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第5章の19 物事は知らないところで動き出す


 夏の日差しが地面を熱し、度々水をまいてはつかの間の涼を取る。部屋の中でも汗ばむ気温で、気合いのこもった掛け声を聞くとさらに暑く感じた。

 シンは窓から外を眺め、鍛錬の様子を見る。第一宿舎からは鍛錬場が一望でき、第二師団の団員は剣の素振りをしていた。副団長がきびきびと指示を出し、団員がそれに応える。

 なんとも暑苦しい風景だ。シンはこれが真夏のビーチで女の子が水着姿でビーチバレーでもしていればどれだけ涼しかろうとげんなりする。ここでは女の子もしっかり服に身を包み一心に剣を振っている。


(よし決めた~次はハワイでフラダンスを学んでこよう)


 彼は次の旅を決めるとくるりと反転し、剣の手入れをしている綾覇に話しかけた。その際ゆるんでいる頬を直すことを忘れない。


「彼なかなかおもしろいですね。帰って来てよかったです」


 渡りのシンと自称しているが、そう度々渡りを繰り返せば赤い狩人に撃ち落とされるのでしばらくは真面目な団長のシンでいるつもりだ。


「そうでしょ」


 綾覇は手を止めずにそう返す。


「運動能力が高く、意欲もあります。小柄なのが痛いですけど、そこを補える剣術を教えれば伸びますよ」


 シンは嬉しそうにそう話す。すでに勇輝の未来が見えているようだった。ふらふらとしていても、団長である彼は指導者としての顔をしっかり持っていた。


「聞けばあちらのリーダーが多少の指南をしていたようです。俺としては彼女が剣を教えればいいと思うんですけどね~。隊内二番手の使い手なんですし」


「そういうがらじゃないのよ」


 綾覇は軽く手を振った。弥生は自分の剣を教えるよりも戦って自分の腕をさらに磨くほうを好むだろう。

 綾覇は剣の手入れを終え、刀身に光をあててその輝きを見る。それは太陽の光を怪しい輝きをもって跳ね返す。血を浴びたくてしかたがない。そんな声すら聞こえた。

 自分の剣の師が与えてくれた剣だ。この剣が持つ人斬りの魅惑を抑え込めと言われて授かった。


(そういえば……弥生と初めて斬り合ったのはこれをもらってすぐのことだったわね)


 あの時はぎりぎりのところで綾覇が勝った。今思えばそれは、この剣のおかげかもしれない。

 ふと昔のことを思い出していた綾覇は、シンがあっと呟く声で我に返った。


「そういえば、十年くらい前に如月の人が一人来てましたよね。誰でしたっけ」


 シンが思い出したようにそう尋ねると、綾覇は苦笑して答える。


「秀斗よ。剣がやりたいってやって来て、三日で帰ったわ」


「三日? 諦め早くないですか?」


 訓練に来て一週間で脱落して帰る者はいるが、三日で帰ることはほとんどない。


「彼には剣の才能が無かったからね」


 帰る時に見せた秀斗のカラッと笑った顔は今でも思い出すことができる。三日前に来た時の深刻そうな思いつめた顔とは全く変わったそれに、指南に当たった綾覇は呆れた記憶がある。


「その彼が勇輝君をここに?」


「みたいね」


 そう頷いて綾覇はくすりと笑った。


「彼の紹介状、一言よろしく頼むってだけだったわ」


 綾覇は昨日の紹介状の内容を思い出しておかしそうに笑う。訓練を志望する者の多くがその身分を証明するために所属のリーダーが書いた紹介状を持ってくる。それは辟易するほど長く修飾されたものが多いのだが、秀斗のそれは実に簡潔だった。


「それはまた……」


 シンもつられて喉の奥で笑った。如月の面々は行動が突飛ゆえにおもしろい。


「如月のリーダーのほうもそんな感じですか?」


「弥生のほうは、もう少し長かったしおもしろかったわ」


「おもしろい?」


 シンは言葉の意味を理解できず、笑みをひっこめた。おもしろいという言葉は如月のリーダーからはかけ離れたイメージだからだ。


「弥生は、あの子に守る剣を教えてくれと書いてたの」


 シンはそれを聞いても腑に落ちない顔をしている。


「それがなぜおもしろいのです……?」


「これが、弥生が勇輝君に剣を教えない理由よ。弥生の剣はね、殺すための剣だから」


 綾覇は剣を鞘に納めて机の上に置き、すっと視線を遠くに飛ばした。今でも弥生の剣はすぐに思い出すことができる。初めて剣を交えた時の全身の毛穴が開くような危機感。何度もやられると覚悟した。


「自分が生きるためにより多く、的確に、早く殺す。それに特化した剣術よ」


「なるほど……そういうことですか」


 シンは窓の向こう、第二師団へと視線を向けた。その中で頭一つ分低い勇輝が懸命に素振りをしているのが見える。


「あの剣といい、この紹介状といい……あの子は変わったわ」


 綾覇はすっと目を細めた。それはまるで後輩の成長を見守るような暖かさを持っている。実年齢では綾覇のほうが後輩だが精神年齢は先輩であると自覚している。


「へぇ、それはますます彼に興味がわきますね」


「でしょ? 彼は台風の目よ。本人が自覚しないうちに周りを巻き込んでる」


「じゃぁここは一つ巻き込まれてみますかね」


 シンは頭をかいて、笑みを見せた。楽しくてしかたなさそうな、それでいて何かを企んでいる笑み。


「私も盛大に遊ばせてもらうわ」


 二人は同じ笑みを浮かべて、しばらく互いに思い思いの遊びを頭の中で広げた。朧月夜のリーダー、副リーダーは己の娯楽のために動き出すのだった……。








 バタリ。

 勇輝はベッドに倒れこんだ。そこが純のベッドとかそんなことはどうでもいい。

 足が重い。手の感覚が無い。頭の中がぐるぐるする。

 午前中は身体能力を測ると言われ、筋力や持久力、反射神経などを試された。身長を測った時の測定者の何とも言えない顔にキレそうになったがそこは訓練者の身、精神力を鍛えるためと我慢した。その後の動体視力で驚嘆されたのでよしとした。

 そして午後からは第二師団に合流して素振り。馴染みのある剣があるならその方がよいと言われ、勇輝は弥生から貰った剣で素振りをした。たかが素振り、されど素振り。

 如月では見よう見まねでただ剣を振っていたが、正しい型を教わり腕の使い方を知るとまず音が変わった。軽やかに空気を切る音に、勇輝は無心で振り続ける。その後は相手の攻撃を受け流す練習をした。

 身体はもうくたくただ。


(あ~……頭痛い)


 だが勇輝が今日なによりも欲しいと思ったのは記憶力だった。他の団員が新入り! と声をかけて自己紹介をしてくれるが、ほとんど覚えていない。覚えているのは同室の二名と副団長ぐらいだ。


「ゆ、勇輝さん! そこは僕のベッドなんですけど……」


 何時の間に入って来たのか、気づけば純がベッドの横に立っていた。おろおろと途方にくれているのを見ると、頭を撫でてやりたくなるが手をあげるのも億劫だ。


「純……ちょっとだけここで寝かせて」


 なんとか気力で夕食と風呂を終わらせたが、上のベッドにあがるのが面倒くさい。


「あ、はい……」


 純がこくりと頷いた時、ドアが開く音がした。


「あ、信之さんお疲れ様です」


 その声に勇輝は視線だけ上げ、彼を見る。一応朝に彼とは顔を合わせたが、信之さんですと純が紹介し、彼は頷いただけだった。無口とは聞いていたが、全く話してくれない。

 身長は高いが筋肉はなく、ひょろっとしている。アイマスクを取った顔は整っているともいないとも言えず、平均的だ。第一印象はそこらへんにいそうな大学生。

 無言で表情を動かさずに剣を振る彼を見て、勇輝はアンドロイドではないかと疑ったほど表情が動かない。今のところ、勇輝の中で一番謎な人だ。

 信之は純の言葉を無視して自分のベッドに潜り込んだ。アイマスクをかける前に隣のベッドにいる勇輝を見、その上のベッドに視線をやり、最後に純に戻した。


「あ、大丈夫です。僕はどこでも寝れますので」


 その視線が表す言葉を汲みとった純が慌てて問題ないと答える。

 信之は一つ頷くと、アイマスクをつけて布団をかぶった。


「……よく思ってることがわかるよな」


「それは……一週間も一緒にいれば大抵わかるようになりますよ」


 ふ~んと返す勇輝はすでにうつらうつらとしている。


「じゃぁ、僕は信之さんの上で寝ますね……あれ」


 純が勇輝を振り返れば、もうすやすやと眠っていた。規則正しい寝息が聞こえ、可愛い顔がさらにあどけなさを増している。


 純はごくりと唾を飲んだ。


(ゆ、勇輝さんの寝顔……)


 純は勇輝を起こさないようにそっとベッドの上に乗った。勇輝の顔が近くなり、心拍数が上昇する。その鼓動が勇輝に聞こえないかとひやひやしながら純は手を伸ばし身を乗り出した。


(あぁぁぁ。ごめんなさい、僕は我慢できません)


 手は勇輝の顔の上を通り、ベッドの奥に置かれていたポーチを掴んだ。そっと身体を元の体勢に戻し、ポーチを開ける。中から出て来たのはデジタルカメラ。


(勇輝さん……かわいい)


 純は震える手でその電源を入れた。画面いっぱいに勇輝の寝顔が写る。純はそれを見て頬を蕩けさせた。

 勇輝が自分の寝顔集を見て絶叫するのはまた後の話である……。






 先週あげることができなかったうえにこの短さ……。うぅ……次話は長いから、とか言い訳を……。

 訓練シーンを書くか書かないか。まぁ、書けるか? という問題もあるのですが、読んで楽しいか? という思いもあります。だって、修行のすえに必殺技を身につけるんじゃないですしね(笑) 地道にやってもらうので、メインは修行よりも日常に置くと思います。


 しかし純がストーカ道まっしぐらに……。おかしいなこんなキャラじゃなかったはずなのに。もっと純粋なやつにするつもりだったのに。

 またまともなキャラが消えてしまった……。

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