、秀斗はがくっと項垂れた。
だがその下を向いていた顔は、近づいてくる足音に気がついて勢いよく上がる。
「秀、いるか?」
秀斗の想い人、弥生が厨房に入って来た。その手にはチョコレートの粒が入っている小瓶。
呼ばれた秀斗は顔を輝かせて弥生が近づいてくるのを待っている。餌を待つ子犬のようだ。
「これ、お前にやる」
「マ、マジか。お、お前、俺のことが好きなのか?」
天地がひっくり返っても起きない事態に、周りは固まってそれを見ている。
「あぁ」
その言葉にさらなる衝撃が走る。
(何か飲んだか、頭を打ったのか?)
錬魔が本気で診察を始めようとしたが、その表情を見て伸ばした手を引っ込めた。
弥生が浮かべた笑みは微笑。滅多に見れない貴重な表情だが、それが普通の時に見せるならいい。だが今日は色々あった。それはもう弥生の機嫌を損ねるようなことがいろいろと。
その表情を見た後にチョコを見ると、小瓶の効果か薬に見えなくもない。
「じゃぁ、食うぜ」
周りの彼らには恐怖に映るその微笑も、恋愛フィルターがかかった秀斗には甘い微笑だ。
秀斗は小瓶から五六粒のチョコを出し、口に入れた。
「うん、うまい」
そして感動している秀斗は弥生を熱っぽい目で見上げていた。
「そうか、うまいか」
怖いぐらい弥生は上機嫌だ。
周りで見守っていた彼らは、すぐに変化に気がついた。秀斗の髪が変色しだしたのだ。いや、色だけではない。変質し始めていた。
髪の根元から、金髪は徐々に茶髪に、ところどころ立たせてある髪は硬質に、だいぶハードな髪型になった。
周りが息を飲む中、そんなことに気がつかない秀斗は幸せで蕩けていた。
「…………失敗か」
その幸せを蹴飛ばしたのは弥生の言葉。
「え? ん? なんか甘い匂い、つーか頭が重っ」
髪に手を触れてみて変化に気付く。ずいぶんと硬く、とげとげと痛い。
「なんか、チョコレートじゃない?」
と勇輝が恐る恐る秀斗の髪に手を伸ばし、ポキンと折った。
「ぎゃ、俺の髪!」
そして匂いを嗅いでから、口に放り込む。
「食うな!」
「あ、チョコだ」
「ほんと?」
「そうなのですか?」
と女の子二人も折って食べてみる。その味わいは板チョコよりまろやかで、口どけもいい。
「おいしいな」
もう一つと手を伸ばす勇輝の手を払いのけ、秀斗は壁際に逃げる。
「や、弥生! てめ、何しやがった」
「ん? いや、人形型のチョコが欲しかったのでな。作ろうと思ったのだ」
「俺でか!」
「嫌か? 私に食われるのだぞ?」
と、微笑を浮かべたままの弥生はじりじりと秀斗に近づく。どうやら、恋人騒動に始まり、下駄箱のことも怒りを増幅させたらしい。かなり手痛い仕返しが来てしまった。
「絶てぇヤダ!」
そう叫ぶと秀斗は脱兎のごとく逃げて行った。最後に俺のケーキ残しとけよ~と言い残すことを忘れずに。
「弥生……あれは、元に戻るのか?」
医者として人体への害が心配なのか、錬魔がそっと弥生に訊いた。
「ほっとけば自然と治る。まぁ、折られた髪はどうしようもないがな」
つまり、折られた所は短いままということだ。
「……よし、食べましょうか」
癒慰がひとまず秀斗君には後でお気の毒にと言っておこうと、目の前のケーキに話を戻した。
「そうですね。いただきましょう」
さらに冷めていい感じにしっとりしただろう。
「いただきまーす」
勇輝はフォークで突き刺して豪快に食べる。
甘いのが苦手な錬魔は少しずつ食べ、
「まずくはない」
と渋い顔をしながらも全て食べた。
「どうです弥生ちゃんも」
偏食の弥生はケーキなど食べたことはなかったが、勇輝に挑まれるような目で見られれば、受けて立つのが負けず嫌いだ。
「食べる」
そして恐る恐る口に入れ、ゆっくり咀嚼した。口に広がる甘さは果物よりも強い。
「うん……食べられる」
「そう言う時はおいしいって言うんだよ」
勇輝がにやっと笑って言う。偏食の弥生に食べさせてしてやったり顔だ。
「……おいしい」
その言葉に勇輝がひそかにガッツポーズをしたのを弥生は知らない。
こうして不幸な秀斗を残して、楽しいバレンタインデーが終わったのだった。
予告通りバレンタインデーです。
次回は重くなるかもしれないので、ちょっと遅れるかも……。




