第一七八話 馬超再起
曹操軍が漢中に足を踏み入れたころ、馬超は山に深く抱かれた小さな集落に身をひそめていた。
氐族の集落である。
彼らは馬超を歓迎してくれたものの、曹操打倒の呼びかけには賛同しようとはしなかった。付近の集落の反応も、残念ながら同様であった。
馬超とて自分の呼びかけが絵空事であることは、客観的に見るまでもなく理解している。
いまの彼につきしたがう部下は、従弟の馬岱をはじめとする十数名にすぎないのだ。曹操軍と戦い、勝利できるなどとは、馬超自身ですら信じられる話ではなかった。
無力ゆえに、無為の日々を送っていたある日、ひとりの男が訪ねてきた。年齢はおそらく四十歳前後であろう、馬超とそう変わりないように見える。
「馬超どの。お初にお目にかかる。劉玄徳の使いで参った李恢、字は徳昂と申す」
男は慇懃に名乗った。
「おお、劉備どののことは私も存じている。して、どのような用件か?」
劉備が曹操と敵対していることは、馬超も知っている。
敵の敵は味方という理屈が通用するのであれば、味方と考えてもよいはずであった。
「ふふふ、私の目的がおわかりにならぬか。あれほどの勇名を誇った馬超どのも、異郷に身を落としているうちに、世情に疎くなられたようだ」
李恢はせせら笑いを返した。
「なんだと! 初対面の相手に愚弄されるいわれはない!」
劉備の部下ごときに侮辱されるいわれはない、馬超は両目に怒気をみなぎらせ、
「劉備の狙いも予想はつく。おおかた、私に部下になれというのだろう!」
「さよう。じきに漢中は曹操の手に落ちる。これに対抗するには、曹操打倒を志す者の力を糾合しなければならない。貴公もそのひとりだ」
怯えの色もなく、李恢は馬超の目をにらみ返した。
「劉備の考えは理解した。だが、なぜ私が部下にならねばならんのだ」
かつて十万近い大軍を率いた馬超である。格でいえば劉備にも劣らない。
「いまや、貴公につきしたがう部下はわずかと聞く。対して、我が君は交州を手に入れ、益州でも劉璋を追いつめている。力の差は明白であろう」
「むう……」
返す言葉がなかった。
過去の栄光にすがったところで、現在の力関係をくつがえせるわけではないのだ。
黙りこむ馬超に、李恢は語気もするどく問いかけた。
「なぜ、ためらうのだ。曹操軍に敗れ、心も折れてしまったか」
「そうではない。……だが、劉備は同族の劉璋を裏切り、攻め立てている男ではないか。信用できぬ」
馬超は元来、まっすぐな男である。武人然とした気性のままに生きてきた。馬騰のいいつけには素直にしたがい、曹操や鍾繇の要請にも応じてきた。
そこに狂いが生じたのは、曹操たちが関中軍閥を解体しようとする動きを見せたからである。
父から託された馬家の軍閥を守るべきか、それとも朝廷への忠節をまっとうすべきか。悩む馬超を決断に踏み切らせたのは、関西の独立性を維持してほしいという民衆の声であった。
だからこそ、戦に敗れてからの民衆の心変わりは、馬超の心に傷跡を残した。
守ろうとしたはずの民衆から、巨大な敵意や憎悪を浴びせられつづけた結果、彼は人間不信に陥っていたのである。
まして、相手は海千山千の劉備である。信用したいとも思われない。
「ふむ……。以前、私は劉璋に仕えていた。劉備さまがその矛先を劉璋にむけたと知り、劉備さまのもとに奔ったのだ」
唐突に、李恢は身の上を語りだした。
「ふん、裏切り者か。恥じる気持ちはないのか」
醜い、と馬超は思った。
裏切りを恥じ入る様子のない李恢も。
その低俗さに、安堵と共感をおぼえる自分も。
なにもかもが醜悪に感じられる。
「なぜ恥じねばならんのだ。私は益州の豪族として、益州の民を守らなければならぬ。劉璋は張魯から民を守れなかった。まして曹操に対抗できるはずもない。益州の民を守るためにも、漢朝を守るためにも、劉備さまを主君と仰ぐ以外に道はなかったのだ」
李恢は堂々といった。
同じだ。
馬超も、関西の民を守ろうとして蜂起したのだ。
李恢の選択を笑う気にはなれなかった。
劉璋にしても、民を守れなかったから裏切られたのだ。
彼らは馬超の写し図であった。
馬超は失敗した。
劉璋は失敗しつつある。
李恢がどうなるかはわからないが、あえて失敗を願う気にもなれない。
「我が君とて、好きこのんで劉璋と戦っているわけではない。曹操の野望を阻止するには、劉璋から益州を奪うよりほかに方法がなかったのだ。小事よりも大事を優先させたまでのこと。ひるがえって、貴公はなにをしている。張魯のもとにいれば曹操と戦う機会はあったはずだ。なぜ出奔したのだ? 曹操と戦うというのは口だけか。このまま異郷に身をひそめ、逃げつづけるつもりか」
不本意ないわれようである。
馬超が身をくらませたのは、曹操との戦いをおそれたからではなく、張魯を信用できなかったからである。
曹操と戦う決断こそしたものの、張魯の決意は断固たるものではなかった。曹操に降伏するような状況になれば、馬超の首を差しだそうと彼はたくらんでいたのだ。
だが、そうした事情をいちいち説明するのも、いかにも弁明じみていて情けない。
馬超は反論できずに、ただうめくことしかできなかった。
「むむむ」
「なにが、むむむだ! 錦馬超が聞いてあきれる。貴公の先祖は、漢の伏波将軍・馬援であろう。漢が亡国の危機に瀕しているというのに、どうして座していられるのか!」
扶風馬氏は、名将馬援を祖とする漢の名門である。
馬援は光武帝に忠誠を誓い、天下を股にかけて活躍した将軍であり、まさしく漢の守護者であった。その娘は、後漢の第二代皇帝である明帝の皇后となっている。
「そうだった。座していられる状況ではなかった。無様にも父を死なせてしまったうえに、先祖の名にまで泥を塗るところだった」
馬超は反省せざるをえない。
失ったものを数えて悲嘆に暮れていたところで、なにも取り返すことはできぬ。
すべてを失ったように見えるが、彼にはまだ命が残されている。
今後の活躍いかんによって、家名の再興は成しとげられよう。
「すこし挑発しすぎましたかな」
李恢はそれまでの硬質な態度をあらため、表情をやわらげた。
「いや。おかげで目がさめた」
劉備を信用したわけではない。
だが、劉備ならば、曹操に馬超の首を差しだそうとはしまい。
いまは、それだけで十分である。
あとのことはどうとでもなるがいい。
戦わなければ、なにもつかめぬ。
戦い、勝利して、涼州に帰還する。
それだけを考えればよい。
故郷に錦を飾らずして、なにが錦馬超か。
「迷いは捨てた」
馬超の双眸は生気を取りもどしていた。
発せられる声にも、聞く者の琴線に触れるような、心地よい力強さがある。
「劉備どののもとへ、案内してくれ」
蜀の府城、成都は劉備軍の包囲下にある。
劉循、張任らが守りについていた北の要衝、雒城は、劉備本軍の攻勢によって陥落。劉循は成都へと逃げ帰り、捕縛された張任は降伏の誘いをこばんで首をはねられた。
張飛を大将、龐統を軍師とする別軍は厳顔軍を撃破し、江州を占領。転進して本軍と合流し、成都包囲戦に参加している。
成都は孤立無援となっていたが、その割に、城内は絶望感や悲壮感に支配されていない。血が流されていないからである。
劉備軍は力押しで成都を攻略しようとせず、劉璋軍に降伏を呼びかけていた。
これは城内に被害が出れば、戦後の統治に支障をきたすという計算からであったが、城内の人々にしてみれば、いざとなれば城を抜けだして投降すればよいという思いにもつながる。
こうした逃げ道があることも、少なからず影響はあたえているであろう。
人々の恐怖心は深刻なものにはならず、どこか生ぬるい不安が城内にただよっている。
その一角で、文武官が会話を交わしていた。
「厳顔将軍の旗が、劉備軍の陣中にひるがえっているそうな」
「厳顔将軍まで寝返ったか……」
「呉懿、費観、李厳、厳顔、裏切り者ばかりではないか」
呆れの声もあれば、怒りの声もある。
「憤っている場合ではないぞ。劉備がこの成都を手に入れたあかつきには、彼らはしかるべき待遇をあたえられるであろう」
「ふん、なんともうらやましいかぎりだ」
「だとしたら、成都に劉備軍を手引きした人物が、最も厚く遇されるのではないか」
羨望の声に刺激されたのか、ある男が思いつきを口にした。
「そうかもしれぬ。だが、それは劉璋さまを売るに等しい行為だ。主君を売った人物を、はたして劉備が評価するだろうか」
「めったなことはできるものではない、か」
このような思いつきを実行に移す者がいなかったことは、劉璋にとって不幸中の幸いであったろう。首だけになってしまっては、決断も後悔もできはしない。
とはいえ、微量の幸福が舞いこんでくるあいだに、多量の不幸が飛びこんでくるのが現状である。
劉備軍に投降する者は続出し、籠城がひと月におよぶころ、さらなる凶報が劉璋を打ちすえた。
馬超が劉備軍の陣前に馬を立て、降伏を呼びかけてきたのである。
あの馬超までもが劉備の旗下に加わったのだ。衝撃を受ける劉璋のもとに、劉備は使者を遣わした。
使者の名は簡雍、いうまでもなく誘降の使者であった。
劉璋は、劉循、黄権、王累を集めて相談した。
「この状況から劉備軍を撃退する方法はあるか?」
見つからないのであろう、三人は沈黙した。
しばらくして、黄権が苦い顔で、
「ひとつだけ、ございます」
「黄権、申してみよ」
「我々が成都で籠城しているあいだに、曹操軍が漢中の張魯を攻めほろぼし、その余勢をかって劉備軍の後背をつけば、あるいは……。ですが、それでは……」
黄権が渋面になるのも無理はない。
それならば、たしかに劉備軍には勝てる。勝てるが……。
劉璋は嘆息して、
「負ける相手が劉備から曹操になるだけ、ということか」
「……はっ」
黄権は悔しそうに目を伏せた。
劉璋は大きく肩で息をすると、
「あの馬超まで敵にまわってしまったのだ。もはや、ここまで。……劉備に降伏しよう」
「父上……」
劉循は言葉もない。
「劉璋さま……。劉備軍に馬超が加わったところで、攻城戦の手が増えたわけではございませぬ」
王累はそれでもなお異議をとなえた。
反対してばかりの、あつかいにくい男だが、彼はまぎれもなく忠臣であった。
「だが、籠城が長引けば、民を苦しめるだけだ」
劉璋は力なく微笑んだ。
「私は君主としては凡庸であったかもしれないが、民を苦しめるような暗君にはなりとうない」
凡君と蔑まれようと、劉璋にも矜持がある。守るべき一線がある。
力およばず敗れるのは、無念であるがいたしかたない。
だが、みずから道を外れるようなまねは、したくなかった。
「魏王曹操に降伏して、漢の滅亡に加担するわけにはいかぬ。まだしも、劉備に降伏するほうがよい」
建安二十年五月、成都の城門はひらかれた。




