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第5章の18 知らないほうが幸せなことってある

 勇輝はシンに連れられて食堂裏に来ていた。そこは厨房から料理を運ぶための廊下で、綾覇にそこで待つように指示されたのだ。食堂には朧月夜の第一師団と第二師団のメンバーが夕食を心待ちにしている。

 勇輝は深呼吸をして、今一度自分の服装におかしいところがないか確認する。訓練着と言われたものは隊員服と同じ型と色で、違うのはデザインと紋章がないことだった。素材は軽くて動きやすい。運動に最適だ。

 勇輝はちらりとドアの隙間から食堂の様子を見る。その隙間からは第二師団が少し見えるくらいだったが、席について歓談を楽しんでいる彼らは、直前にシャワーでも浴びたのか髪が湿っているものが多かった。


「そろそろだよ」


 一緒に待機を命じられたシンが食堂の様子を伺ってそう告げた。隊員の顔が一点に集中している。

 ざわめきが鎮まり、張りのある女の声が響いた。


「皆、今日も鍛錬お疲れ様! お腹が空いてるとは思うけど、今日新たに訓練生が入って来たわ」


 綾覇の言葉に食堂はざわめき、好奇心に駆られるものが新たなメンバーの姿を視線で探す。


「勇輝君よ。第二師団に入るから、面倒を見てあげてね」


 言葉が終わるか終わらないかのうちに勇輝はシンに背中を押されて食堂へと入った。ざわめきが輪をかけて大きくなり、壇上にいた綾覇が手招きする。

 食堂には四つの長い机が縦に並び、師団ごとに座っているらしく手前の二つに人はいない。そして食堂の正面に壇があり、その奥の壁には朧月夜の紋が描かれた大きな盾とその下に二振りの剣が交差させて飾ってあった。

 勇輝が入った途端、可愛いだの小さいだの勇輝の血圧をあげる言葉が飛び交う。勇輝は自制心を総動員した。

 そしてひそひそ声だったそれは、勇輝に続いて出て来たシンを見た瞬間爆発した。主に第二師団で。


「シンさんだ!」


「うわぁ! 帰ってきた!」


 わいわいと父親の帰りを待つ子どものような声が巻き起こり、部屋が明るくなった錯覚を覚える。


(シンさんって慕われてるんだ……)


 勇輝はそれを横目で見ながら壇上に上がる。だがその時、喜びの顔の中で一人だけ苦り切った顔をしている人を発見した。青筋でも浮かんでいそうなほど、顔がひきつっている。

 勇輝は確信した。彼が副団長だと。


(ご苦労様です……)


 勇輝は綾覇に手招かれるままに彼女の隣に直立する。


「シンのことは後でね。まずはこの子からよ」


 綾覇の声はよく通り、ざわめきがぴたりと止んで全員の視線が勇輝に集中した。


「えっと、春日勇輝といいます。第二師団でお世話になるのでよろしくお願いします」


 勇輝が自己紹介をしてぺこりと頭をさげると、拍手が起こった。

 勇輝は頭をあげ、彼らに視線を向ける。

 何事もまずは観察しろと如月を出る時に錬魔に言われたのだ。勇輝はまず左に座っている人たちに視線を向けた。

 第一師団であろう面々は男女で前後に分かれて座っており、年も上のようだった。そして半袖から覗く筋肉はよく鍛え上げられ、精悍な顔つきが軍人を思わせる。勇輝はしばしその肉体美に見惚れた。


(かっこいい~、いいなぁあの筋肉)


 腹筋もさぞ割れているのだろうと想像しかけてやめる。自分は筋肉観察をしにここに来たのではないのだ。


 第二師団に目を移すと男女入り乱れて座っており、青年が多いように見える。まだ少年とも呼べる者もちらほらいる。

 第一師団が岩ならこちらは礫。

 そんな硬質な彼らは一様に期待に満ちた顔をしていた。物色するような目を勇輝に向け、小声で隣と話している。食堂はワクワク感に包まれていた。

 何かあるのかと不安げな瞳で綾覇を見たその時、綾覇が声を張り上げた。


「さぁ、恒例のゲームをやるよ!」


 綾覇の声をかき消す勢いで歓声があがり、勇輝の心臓が飛び跳ねた。状況が飲みこめず目を白黒させる勇輝を置いて、ゲームは始まる。


「この子の所属を当てられたら掃除当番一週間免除! 会話は全て筆談でお願いね」


 それを聞くやいなや、彼らは机の下から紙とペンを出し、頭を寄せ合って意見を出し始めた。闘志すら見えそうなほど真剣な彼らの様子を勇輝はぽかんと見ていた。

 ゲーム内容公開。勇輝は何故所属を明かすなと言われたのか納得した。


「掃除当番一週間は大きいわよね~」


 隣で楽しげに綾覇はその様子を傍観している。


「もし二団とも当てたらどうするんですか?」


「う~ん。その時は引きわけってことで一回だけチャラにしてあげる」


「適当ですね~」


「楽しければいいのよ」


 自分を挟んで交わされるそんなやりとりを聞きながら、両団の様子を観察し続ける勇輝。

 第一師団は屈強な男が一人ひとりに意見をかかせて集約している。理路整然と並んだ意見に目を通し、数を数えていることから多数決方針なのだろうか。

 一方の第二師団はわちゃわちゃと好きに意見を書いていき、副団長と思われる青年が眉を寄せながら考えていた。次から次へとチャットのように意見が書かれ、紙は真っ黒になっている。

 ちらちらと勇輝を見ては、どの意見が有力か指をさしていく団員。


(団でこんなに違うんだ)


 おもしろいなと思っていると、一人の少年と目があった。第二師団の彼は勇輝と目が合うとバッと顔を下に向ける。ちらりと見た顔はまだ幼く、年も勇輝より下に見えた。

 それまで椅子にじっと座っていた彼は、そろっと話し合いの輪に入っていた。


(う~ん、中学生くらい?)


 勇輝が年の検討を付けた時、綾覇が手を叩いた。


「はい、終了~! 答える人は立って」


 その声にすでに話し合いが終わっていた第一師団は先程意見をまとめていた男が立ち上がった。一方の第二師団は、他の団員にせっつかれながらあの少年が立ち上がった。

 少年の服は勇輝と同じ訓練着で、どうやら訓練生らしい。


「じゃあまずは第一師団から」


 男はそう促され、咳払いをしてから口を開いた。


「本部直属守備部隊と考えます」


「理由は?」


「消去法ですが、前に立っても怖気づいていないので医療班や凰八兜こうやとうといった非戦闘部隊ではないと判断しました」


 男は澱みなく答えを返し、綾覇は満足そうに頷く。


「その判断は正しいわ」


「そして、誓祈独特の雰囲気もなく隼は第二師団には入らないので本部直属かと」


「なんで守備部隊なの?」


 龍牙隊直属には四つの組織がある。現代科学を医療や兵器に応用する科学班。美月が長を務め半数が誓祈の人間で占められているが有能な科学者を輩出している組織だ。

 本部や要人の警護を担当するのが守備部隊。任務や戦争において治療活動をするのが医療班。そして隊長の警護や表の仕事をこなすのが親衛団と呼ばれる組織だ。


「外見と直感で判断しました」


 彼は潔く言い切った。


「なるほど~」


 綾覇はうんうんと頷き、沈黙を作った。緊張が高まり、皆が答えを心待ちにする。


「残念!」


 緊張の糸が切れ、第一師団は脱力する。

 勇輝は当ててもらえなくて少し悲しくなったが、その半面ひやりとしていた。彼の言葉で当たっている面もあったからだ。


「おもしろいだろ? これはゲームだけど、観察能力と情報能力が試されるんだ」


 シンが小声でそう教えてくれた。


「へぇ……すごい」


 そして回答は第二師団に移る。


「はい、ズバリ当ててみて」


 立ち上がった少年はおどおどとして、不安そうに団員の顔を見た。他の団員は彼を軽く叩いて早く言うように促す。

 彼は覚悟を決めてくっと勇輝を見つめ、声を震わせて答えた。


「死堅牢如月です」


 その答えが出されたとたん、食堂にどよめきが走った。

 勇輝は目を見張って、彼の顔を見つめる。


「理由は?」


「えっと……彼は号外に載っていました」


 号外。そんなものもあったな、と勇輝は懐かしく思った。あれがきっかけで、勇輝は如月に入ることになったのである。

 彼らの中にも記憶にあるものがいたのか、見たことがある、見覚えがあると、声があがった。


「記憶力ってことね」


 少し恥ずかしそうにうつむいて、少年は頷く。

 綾覇はまた沈黙して、彼らの顔を見回した。掃除当番がかかっている第二師団は固唾を飲んで答えを待つ。


「正解! 第二師団は掃除一週間免除!」


 その瞬間、くす玉がわれたように第二師団から歓声が上がった。よくやったと団員は少年の頭を撫でまわして褒めている。彼ははにかみながらもみくちゃにされていた。

 そして一拍遅れ、それをかき消すように第一師団から食堂を震わす怒声があがった。


「死堅牢如月~!?」


 ドスを含み威圧感のあるその声に、第二師団の歓声はぴたりと止んだ。勇輝も何事かと彼らに視線を向け、凍りついた。

 前の屈強な男たちから迸る殺気。目が血走り、中には拳の骨を鳴らしている者もいる。

男たちは一様に勇輝を睨みつけていた。これにはさすがに不良でメンチを切ってきた勇輝も肝を冷やす。


「あの銀髪の仲間か!」


「あの悪魔! 今度あったらひねりつぶす!」


「今度は勝つ!」


 野太い声が折り重なり、食堂はカオスに陥った。

綾覇は呆れ顔で溜息をつき、シンは面白そうに喉の奥で笑っていた。


「あ、あの……これは」


 勇輝が助けを求めて声を出すと、綾覇がすまなさそうな顔で説明してくれた。


「勇輝君が悪いんじゃないんだけどね。ほら、前にここに来た時覚えてる?」


 勇輝はこくりと頷く。拉致された記憶はなかなか消えるものではない。


「あの時弥生が乗りこんで来たでしょう」


 嫌な予感が記憶とともにやってくる。


「その時、外の訓練所で鍛錬してた第一師団の男たちを全員のしちゃったのよね。秒殺で」


 記憶にある、綾覇の執務室から聞こえた男たちの叫び声。


(やっぱり問題起こしてたんだ……第一師団のみなさん、ごめんなさい)


 勇輝は心の中で彼らに謝った。


「まあ、それを機に打倒如月に燃えてさらに強くなったんだけどね」


 結果オーライと綾覇は言ってのけ、それを聞いたシンが爆笑しだした。


「ほらほら、大人が見苦しく騒がない! 私怨は脇におく!」


 綾覇が一括すると、男たちは押し黙った。まだ表情は険しい。


「これで訓練生の紹介とゲームは終わり。それとついでにシンが帰ってきたわ」


 綾覇はゲームをしめ、ついで投げやりにシンに場を渡した。彼は一歩前に進み、にこりと微笑む。


「みんなただいま~。夕食には俺の上海土産もあるからどうぞお楽しみに」


 土産と聞いて、団員は拍手と歓声を送りシンはにこにこと笑っていた。彼の土産に食堂が阿鼻叫喚に陥るのはもう少し後。


「じゃぁ夕食にしましょう。持ってきて!」


 綾覇の指示に第二師団の数名が椅子から立ち上がり、ドアへと消えていった。


「勇輝君は空いてるとこに座ってね」


「あ……はい」


 綾覇は第一師団の一番前の席に座り、勇輝はシンに導かれて机の真中あたりに座る。

 ほどなく団員がワゴンを押して戻って来、質問攻めの夕食が始まるのだった……。






 夕食の質問攻めの後はそのまま流されるように宿舎に戻って風呂に入り、早く寝てとシンに言われて勇輝は部屋に戻った。


(なんか……疲れたぁ)


 勇輝はあくびをしながらドアを開けると、何かが跳ねた。部屋の中には一人の男の子が立っている。


「あ、その……こ、こんばんは」


 おどおどとした小動物を思わせる彼は、先程勇輝の所属を見事当てた少年だった。小柄で勇輝よりもあと五センチほど低い。


「あ、さっきの。そっか、訓練生だから同じ部屋なんだ」


 勇輝がベッドへと近づくと、もう一つの二段ベッドの下で一人の男が寝ているのが目に入った。アイマスクをしているので顔はわからないが、背の高い男のようだ。


「はい、僕は純と言います。本部直属の守護部隊に……」


「堅いのはいいからさ、訓練生どうしよろしく」


 勇輝が第一印象は大事と、にこりと微笑んで片手をあげると、純はぽーっと瞳を潤ませて勇輝を見つめた。


「勇輝さん! ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします!」


 ピシッと直角の礼をされ、勇輝は目をしばたかせた。


(ゆ、勇輝さん……?)


 その呼ばれ方と礼のされ方には覚えがある。

やんちゃの盛りだった中学時代。学校一の不良にのし上がった勇輝は下級生の不良から兄貴と慕われていた。畏怖の念も籠っていたが……。

 だが今下がっている頭は金髪や茶髪ではなく柔らかそうな黒髪。


「さんづけとかいいから!」


 逆に勇輝の方が慌ててしまい、どうにか頭を上げさせようと肩を掴むと彼は短い悲鳴を上げて勢いよく壁際まで後退した。

 虚しく宙に固定されたままの勇輝の手。

 彼はかたかたと震え、口元を手で押さえた。


(俺まだ何も怯えられるようなことしてないよな!?)


 不良のオーラでも出ているのかと勇輝は固まったまま考える。少年に逃げられたことに勇輝の心からは血が流れていた。


「ゆ……勇輝さんに触られた」


 彼は頬を上気させ、ヒーローに会った子どものように喜びに顔を崩す。


「えっと、純君?」


「あぁ、すいません。僕、とても緊張しやすくて」


 純は恥ずかしそうに俯きながら勇輝へと寄って来た。なんだか子犬を連想させる雰囲気だ。


「純君は中学生?」


 勇輝はまず彼の緊張をほぐそうと当たり障りのない話をすることにした。立ったままも不自然なので勇輝は空いているベッドに腰かけ、彼は床に正座した。

 傍から見れば説教をしているようにも見えかねない図だが、勇輝は考えないことにした。幸いに見ている人はいないのだから。


「僕はもう中学は卒業しました」


「ってことは、今高一?」


「いえ……高校には行ってません。龍牙隊で働いてるんです」


 勇輝は年齢と職業とで二重に驚き、これ以上は止めておこうと話題を変える。


「そういえば、俺の所属当てたのはお前だったよな。けっこう嬉しかった、ありがと」


「そ、そんな! 僕、如月のファンなので当然のことです! 勇輝さんが載った号外も大切にファイリングしてあります!」


 頭をぶんぶんと振り、熱く言い返す彼の言葉を勇輝はもう一度頭の中で確認した。


(あれ……今、ファンって言った?)


 純は戸惑う勇輝に気づきもせずに、シャンパンの詮が抜けたように語りだす。


「僕、如月結成当初からの活躍を全てまとめました。リーダーの弥生様をはじめ、皆様とてもお強く、人ですらないと聞きます。僕は、僕は……そんな皆様に子どものころから憧れてたんです!」


(弥生様!?)


 今まで見てきた弥生に対する反応は畏怖と尊敬が大多数を占めていた。それとは性質を異にする敬愛や思慕といったものを目の前にした勇輝は、口を閉じるのを忘れていた。


「人とあまり関わろうとせず、孤高に死堅牢としてあり続け、空白の十年間ではもう如月は解散したのだとさえ思っていました」


 純はそこで一息ついて、まっすぐ勇輝を見つめた。赤い頬も膝の上の拳も、彼の興奮を物語っている。


「そんな中、あの号外が出たんです! 最後の族である昂乱を捕縛し、如月は復活。そして新たな人間のメンバー……僕は心が震えました」


 純はさらに語気を強くし、勇輝を褒め称えていく。


「勇輝さんは人間なのにお強く、勇気のある方です。如月の皆様に認められた人間です。勇輝さんの存在はとても心の支えになりました……僕もいつか勇輝さんのように強くなろうって」


 純は照れくさそうにはにかみ、勇輝は胸の奥が暖かくなるのを感じた。


(俺、こいつの支えになったんだ……)


 それは新鮮な感覚だった。人生の大方は人に迷惑をかけてきた。如月に入ってもまだまだ弱く、彼らを助けるより助けられる方が多い。そんな自分が誰かのために存在できている。

 勇輝はただただ照れくさくて、純の目をまともに見られなかった。


「ありがと……純。俺はここで、もっと強くなるよ」


 勇輝は純と目を合わせて、にっと笑った。


「ゆ、勇輝さんに呼び捨てにされた……」


 純はさらに顔を赤くして視線を宙に飛ばした。どこか旅行中かもしれない。


(……あ、つい。呼び捨てに)


 友人に君をつける機会がないので常に呼び捨てである。


「えっと、純は如月のファンで、如月について詳しいんだろ?」


「はい! 如月が関わった全ての任務、事件を知ってます」


 そう言うと、純は勇輝が座るベッドの下から鞄を引っ張りだし、その中から一冊のファイルを取りだした。そこそこ厚みのあるそれを勇輝は受け取り開く。


「最初は如月の皆様の資料です。弥生様はほとんど資料にのってなくて、写真すらありませんでした」


 一人一ページの割合でプロフィールが細かく書かれている。最初は弥生だったが、空欄が多く写真もない。隣の秀斗と比べれば文字の量が一目瞭然だった。


(秀斗、なんか幼い。あ、まだヘアバンドしてないんだ)


 入隊当初の写真らしく、どこか少年っぽい顔をしている。それは後の四人も同じだった。

 身長体重、能力、使用武器と細かく書かれ、親交のある隊員の名前まで書かれている。


(すっげぇ……ここまで来るとストーカーじゃ……)


 その内容に勇輝は絶句し、そして最後に自分のプロフィールを見て卒倒しそうになった。

 秀斗と比べればあまり書かれていないが、身長体重その他諸々覚えのある数字ばかりが並んでいる。数字を目の前に突きつけられると精神的苦痛も倍になる……。


「プ……プライバシーは?」


 アイドルってこんな気分になるのかと、テレビの世界の人物に同情する。


「すいません……でも僕、とても勇気をもらいました!」


 何にとは言わないのが純の優しさだ。


 勇輝は後輩のためと思って、握りかけた拳を解いた。

 そして次のページをめくると、新聞記事が貼ってありそれがまとめられていた。見出しは武器密輸組織の壊滅。


「物騒な記事……」


 その新聞は表の世界のもので、日付は十五年前になっている。


「これは如月が結成されて、最初の任務です。世界中の紛争地域に武器を密輸していた組織を一夜で壊滅させたんです!」


 純はヒーローの活躍を語るようにいきいきとしている。まるで自分のことのようだ。


「まぁ……あいつらならできるよな」


 勇輝が次のページをめくると、新聞は様式が変わりビラのような形になっている。どうやら隊内で配られたものらしい。

 そこには三人目の族を始末と書かれていた。


「それは弥生様の武勲です。深夜、敵の能力によって迷宮と化した地下水道の中で族を一刀の下に斬り捨てられました」


 勇輝はその様子がまざまざと目に浮かんで、内心溜息をついた。かなり危ない仕事をしていたとは聞いていたが、いざ聞いてみると一緒にいる仲間が別人のように思える。

 それから三つほど族狩りのページが続き、どれも弥生が手を下したと純は説明した。


「如月は暗殺の任務を多く請け負ったので、いつしか暗殺の如月と呼ばれるようになったんです」


(弥生は、たくさん人を殺したきたんだ……)


 勇輝の胸がきりっと痛む。


(殺さないと……いけなかったんだ)


 それが仕事。弥生は人を殺すことについてさも当然のように言っていた。邪魔なら殺すと。

 勇輝が沈んだ気持ちになりながら次のページに目を移すと、新聞に写真が載っていた。一面が焼け野原になっている。

 見出しは麻薬組織壊滅。

 全てを焼き尽くした炎。人間の身体を喰らい尽くす薬への錬魔の怒りが伝わってくるようだ。記事によると、周りの森林に火は広がらず突然雨が降って鎮火されたらしい。

 勇輝はぱらぱらとページをめくる。見出しにはどれも壊滅や暗殺の文字が躍っている。

 目を通していると、一つの記事で勇輝の手が止まった。それによると、昼のわずかな時間にある反乱組織が全員殺されたと書いてある。


「その頃から如月は昼夜問わず暗殺を実行したので抹殺の如月と呼ばれるようになりました」


「抹殺の如月……」


 通り名がさらに物騒になった。

 勇輝がさらにページをめくると、知った名前が出てきた。


「……御影」


 その名に純は悲しそうに目を伏せた。


「それは一番如月が苦戦なさった任務でした。


 何度も闘われ、最後は森の中で決着をつけたようです」


「そっか……こいつが」


 御影について詳しいことは載っていなかった。能力の欄には一つ、過去視と書かれている。


(過去……)


 このファイル全てが彼らの過去の一部だ。彼らが多くを語らない過去。ここでは一つ一つが薄い紙に押し込められているが、実際はもっと奥深く様々なものが詰まっているのだろう。


(いつか、あいつらから聞けるといいな)


 できるなら悲しく苦しい過去としてではなく、楽しく誇らしい武勇伝として。


 後ろの方になると如月としての任務は無くなり、個人が請け負ったものが並んでいた。要人の警護や警察の捜査協力など幅が広くなっている。そしてそこに弥生の名は無い。


「その辺りがちょうど如月の空白の十年です。弥生様や錬魔様が全く表に出てこなくなり、如月は解散したと思われました」


 任務を請け負ったのはほとんどが秀斗と癒慰。


(この時弥生は黒騎に囚われて彩の中に……)


 そして日付はどんどん現代に近づき、あの号外になった。どこか懐かしさすら感じてしまう。

 その号外の後は、弥生が隼のパーティーに現れたことや、勇輝と共に本部へ来たこと。そして綾覇と剣を交えたこと。本部と関わった全ての出来事が並んでいる。

 そしてページは一番新しい任務となる。

 街を襲う能力者の抹殺と題を打たれた任務のページには怪奇現象の記事が何枚も貼られ、その一つ一つに考察がつけられていた。

 それが数ページに続いている。


「今の任務は長引くようですね」


「あぁ……だから俺はここに来たんだ」


 少しでも力になりたくて。もう足手まといになりたくないから……。

 勇輝はファイルを閉じ、そっと息を吐いた。彼らが生きてきた時間に比べると、自分が関わった時間というのはあまりに短い。だが強いつながりを感じる。近しい存在のような、つながりを。


(俺は、こいつらの仲間なんだ……)


 めちゃくちゃな生き方をしてきたところが似ている。仲間のために命がけで戦うところも似ている。

 胸の奥が暖かい。そこから力があふれ出るような感覚。それが誇りだと気づいた時、勇輝は思わず破顔していた。誇らしさの中に照れくささが混じる。

 その人を吸い込むような魅力的な笑顔に、純は釘づけになっていた。純が浮かべたことのない笑顔がそこにある。強い力を持った、自信にあふれた笑顔。

 勇輝は純の頭をわしゃわしゃと撫で、ファイルを返した。


「けど、よくこんだけ調べたよな」


 ぽーっと意識を飛ばしていた純は我に返り、慌てて言葉を返す。


「あ、はい。如月の資料は少なく、本部の機密書庫に入ったり、隼の情報を流してもらったりしたんです」


 宿題を全て終えた少年のような達成感がこもった瞳。軟弱そうな見た目に反し、やったことは大胆だ。


(やっぱストーカーじゃん!)


 勇輝は心の中で叫び、本当にここに来てよかったのかと再び頭を悩ますのだった……。


 



 この修行編。新キャラを出さざるを得ないということに気がついた。プロットには修行としか書いてなかったので、全く考えてなったんですよね……。

 シンも純も今まで神名にあまりいなかったキャラで攻めてみました。一人くらい一人称が僕のキャラをだしたかった。


  でわ、また次回。

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