第1章の16 高校生の恋愛事情
翌日、勇輝が屋上に上がってみると、いつも見える景色が見えなくて固まった。
目の前は緑。それはテント。
なぜ屋上に? 今夏じゃないよな? とかいう疑問はもう浮かばない。
(あぁ、とうとう屋根が出来た……)
しかもそのテントはなかなか大きく、骨組みもしっかりしている。
どこか軍隊の基地をを思わせる光景だ。
勇輝は入口を探してテントの周りを歩いた。
「おはよ~」
布を捲って中に入ると、意外と広かった。そして何よりも暖かい。
「なんか秘密基地っぽいな」
もちろんカーペットとストーブがあり、電気も十分な明るさを提供している。
「なかなか快適だろ。朝の七時から組み立ててたんだぜ。感謝しろよ」
秀斗はアイスを片手にストーブにあたっていた。
(甘い……アイスはこたつで食うもんだ!)
感覚が麻痺して変なところに過敏になる。
「ほんと……お前らってすごい」
勇輝はカーペットの端で靴を脱ぐといそいそとストーブにあたった。
(あぁ……指先が解凍されていく)
勇輝がほっこり一息ついていると、癒慰が待ちかねていた様子で近寄って来た。
「あのね勇輝君、勇輝君って好きな人いる?」
ストレートの暴れ球が勇輝の脳天を直撃した。
今勇輝が何かを飲んでいたら間違いなく噴き出していただろう。
「は、はい?」
癒慰は期待に満ちた眼差しを勇輝に注いでいる。
「いや、え?」
(話の流れとか全くなしで朝一番からソレ?)
「何? 勇輝、お前好きな奴いんのか?」
秀斗も瞳を輝かせて、勇輝の答えを待つ。
「……癒慰ちゃん、突然聞くのは無礼ですよ」
「だって~気になるじゃない」
零華が窘めるが反省の色など微塵もない。
「仕方ありませんね。勇輝君、前に私たちが高校に通うのは初めてということは話しましたよね」
勇輝はこくこくと頷く。てんぱった頭は情報を求めている。
「それで、何分高校生というのが分からなかったので研究書を頂いたのですが」
「そこにね、高校生は恋愛をするって書いてあったから、これは勇輝君に聞かなきゃって」
零華の言葉をついで癒慰がにこやかに説明した。
「で、実際のところどうなんだよ」
勇輝は秀斗に肘でつつかれてようやく頭を働かすことに成功した。
(好きな人……か)
問われれば、すぐに顔が浮かぶ。 声も、今も隣にいるような錯覚さえ覚えるほどに鮮明に……。
「いたよ」
勇輝はぽつりとそう呟いた。
(そう、いた。大好きな、大好きな恋人が)
「きゃ~じゃぁ彼女は?」
「いた」
喜怒哀楽の激しい天使だった。
つまらなかった毎日を楽しくしてくれた女の子。
「え、いた……?」
「そう、消えたんだ。だからもういない」
勇輝の声は寂しさも辛さも含んでいなかったが、無機質なその声が逆に虚しさを呼んだ。
「……ごめん」
癒慰の謝罪の声に勇輝は慌てて顔を上げた。
「別に癒慰が謝るようなことじゃないって」
「でも勇輝君……」
「勇輝」
割って入ってきた声に勇輝は驚いてそちらへ顔を向ける。
弥生はテントの隅に座っていた。そしてその灰色の瞳を真っ直ぐと勇輝に向けた。
「その女の子に、会いたいとは思わないの?」
弥生の言葉は勇輝の心を強く揺さぶった。
(会いたい? 会いたい、会いたい……でも)
勇輝はふっ、と息を吐いた。もう、答えは出ていた。
「……もう、会えないんだ。それだけは分かる」
勇輝は視線をストーブに戻した。
だが勇輝は眼の前の火は見ておらず、どこか遠くを見ているようだった。
それを見て弥生はついと目を伏せ、髪を指に絡めた。
「そう……」
「勇輝、彼女の名を聞いてもいいか?」
珍しいことに、錬魔までが話に入ってきた。
「彩、桜田彩だ」
その名を口にした瞬間、懐かしい、甘い記憶が蘇る。
「可愛い名前だね」
「あぁ、可愛い奴だったよ」
(可愛い、可愛い……彩……)
ストーブの炎の中に、彩の姿が揺れたようだった……。
ちょっとしんみり
だけど屋上にはテント
彼らの常識力のなさはこんなものじゃありません。
彼らの中で一番の常識人はやはり零華でしょうか…?