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第5章の15 長い夜の一幕

 カツンカツンと彼女はヒールの靴を鳴らしながら廊下を歩く。日は落ち、明かりは所々にあるランプのみ。ひっそりとした廊下はその音をさらに反響させる。

 しばらくするとその音が二重に響き始めた。彼女の高い音と、それに混じる低い音。ランプの明かりの向こうにぼんやりと人影がある。

 彼は近づく。彼女も進むことを止めない。

 その二つの音は同時に止まった。ランプの光が二人の影を作る。


「こんばんは、レガーシアさん」


 先に声をかけたのはサクリスで、彼はいつもの人懐っこい笑顔をレガーシアに振りまいた。


「こんばんは。今日は陛下に?」


 レガーシアは柔和な笑みを見せた。客を迎えるような、他者を受け入れる広さをもつ笑み。


「いや? 今日は何となく来ただけです。最近仕事が暇なんで」


「人間界に潜伏しているのだったわね」


 サクリスは頷いて、おおげさに疲れた顔をした。


「そうです。今日のバイトがあって仕事が遅いって怒鳴られるし、客には文句言われるし」


 サクリスは悲劇の主人公のように右手で両目を抑えた。涙など一滴も流れていないが。


「バイトは何を?」


「レジ打ちです。人間に囲まれて生活するってしんどいですよ」


 嘆くサクリスに、レガーシアは目元を和ませた。


「貴方も人間のくせに……」


 微笑みに見える瞳に映る光はかすかに淀んでいた。その声音は呆れたようで、また蔑んでいるようだった。だがサクリスは含まれた感情に気づくこともなく、肩をすくめただけだ。


「俺にだって能力はありますよ?」


 レガーシアが得心のいかない顔をすると、サクリスは意地悪っぽく続ける。


「どこにもとけ込める能力です」


 得意げな顔をするサクリス。レガーシアは可笑しそうに笑った。静かで上品な笑い。


「えぇ。潜入中の貴方は普通の人間だったわ」


「え、見たんですか?」


 サクリスの表情が一瞬固まった。


「とても楽しそうだったわね」


「えっと……何をご覧になったのでしょうか……?」


 サクリスは様々な場所に潜入した。当然その場所にとけ込むにはその場所の服を着、時には変装、そして立ち居振る舞いまで変えなくてはならない。

 素の自分を知られている相手に仕事の自分を見られるのは、ものによっては実に恥ずかしい。

 慌てだしたサクリスの様子に、レガーシアは秘密めいた微笑を浮かべた。


「いろいろ。でも陛下の考えにはぞくぞくするわ」


 見事にはぐらかされ、サクリスは落ち着かない気持ちでさらに問おうとしたその時、後ろでドアが開く音がした。

 二人は会話を止め、音がした方を向く。


「アフラン……」


 そう呟いたのはサクリスで、レガーシアは黙って彼を見ていた。その目がすっと細められる。

 彼は二人に視線もやらず、逆方向に歩いて行った。靴の音はどんどん小さくなり、すぐに消えてしまう。


「無視かよ。今日散々絡んだのに全部返事はあぁ、か、そうか、なんですよ? ひどくないですか?」


「あれは、本物のアフランではないもの」


 レガーシアは彼が消えていった方から視線を外して言った。その言葉にサクリスはきょとんとして訊き返す。


「はい?」


 昼間に絡んだアフランは、間違いなくアフランだった。尊大な態度や、目つきの悪さはアフランそのものだった。


「でも会話は成り立たなかったでしょ? あれは彼の闇よ。自身の闇で作りだした人形。主人の命によって自在に動く人形よ」


 レガーシアも自身の闇から人形を作り出せるが、アフランほど精密に作ることはできない。彼は自分自身であれば、その行動まで全てを同じに作り出せる。そしてその人形と意思や記憶を共有することもできた。


(さすが、陛下に次ぐ闇の使い手)


 闇に魔術師にとって、自身の闇を使いこなせるかが大きな課題となる。闇を上手く操る者は尊敬を集め、扱えないものは同族としてすら認められない。


「まじっすか!? あれが人形?」


 ということは何を言っても殴っても怖くないと、サクリスは満面の笑みを浮かべる。人の悪い悪党の笑みだ。その表情から思考を読み取ったレガーシアはやんわりと釘を刺した。


「アフランはあの人形を通して全部見てるわよ」


 清々しいほど見事な舌打ちが響いた。


「……彼とは仲良くしてあげてね」


 サクリスは母親に諭されたように、不承不承といった体ではーい、と答えた。


「俺は仲良くしようとしてるんですけどね……」


 おもしろくないサクリスはけっと、悪態をついて、次会ったら後ろから回し蹴りを入れてやろうかと考えていた。

 闇で防がれるのがオチだろうが。

 子どものようなサクリスにレガーシアが何か言いかけた時、ふっと廊下に人影が現れた。

足音をさせずに現れた女の子は、慇懃に礼を取る。


「レガーシア様。ご歓談中申し訳ありませんが、陛下がお呼びです。サクリス様も、申し訳ありません」


 仮面のような無表情をひっつけた少女は淡々とそう告げた。王と幹部との連絡役を請け負っている少女だ。


「すぐに行くわ」


「さすが、勝利の女神として王に寵愛されてただけはありますね」


 サクリスはヒュウと口笛を吹いて、顔をにやつかせる。


「貴方だって、ずいぶん女の子を泣かせてきたらしいじゃない。じゃあね、将軍さん」


 うふふと意味ありげな笑みを残して、レガーシアは少女と歩いて行った。

 サクリスはその後ろ姿を見送り、苦笑いを浮かべてレガーシアとは逆方向に歩きだす。


「さすがに、陛下の女には手をだせねぇよな」


 全員が、夜の闇に消えていった……。



帰国いたしました。


 え、これで終わり? と思った方。

 久々、本当に一章のような短い話を入れました。純粋に時間不足と、続ける場所もないという。このテンションから、カオスにも、コメディーにも持っていきづらかったです。


 神名の裏話 舞台裏編


 レガーシアが生み出した能力の具現化。人型で意思を持つ彼らは普通に生活してます。レガーシアも生み出したままで収納はできません。

 よって現在黒騎に居候中です。大きな部屋に全員が集まっています。にぎやかですね。そりゃアフランも人形置いて逃げますよ。

 まぁ、かなりの割合であそこにいるアフランは人形ですけど。その気になれば会話も可能でしょう。自動設定にすると、あぁ。とそうか。しか言わないんです。

 無駄な設定ですね。

 

 でわ、次からは何か動き出してくれないかな・・・。

 

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