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第5章の27 交わる剣、伝わる意思


 あと六日と弥生に告げられてから、明らかに鍛錬がきつくなった。綾覇が直々に剣の指南をすることが増え、シンが不意打ちでちょっかいをかけてくることも増えた。おかげで不意打ちをいち早く察せるようになり、剣を受け流すのが上手くなった。

 そして自分たちのためとしか思えない送別会という名の酒宴が開かれもみくちゃにされた勇輝。

 そして勇輝は二日酔いの頭痛を土産にもらい、如月へ続く廊下を歩いているのだった。

 如月を出た時と同じく隊員服に身を包み、腰に剣を佩いている。その剣は手になじみ、腰から下げることにも違和感が無くなっている。

 ズキリと勇輝の頭が痛んだ。それと同時に昨晩の酒の香りが蘇ってくる。

“もう少し僕といてください”と泣きじゃくる純。最後には“立派に強くなってから会いに行きます”とまで言い出した。

 純が如月に足を踏み入れれば卒倒しそうな気がするので、こちらから顔を見に行くからとやんわり断ったが……。記念にと一緒に撮った写真は彼の一生の宝ものになるらしい。

 いろいろとお世話になった第二師団のメンバーは名残惜しそうに勇輝と語らい、勇輝のコップにどんどん酒を注いでいく。

 綾覇とシンは如月に遊びに行く気満々で、またよろしくと笑っていた。酒が回ってぼうっとする頭で、二人が来たらさぞ荒れるだろうと思った。

 昨晩のことを思い出すとさらに頭痛がひどくなった勇輝は、先に見えてきた門へと足早に進む。錬魔に二日酔いの薬をもらいたい。


(なんか、懐かしいなぁ)


 たった数週間離れていただけなのに、ずいぶん彼らに会っていない気がした。


(みんな相変わらずかな)


 妙にうきうきと気分が高揚する。早くみんなに会いたい。そして強くなった自分を見てもらいたい。

 勇輝は逸る気持ちを抑えながら、如月へと続く扉を開けた。明るい光が漏れ、馴染みの光景が目の前に広がる。


「みんな、ただいま!」


 バタンと開けて入ると、いつもと変わらず五人の仲間たちがソファーに座っていた。

 彼らはぱっと顔を輝かせて、口々にお帰りと勇輝に言葉をかける。

 勇輝は彼らの輪の中に加わって全員の顔を見回した。みんな優しい表情をしている。


「いい顔になったな」


 錬魔が微笑してそう言った。


「うん」


 勇輝は誇らしそうな表情になって、しっかりと頷く。


「勇輝君~さみしかったわ!」


 うるうると目を潤ませる癒慰の瞳の奥に、ギラリと光るものを感じ、本能が危険だと忠告した。


「う……うん」


 癒慰はこの数週間でかわいいものに飢えていた。癒慰の笑みは恐怖だ。


「勇輝君、修行お疲れ様です」


 癒慰とは打って変わった優しい微笑とともにかけられる労いの言葉が心に染みる。


「ありがとう」


「強くなったんだろーな」


 ニッと秀斗が挑発するように笑う。修行中の勇輝を激励してくれた秀斗。

 彼とも胸を張って、肩を並べて闘える。そんな途方もない自信が込み上げてくる。


「もちろん。だから……」


 勇輝は自信たっぷりに頷きかえし、前へと足を進めた。一人の仲間の前へ。

 ホルダーから剣を鞘ごと抜いて、彼女の前に突きだす。

 心臓の高鳴りがうるさい。それほど興奮していた。


「だから弥生。俺と勝負してほしい」


 真剣勝負の申し込み。勇輝の意を決した表情。闘いを挑むのは二度目。今回もまた、認めてもらいたいという気持ちだけ。

 彼らは息を飲み、そして申し込まれた当人は面白そうに口角をあげた。自身も月契を鞘ごとホルダーから抜き取り、勇輝の剣と交差するように突きだす。


「いいだろう勇輝。その勝負受けて立つ」


 弥生は以前とは全く違う、暖かい仲間を思う表情。そして胸の内はワクワクしていた。

 勇輝が綾覇の下でどれだけ強くなったかが見たい。自身の剣術の代わりに、勇輝が獲得した剣術と自分のものをぶつけたい。

 怒りも憎しみもない。純粋な闘いを行うのは久しぶりだった。

 弥生は立ち上がり、鍛錬場へと歩き出す。

 それに勇輝も続く。

 急な展開に置いてけぼりを喰らわされた彼らも、すぐにその後を追うのだった……。







 勇輝は鍛錬場に入った瞬間、狭いなと感じた。それほど朧月夜の鍛錬場に慣れたということに気づいて、少し笑う。


「いい顔だ。闘いを楽しめ」


 勇輝の前に立つ弥生は、すっと鞘から月契の刀身を抜いた。白銀の刃は太陽の光を照りかえし、美しく輝く。

 弥生との距離はざっと三メートル。一足飛びで彼女の切っ先に触れるか触れないか。勇輝にとっては少し遠いその距離も、彼女にとっては十分な間合い。


「うん。全力で」


 勇輝も鞘から剣を抜く。弥生から貰った刃を潰された剣。振っても振っても重かった剣が、軽く感じられた。

 勇輝は剣を正面に構え、長く息を吐く。一瞬でも気を抜くと首を持っていかれることを勇輝は経験で知っている。

 弥生は特に構えを見せず、月契をふらふらと遊ばせていた。


「こい。好きに打ちこめ」


「じゃ、遠慮なく」


 勇輝は弥生の正面へ走り、間合いに入ったところで跳び上がった。腕を振りかざし、体重とともに弥生へと振りおろす。

 ガッと火花が散り、衝撃が腕を伝わって抜けた。初撃を受けとめられた勇輝は、一度飛びずさると再び斬りかかる。今度は胴体の右を狙って横に薙ぎ払う。

 横に縦に斜めに。勇輝が繰り出す剣戟は月契との間に火花を散らせ、甲高い金属音を響かせた。


「ずいぶん剣戟が重くなったな。そしてスピードもなかなかだ」


「そいつはどーも!」


 弥生は品定めをするようにじっくりと勇輝の技を見ていく。相手の足運び、呼吸、筋肉の動き。それを見ることで相手の型がわかる。

 弥生はにっと口角をあげ、攻撃に転じた。

 大地を踏み切り、剣を自身に引きつけ下方から斜めに斬り上げる。勇輝はそれを受け流し、突きを繰り出す。


(ちっ!)


 切っ先の向こうにあった弥生の顔がふっと消え、視界の隅に映った。白銀の煌めきを勇輝は剣で受け、その重さと衝撃に顔をしかめる。


(痛ぇ!)


 さすがに正面から受けるのはまだきつい。

 勇輝に休む間を与えず二戟三戟と打ちこんで、弥生は軽く目を見張った。剣戟の速度に関しては手加減しているつもりはない。だが勇輝はそれらを全てに反応し、受け流す。避ける時も無駄な動作が無くなった。

 弥生はまた笑う。そこに勇輝が袈裟切りに振り下ろす。


「しっかし、勇輝すげぇな」


 秀斗がヒュウッと口笛を鳴らした。

彼らは鍛錬場の隅でこの勝負を見守っていた。


「あれが見えるなんてね」


「闘いの素質があるとは思っていたが、まさかここまでとはな」


「予想以上でしたね」


 口々に勇輝の奮闘へ感想を述べていた。全員闘いから目を離せない。


「考えてみろよ。あの暁美さんの息子だぜ?」


「たしかに、そうですね」


 勇輝は弥生が繰り出す突きを皮一枚のところで交わし、一度距離を取って額の汗を拭う。

 弥生はふわふわと動かしていた切っ先をピタリと止め、ゆらりと上段に構えた。足を前後に開き、腰を低く落とす。そして剣は顔の横でまっすぐ勇輝に向けられている。

 弥生がもっとも好む構え。


「弥生、本気だな」


「勇輝君はそれに値するってことなんじゃない?」


 癒慰が複雑そうな表情を浮かべた。自身に剣の腕も才能もないことは知っている。今まで剣をやりたいとも思わなかった。

 だが、こうやって目の前でほんの少し前まではやられていた彼が、弥生と打ち合えるまでに成長している。それに比べ、前と何も変わっていない自分が情けなくなった。


「俺たちはあいつらにどんだけ遅れをとりゃいいんだろな」


 秀斗の声はどこか頼りなく、影を落としていた。誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。


「俺たちは御影との戦いが終わった後、この血を受け入れないと決めた。ここではただの魔術師だと」


 それが全員の想いとなり、以来神の名について語られることはなかった。これからを語ることもしなかった。

 彼らは黙って秀斗の言葉に耳を傾ける。


「けど弥生は勇輝を助けた後、もう目を背けることはできねぇって言ってたんだ」


 秀斗は辛そうに顔を歪め、呻くように言葉を吐きだした。


「もう……逃げられねぇのかもな」


 過去からも。自らの宿命からも。


「過去……か」


 錬魔は沈痛な面持ちでそう呟いた。癒えた胸の傷が疼く。彼女との過去は、まだ凍りついたままだ。

 それは皆も同じ。


「勇輝みたいに強くなれればいいのにな……あ、飛ばされた」


「すごい勢いで起き上がりましたね」


 勇輝は態勢を低くし、一気に間合いをつめて斬りかかる。弥生はそれを受け流し、下から斬りあげた。


「勇輝はほんっと、諦めが悪ぃよな……また飛ばされたし」


 二合三合と打ち合い、また飛ばされる。弥生は斬ると同時に覇動を放っており、それに勇輝が押され飛ばされた。


「何度も何度も……」


 癒慰は声に呆れが混ざっていたが、表情は和やかだった。

 勇輝が続けざまに剣を振い、小気味いい音が響く。

 そして突如、弥生がその動きを止めた。構えを解いて満足そうに笑みを浮かべる。


「勇輝、本当に強くなったな。十分だ」


 次は何が来るのかと待ちうけていた勇輝は、突然褒められて集中の糸がプツリと切れた。


「……ありがとう。でもまだ弥生には敵わないよ」


 照れくさそうに笑って、勇輝は剣を下ろす。


「勇輝、次が最後だ。剣を構えろ」


 弥生はすっと腕をあげ、正面に構える。

 勇輝は緩んでいた顔を引き締め、同じく正面に構えた。もう一度集中し、弥生の動きに全神経を動員する。


「朧月夜はしょせん訓練だ。お前には一度本物の戦闘を体験してもらう」


 どういことかと、問い返せなかった。言葉が喉を上って来るよりも、それが押し寄せるほうが早かったからだ。それは喉を絞め、呼吸さえ許さない。

 全身から汗が吹き出し、あまりの重圧に潰れそうになる。筋肉にも内臓にもそれは伝わり、怖れて縮こまる。

 それに色があるなら、漆黒。一点の光すら射しこまない闇。

 ふいにそれが消え、重圧から解放された勇輝は崩れ落ちそうになった。それを寸前のところで剣を地面にさし踏みとどまる。

 肺に大量に空気が入り、頭がくらくらした。


「それが殺気だ。決して呑まれるな。敵のものにも、自分のものにも」


 勇輝は額の汗を拭い、一つ頷いた。剣を引き抜き、姿勢を正す。

 弥生は耐えた勇輝に誇らしげな笑みを向け、最後の勝負をしかける。


「勇輝、お前は何のために剣を握る」


 それは弥生自身何度か問いかけられたもの。そして自分自身に問い続けているものだ。

 勇輝は弥生の瞳を正面から見返し、強い口調で答えを返す。己が剣を握る時に心に描くものを。


「みんなを守るため。そして自分を守るためだ。俺は大切なものを守るためにこの剣を振る」


 弥生はそうか、と呟き、微笑んだ。そして月契を鞘に納める。


(こいつは、本当に恐ろしいな)


 弥生はそれを問われる度に違う答えを返した。魔術界にいた頃は生き残るためであり、人間界に来てからは邪魔する敵を殺すためだった。

 そして仲間と出会い、その存在を認めて初めて守るという答えに辿りついたのだ。

 弥生は鞘ごと剣を抜きとり片膝をついた。剣を両手で一度頭の上まで持ち上げると剣を前に置き礼を取った。その流れるような優美な所作に見惚れた勇輝は、慌ててそれに倣う。 

 弥生の国で行われる武の礼。頼もしい小さな仲間への最大の敬意だった。


「それを忘れるなよ」


 弥生はスッと立ち上がり、そう言い残して屋敷へと戻っていった。勇輝はふぅっと息を吐いた。心地よい疲れを感じる。


「おっつー」


「お疲れ様~」


 秀斗と癒慰が駆けよって来た。零華と錬魔も近づいてきている。


「お前すげぇな。弥生があんな礼を取るとこ初めて見たぜ」


 秀斗はよくやったと勇輝の背中をバシバシ叩いた。


「お疲れ様です、勇輝君」


「今日はよく休め。明日に疲れを残しては何にもならんからな」


 二人も労いの言葉をかけてくれた。


「よし、今日は明日の戦いへの景気づけにぱっとやりましょ! 勇輝君が久しぶりに帰ってきたんだから!」


「酒はほどほどにしておけよ」


 うきうきとはしゃぐ癒慰。錬魔は半眼になっており、零華は微笑している。


「わかってるって! 今日の主役は勇輝君だから、何もしなくていいからね」


 癒慰は勇輝の手を両手でぎゅっと握った。その瞳がぎらりと光る。

 警報が鳴りその手を振りほどこうとした矢先、足に何かが絡みついた。驚いて下を向けば蔓。


「何!?」


 と癒慰を見れば彼女はにこにこと笑っており、手にも蔓がからまる。

 そしてふわりと持ち上げられ運ばれていく。


「癒慰! ちょっと止めて!」


 この状態には覚えがある。しかも抹消したい嫌な記憶だ。

 あれも弥生と剣を交えたあとのことだった。


「勇輝君疲れたでしょ? 私がお風呂場まで運んであげるわ。お着替えもしてあげる。勇輝君は何もしなくていいのよ?」


「三人も見てないで助けてよ!」


 勇輝はじたばたと手足を動かし、抵抗する。


「あら、三人も了承済みよ?」


「俺を売ったの!?」


「いや、売ったというか、久しぶりに見たくなった」


 悪いと片手で謝る秀斗。


「勇輝君がいないとあまりにも寂しくて」


 微笑に黒いものが見える零華。


「景気づけだ」


 錬魔はよろしく頼むと真面目な顔で頷く。


「なんて如月は鬼ばっかなんだよ!」


 勇輝は嫌だ嫌だと叫ぶが抵抗虚しく、癒慰が育てる植物たちによって風呂に入れられ着替えさせられ、夕食の肴となったのだった。


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