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第6章の19 呪縛に囚われし者たち

 鷺の来訪から二日が経った。今日も零華先生による補習が行われていたが、そこに弥生の姿はなかった。


「まずいですね」


 と零華が歴史の教科書を片手に空席を見つめる。


「ひきこもりの前兆ね」


 癒慰は教科書から視線をあげた。癒慰も暇なので一緒に勉強をすることにしたのだ。


「何かあったのかな」


 と勇輝も数式を解く手を止める。


「絶対鷺の野郎だ」


 秀斗は忌々しそうに舌打ちをした。鷺が帰ってからすぐに何かあったかと弥生に訊いたが、明確な答えは返ってこなかった。代わりに飛んできたのは短剣。


「学校に来ているので、まだましですが」


 現在弥生は自室で休んでいる。疲れたから部屋にいると行ってしまったのだ。昨晩は夕食を食べにこなかった。

 これがひどくなると、完全にひきこもる。

 彼らは経験で知っていた。


「今日の夕食は出て来てくれるといいんだけど」


「部屋に行って誘ってみるよ」


 ひきこもりは最初が肝心と、勇輝も対処法を覚え始めた。

 ぽつぽつと話しながら勉強は進み、夕食の時間となった。


「じゃぁ俺、弥生を呼んでくる」


 空腹を抱え、勇輝が椅子から立ち上がった。

 零華は錬魔を呼んでくると、部屋を出、秀斗は腹が減ったと食堂へ向かう。

 今日の夕食当番は癒慰だった。

 勇輝はホールを出て、弥生の部屋がある二階へと上がる。廊下を曲がると、ちょうどこちらに歩いてきている弥生の姿を見つけた。


「あ、ちょうどよかった」


 弥生も勇輝に気が付き、カツカツと間合いが狭くなる。


「夕食」


 ができたよ、という言葉が続かなかった。

 弥生の姿が少しぶれたと思ったら、首筋に剣が添えられていたのだ。抜き身の剣が、廊下の光を反射させる。

 全く予期しておらず、反応することすらできなかった。剣を握る勇輝としては、まだまだ自分の未熟さを痛感する。


「油断するな」


 弥生は低い声でそう言うと、月契の具現化を解く。


「……がんばる」


 家とも呼べる如月では気を抜いていたいとぽつりと思うが口には出せない。

 あの一瞬で、首が飛ばされる自分を想像してしまった。血の気が引くほどの弥生の殺気。

 勇輝は食堂に行こうと、弥生の後を追う。

 その弥生は階段を降りながら、複雑そうな顔をしていた。

 勇輝の首に刃が届く直前に感じた胸の痛み。

 胸の奥を何かに掴まれたような。味にすれば、とても苦く酸っぱい。


(勇輝が、殺せるか……)


 敵ならば、剣を向けなければいけない。

 今まで、仲間に剣を向けたことはない。


(私は、勇輝を殺せるか……)


 弥生は晴れない顔のまま、食堂へと入っていくのだった。





 夕食が終わり、彼らはさっさと部屋に戻ろうとする弥生を引き留めた。お茶でも飲みながらサクリスに対する対策を練ろうと持ちかけたのだ。もちろんそれは口実で、本音は弥生を少しでも一人にしたくなかった。

 癒慰は魔術師にはブランデーを、勇輝には玉露を出す。


「操り人形は麻酔銃が効くから、いっそ改良する?」


 癒慰が言うには、もしサクリスが操り人形の大群を率いて攻めてきた場合、数によってはこちらが不利となるとのこと。

 操られただけなので、殺すわけにもいかない。となると、数の暴力で押し切られる可能性がある。

 そこで今の銃を散弾銃にすればどうかと提案した。


「確かに、一人ずつしか攻撃できないしね」


「私たちに当たるというリスクもありますが」


 意見が交わされ、準備するものなどが上がっていく。麻酔銃は予備を作るか匠しだいでは改良することになった。

 その間弥生は一言も発さず、ただ彼らのやりとりを見ていた。

 話がサクリス本人に及び出した時、癒慰は何かの物音が聞こえた気がした。顔を上げて周りを見回す。

 コツコツ、と何かが当たっている音。

 弥生も気づいたのか、鋭い目つきで周囲に視線をやる。

 全員が音に気が付き、話すのを止めて音の発生源を探した。


「あ、窓!」


 勇輝は小刻みに揺れる窓に目を留めた。窓の向こうにぼんやりと白い何かが見える。

 気になったらすぐ行動。勇輝は窓に近づき、


「オム!」


 と以前自分が孵した鳥を屋敷の中に入れてあげるのだった。

 オムはバタバタと羽をはばたかせ、部屋を一周した後、彼らがいるテーブルへと降り立った。

 クルッと鳴いて、弥生をじっと見つめる。


「この鳥、足に手紙付けてるぜ」


 秀斗がそれを取ろうと手を伸ばすと、グルッと嘴でつつかれた。


「痛っ」


 手を引っ込めれば、赤くなっていた。


「なんかオム、威勢が良くなったね」


 勇輝がソファーに戻り、首元を撫でてあげる。クルクルと嬉しそうに鳴くが、ビシッと直立で勇輝を見上げていた。

 生まれたてはかわいい新入生みたいだったが、今は風格のある先輩のようだ。

 勇輝に撫でられて満足したオムは、弥生へと体の向きを変えた。そして催促するように手紙を付けた足でテーブルを叩く。


「私への手紙か」


 弥生が細く結ばれた紙を取り、広げて目を通した。

 オムは任務完了とご満悦で、お茶受けのクッキーをつついている。


「……そんな時期か」


 手紙に目を通した弥生がぽつりとそう呟いた。


「少し氷騎に行ってくる」


 と腰を浮かせた弥生を、零華と癒慰が慌てて止めた。


「ちょっと、何かあったの?」


「せめて理由だけでも」


 それは全員が同じで、錬魔も話せと目で伝える。


「……姉様が体調崩された。世話を手伝ってほしいそうだ」


「あ~。この時期だっけ」


 秀斗だけがそういえば、と納得がいった顔をした。


「風邪か? 病なら俺が」


 医者である錬魔がそう言うが、弥生は首を横に振る。


「いや、具合が悪くなるってより、籠りがちというか」


 秀斗がそう補足すれば、ひきこもりかと彼らは内心思う。姉妹そろって似たものどうしなのだろうか。


「へぇ、けっこう溌剌とした人に見えたのに」


「まぁな~。だいたい同じ時期に具合が悪くなるんだ」


「一年周期ならば、体内のバランスも関係あるかもしれないな」


 医者の言葉に元氷騎の二人は頷くと、揃って腰を上げた。


「秀、お前も行くのか?」


「当然。鎖羅が気になるし、お前一人じゃ氷騎いけないだろ?」


 今日は半月。満月の時しか一人で空間を渡ることはできない。

 秀斗は意地悪な笑みを浮かべ、弥生は軽く舌打ちをする。


「阿修羅さんと鎖羅さんによろしくと、お伝えください」


 零華の言葉にクッキーをつついていたオムが顔を上げた。二人が歩きだしているのに気がついて、慌てて飛び立つ。


「うわ!」


 オムは一直線に秀斗に向かって飛ぶと、頭に着地する。突然の襲撃に秀斗は前につんのめった。


「あ、秀斗オムに気に入られたじゃん」


 オムに従えられているようにも見えるが。


「嬉しくねぇよ。どけ! 重い!」


 秀斗は頭を振って落とそうとするが、オムは落ちまいと鷲掴みにする。


「痛い痛い!」


 オムと秀斗は攻防を繰り広げながら部屋を後にするのだった。






 二人は空間魔術で氷騎に渡ると、出口を屋敷の内部に設定した。いつも彼らとくつろいでいたホールに入るが、誰もいない。


「鎖羅の部屋か」


「だろうな」


 氷騎の屋敷は如月に比べると小さいが、二人で住むには広すぎる。彼らが使っているのは屋敷の四分の一にも満たなかった。

 木目が美しい廊下を歩く。

 二人は鎖羅の部屋に着くと、秀斗がノックをした。すぐに入れと阿修羅の声が返って来る。


「お久しぶりでーす」


「姉様は?」


 秀斗がドアを開けると、弥生が早足でベッドへと近づいていく。

 ベッドの手前にある椅子に阿修羅がいた。久しぶりに見る彼は、どこか疲れた様子で二人を迎える。

 鎖羅の部屋も弥生と同様、無駄なものがなくシンプルだった。来客用の応接セットもあるが、ついぞ使われたためしはない。

 部屋の隅にあるベッドは大きく、余裕で二人寝られる大きさ。

 そこに鎖羅が横たわっていた。


「よく来たな。今は寝ている。……やっと寝たと言うべきか」


「あ……なるほど」


 それで阿修羅が疲れた表情をしているのかと、秀斗は納得がいった。鎖羅は具合が悪くなると、夜眠らなくなることはよくあった。

 不安定な鎖羅を一人にするわけにもいかず、誰かは側にいるのが常だった。


「昨日から始まって今日で二日目だ。じきに目を覚ますから後は頼む」


 鎖羅の不調は突然始まり、二、三日で突然終わる。まさに嵐のよう。

 阿修羅は二人に任せると部屋を出ていこうとする。すぐにでも寝たいらしい。昔はもっと仲間もおり、交替で仮眠が取れていたのだが。


「俺たちがいない間、どうやってたんですか?」


 純粋に気になり、そう尋ねると気合いだと返って来た。これ以上聞くと鎖羅への愛情がこんこんと話されることを知っている秀斗は、ゆっくり休んでくださいと阿修羅を送りだした。

 阿修羅が去り、弥生に目を向けると弥生は心配そうな顔つきで鎖羅を見ていた。椅子に座り、じっと鎖羅を見つめる。


「姉様はちゃんと食事を取られているだろうか」


 秀斗は内心、お前が言うなと思ったが、大丈夫だろうと答えた。

 三十分ほどそのままの状態が続き、秀斗が散歩でもしてこようかと思った時、弥生が声を上げた。


「姉様!」


 弥生が腰を浮かせて鎖羅へと近づくと同時に鎖羅は飛び起き、次の瞬間には弥生の首筋に刃が添えられていた。


「姉様、私だ。弥生だ」


 弥生は動じることなく、鎖羅の目をじっと見て声をかける。

 鎖羅はゆるゆると焦点を合わせると、


「すまない。つい」


 と闇宵の具現を解く。


「姉様、具合は大丈夫か?」


「あぁ。心配させたな」


 鎖羅はすまなそうに顔を歪め、弥生をぎゅっと抱きしめる。そして離れたところにいる秀斗に気がついた。


「お前も来たのか」


「弥生の付き添いで」


「それはご苦労。我は弥生と楽しむので、散歩でもしてこい」


 鎖羅は邪魔だと秀斗を手で払う。


「ではどーぞ、お楽しみに」


 秀斗は棒読みで、くるりと二人に背を向けて歩きだす。追い出されたほうがむしろ好都合だ。


(ご愁傷さま)


 今の鎖羅と一緒にいるのはごめんこうむる。

 秀斗は外を散策しようと、口笛を吹いて廊下を歩いていくのだった。

 そして鎖羅と二人きりになった弥生は、ベッドに押し倒されていた。

 鎖羅の長い髪が頬にかかる。彼女は妖艶に微笑んでいた。


「姉様……」


 対する弥生はどこか諦めに似た表情。


「やわらかい方が好みに決まっているだろ?」


 鎖羅は弥生の首の下に自身の手を滑り込ませると、ぐっと弥生を抱き寄せた。肩を抱き、密着する。


(……やわらかい)


 弥生の顔は豊かなふくらみに挟まれ、なんとか息ができるレベル。弥生はずりずりと上にずれ、窒息から逃れるが、そこには鎖羅の顔があった。

 義姉の目は眠いのか半分閉じかかっている。


「姉様……ゆっくりお休みください」


 そして弥生自身も目を閉じる。ここ数日碌に眠っていなかったせいか、睡魔がやって来たのだ。

 弥生は眠りに落ちていく、心地よい暖かさを感じながら。







 阿修羅は眠い目を擦りながら廊下を歩いていた。大理石の廊下は歩くたびにカツカツと靴音を響かせる。

 たまにすれ違う人は、全員同じ角度で礼をする。昔から変わらない顔ばかり。


 阿修羅は一つのドアを開けて、中に入る。めったに入らないそこは、実験器具がたくさん置かれた研究室だった。

 その奥に薬剤室があり、薬物から毒物まで幅広く取りそろえられている。

 阿修羅は人気がないことを確認し、闇を自身の足元から立ち昇らせた。それは徐々に人型を取り、黒い人影に血が通う。

 一分もしないうちに、部屋には阿修羅が二人いた。

 阿修羅は分身を椅子に座らせ、見張りにする。分身は設定した言葉以外は話せないが、視覚と聴覚の情報を主人に送ることができる。

 氷騎にもベッドの中に分身を一体置いてきていた。


 阿修羅は何もない壁に手を置き、魔力を流し込む。すると黒い文様が浮かび上がって来た。歪にずれているそれを正しい模様に組み直す。

 ガコッと何かが外れる音がし、壁が開く。壁のすぐ向こうは地下へと続く階段になっていた。

 阿修羅は慣れた足取りで下っていく。阿修羅が見えなくなると、分身は扉を閉める。文様は弾けるようにばらばらになり、かき消えた。

 階段は暗く狭い。それを下りきると、広い空間に出る。灯りがつくと、そこは異様ともいえる部屋だった。


 地下とは思えないほど天井が高く、奥行きがある。

 広い部屋の右側には物々しい器具が並んでいた。上の研究室とは比べ物にならない。対生物用の実験器具。

 ここしばらくは使われていないが、かつては現代科学の粋が集められ、日々研究がおこなわれていた場所だ。

 一番の成功作が御影だった。魔族、霊界の役人、魔術師、人間。全ての要素を持つ彼女を作りだせたのは、科学と魔術を融合させたからだ。

 ごちゃごちゃとした右半分とは対照的に、左半分にはほとんどものがない。


 だが床は魔術の陣が所狭しと描かれている。複雑に重なり合い、一つ一つが意味を持っていた。

 阿修羅はそちらを一瞥すると、さらに奥へと進んだ。小部屋を通り、目的のドアを開ける。

 やわらかい光に、清浄な空気。水の音が聞こえ、暖かい。

 部屋のいたるところに植物があり、半ば野生化していた。手入れがされておらず、伸び放題になっている。

 阿修羅はもののついでと、闇を操って雑草を除去する。使えそうな材料は適度に採取していった。

 そして阿修羅は部屋の隅に隠れるように咲いている一つの花の前で足を止めた。そっとしゃがみこみ、花の様子を見る。


 淡いピンクの色をした花は、ユリのように細く奥行きがある。5枚の分かれた花びらはぱっと広がっていた。

 阿修羅は上着のポケットから小瓶を取り出し、花びらの下に添える。

 そっと花を傾けると、花びらを伝って液体が流れてきた。それを一滴も残さずに小瓶に入れる。


(こんなものか)


 一年をかけて、この花は蜜を貯める。その蜜には呪縛を強くする力がある。根を媒介にすることで発動できる呪縛。

 阿修羅は用がすむと手入れをしていた闇を戻し、早足で部屋を出る。


(まだ、解放するわけにはいかない……)


 実験室に戻ると、一つの陣が目に入った。

 呪縛について考えていたせいで、つい目をやってしまったのだ。

 他の陣とは区別された、四つのうちの一つ。

 その一つに自分は立った。

 そして、その一つが妹を奪った。

 阿修羅は陣を通り過ぎ、地下室を後にする。いつの間にか手は、小瓶を固く握りしめていた。


(あの女は、許せない)


 胸の奥が少し熱をもった気がした……。



 阿修羅の二面性が、激しい。

 こんな、やつだっただろうか。

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