第5章の22 うさぎの皮を被った狼
勇輝は窓から建物に飛び込むと、窓を閉めた。なんとか追手はまけたようで勇輝はその場に座り込んで辺りに敵がいないか確認する。さすがに息があがっていた。
幸い近くに敵はおらず、廊下の真中辺りに入りこんだらしい。ここがどこかも分からないまま手足を伸ばして疲れを取る。
(純……)
勇輝は一息ついて、今後のことを考えた。しっかり息を吸って酸素を脳に供給しなければまともに考えることもできない。
(どうしよ。まずは純がどこに捕まってるかを調べないと……ていうか俺一人で助けられっかな)
勇輝が麻酔銃の残量を確認すると、眠り薬が切れかかっていた。勇輝は液を補充し、ホルダーになおす。連射するので液の減りも早く無駄も多い。
(ひとまずしばらく身を隠して時間を稼がないと……)
勇輝は慎重に立ち上がり、窓から離れて廊下を歩きだした。足音を立てないように静かに歩き、何か聞こえないか神経をとがらせる。
ひとさし指は常に引き金に添えられていた。
廊下の角では一度止まり、そろっと向こうを伺ってから先に進む。何時敵が現れるか分からない緊張感が勇輝の感覚を研ぎ澄まさせた。不思議と鼓動は落ち着いている。
そして廊下を進んでいると微かに人の声が聞こえた。勇輝はぴたりと足を止めて、注意深く辺りを探る。
(階段を下りてくる!)
靴音と話し声を聞きとった勇輝は慌てて手近な部屋へ身を潜らせた。静かにドアを閉め、息を潜める。
しばらくすると声が明瞭になりだし、内容からどうやら第一師団の団員らしいことが分かった。綾覇とシンが見つからないようだ。
「さっきの部屋にもいなかったし、次はこの部屋か」
(!? まさかこの部屋を開けるつもりじゃ!)
声はとても近い。この扉を隔てた向こうという可能性は高かった。
勇輝はさっとドアの前から離れ大急ぎで隠れられる場所を探す。ここは誰かの部屋のようで、シングルベッドが二つに机も二つ、ソファーもある。
(ひとまずベッドの下!)
ドアノブに手がかかった音がした。カチャリとノブが回されると同時に勇輝は野球部歴三ヶ月の経験を生かしてスライディングを決めた。
(助かっ……!)
ざっとベッドの下に滑り込んだが、頭までベッドに隠れると身体が傾いた。止まることなく滑り続け、加速している。
予想を超えた出来事に勇輝は思わず声を上げそうになって慌てて自分の口を手で塞いだ。
(え、ちょっと何で止まんないの? しかもなんか下に滑ってないこれ!?)
数秒間薄暗い中を滑り落ち、突如体との摩擦が無くなって浮遊感に襲われた。真っ暗な空間に投げ出される。浮遊は一瞬で、すぐに落下という重力運動を経て、バフッと柔らかいもの上にお尻から落ちた。
(何が起こっ……眩し!)
何かに着地したとたん目の前が白くなって辺りが明るくなる。勇輝はとっさに目を腕でかばい、目が慣れるのを待った。ようやく動けるようになって天井を見上げると大きな穴が開いているのが見えた。 そしてそこからベッドへと落下したらしい。
ぐるりと部屋を見渡すと狭い部屋でベッドとソファーが一つだけしかない。
(非常用の避難場所?)
火災時にビルから脱出する布の滑り台があるが、それに似ている。
「一階から下に来たってことは、ここ地下だよな」
その証拠に窓は無く明りは勇輝に反応して点いたらしい。
「ひとまず上に上がろう」
敵から身を隠したらとんでもない目にあった。如月にも隠し扉はあったが隠し滑り台は無かった。恐るべき朧月夜である。
勇輝はドアを開けて首だけを外に出す。すると廊下もぱっと明りがついた。どうやら誰もいないらしい。
階段を求めて歩いていると、曲がった先に人の姿を見つけた。とっさに角に身を隠すがその様子の異様さに気づく。彼らは誰ひとりとして立っておらず、床に倒れ伏していた。
「大丈夫ですか!?」
勇輝は角から飛び出して彼らの下に駆け寄る。そして彼らに刺さる数本の矢を見てさっと血の気が引いた。
「ど、どうしよう誰か助けを……」
助けを呼ぼうにも出口が分からない上にここがどこかもわからない。
何をすればいいか考えれば考えるほど空回りする頭を落ち着かせて勇輝は記憶の箱をひっくり返す。
(昔見たアニメや映画に矢傷の治療の場面なかったけ?)
古い時代の戦争のアニメや映画は見たことがある。きっとその中でそういうシーンがあったはずだ。
(探せ探せ……あ、ジャンヌダルク!)
中学の授業で見たジャンヌダルクの映画に弓で負傷した兵士の治療が映っていた。
勇輝はそれを思い出しながら負傷者の隣に膝をつき、矢傷を見る。貫通していれば矢を追って引き抜く必要があるが、幸運なことに少し刺さっているだけなのでためらいを投げ捨てて引き抜いた。
思いのほか簡単に抜ける矢。血の噴水があがることもなく、勇輝は矢じりに目を落とした。
(矢じり……というか針?)
ボウガンの矢の先についているのは鋭い針。
勇輝がそっと彼の首筋に指を当てると力強い脈が伝わる。そして耳を澄ますと聞こえる健やかな寝息。
「麻酔針?」
勇輝の麻酔銃は液を瞬間的に固めて針状にして発射するが、これは針に薬が塗ってあるタイプのようだ。
勇輝は命の危険がないと分かるとほっと肩の力を抜いた。敵とはいえ矢が刺さったままというのはかわいそうなので手あたりしだいに抜いていく。
(というか……仲間割れでもあったのかな)
最後の一人の矢を抜き始めた時、視界の隅に赤い点滅が映った。
「侵入者、発見しました。撃退モードに入ります」
どこからともなく機械の声が聞こえ、勇輝はパッと立ちあがる。
「侵入者って、俺だよな」
勇輝は剣を抜いて、辺りに神経を張り巡らせた。ここを離れようと一歩ずつ前へと進んでいく。
また一歩進んだ時、シュッと風を切る音がし、反射的に身を逸らせた。何かが当たった音がし、恐る恐る壁へと視線を向けると見覚えのある矢が刺さっている。
(こうやってあの四人はやられたわけか)
そして矢の飛んできた方向へと視線をやり、次の瞬間には横に跳びのきそのまま走り出す。
反対側の壁は穴があき、そこからボウガンが覗いていた。矢が勇輝の後を追うように放たれ、それを剣で叩き落とし避けながら全力疾走する。
(俺の動体視力なめんなよ!)
如月でも朧月夜でも早い剣を受ける稽古をしていたおかげでさらに動体視力はよくなった。
勇輝が廊下の角を曲がり走り続けるとまた犠牲者を発見した。同じくボウガンで眠らされており、勇輝は矢を抜けなくてごめんと心の中で謝りながら脇を走り抜ける。
またシュッと風を切る音がして、今度は前から矢が飛んできた。剣で打ち払って切りぬける。今度は天井にボウガンが設置されていた。
勇輝が階段を見つけて駆けあがるまでに天井から水が降り、壁から剣が突き出し(模擬剣だが痛い)、犬に追いかけられた。
猛犬注意の紙が壁に貼ってあり、その前を通ったと同時に隠し扉が開いて壁から犬が飛び出してきたのだ。
犬とはいっても熊ぐらいある巨体に追いかけられればその恐怖は計り知れない。幸い紐が付いており階段の少し前で紐引っ張られて呻き声をあげていたが。
(し、死ぬかと思った……)
勇輝は肩を激しく上下させ、壁にもたれかかる。もう足が動かなかった。
(ここなんなんだよ……うわっ!)
勇輝が心の中で悪態をついた時、体の支えが失われて大きく重心が傾いた。後ろへと倒れる身体。反射的に足を踏み出して転倒を防ごうとしたが、その足が何かに引っかかってさらにバランスを崩した。
「痛い!」
「痛っ!」
二つの声が重なった。
勇輝は痛みを堪えながら身体を起こし、自分が引っかかったものへと視線を向ける。
自分の足の下にもう一本足があった。その先を辿っていくと胴体、顔と続き……。
「うさ耳?」
顔まで視線を上げた時、その上にピョンッと生えているものに目を奪われた。白いふわふわの長い耳。
「あ、勇輝君じゃないか。上手く逃げまわってるみたいだね」
「えっと……シンさん?」
あははと軽い笑みを浮かべるうさ耳のシン。
「どう? これ。君にあげよっか」
シンは自分のうさ耳を触りながら勇輝に勧めた。勇輝は全力で頭を振って辞退する。
「残念、絶対似会うのに」
外して強引にでも勇輝につけようとするシンの手をかわして話題を変える。
「あの、ここはどこですか?」
闇雲に走り回って飛び込んだ勇輝は今自分がどこの建物にいるのかわからなかった。そもそも朧月夜に来て日が浅い勇輝はまだ建物の位置を把握してはいないのだが。
「ここは第四師団の宿舎だよ。ここは隠密だから隠し扉やトラップが多くて隠れるにはうってつけなんだ」
シンはひょいひょいと避ける勇輝にうさ耳をつけるのを諦め、自分の頭に戻した。
勇輝はうんざりするほど味わったトラップを思い返してげんなりする。
「どうりで……」
「そういや君は一人かい?」
「あ、いや。純といたんですけど捕まったんです。それでこれから助けようかと」
「あ~あ。可哀そうに。純君が檻に入れられているようすが目に浮かぶよ」
可哀そうといいながらも、なんだかシンは楽しそうだ。
「あのシンさん、よかったら純を助けるの手伝ってくれませんか?」
勇輝は思い切って話をもちかけてみた。人数は多いほうがいい。それにシンがいればかなりの戦力になる。
「助けに行くの? このままここにいれば最後まで逃げ延びられるかもしれないのに」
シンと隠れているこの部屋にはドアが無く、外からは隠し扉からしか入れないらしい。シンはずっとここに潜んでいたから発見されていなかったのだ。
「でも、助けるって約束したので」
「ふ~ん。うさぎが狼にねぇ……おもしろそうだからのってあげるよ」
シンはしばし考えた後、にっと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「本当ですか!?」
「うん。日頃団員と好きに遊べないからね」
遊ぶ。おそらくシンの口から出たそれはあの楽しい遊ぶとはかけ離れたもののような気がしてならないが、勇輝は触れないことにした。心の中でシンを敵に回さないようにしようと誓う。
「いや~楽しみだよ。みんなのあんな顔やこんな顔を見られるなんて」
そして二人はあれこれと話して時間を潰すのだった。
「残り五分! うさぎの抵抗で半分くらいへばったみたいね。情けない! ほらほら、殺すくらいの勢いで来なさいよ!」
綾覇の声に混じる爆発音。彼女も楽しんでいるようだ。
「それにしてもシンの姿がまだ見つからないらしいけど、さぼってないわよね!」
「さぼってませーん」
シンはゆるい口調でそう放送の声に返していた。
それを勇輝は聞きながら、前方の様子を窺う。純は第三宿舎前広場の檻に入れられていた。
遠目から見てもわかる檻。それは鳥籠の形をしており、純が不安げな顔で小さく収まっている。不覚にもかわいいと思ってしまった。
その檻の周りを四人が囲み、ボウガンが二人、剣が二人だ。純を捕まえた男は正面で守りを固めていた。他の三人は見覚えがなく、新しくチームを組んだのだろう。
「あの檻からどうやって出すんですか?」
「たぶん外から開けられると思うよ。まず敵を引きつけてその隙に助けよっか」
もっとも簡単で効果のある囮作戦。
「はい。で、どちらが囮ですか?」
「可愛い勇輝君にそんな危険なことさせられないから、俺が行くよ」
きらりと光る爽やかスマイル。勇輝は反射的に繰り出しそうになった拳を左手で抑え込んだ。
そしてシン以上の笑顔を浮かべ、
「ありがとうございます。流れ矢に当たらないでくださいね」
と返す。
「心配無用さ……行くよ」
シンはそう言い置くと、建物の影から飛び出していった。二人が隠れていたのは檻の向かいにある倉庫の裏。そこからの距離はざっと二百メートルだ。
「シンさんだ! シンさんが来た!」
すぐに彼らは気づき、攻撃を開始する。シンは矢をさっと避けながら檻に近付き、純に向ってウインクをした。
突然のことに呆気に取られていた純は、その意味に気づき満面に笑みを浮かべた。
(勇輝さん……)
シンは四人を引きつけながらしだいに檻から離れていく。ハンデのつもりなのかシンからしかけることはせずに避けてばかりだ。
剣を持つ一人がシンに躍りかかると、避けたシンに別の一人が薙ぎ払いをかける。さらに追い打ちでボウガンの矢が飛んできた。
(きれいな連携……って見惚れてる場合じゃなくて)
檻の周りから人が遠ざかったのを見計らって勇輝は物影を飛び出した。彼らの視界に入らないように檻へと近付く。
「勇輝さん!」
純が檻の中でピョンピョンと跳ねて、ぱっと顔を輝かせた。
「もう一人うさぎがいたぞ!」
「まずい、うさぎを逃がされる!」
すぐに敵が気づいたが、すでに勇輝は檻の鍵を開けていた。鳥籠と同じでつまんでひねるタイプだ。
「純、助けにきたよ」
気づいた敵はボウガンを放ってきた。
勇輝は檻を開け純に手を伸ばし、反対の手で麻酔銃を持ちボウガンに応戦する。だが飛距離はボウガンの方が上のようだ。
「王子様……」
純はきらきらした目でうっとりと勇輝を見つめその手を取った。勇輝は背筋に寒いものを感じつつも純を引っ張り出し、自分の後にかばう。
「残り三分! 純うさぎ救出~。おもしろくなってきたわね」
張りのある声が飛び、それに遅れてスピーカーからも声が聞こえる。全員がその声に上を見上げると第三宿舎の屋根に綾覇が立っていた。
綾覇の足元にボウガンの矢がささり、ひらりと広場へと飛び降りて来た。
そのすぐ後に屋根の上には第一師団の姿が現れ、悔しそうな表情を浮かべながら笛を鳴らす。
「綾覇さんは下に降りたぞ!」
強面の男がそう叫ぶと、第三宿舎から人が広場へとなだれ込んで来た。綾覇うさぎ、シンうさぎを標的に狩りを始める。
「うさぎが広場に集まったわ! 全部狩るわよ!」
「囲い込め!」
突如どこからか声があがり、茂みから、建物から人が姿を現した。残っている第二師団の団員たち、総勢十数名。
「待ち伏せかよ!」
勇輝は一気に増えた敵にげっと呻く。
「純。この銃で援護して」
勇輝は純に麻酔銃を渡すと、突撃してくる彼らと向き合った。剣を両手に握り、心を鎮める。
飛んでくる矢を打ち払い、敵と剣を合わせる。まともに腕で衝撃受けることはせずに、受け流して足払いをかけた。そこを純に狙わせる。
「残り一分~。楽しくなって来たわ!」
広場は混沌としていた。第一師団の猛追をかいくぐる綾覇とシン。シンのうさ耳には矢がささっている。
勇輝と純も広場を逃げ回りながら麻酔銃で敵を眠らせていく。勇輝は左手に矢を持ち、それを刺して敵を眠らせる戦い方を思いついた。
敵を半分に減らした時、二人は足を止め勇輝は苦々しい表情をする。
とうとう敵に囲まれ動けなくなった。ボウガンは矢が無くなったのか全員が剣を構えて牽制している。
「純、しっかり狙えよ」
勇輝は純の肩を軽く叩くと、正面の敵へと躍りかかった。剣を振り上げて叩きこむ。
やすやすと受けられ、後ろに人の気配を感じて横に飛びのいた。勇輝を掴もうとしていた手は空を切り、勇輝は態勢を低くして脛に剣を叩きこんだ。
「ぎゃぁぁぁ!」
断末魔のような叫びをあげ、その男は地面に転がる。
「めっちゃ痛いけどごめん」
「勇輝さん危ないです!」
純の声に頭をあげると目の前に大きな手。それを転がって避け、すぐに立ち上がると剣を構えた。男の剣を受け、せめぎ合う。そうしている間にも勇輝を捕まえようと手が伸びる。
純へと視線をやれば、銃をもっているせいかあまり人に狙われていない。麻酔銃を持つ純より勇輝のほうが捕まえやすいと踏んだようだ。
「残り十秒! 十、九……」
綾覇がカウントダウンを始め、狩人の顔に焦りが露わになる。
「勇輝さん援護します!」
勇輝に伸ばされる複数の手、それから勇輝を守るために純は震える手で引き金を引いた。
チクッ。その微かな痛みを勇輝は腕に感じる。
「……え?」
そして次の瞬間がくりと身体の力が抜け、地面に倒れ伏す。まぶたが落ちかけて狭くなっている視界には何も刺さっていない腕と、青ざめている純の顔が最後に映った。
「三、二、一。終了~!」
綾覇の声と鐘の音、そして歓声。勇輝はまどろむ意識の中でそれを聞いた気がした……。
うさぎ狩り結果。
捕獲、勇輝うさぎ。
褒美、第二師団のチームBと逃げたうさぎ四匹。
そして目を覚ました勇輝は誤って勇輝を撃った純に半泣きで頭を下げられた。
こうしてうさぎ狩りは幕を下ろし、新たな幕へと続くのだった……。
うさぎ狩り終了。
さてそろそろ本題へと入りたいですね。
あれ。なんかこの話通算150話目だった。今のところ考えていませんけど何か記念でやるかもしれません。
リクエストとかあります?




