第1章の4 やられてばっかじゃいられない
ざわざわと、胸の奥が沸き立つ。身じろぐように、抜け出すように。動きが強くなる。
(待って……あと少し、あと少しだから)
彩はベンチに座り、地面をじっと見ていた。視界に銀色の光がさしたかと思うと、彼の声が聞こえた。
「彩、彩?」
勇輝は買ってきたソフトクリームを彩の前にちらつかせてその顔を覗きこんだ。
彩は今勇輝の存在に気づいた様子で勇輝の顔を食い入るように見ている。
「お前、やっぱりジェットコースター十連続はきつかったんじゃ……」
「え? そんなわけないじゃん!」
と笑う彩の顔を少しひきつっている。
「無理すんなって。じゃ、ほら、息抜きにあれ行こうよ」
勇輝は目についた建物を指差した。彩も頷く。
そうして二人は一息つくためにお化け屋敷に入った。
中に入ると、勇輝は悪魔から解放されて意気揚揚としていたが今度は彩が顔をひきつらせている。
それを見た勇輝は暗闇の中でにやりと笑った。
(へ~。なるほどね)
独特の音楽、しつこいほど何かが出そうな雰囲気だ。
暗い墓地を歩いていると墓石が倒れて女の人が出てきた。
彩は声にならない悲鳴をあげて勇輝にしがみつく。
「び、びっくりしたぁ」
そんな彩に勇輝はますますいたずら心を掻き立てられた。
(可愛いな~。こうなったら仕返ししてやろ)
そして前方に井戸が見えてきた時、先ほどまでの仕返しと言わんばかりに彩の耳にそっと息を吹きかけたのだ。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!」
お化けでさえも飛び上がるのではないかと思えるほどの悲鳴があたりに響き渡る。
そしてご満悦の勇輝のみぞおちに彩の鉄拳がめり込んだ。
「ぐえっ」
「はるゆきのばかぁぁぁ!」
彩は勇輝を振り向きもせず一目散に出口へと駆けて行った。
「くぅ……」
よろめきながら勇輝も出口へと向かう。
その様は隣でうようよしているお化けよりもお化けらしく見えた。
そして勇輝が光の中に出るとご立腹のお嬢様がいた。
「はるゆき」
恨みがましい目で睨まれる。
「申し訳ございませんでした」
長い説教に入る前に詫びを入れる。直角九十度のお辞儀、完璧である。
「む~。まぁいいわ」
怒りの切っ先を真剣白羽取りで受け止められた彩は口を尖らせたままそっぽを向いた。
「ところでお前、なんか武道やってたの?」
「まさか、こんなうら若い乙女が武道なんてするわけないじゃん」
「じゃぁさっきの不良顔負けのみぞおちクリーンヒットは何ですか?」
勇輝はみぞおちをさする。
まだ少しダメージが残っている。プロ並みの的確さだった。その道一筋の勇輝が言うのだから間違いない。
「た、ま、た、ま」
満面の笑みでそう言われると嘘くささが倍増するな、とは心で思うだけにした勇輝である。
それから二人はお昼を食べ、午後からは動物のショー等を見て時間をつぶした。
セイウチのでかさに驚嘆し、ペンギンの可愛さに癒された。
動物に餌をあげる彩も抱きしめたくなるほど可愛かった。
そしてお土産に二人おそろいのキーホルダーを買って携帯につけた。
「かわいい」
と彩は顔をほころばせるが、そこには少し思いつめたような表情が混じっていた。
だがそれはすぐにいつもの意地悪な笑顔の中に消える。
「えへへ、おそろい。ずっと一緒だね」
「当たり前じゃん」
二人は優しい笑みを交わしあって再び手を取り合って歩き始めた。
高くに昇っていた太陽は西に傾き、沈んでいこうとしていた……。




