第2章の2 スパイはつらいよ
しばらくすると、勇輝が来たドアが開いた。外の光が入ってくる。
(あ、テント開けたらこっちはドアが開くようになってるんだ)
地味に感動する。
そして開かれたドアはすぐに閉じられた。
(あ、やっぱそうなるよな)
ドアの向こうに見えたのは歩だ。
いくら歩が同じ組織に所属していたって人間は人間、なかなか常識からは逃れられない。
そして再びそっとドアが開かれる。
勇輝と秀斗を互いに顔を見合わせ、歩を迎えに行くことにした。
「おはよ~歩」
「入ってこいよ」
歩は秀斗を見た瞬間びくっと体を震わせた。
「い、いや。俺入れねぇ」
歩は一歩、二歩と下がり始める。
「遠慮すんなって」
秀斗は歩の腕を掴み、無理やり中へと引っ張りこんだ。
歩は部屋に足を踏み入れたとたん、この世の終わりのような悲鳴をあげた。
「どうかした?」
勇輝が心配そうに歩の顔を覗き込む。
歩は長期の隠密のバイトから帰って来たばかりだ。
もしかしたら何か嫌なことでもあったのかもしれない。
歩は必死の形相で秀斗の胸倉を両手で掴んだ。
「ここテントだよな! 俺は今テントの中にいるんだよな!」
あまりにも鬼気迫る表情だったので、秀斗はこくりと頷いた。
本当は自分たちの家だがそれを言うと歩は失神してしまいそうだった。
「よし、テントなんだな。俺は今テントの中にいる。決して如月じゃねぇ」
ぶつぶつと呟く歩を、勇輝は心配の目で、秀斗は奇妙な目で見ていた。
「歩、お前バイト中になんかあった? ばれて拷問とかされてない?」
勇輝の心配はちょっとずれていた。
「いや、大丈夫。心配すんな」
バイトの探りの方はうまくいった。
問題はその後、家に帰った時だった……
歩は隠密の仕事を終え、アパートに帰っていた。
歩は一人暮らしなので、こういう仕事をするには都合が良い。
書類作って報告しなきゃな、とまだまだ終わらない仕事に憂鬱になりながらドアの鍵を開ける。
だが、部屋に入ると人がいた。
強盗かと少し青ざめるが、その人物が誰か分かると、完全に青くなった。
「リ、リーダー!」
灰色の髪に切れ長の目、忘れもしない歩の所属する隼のリーダー、鷺だった。
だが歩は下っ端。報告は全てこのエリアをまとめる担当者にしていたので、面と向き合うのは初めてだった。背中を嫌な汗が伝い落ちる。
彼はにこやかに歩を迎えた。
「おかえり歩。お仕事ごくろう」
「あ、あの。何の御用ですか?」
本来ならまだ彼はFBIに潜入中のはずだ。
「最近の報告をしてもらおうと思ってな」
「え、報告なら……」
最後の方は言葉にならなかった。
鷺と視線が合った瞬間、射竦められたのだ。
彼は顔こそ笑っていたが目が全く笑っていなかった。
(俺があいつらのこと隠してたのばれてる……)
「あ、あの。すいませんでした!」
直角の礼を取り、固く目も瞑る。一秒でも彼と目を合わせていたくなかった。
「いいから。報告しろ」
(いえ、全然いいって感じの空気じゃないんですけど……)
歩は顔を上げ、口の中がカラカラになるのを感じながら報告を始めた。
「あ、はい。えっと……四剣琅、如月の五名が転校して来ました。彼らは族狩りを済まし、今は普通に高校生活を送っています」
こまごまとした彼らの不良生活ははしょっておく。
「弥生は?」
じわじわと鷺は歩に近づいていく。
歩は無意識に引いていった。
「えっと、なんか普通の女の子ですけど? あ、ただ剣は強いらしいです」
ここら辺は興奮した勇輝が話してくれたことだ。
「普通の女の子……か」
(ずいぶんと猫を被ってるじゃないか)
「彼らと行動をともにしたのか?」
「いえ、俺は情報提供ぐらいしかできませんでした」
(というか俺はあれ以上近づけません)
とうとう壁に突き当たった。
鷺は壁に手をついて歩の逃げ場をなくす。
不良として生活した中で、こう言う風にがんつけて相手をビビらしたことは結構あったが、それを逆にやられてビビることはなかった。
「お前、まさかあいつらの本陣に入ったりしてないよな」
声が一段低くなって威圧感が増す。
「してません、してません!」
歩はすごい勢いで首を横にふる。
「ならばいい。これからはちゃんと報告しろ。いいな」
「は、はい!」
そして鷺は口元に笑みを浮かべて続けた。
「それと、秀斗に会ったら殺してもかまわないから、ぼこぼこに殴れ」
「はい?」
「弥生のまわりをちょろちょろできなくなるようにな」
その一言でこの状況が全て繋がった。どうやら鷺と秀斗はそうとう仲が悪いらしい。
「あ、はい。やってみます」
(でこピンくらいで勘弁してくれますか?)
鷺はよろしくな、と言い残すと部屋から出て行った。
彼の姿が見えなくなると歩は全身で息を吐いた。




