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第5章の29 花と氷の演武

 扉を開き、目に飛び込んで来たものは部屋中を埋め尽くすぬいぐるみだった。

 床にはまさしく足の踏み場もないほどぬいぐるみが散らばり、壁には可愛い絵が何枚も飾られている。天井には赤ちゃん用のくるくると回るおもちゃが何倍もの大きさでぶら下がっていた。


(何……ここ)


 癒慰はしばし呆気にとられた。おもちゃ箱にでも入った気分だ。


(すっごいメルヘン)


「おねーちゃん」


 子どもの声が足元から聞こえ、反射的に癒慰は後ろへと飛び退く。それと同時にぬいぐるみが宙を舞い、あの男の子が現れた。


「ジャッ、ジャジャーン」


 くまの着ぐるみパジャマを着た男の子は八重歯を覗かせて笑う。


「おねーちゃん。命をかけてあそぼっか」


「いいわね。でも私の命は高いわよ?」


「やったぁ!」


 男の子は軽く跳びはねて喜ぶ。


(うっわぁ……なんて可愛いのから! ギュッとしたい、あのほっぺにすりすりしたい!)


 癒慰は今にも抱きつきたいのを必死で抑え、心の中で叫ぶ。


「じゃぁまずは自己紹介。ぼくは土炯。たくさん遊んでね」


 男の子はにこっと無邪気な笑みを見せ、足元から無数の蔓を出現させた。


(残念。すりすりはさせてもらえなさそうね)


 癒慰は自在に動く蔓に注意を向けつつ、土炯を呼び出す。


「ねぇ土炯どぎょう。あんなおチビさんが土炯の名を語ってるんだけど。どう思う?」


「……私はあんな子どもではない。主よ、叩きのめしてくれるな?」


 鏡から厳かな声がする。


「うん。まかせて」


 癒慰はこくりと頷いて鏡の具現化を解いた。この鏡は索敵専用で、戦闘では力を発揮できない。


「ゲームの始まり!」


 男の子はにぃっと笑うと蔓を一斉に癒慰へと襲わせた。波のように押し寄せる蔓は途中で癒慰が作った蔓の壁に当たって跳ね返る。一瞬蔓の勢いが止まった隙に癒慰も蔓を男の子へと向かわせた。

 男の子の蔓に癒慰の蔓が覆いかぶさり、絡みついて引きちぎる。


「弱い蔓。紙かと思っちゃった」


「おねえちゃんのいじわる」


 男の子は潤んだ目で見上げ、唇を尖らせた。


(きゃっ! 反則よ! そんなうるうるしないで!)


 癒慰はあの子は敵と自分に言い聞かせ、心を鬼にした癒慰の頬すれすれを、何かがかすめた。


「……え?」


 背後で起こる爆発音。男の子の後ろには、頭の大きな植物が生えている。花びらはなく、食肉植物のような形で、口がこちらを向いていた。その頭が大砲に見えなくもない。


(なんかあれ、勇輝君がやってたゲームに似たようなものが……)


 たしか土管から生え、攻撃してきたあれに似ている。


「フラワーキャノン一号、二号、発射!」


 男の子は司令官よろしく、ビシッと癒慰を指差して号令をかける。間髪いれずに飛び出してきた砲弾を癒慰は避け、走り出した。


「この餓鬼、可愛くない!」


 癒慰と子どもの攻防は徐々に激しさを増していった。


 扉を開けると、水気を含んだ空気が肺に入って来た。一歩踏み入れて、床が水で満たされていることに気づく。足を下ろすたびに波紋をつくり、それらはぶつかりあって消えていく。

 淡い水色の壁を伝って、水は途切れることなく注がれていた。


「そんなとこで突っ立ってないで、こっちに来なさいよ」


 一際大きな水音がしたかと思うと、女が零華を手招きしていた。

 水色の短い髪、腰に二丁の拳銃をさした女は強気な笑みを浮かべている。


「おひさしぶりですね、妃水ひすい


「ちゃんとわかってんじゃん、私の名前。エライエライ」


 女はパチパチとバカにしたようにゆっくり拍手をし、腰から二つの拳銃を抜いた。その二つの拳銃のうち、小さい方を右手に大きい方を左手に持っている。


「まぁ、本物はあなたとは違い、もっと高貴ですけれど」


 零華は冷ややかな笑みを浮かべ、右手を胸まであげた。


「妃水、偽物を粛清しましょう」


 零華が語りかけるようにそう言うと、右手の手首が淡く光り出した。その光は実体を持ち始め腕輪の形をとる。腕輪には大きな青い石が嵌っており、その周りを複雑な模様が囲んでいる。


“この間は逃げられましたが、今度はしとめてみせますわ”


 頭の中に妃水の凛とした声が響く。高飛車でお嬢様の性格をした妃水は早く敵を倒したくてうずうずしていた。


「血がたぎるわ!」


 女が右手の引き金を引くと、銃口から水の弾丸が発射された。零華は横に走り、銃弾は水面に当たって水しぶきをあげる。


「さっさと逃げないと当たっちゃうよ?」


 うきうきと弾んだ声を女はあげ、自身も走り出す。

 零華はすっと右手を前に出し、命じた。


「水は氷となりて我を守れ」


 その言葉に呼応するように水面がさざめき、水しぶきを上げ凍りついた。それは一つではなく次々に氷の塊を作り上げた。それらは弾丸から守る障壁のように聳え、その陰に零華は身を隠す。

 弾丸は止むことなく氷を削っていく。


「隠れてないで出ておいでよ」


 零華は氷を移りながら敵の戦い方を観察する。彼女はまだ右の銃でしか攻撃していない。


(あの銃は無限に弾が撃てるようですね……まぁ、水ですし当たり前ですか)


 零華は氷に背をつけ、氷の削れる音を聞きながら右手をゆっくりと持ち上げた。青い石が淡く光を発する。


“のんびりしているんじゃなくってよ。命じなさい。全てあなたの思い通りになるのだから”


 頭の中に妃水のじれったそうな声が響く。零華はわかっていると頷き、絶対支配の言葉を紡いだ。


「全ての水は、我が意のままに」


 水を呪文無しで自在に操る。それが妃水の能力だった。特殊な技以外なら無詠唱で発動できる。

 そして頭の中に望む姿を強く描き、それらを女に向けて一斉に放つ。無数の氷の刃が女へと向かい、彼女はそれらを跳んで避けた。ひょいひょいと軽い動きでかわしていく。


「あの子はあなたと違って俊敏のようですよ」


“淑女たるもの、常にゆったりと構えておかなくてはいけなくってよ”


 扇でもパチリとならしてふんぞり返っていそうな彼女の言い方に、零華はふっと笑った。


(あのすばしっこさは厄介ですね。封じられればいいのですが)


 右手をあげると、水が吸い上げられるように直立し、女へと手を振りおろせば柱のようなそれは渦を伴って彼女へ突撃していく。

 女は二三発撃ちこんで止められないと分かると、左手をあげ、引き金を引いた。やや大きな銃から放たれた弾丸は水流の中央を通り、全てを凍りつかせた。なおも進もうとする氷の柱を右足で蹴り上げ粉砕する。


「あっちの銃は氷ですか……」


 零華は眉間にしわを寄せ、次の攻撃へと移る。水柱を二つ作り、それと同時に氷の刃を放った。


「遅っそい攻撃!」


 女は余裕の笑みを見せつけながらかわし、すっと零華の目の前に現れた。右の銃が構えられる。

零華はとっさに氷の壁を目の前に作ったが、銃弾によっていとも簡単に打ち砕かれてしまった。


(強度が足りませんね!)


 女はにやりと笑うと、零華の額に狙いを定めて引き金を引いた。放たれる弾丸を零華はしゃがみこみ間一髪のところで交わしたが、横から女の蹴りが入り数メートル飛ばされた。

 体に痛みが走り、顔をしかめる。


(痛い……こんな痛みを感じてもなお戦いが好きな弥生ちゃんたちの気持ちがわかりません)


 零華は怒気を含んだ目で女を捕えながら立ち上がった。そして上から下へと落ちる水の壁を自分の周囲に張り巡らせる。


「ふ~ん。ひきこもり?」


 零華は無言のまま、氷の刃を放つ。それと同時に女の足元からは鋭く研がれた氷が突出していく。上からも下からも狙われ、それらを巧みに交わしながら女は左の銃で零華を撃つ。その銃弾は流れを持つ水すらも当たった場所から凍らせていく。


(なんて威力!)


 だが零華は水圧をあげ、さらに早く水を流すことで完全に凍結するのを防いだ。女も一発だけでそれ以上は撃ってこない。

 女は加速し一気に零華との距離を詰めると、跳びあがった。狙いは零華の真上、障壁のない場所だ。


「見え透いたことをしますね」


 零華は右手を上へと向け障壁を展開する。

 女は高く右足を振り上げ、


「と見せかけて」


 体重を上乗せしたその踵落としは零華の真上ではなく、周りの障壁へと落とされた。


「なっ」


 水の壁は大きく凹み、衝撃が波打って伝わっていく。振動が振動を呼び、細かに震えていた壁はやがて耐えきれなくなって霧散した。

 女は驚きを隠せないでいる零華に銃弾が撃ち込んだ。左で一発、右で二発。一発目はかろうじて避けたが、二発目と三発目を左肩と右腕に受けてしまった。両方かすり傷だが、じんわりと血が滲みだす。

 零華は顔を歪め、かすかに舌打ちをして走り出した。銃弾を避けながら手近な氷の陰に身を隠す。


(氷の銃弾をもらっていれば危なかったですね。早く、打開策を見つけなくては)


“舌打ちなど淑女じゃなくってよ”


 涼やかな声で妃水がたしなめる。


「貴女って、本当に戦いに弱いわね。いつも他人任せにしてるからじゃない?」


 零華は言葉を返さず、唇を強く噛んだ。彼女の言葉は事実その通りである。零華は指令役。作戦は立てるが、実行部隊は弥生、秀斗、錬魔の三人であることが多いのだ。如月全体で任務を行っても後方支援に回ることが多い。

 零華は女の銃声を聞きわけ、どちらで撃たれているのかを分析する。


(右、右、右、左……)


 零華は額に滲んだ汗をぬぐった。腕と肩の痛みが共鳴し、全身に広がっていく。


(右、右、左、右、右、右……。左は連射できないのですね)


 零華は音に集中し、左の銃声が聞こえたと同時に水を纏わせて跳び出した。場所はちょうど女の後。視覚だった。


「甘いわね!」


 女はあらかじめ知っていたかのように振り向き左の銃を向けた。銃声が響き零華を守る水が凍りつく。そして次の銃声で壁は粉々に砕け散った。


「なっ!」


 零華は壁が消滅したと同時に氷の刃を放ち、 近くの氷の裏へと身を隠す。


「左の銃だって連射できるんだよ?」


 女はまるで零華の心を読んだかのように、笑いを噛み殺しながら言った。そして女は両方の銃を使い氷の壁を削っていく。

 零華は新たな氷の壁を作り、隙を見て移っていった。

 零華の息はすでにあがっており、足にも疲労がたまっている。


(これが終わったら、弥生ちゃんと勇輝君の朝の鍛錬をやってみるのもいいですね)


 零華が自身の体力のなさを痛感していると、ぴたりと銃声が止んだ。訝しく思った瞬間、背後の氷が砕かれ目の前に彼女の足が迫った。

 反射的に腕で顔をかばったが傷口から激痛が走りうめき声をあげる。衝撃を踏み耐えることができずに重心が崩れる。

 流れる視界の中で、左の銃口が自分に向けられているのに気付いた。零華はとっさに右手を前に突き出しす。ビリビリと走る痛みを感覚の彼方に押しやって叫んだ。


「私を守れ!」


 その言葉に全ての水が零華を守ろうと女との間に割って入る。わずかの差で発射された銃弾は水の表面を凍らせた。水はその面積を膨張させ女を弾き飛ばす。

 零華は水しぶきをあげて倒れた。水の冷たさがぐちゃぐちゃと打開策を考えていた頭を冷やしてくれる。

 死がちらついた瞬間、心臓の鼓動が速くなった。荒い呼吸が水面に細かな波をたたせる。

 守護の命を受けた水は、零華をドーム状に覆っていた。女は攻撃の手を緩めることは無く、激しく波紋ができ凍りついていく。


(やはり戦いは面倒ですね。もうあれこれと考えるのは止めましょう)


 零華はすぅっと口角をつりあげた。ゆっくりと立ち上がると、銃撃が止む。

 零華は水の向こうにぼんやりと見える女に視線を向け、自らを覆う全ての水を彼女に放った。明瞭になった視界で彼女を捉え、彼女は水と氷が混ざる弾丸を造作なく避けていく。


「亀の子ごっこはもう終わり?」


「えぇ。十分休めましたので」


 にこりと零華は笑った。微笑ではなく、子どもが見せるようなあどけないその顔は倒すという決意を秘めていた。


「私を捕まえられると思ってるの?」


「別に捕まえる気はありません」


 零華はすっと右手を前に突き出した。腕輪の石はその意を汲み取ったかのようにきらりと光る。


「させないわよ」


 女は床を蹴って走り出した。部屋中を駆け回り零華を翻弄しようとする。走りに緩急をつける彼女の姿は消え、また現れる。

 撃ち込まれる銃弾は水の壁が防いでいた。

 零華は縦横無尽に走り回る女を目で追うこともせず、ただ前を見ている。呼吸を整えると、張りのある声で呪文を紡ぐ。


「水は人を潤し全てを破壊する。氷は人に残酷さを教える」


 変化はすぐに訪れた。女は急に足音が乾いたものになったことに気付き、視線を下に向け目を見開いた。水が、まるで引き潮のように零華へと引いていくのだ。床本来の色が姿を現し、水は零華の後ろへと引き寄せられ状態を変えていった。色は無色から白へ。

 女は目の前の光景に思わず足を止めた。水の壁に守られた零華。その背後に現れた雪山、いや雪の壁。


「怒りよ、悲しみよ、力に変わり罪人を裁け」


 零華を守る水も雪へと変わり、後ろに引きつけられる。高く掲げられた右手に嵌った腕輪の石が怪しく光った。


白魔はくま!」


 右手が振り下ろされる。それはさながら処刑を決行する裁判者のよう。

それと同時に壁が崩れ、雪崩が女に押し寄せた。

 女はとっさに跳び上がったが、雪崩はまるで意志でも持っているかのように立ち上がり、女を飲み込もうと大口を開ける。

 部屋は、一瞬で真っ白になった。

 床は零華が立っていた周囲を残して全て雪で埋まり、壁も天井も舞った粉雪がつき結晶のようになっている。


(ほんと、嫌になってしまいますね……)


 体からすっと力が抜け、零華はその場に倒れた。

 白魔は水系の魔術の中でも最高位に属している。周囲から水を奪い、雪崩として全てを押しつぶす荒技だ。敵味方関係なく前にあるもの全てを薙ぎ倒す。だがこの術を発動させるには相当量の魔力が求められ、ほとんど使用されることがない。それほどの魔力量を持つ人は滅多にいないが故に、秘術と言われる。


“あなたは昔からこういう術のほうが得意だったわね”


 妃水の呆れた声が零華の脳裏に響いた。


“全部魔力使い切って倒れるなんてみっともない。仲間を助けにいくんじゃないの?”


 零華はふっと笑った。まったくその通りだ。このお嬢様は自分勝手でわがままだが、いつも正しいことを言う。


「少し、休んだら行きます……」


 零華はふぅっと息を吐いて、目を閉じた。





 爆音とともに砲弾はぬいぐるみを吹き飛ばして床を抉る。癒慰は爆風に煽られながら部屋中を駆け回っていた。

 爆音の間に男の子の高い笑い声が聞こえる。

 男の子による砲弾とその合間を縫った癒慰の蔓による攻撃の応酬。自分に当たる軌道の砲弾は空中で爆発させ、男の子を捕らえようと迫る。そしてその蔓は男の子の蔓と砲弾によって阻まれる。そんないたちごっこを数十分続けていた。


「逃げてばっかりだとおもしろくないんだけど?」


 男の子はつまらなそうに唇を尖らせ、砲弾を連射する。そのたびにぬいぐるみが宙を舞った。


「ものを大切にしない子はおしおきよ! 刃華乱舞じんからんぶ!」


 癒慰は男の子と距離を保ちながら花びらの刃を放つ。


「叩き落しちゃえ!」


 男の子は足元に伸びる蔦で刃を防ぐ。蔦も傷を受け断ち切られるが、刃が自身に届くことはない。


(やっぱ零華ちゃんの氷と違って威力は弱いわね)


 砲弾が放たれ、刃と衝突し爆発を生む。全ての刃が灰となり癒慰は握った右手に力を入れる。


「たかが花びらでぼくに勝てると思ってるの?」


 くすくすと笑う男の子の後ろで、突然火柱が上がった。獣とも機械音ともとれる断末魔をあげているのは砲台。

 男の子は突然炎をあげた砲台を茫然と見ていた。その視界に入りこむ、床を這っている茶色い蔓。それは男の子に見つかったことが分かったかのようにさっと砲台から離れ、癒慰の足元へと戻った。


「地の魔術師が炎を使うとか……あり?」


 男の子はパチパチと燃えていく植物型大砲を見ながら知らず知らずのうちに呟いていた。砲台はその姿を失い、灰となって消える。

 癒慰が握っていた掌を開くと、そこにあったのは赤い紡命珠。錬魔の、火の魔力が込められていた。


「実践は初めてだったけど、なかなか使えるじゃない」


 癒慰は満足そうに紡命珠を見、名前を考えないとと口の中で呟く。


「よくも、ぼくのフラワーキャノンを!」


 湧きあがった怒りの感情が茫然自失の状態から彼を立ち直らせた。顔を赤くしてキッと癒慰を睨む。それもまた可愛くて、癒慰の胸にキュンと来た。


「出てこい、ボスフラワーキャノン!」


 男の子が力いっぱい叫ぶと、ガタガタと部屋が揺れ彼の足元にあるぬいぐるみが盛り上がった。床へと落ちるぬいぐるみ、上昇を始める彼の体、そして現れ出した巨大な植物。

 癒慰はそれを見上げ、受けて立つとでも言うかのように強気な笑みを浮かべた。天井に迫るほどの巨体を持つ砲台。蔓が頭を持ち上げ、大きな口でこちらを狙っている様子はまるで蛇だ。


「遊びはやーめた。そろそろ眠たくなってきたから、さっさと終わらせてお昼寝しよ」


 砲筒の上に立つ男の子は癒慰を見下ろし、キューティスマイルを繰り出した。

 癒慰の心臓をズキュンと貫く。


(ベ、ベストショット!)


 だが少しにやけたその顔も、彼が落とした言葉の爆弾によって吹き飛んだ。


「だから死んでね。お、ば、さ、ん」


 癒慰の表情が固まった。頭の中ではその言葉が反芻される。


(オバサン、オバサン、おばサン……おばさん!?)


 癒慰はキッと目を吊り上げて、男の子を睨みあげる。


「ボスフラワーキャノン、やっちゃえ!」


 男の子がビシッと癒慰を指差すと、それに応えるように口径の奥が光る。癒慰はその隙に蔓を口径に伸ばし防ごうとしたが、高エネルギーをため込んだ口径に近づいただけで蔓は焼き切れてしまった。

 癒慰は軽く舌打ちしてさっと周りに目をやった。全てが完了していることを確認すると上着のポケットから小瓶を取り出す。その蓋を指で押しあけ、中の水を、足元を這う蔓へとかける。一本だけ色の違う、白い色をした蔓へと。

 口径に溜まる光はじょじょに強くなり、発射の時を今か今かと待っている。あの大砲が光線を吐き出すのが先か、それとも育つのが先か。

 癒慰が回避の体勢を取った時、それが発動した。四方八方から吹き出す緑色の液体。それは対象にかかった途端、その部分を石化させた。突如訪れた異変に植物は身をよじり、癒慰に放たれるはずの攻撃は天井を突き抜ける。


「おい! 何やってんだよ!」


 身をよじり逃れようとする植物から振り落とされまいとしがみつきながら、男の子は叱咤する。

 そして自身にも緑の液体がついた瞬間、変化する体に悲鳴をあげた。動かなくなる体。足が、手がどんどん石化していく。

 片目が塞がり、開いている方の目で癒慰を見下ろすと固い表情が見えた。


砂上籠絡さじょうろうらく


 癒慰は男の子を見上げることをせず、小さく最後の術を発動させた。床が砂に変わり、すり鉢状になったそれは得物を穴の奥へと引きずりこんでいく。

 いくら敵が子どもでも、いくら可愛くても倒さなくてはいけないことはわかっていた。自分のために、そしてなによりも仲間のために。


(ごめんね。痛くない方法で終わらせてあげるから)


 癒慰はせめて最期の姿は目に留めておこうと彼を見上げた。大砲は砂の中へと沈んでいき、彼もまた沈んでいく。

 四方からは緑の液体が途切れることなく放たれていた。癒慰は砲弾から逃げ回っていた間に種が入った蔓を巡らせていた。水に触れれば一瞬で成長し、相手を石化する液を吐き出す植物。癒慰の腰ほどある大きさで、毒々しい色をしていた。花びらはなく、液だめが袋のようにぶら下がり小さな口がそれを吐き出している。


「おねえちゃん……」


 植物のほとんどは砂に引きずり込まれ、男の子は癒慰の目線の高さまで下りてきていた。

 半分固まった口で、しゃべりにくそうに声を出す。


「まだまだ、遊びは……続くよ」


 そして緑の液が彼の顔を覆い、彼は一つの石像となった。

 癒慰はそれを痛ましそうに見ながら、小さくごめんなさいと呟いた。


「ゆっくり、寝てね」


 男の子の姿も砂の中に消え、標的を飲みこんだ流砂は消えていった。後に残るのはぬいぐるみで埋め尽くされた床。


「……レガーシアを見つけないと」


 癒慰は現れた扉に目をやり、先を急ぐ。ぬいぐるみたちの間を縫ってドアへと着いた時、何かが動いた気配がした。癒慰は訝しく思って後ろを振り向き、


「うそ、でしょ?」


 ついそう漏らした。

 立ち上がるぬいぐるみたち。手にはそれぞれハサミやら刀やら多種多様な武器が握られている。中には先程の戦闘に巻き込まれ負傷したぬいぐるみもあり、綿を出しながら立ち上がる様子はもはやホラーである。

 わらわらとぬいぐるみたちは癒慰へと迫ってくる。


「ちょっと、こないでよ!」


 癒慰は慌ててドアノブを回して逃げ出そうとするが、鍵がかかっているらしく一向に回らない。


「何それ。これ全部倒せってこと?」


 呆気にとられる癒慰に、ぬいぐるみの大群が襲いかかった。






 二人の戦闘もひと区切りし、次はついに彼の戦い。やっと書ける彼の過去と葛藤。


 いつ、書き上がるでしょう……。

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