第5章の20 物事は穏やかに進んでいく
勇輝が朧月夜で修行に明け暮れている頃、如月ではいたって平穏な日々が続いていた。皆思い思いに一日を過ごし、ホールに集まれば適当な話をする。なんだか勇輝がいなかった昔に戻ったようだ。
弥生はぼうっと窓から外を眺めていた。自室の下は鍛錬場になっており、早朝はそこで身体を動かしていた。一日も欠かしたことのない鍛錬。感覚を鈍らせないために剣を振っている。
そこに勇輝が加わるようになったのは何時からだっただろうとおぼろげに弥生は記憶をたどる。剣を与えてすぐだったか、彼は眠たそうな顔を引き下げて見よう見まねで剣を振るようになった。
弥生も何度か素振りの基礎を教えたが、あまり徹底はしなかった。彼に剣術を教えることに気乗りがしかったのもあり、必要とも思わなかったからだ。だが弥生は勇輝が深手を負ってからその考えを改めた。自分が近くにいなければ、彼を守るものはなにも無いからだ。それに彼の本気を知ったからでもある。
(今度こそ、守る……彩との約束だ)
弥生はふっと落とすように笑みを浮かべて、窓を離れた。視界にちらりと壁にかけられた写真が映り込む。如月を結成した時に撮った写真。その裏には、出会いの写真がある。
(本当に、おもしろい……)
勇輝が暁美の息子だと知るまで、その赤子のことは忘れていた。
(彩に、暁美さん、龍牙……何が私たちと勇輝を結びつけた?)
勇輝はまるで昔からの仲間のように如月に馴染んでいる。人間という、相いれないもののはずなのに。勇輝がいない今、弥生はその不思議さを強く感じる。
弥生は自室を出、廊下を進んだ。
ふいに脳裏に運命の二文字が浮かび、弥生は鼻で笑った。
(そんなもの、誰が信じるか。変えられない、決まったものの存在など……)
弥生はまとまらない思考を振り払って、望む場所へとただ足を進めた。
パン、パンッと銃声が響き、的に穴が開く。錬魔は薬きょうを捨て、新たな弾を詰めた。そして心を鎮めて狙いを定める。
銃声が連続して響き、その全てが的の足の部分に集中している。医者である錬魔が本物の拳銃を所持することはないが、必要とあれば使わなくてはならない。それに麻酔銃を扱う際にも射撃の腕は必要とされるのだ。
全ての銃弾を使いきり、薬きょうを捨てた時ドアが開いた。そして現れた人物に、錬魔は目を丸くする。
「弥生……めずらしいな。お前がここに来るとは」
弥生は専ら剣の鍛錬をし、銃など遊びの一つにしか考えていない。そのくせ腕は一流なのだが……。
弥生も漏れる銃声から先客がいることは分かっていたが、それが錬魔と知り意外そうな顔をしている。
「それはこちらのセリフだ。てっきり秀斗と思っていた」
「なに、ただの気晴らしだ」
「私もだ」
弥生は壁に置かれている拳銃の中から適当なものを選ぶとそれに合う銃弾を込めた。的を狙って引き金を引くと、銃声とともに頭の中にあるものが弾け飛ぶ気がする。
しばらく両者無言で射撃を続けた。錬魔は的の足を、弥生は胸と頭を。的が穴だらけになり、倒れそうになった頃、錬魔が口を開いた。
「弥生。お前はなぜ勇輝を朧月夜にやった?」
錬魔の問いに、弥生は引き金を引く指を止め拳銃を下ろした。そして表情の読めない顔を錬魔に向ける。
「別に、勇輝が望んだからだ」
「止めようと思えば、止められただろう」
「止める理由が無い。私は剣を教えない。その点綾覇なら問題ないだろう」
その答えに錬魔は納得がいかないのかさらに問いを重ねる。
「勇輝を戦わせるつもりか?」
今までにも勇輝は彼らの戦いに首を突っ込んで来た。だが、今回は今までの敵とは違う。気を抜けばこちらも殺されかねないほどの敵なのだ。
「……戦わせるのではない。自分の身を守らせる。この戦い、私はあいつを常に守れるか分からないからだ」
弥生の声に悔しさが混じる。弥生はあの時力だけではどうにもならないことを知った。
それは錬魔も同じ。治す力を持っていながら、それを使えないことに苛立った。ただ本人の回復力に頼るしかなく、もしあの場に自分がいれたらとどうしようもないやりきれなさに襲われていた。
「そうか……。レガーシアは何時現れると思う?」
「さあな。だが、あいつは必ず騒ぎを起こす……次に会えば、必ず仕留める」
弥生の手は強く拳銃を握り締め、白くなっていた。
「あぁ。いい加減この血の因縁とも決着をつけたいからな」
その言葉に弥生は口角をあげ、すっと拳銃を上げた。的に狙いを絞って、引き金を引く。もろくなっていたそれは、首から上が弾け飛んだ。
弥生は微笑んでいた。それはそれは楽しそうに。
錬魔はそれを見て息を飲む。その微笑みは弥生が戦闘のさなかに見せるものだった。彼女の感覚は今戦場にある。
(弥生……お前は未だにそこにいるのか)
弥生は変わった。だが変わっていないところもある。
殺伐とした雰囲気を醸し出す弥生に、錬魔は勇輝のかわいい姿を見て和みたいと切実の思うのだった。
それと同時刻、ホールには歩の姿があった。応対しているのは秀斗と癒慰だ。お茶が出されてほのぼのと談笑しているかに見えるが、歩は内心泣いていた。
(くっそ~、なんで勇輝がいねぇんだよ)
この間秀斗に監禁されそうになってから、歩は極力如月に近づかないようにしていた。彼らの任務が終わるまでは如月の扉をくぐるつもりは無かったのだ。
だが、その思いは虚しく本部で暁美に捕まり様子を見てきてと頼まれてしまった。後見人なのだから自分で行けばいいじゃんと言いたかったが、命が惜しかった。
「ということは、近いうちに暁美さんが来るのかしら」
癒慰がクッキーを齧りながら小首を傾げる。本日の衣装はふりふりのワンピースとおとなしめだ。
「それはわかんねぇ……てか、勇輝も朧月夜に行くなら一言親に言っていけよ」
暁美は歩に勇輝への伝言を頼んでいた。曰く、たまには帰って来なさい。お父さんが寂しそうよ、だ。
「暁美さんってすっごく放任主義だからな~」
息子にも如月にもほとんど干渉しない。如月には任務があった時に来るくらいだった。
息子に対する放置っぷりは、家に帰らず如月にいついた勇輝を見て親をあまり知らない彼らもそれでいいのかと疑問に思ったほどだ。
「ひとまず、暁美さんには事実のままに伝えておくよ。その後のことは俺知らねー」
「まぁ、大丈夫だとは思うけど」
癒慰は歩の空になったカップに紅茶を注ぎながら言った。
「だといいけど……。それで、任務のほうはなんか進展あった?」
歩は軽く会釈して、カップの紅茶に口をつける。いい香りがしてとてもおいしい。
「今のところはなんもねぇ。怪奇現象もぱたりと止んだしよ」
「次の動きを待っている状態ね」
歩はう~んと唸ってカップを置いた。
「そっか。じゃぁそうリーダーには伝えておくよ」
「おう、よろしく」
秀斗はにっと笑って軽く手を挙げた。
歩は気の重そうな溜息をついて立ち上がり、もう一度二人に視線をやる。用が済めば長いは無用だ。
「俺はこれから本部に行くけど、暁美さんかリーダーに何か言うことあるか?」
「じゃぁ暁美さんにいつでもお茶にしに来てくださいって言っといて」
「じゃぁ俺は鷺に死ね鳥野郎って……」
「言えるか!」
爽やかスマイルのまま暴言を吐く秀斗に、歩は顔をひきつらせた。その言葉を口にすればもう未来は死、確定だ。
「冗談だって、そのうち自分で狩りに行くからよ」
「できれば一生来ないでほしい」
「お疲れ様、歩君」
くすくすと笑いながら癒慰は手を振った。
歩はそれに軽く手を挙げて応え、出口に向かって歩き始める。
「またな~歩」
呑気な秀斗の声に、当分ここには来たくないと思いながら歩は如月を後にした。
ぱたりとドアがしまり、秀斗は残っているクッキーを口に放り込んだ。
「秀斗君、あのこと言わなかったわね」
「それはお前もだろ?」
あのこととは、勇輝が瀕死の重傷を負い、それを弥生が命をかけて治したということ。
「わざわざ言うことでもねぇよ。こんなことあの鳥に知られてみろ、面倒くせーことになるぜ」
「まぁそうね」
半ギレの状態で乗り込んでくる鷺が目に浮かんで癒慰は苦笑いを浮かべた。
とその時、ホールの時計が鐘を鳴らした。二人はもうこんな時間かと時計を見上げる。
「街を回る時間だな。零華は……図書室か?」
「たぶんね。私は夕食の準備をしないと……勇輝君がいないから大変~」
カップとティーポットをトレーに片づけながら癒慰は溜息をつく。わざとらしいそれに、秀斗は喉の奥で笑った。
「暇潰す相手もいねぇし。勇輝、早く帰ってこねぇかな」
「ほんと、可愛がる対象がいないとストレスが溜まっちゃう」
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勇輝のいない如月をお送りしました。主人公があくせく修行している裏でのんびりと暮しておりますね。戦いになれているというか、焦りがないのか?
そして……こんなところでラブシーンはいらないんだけどな。メインキャラにラブシーンなくて敵で、しかもいい大人のラブシーン……。
ひとまず、レガーシアは魔性ですね。王はさらに……。
うん。早く戦ってくれないかな。
でわ、次回は主人公にバトンタッチです。