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第4章の24 野に咲く花を愛でましょう

 百華が帰った翌日、如月は何時も通りの朝を迎えた。清々しい風が吹き抜ける。

 勇輝は目を覚ますとぐっと伸びをし、あくびを堪えながらカレンダーに目をやった。


(四月四日か……なんか嫌な数字だよな)


 死のイメージが湧く四。二つ続くと縁起が悪い。

 勇輝は髪を櫛でとかし、服に着替えると厨房へと向かった。お味噌汁に入れる具を考えながら……。




 勇輝が厨房に入るとすでにスープのいい香りがしており、隅に置かれたテーブルで零華が朝食を取っていた。癒慰が目玉焼きを焼いている。


「おはよ~」


「おはようございます」


 微笑とともに挨拶を返した零華はジャムをつけたパンを齧った。


「勇輝君も目玉焼き食べる?」


「食べる」


「おっけ~」


 癒慰は蒸し焼きにした目玉焼きを二つそれぞれ皿に移してテーブルに持っていく。


「二人はパンか~。なんか誘惑されるな……俺、朝はご飯派なのに。うぅ、パンがいい匂い……」


 勇輝が己の朝食を悩み始めた時、チンという音とともにトースターからパンが飛び出した。食べてくださいとでも言っているようだ。


「迷うな~」


「ぐずぐずと優柔不断で女々しいですよ? ズボンを止めてスカートにしたらどうですか?」


 脳内のパンとご飯の図が一瞬で吹き飛んだ。爆弾を落とした諜報人は素知らぬ顔でスープを飲んでいる。


(あ、あれ?)


 勇輝が目を白黒させていると、よっと秀斗が厨房に入って来る。


「あ、秀斗おはよ」


 秀斗はトースターから飛び出しているパンを取って咥えた。おはよと返したようだがもごもごと不明瞭で聞こえない。そのまま食器棚からスープ皿を取って勝手にスープをよそり始めた。


「秀斗、皿くらいだしなよ」


 勇輝は呆れながらトースターにパンをセットした。今日はパンでいくことにしたようだ。


「細けぇこと言うなよ」


 右手にトースト、左手にスープ皿。そして口をもごもごさせながら秀斗は零華の正面に座った。


「そこに座らないでくれますか? 野蛮な方がそこにいるとテーブルが穢れます」


 秀斗の手からトーストが落ちて上手いことスープ皿の上に着水する。スープをすって柔らかく、おいしくなるだろう。


「あの、零華サン?」


 微笑の零華に冷ややかな眼差しを向けられ、秀斗は及び腰になる。


「食事の作法ぐらいあの教育者に教わりませんでしたか? 今からしつけ直してもらいましょうか?」


「もうしませんから許してください!」


 秀斗はテーブルの上に両手をつき、ばっと頭を下げた。頭を下げている間もつむじの辺りに零華の視線を感じる。


「あら、やればできるんですね。普段からそれくらい素直ならよろしいのに」


 ふふふと上品に笑う零華に、秀斗と勇輝は身の毛がよだった。先日零華の部屋を訪れた折の毒が再び傷口にしみ込んで来る。

 勇輝はそろっと我関せずと目玉焼きを作っている癒慰に近づいた。


「なぁ、零華まだ機嫌悪いの?」


「うん……昨日百華ちゃんを見送った時は普通だったんだけど。今日はずっとあれ」


 二人は小声でひそひそと話しあう。


「災厄は過ぎたのに?」


「なんか、相当頭にきてるみたいでなかなか機嫌が直らないの……」


 二人はそろっと食事をする零華を伺った。二人から零華の顔は見えないが、その前に座る秀斗が怯えた顔でスプーンを使いパンスープを食べていることから、そうとう背筋が凍る顔をしているのだろう。 零華を取り巻く雰囲気が氷柱のように感じる。


「うぅ……気が休まらない」


「こればかりは時間の問題ね……よし、お皿取って」


 早くも毒のダメージで瀕死になりそうな勇輝が皿を持ってくると、その上に目玉焼きが乗せられる。その数秒後にチンと可愛い音を立ててトーストが出来上がった。

 トーストも皿に乗せ、スープと一緒にテーブルへと運ぶ。座る場所は零華の右側。三人でコの字となった。

 勇輝は零華の視線を気にしながら落ち着かない朝食を取ったのだった……。




 零華の機嫌がまだ悪い。

 錬魔は遅めに起き、厨房にいくためにホールへと入るなり、むくれた秀斗にそう言われた。勇輝は秀斗の向かいのソファーで屍のようにぐったりしている。癒慰が苦笑いを浮かべてお茶を飲んでいた。

 錬魔は小さく溜息をつき、わかったと言葉を返す。


 ゆえに、出動命令が出た錬魔は軽く朝食を食べ、今零華の部屋を訪れているのだった。

 そして錬魔は戦々恐々していた。

 錬魔は長椅子に座り、目の前のテーブルにはコーヒーが置かれている。零華が淹れてくれたものだ。


(これは何かの前触れか……?)


 錬魔をカフェ中と呼ぶ零華が午前中からコーヒーを錬魔に勧める。異常事態だ。

 錬魔は一瞬毒でも入っているのかと疑ったが、すぐに自分は恨まれるようなことはしていないとその考えを打ち消す。

 零華の表情を伺うが、いつもの完璧な微笑で全く真意がわからない。

 錬魔は覚悟を決めてカップを手に取った。


「お前のコーヒーは薄いから好きではないのだが……」


 錬魔は一応香りを嗅いでから一口、口に含んだ。


(⁉ ……俺好みの濃さだ)


 錬魔は常に濃いめのストレートを飲んでいる。零華はそれに対して目尻を吊り上げて非難していた。


(一体何を考えているんだ?)


 錬魔は二口三口と飲みながら、零華の出方を伺う。ここまで来ると怖すぎる。微笑の下に何かがあると疑うのも無理はない。


「錬魔君。私たちいつからつきあい始めましたっけ? 私どうも忘れてしまったようです」


 最後の一口を飲んでいた錬魔がむせた。それを見て、おもしろそうに零華はクスクス笑う。


「ねえ錬魔君。教えてくれませんか?」


「零華……ボケていないのらそれが嘘だってことくらいわかるよな」


 錬魔はカップをテーブルに戻して零華の視線を正面で受け止める。目つきが険しいのは百華の的外れな言動を思い出して不愉快になったからだ。


「そうですね。ばかばかしくて笑う気力さえも湧きません」


「全くだ」


「でも、貴方が否定すればここまでややこしくなりませんでした。わざわざ私が処理するはめになりましたし。おかげで無駄な労力を使ってしまいました」


「それは……驚いたのと、お前の妹がまくし立ててきて、反論する隙間がなかったからで……」


 ぼそぼそと弁解をするが、零華は聞く耳を持たない。何時にも無く感情が昂ぶっていた。

 昨日、百華を見送る時には心は落ち着き、妹が去ることが少し寂しくもあった。だが彼女は本当の最後に去る時、零華の耳元で囁いたのだ。


“私、錬魔さんとのこと反対しないよ”


 その瞬間、プツンと零華の中で何かが切れたと同時に諸々を抑え込んでいた蓋が弾け飛んだ。そして決めたのだ。これだけはケリをつけないといけないと。

 零華は百華の言葉を思い出して微笑を黒い笑みに変えた。


「驚く? 冷静を心がける医者の貴方が? うふふ、笑わせないでください」


「……すまない」


 何を言っても無駄だと理解した錬魔は潔く謝罪した。もう謝るでもなんでもして彼女の機嫌を直さないとどんどん毒の犠牲者が増える。


「医者なら切除するところをちゃんと見極めてください。貴方が百華に切り込まなかったせいで癌が転移してしまいましたからね」


 錬魔は胃が痛くなってきた。零華の機嫌が直るころには自分が倒れているのではないかと心配になる。


「でもまぁ、済んだことを言っても仕方ありませんし、私はそこまで馬鹿ではありません。今回はもういいです」


 急に零華の口調から毒気が抜けて、にこりと笑った。錬魔はこれで終わりかとほっと肩の力を抜く。


「けど、一つだけ心残りなことがあるんです」


「……なんだ?」


「お願いがあるんです」


 そう言って見せた無邪気な笑みが、この日で一番寒気がした笑顔だった……。




 一方ホールでは弥生も加わってトランプをしていた。ババ抜き、神経衰弱とやり、現在七並べ中である。


「勇輝……お前、ハートの6をさっさと出しやがれ! あとキングも持ってんだろ」


「やはりお前のせいか」


「秘密~」


「卑怯よ!」


「そういうルールじゃん」


 そうわいわいと盛り上がっているところに、表情の硬い錬魔が入って来た。足取りも重く、うかない顔だ。


「あ、錬魔君。零華ちゃんどうだった?」


 その表情からまた何かあったのかと心配顔で癒慰が尋ねる。


「……いや。だいぶストレスも発散できただろうし、機嫌も直ると思う」


 ゆっくりとした足取りで錬魔は彼らに近づき、勇輝の目の前に立った。勇輝はカードを出そうとした体勢で彼を見上げる。

 錬魔は小首を傾げる勇輝をじっと見つめながら、ぼそぼそと用件を切り出した。


「勇輝。お前に零華の機嫌を直すためにできることがあると言ったら、やってくれるか?」


「もちろん」


 即答する勇輝に、錬魔は申し訳なく思いつつも彼女の願いを口にする。


「……俺の恋人になってくれないか」


 その申し出に、言われた本人は固まり、周りはざわついた。勇輝はぽかんと口を開けている。

 二三度口を開閉して、声を喉から絞り出した。


「わ、わけを教えてクダサイ」


 思いつめた顔をしていた錬魔は、実は……と彼方へ視線を飛ばして事の顛末を話し始めたのだ。


 零華からのお願い。それはエイプリルフールをしたいということだった。


「四月一日はエイプリルフールで、聞けば勇輝君たちと楽しく嘘をついたそうですね」


「あぁ……まぁ」


 錬魔は百華に比べればまだましだったドタバタを思い出して、曖昧に頷く。楽しかったかと訊かれると、首を横にふりたくなるが。


「私も参加したかったです。嘘をつかれて騙されたかったんですよ?」


(それが嘘だ)


 錬魔は即座に心の中で全否定した。零華は策略を張り巡らせて相手を陥れる側だ。ころりと騙されるほど零華は純粋でもお人よしでもない。


「だから、錬魔君が私を騙してくれませんか?」


「……は?」


「そうですね。実は錬魔君には恋人がいて、それがなんと勇輝君っていう嘘がいいです」


 エイプリルフールは何も知らない人を騙すのであって、騙される人が嘘を要求しその内容を決めるなんてことはありえない。

 なんの冗談だと錬魔は零華の顔を見るが微笑を浮かべていても、目が本気だった。有無を言わさない重圧がある。


「いや待て、勇輝は男だぞ。そこはせめて癒慰か弥生を……」


 言い返してから錬魔は気づいた。この言い方は自分がその嘘を実行することが前提になっていることを。

 がっくりと錬魔は項垂れて頭を抱える。


「大丈夫です。勇輝君は実は女の子だったことにすればいいのですから」


「い、いや。だが……」


 それは勇輝にも多大なダメージが発生する。錬魔はさすがに可哀そうだと反対しようとするが、


「では秀斗君を恋人にしますか?」


 と返されて口をつぐんだ。


(勇輝……すまない)


 勇輝ならともかく秀斗を恋人役にすれば錬魔のストレスダムが決壊するのは間違いなかった。似合わない女装など見たくないしその恋人役などやりたくない。


「錬魔君。私のお願い、聞いてくれますか?」


 断れるはずがなかった。



 全て説明した錬魔は、もう一度勇輝を見てすまないと謝った。


「くくくく……錬魔と勇輝がカップル。勇輝の女装……くくっ」


 秀斗がソファーの背もたれを叩いて笑いを噛みしめる。勇輝がそれを睨むと同時に錬魔が秀斗の鼻先に炎を飛ばした。じゅっと髪が焦げる。


「ぎゃ!」


 秀斗は慌ててのけぞり、降参のポーズをとった。


「いい、いいわ。絵に描いたような美男美女よ! カメラ用意しないと」


「癒慰やめて! これ以上俺の傷をえぐらないで!」


「よかったな。お前のその顔が役に立つ時が来たではないか」


 弥生にまでそう言われれば、もう勇輝はあがく気も失せる。本当は最初からわかっていたのだ。逃げられないと。


「勇輝……本当にすまない」


「もういいよ……」


 何度も謝る錬魔を勇輝は押しとどめて、ゆっくり立ち上がった。


「この顔で零華が喜ぶのなら、俺頑張る」


 顔は俯き目は虚ろ。

 それでも引き受けてくれた勇輝に、錬魔はしっかりアフターケアをすることを誓った。


「私感動した! 腕によりをかけて勇輝君を女の子するわ! 今日はお化粧もするわよ~」


 癒慰は立ち上がって勇輝の両手をがっしりと掴む。癒慰にスイッチが入ってしまった。

 勇輝は血の気をひく。


「今この瞬間から俺は春日勇輝じゃない。俺は今死んだ。この俺は俺じゃない、俺ジャナイ、オレジャナイ」


「さぁ行くよ~」


 ぶつぶつと自己暗示をかける勇輝を張りきる癒慰が引っ張っていった……。





 そして一時間後。零華の部屋の前に一組のカップルが誕生していた。背の高い彼氏は、自分の胸ほどの小柄な彼女を見下ろす。


「勇輝……残念ながら可愛い」


 唇をぎゅっと引き結び、羞恥心に顔を赤らめてスカートの裾を握っている勇輝。赤いフリフリのドレスを着せられ、頭には赤いリボン。彼氏の赤髪とよく調和している。三十分かけて化粧をされ、まつ毛はカールされてお目めパッチリ、紅がひかれて唇はうるうる。


「俺、これくらい可愛い彼女が欲しいよ」


 勇輝は現実逃避中だ。もうこの姿は自分とは思っていない。

 三回深呼吸をし、閉じていた目をゆっくり開いた。


「私は春日ゆうき。錬魔の……恋人」


(俺は役者俺は役者)


「勇輝。覚悟はいいか」


「……うん」


 錬魔はゆっくりと二回ドアをノックした。

 すぐに返事が返ってき、中に入るように促された。

 錬魔がまず部屋に入り、勇輝は半開きのドアの陰で待機する。

 零華は窓際に置かれた椅子に座って本を読んでいた。錬魔へと視線を向けると微笑を浮かべて本を閉じる。


「あら錬魔君。どうかしましたか?」


「……あー、その。お前に話がある」


 零華は話? と小首を傾げた。本をサイドテーブルに置いて錬魔の言葉を待つ。


「こういうのはもっと早く言うべきだったんだが……つきあっている奴がいるんだ」


 零華はえっと目を見開いて、その言葉の真偽を確かめるかのように錬魔の顔をじっと見る。そして顔を綻ばせた。


「それは、おめでとうございます。お赤飯を炊かないといけませんね。そのお付き合いは何時からですか?」


 零華は嬉しそうに目を細めている。まるで今知ったかと言わんばかりの表情に錬魔は内心舌を巻く。


(役者だな……)


 勇輝は二人のやりとりを聞きながら錬魔に呼ばれるのを待つ。


「何時……きょ、いや一カ月ぐらい前だ」


「お相手は人間ですか?」


「まあ、そうだな」


 錬魔は答えながら勇輝を出すタイミングを計る。だが零華は質問を止めなかった。


「どういう人なんです?」


「あー、可愛らしい顔をしている。度胸があって……そこそこ強い」


 勇輝は前半で凹み、後半で急上昇した。


「どこでお知り合いに?」


「……学校だな」


 生徒なんですかと零華は驚いて口に手を当てた。


「錬魔君の心を射止めるなんて、ぜひその人にお会いしたいですね」


「そう言うと思ったから連れてきている……入ってくれ」


 その言葉に零華が戸口へと視線を移すのと、勇輝の姿がドアの裏から見えたのは同時だった。勇輝は錬魔の隣に立つと、ゆっくりと零華にお辞儀をする。


「初めまして、春日ゆうきです」


 顔をあげて零華と目を合わせると顔が真っ赤に紅潮する。零華は勇輝の顔を見て目を瞬かせていた。


「え……勇輝君?」


 零華はバッと隣に立つ錬魔の顔に視線を向けた。


「もしかして錬魔君……そういう趣味が?」


 零華の心がすーっと遠ざかっていくのが手に取るように二人はわかった。


「違う」


 錬魔はバッサリと切り捨て、勇輝の背を押した。


「零華……俺実は、女の子だったんだ。今までずっと言えなくて……ごめん!」


 勇輝は固く目をつむって頭を下げた。正直これ以上は恥ずかしくて零華の顔を見ていられない。


「そんな……勇輝君。謝らないで、辛かったでしょう?」


 零華は悲しげな表情で勇輝に歩み寄り、彼の頭を撫でた。それにつられて勇輝は顔をあげ、視線が合うと慌てて逸らす。


「勇輝君、ううん勇輝ちゃん、これからは隠さなくてもいいんです。同じ女子どうし、仲良くしましょうね」


 にこりと零華は笑い。勇輝の心臓に杭が刺さった。なんだか目頭が熱くなってきた。


「あ、ありがとう。零華」


 声が震えて半泣きの状態を、零華は安心して気が緩んだのだと解釈した。


「いつでも頼ってくださいね。勇輝ちゃん、私たちは女の子。ずっと仲良くしましょう」


 零華はぎゅっと勇輝を抱きしめ、耳元でそっと囁く。


「今日一日そのままでいてくださいね」


 勇輝は精神がガラガラと崩壊していく音を聞いた。


「……う、うん」


「零華、人の彼女にあまりべたべたするな」


 凝固している勇輝に気づいた錬魔は機転を利かせて零華の腕の中から勇輝を奪い返す。


「あら、女の子にまで嫉妬ですか?」


「黙れ。勇輝、帰るぞ」


 勇輝は硬い動きで錬魔を見上げ、ロボットのように頷いた。錬魔は勇輝の腕を掴んで歩きだす。


「ホールにいてください。すぐに行きますから」


 錬魔に引かれる勇輝がよろめいた。錬魔は勇輝の体を支えてドアを開ける。


「茶を三杯飲んでから来い」


 錬魔はバタンとドアを閉めた。それと同時に勇輝が崩れ落ちる。


「俺……今なら羞恥心で死ねる。もう、殺して……」


 床に伏すその姿はまさに悲劇のヒロイン。錬魔は勇輝の隣にしゃがみ、勇輝の肩に手を置いた。


「勇輝……歩けないのなら、俺がお姫様だっこでホールまで連れて行くことになるのだが……」


「自分で歩きます!」


 勇輝はバネ人形のようにピョンっと立ち上がり、スタスタとホールへと歩き出す。それを、微笑を浮かべながら錬魔が追った。


「勇輝、似合っているのだから特技にすればいい」


「やだよ! こんな情けない特技があるか!」


 羞恥は怒りとなり、勇輝はさっさと先へ進む。足の長さゆえ二人の距離はさほど開かない。


「勇輝、怒るな。いい加減認めろ」


「俺は男俺は男俺は男」


 そして勢いに任せてホールへの扉を開けた勇輝はげっと呻いた。ホールには彼らがいることを忘れていたのだ。零華の部屋には癒慰の部屋から直接行った。つまりこの姿は癒慰以外には見られていなかったが……。


「あははは! なんだお前、完璧女の子じゃねぇか! 可愛すぎるだろ」


「ほう。いつもに増して可愛いな」


「でしょ。私のメイクのおかげね」


 勇輝は肩を震わせて俯き、怒りは頂点に達しようとしていた。


「おう錬魔! お前の彼女最高じゃん!」


 勇輝の後ろに錬魔の姿が現れ、秀斗が親指を立てる。錬魔はそれにげんなりとした表情を返した。

 勇輝はしずしずと秀斗の下へと歩み寄る。その顔からは表情が抜け落ちていた。


「勇輝?」


 勇輝はソファーに座る秀斗の前でぴたりと止まった。笑いすぎて涙を浮かべている秀斗が、勇輝の顔を見てまた噴き出す。


「秀斗……」


 勇輝は秀斗の膝に片足を乗せ、その首を締めあげた。


「死にやがれ。今ここであの世に旅立て」


「うがっ、絞まってる絞まってる」


「あたり前。絞めてるんだから」


 勇輝は怖いほど綺麗な笑顔を見せた。秀斗にはその笑顔が天使に見え、意識が遠ざかる。


(天使って弥生みたいに綺麗だなぁ)


「勇輝……そろそろ秀斗が死ぬぞ」


 弥生が秀斗の頬をペチぺチと叩くが全く反応がない。


「大丈夫。秀斗はこれくらいじゃ死なない」


「なんだか彼女に浮気がばれた図って感じね」


「秀斗君の浮気相手は弥生ちゃんですか?」


 突如割り込んで来た声に全員が動きを止めて声のした方を向いた。零華がいつもの微笑を浮かべて錬魔の数歩隣に立っていた。


「零華」


 勇輝は秀斗の首から手を外し、恐る恐る零華の表情を見る。先程の冷たい空気がなくなり、いつもの柔らかい空気に変わっていた。


「エイプリルフール、とても楽しかったです。勇輝君、ありがとうございます」


「あ、うん。よろこんでくれらならいいよ」


 零華がそう礼を述べると、勇輝は気恥ずかしそうに視線をずらした。


「そしてみなさん、今回はたくさん心配をかけてしまいすいませんでした。それとありがとうございました」


 零華は優雅にお辞儀をし、彼らの顔を見回す。全員ほっとした顔をしていた。


「いいってことよ」


「終わりよければ全てよしだもんね~」


 秀斗と癒慰が笑ってそう返す。癒慰はすっかり元の明るさが戻っていた。


「かまわん。仲間だからな」


 弥生は口角をあげ、こくりと頷く。その笑みは優しく温かい。


「めったに言わないわがままを聞いてやっただけだ」


 二度とやらんと錬魔は疲れた表情でソファーに座った。


「いつも助けてくれてるお返しだから」


(零華の気分が楽になったならそれでいい)


 勇輝は心底ほっとして、不思議と達成感を感じていた。零華の、仲間のために頑張れたというのがとても嬉しい。


「勇輝君。そのまま街へ買い物に行きませんか?」


 小さな幸福感に包まれていた勇輝はピキッと音を立てて固まった。目に映るのは意地悪そうな零華の笑顔。



 勇輝の厄日は始まったばかりだ。


ふぅ。やっと双子編、もしくは錬魔と勇輝の厄日編は終了です。ちょっと一息入れてみました。作者も勇輝の女装に癒されました。いやはや、可愛いね。

さて、これからはまた週一、土日のどちらかに更新となります。

あと一山。それで四章はおしまいです。あともうひと頑張り行きますか。


次回「(未定)」です。すいません。

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