第5章の24 神の名を持つ子どもたち 前
時は十二年前に遡る。
彼らがまだ自分のことを隠し振舞っていた頃の話。
その任務を受けたのは寒い冬だった。
街では冬の初めごろから変死体が発見される事件が多発し、連日テレビで取り上げられていた。見つかるのは決まって朝。外傷はなく、最初は事故死として片づけられていた。だが一人が、二人、そして五人へと増えるにつれ人々の恐怖が煽られる。
昨日まで元気だった人間が、翌日には眠っているのと同じ状態で息絶える。その怪奇事件は吸血鬼の存在すら呼び起こした。
幻の人外を持ち出すのは、本物の人外を知らない人間。
この事件に魔術が関わっていると判断した龍牙は、同じ魔術師である如月に事件の調査と解決を命じたのだ。
曰く、得意分野であろう、と。
「かったり~」
北風が吹く夜。白い息を吐き出しながら秀斗はうんざりした顔で街を歩いていた。
事件のせいで人通りは少なく、さらに寒さが身にしみる。
「寒いし、早く終わらせて帰りましょ」
癒慰も手袋に包まれた両手をすり合わせながら首を縮めた。マフラーも巻いてくるべきだったと後悔している。
二人とも顔立ちにどこか幼さを残しており、少年少女を少し飛び出したくらいだ。
「つーか事件の現場に行ったって犯人いるわけねぇのに」
「しかたないじゃない。零華ちゃんが一度見ておきましょうって言ったんだから」
零華は本部で任務を受けるなり、すぐに捜査を開始した。彼らはその言葉に従って各々場所を決めて事件現場に赴くことにしたのだ。
秀斗と癒慰もすでに一つずつ現場を見ており、偶然出会ったので行動を共にしているのだ。
「真面目すぎるぜ……」
「まぁ、ね。それで、秀斗君が見た現場はどんな感じだったの?」
苦笑を浮かべて癒慰は頷き、話を変えた。
「どんなって言われてもな。ふつーの住宅街。酔い潰れた奴が道で寝ててもおかしくはねーよ」
「何か感じなかった?」
「何を?」
問い返された癒慰は、う~んと唸って黙りこむ。言い表す言葉が出てこないようだ。
「その、なんていうか。そこに誰かがいたような感じ? すっごく薄いんだけど」
「俺そういうの感じんの苦手だからムリ」
秀斗はひらひらと顔の前で手を振って答えた。
うだうだと話しながら進んでいると、黄色い規制テープが見えて来た。次の現場は昨日発見された場所で、まだ警察官の姿がある。
「ちょっとすいませーん」
秀斗はテープの前に立っていた警官に軽い口調で声をかけた。警官の目が険しくなり、彼は二人に歩み寄る。
「子どもがこんな時間に出歩いてはいけないよ」
厳しい口調で帰宅を促す警官に、秀斗は子どもじゃねぇよと内心毒づき、警官を睨んだ。
「あの、私たち龍牙隊四剣琅の如月です。今日は事件の調査で来たんです」
「は?」
「上の方に連絡を取ってくれませんか?」
怖いほどきれいな癒慰の笑顔に、警官はしぶしぶ本部と連絡を取りだした。
警官が話をしている間に秀斗は小さな声で癒慰に問いかける。
「上に話してだめだったらどーすんだ?」
「そりゃ、強行突破よ」
「最初からそーすりゃよかったんじゃねぇの?」
「なるべく穏便にすまさないと」
二人がこそこそと話をしている間に本部に確認が取れたらしく、彼は恐縮した様子でぴしっと敬礼をした。
「夜遅くにご苦労様です。上からの許可が下りましたのでどうぞご覧ください」
そして二人がテープを超えて進むと、人型に縁取られたテープが見え、そこで人が死んでいたのだと分かる。
それと同時に、その場所の異様さも感じ取った。
「これは……」
「こいつはさすがに俺でもわかるぜ。強い術だ」
皮膚の下を這うような不快感。魔術が行われたのが昨日だからか、その後がはっきりと空間に残っている。
「魔術のようだけど、私たちの使うものとは何かが違うわ」
二人の知っている魔術に人をこのような状態にするものはない。禁術の類かそれとも超能力の類か。
「まぁそれも、会えばわかんじゃねぇの?」
そして二人はその現場を後にし、次の現場へと足を進めるのだった。
それと同時刻。
零華は不審な影を追っていた。街の外れ、寂れたビルの多い区画でふと感じた気配は人間のものではなかった。それに注意を向けた次の瞬間、その影は走り出し零華もそれを追った。
(何でしょう、この感覚。魔術師に似ていますが、どこか違う気がする……)
前を行く人影は長いローブをはおり、フードを目深にかぶっているので男か女かもわからない。
零華は静かに右手に水の玉を作って、敵へと発射した。だがやすやすと避けられ、その人物はビルの影へと逃げ込んだ。その瞬間ぞわりと鳥肌が立ち、心臓が早鐘を打つ。
(何です? この嫌な感覚は!)
それが消えると敵の姿はどこにもなく、気配もかき消えていた。
零華は悔しそうな表情を浮かべ、足を止める。さすがに息があがり、呼吸が苦しい。
(逃がしましたが、敵の存在を確認できただけでもよしとしましょう)
零華はどこか歪な覇動をしっかり身体に刻みこんでその場を後にした。
その日から彼らは二人ずつ交代で毎晩街を巡回したが、敵が現れるとは限らず、遭遇してもすぐに逃げられた。その間に被害者は増える一方で、夜の街から人が姿を消していく。
何度か遭遇するうちにそれが女ということは分かったが、それが何ものかは錬魔の目をしても見抜けなかった。
そして一カ月がゆうに経ち、彼らの苛立ちも限界を迎えていた。
「逃げ足の速ぇ奴だぜ」
秀斗はソファーに不機嫌そうな顔でもたれて座っている。今日も敵を逃がし、機嫌が悪いのだ。
秀斗と錬魔が巡回を終え、もう朝である。起きてきた癒慰と零華を交えて報告と作戦会議だ。
「移動に変な術を使う……空間魔術に似ているがもっと質が悪いな」
「どーもビルとか木とかがねぇと使えないみたいだけどな」
「追い詰めてもその術と足で逃げられますか……」
何度も繰り返してきたことだ。その度に対策を考えて実行するが上手くいかない。四人で敵を追った時もあったが結局逃げられてしまったのだ。そして四人全員が出ると次の巡回に支障が出るので必ず二人ずつでするようになった。
「弥生ちゃんがいれば、なんとかなるかもしれないのにね」
「なんだかんだで一番足が速いですし」
女の子二人が困ったような表情を浮かべる。
それに秀斗はけっと悪態をついた。
「もう知らねぇよあんな奴。さっき部屋覗いてみたけど、ものすげぇ殺気とともに剣投げて来やがった」
弥生はここ一カ月ほど部屋から出てきていない。ちょうど任務を受ける少し前から人を拒絶するようになったのだ。食事は秀斗がリンゴを持っていっているが、食べないことも多くかなり荒れている。
「その、訊いてもよいものかと思っていたのですが、理由に心当たりはありますか?」
零華の遠慮がちな問いに、秀斗は頭をかいて唸った。やや迷うそぶりを見せてから、言いにくそうに話し出す。
「なんつーか。俺らが黒騎を出たのがちょうどこの頃でさ……思い出すみたいなんだよな」
血にまみれた惨状。鎖羅の裏切り。カレンダーの月を見た瞬間、憎悪が火のごとく弥生の体中を駆け巡った。部屋にこもる弥生の身体には憎しみの炎が燻っている。かく言う秀斗も苦い、複雑な思いになっている。
「その黒騎の人間と会う術はないのか?」
「できねぇ。俺は何度か向こうの空間に接触したが、全て拒まれた」
「人間界にはこないの?」
「ほとんどこねぇ……」
正直秀斗は今弥生をあの二人と接触させたくなかった。今はまだ燻っている状態でも、本人と会えば必ず憎しみは燃え上がり、闇が濃くなる。弥生を闇に落としたくない。できるかぎり、今のままでいて欲しい。失いたくないのだ。
「ひとまず、明日は弥生も出てくれるように頼んでみるぜ。弥生がいねぇと手詰まりなのは事実だしな」
「えぇお願いします。もし弥生ちゃんが出られるのなら、一日休みを置きましょう。作戦を練り、万全の状態で挑みたいので」
「わかった」
秀斗が頭をかいて、髪をくしゃりと掴んだ。
(よりによって、今かよ……)
秀斗は溜息を飲みこんで、ドアを振り返った。弥生へと続く、長い道のりを……。




