第一七七話 孔明(司馬懿)、連弩を献上する
鄴を発った曹操軍は、長安を通過し、雍州を西進していた。
建安二十年の四月。暦の上では夏に入ったが、まだ陽光はやわらかく、涼やかな風が吹く一日のことである。
従軍している司馬懿は、曹操の幕舎を訪ねた。
「軍営に立ち寄った我が師より、曹操さまへの献上品をあずかっております」
そういって司馬懿が曹操の近侍に手渡したのは、奇妙な形をした弩――連弩であった。
姜維を弟子にして帰路についた孔明一行は、その途中で曹操軍と出くわした。
そこで孔明はくわだてた。
せっかく連弩があるのだから、この機に曹操に献上して馬鈞の名を売っておこう。
まかせた仲達! といった具合である。
もちろん、孔明当人に曹操と会うつもりはさらさらなく、司馬懿に頼むだけ頼んでおいて、彼らはさっさと軍営をはなれている。
面倒事をさけたがる師の心情を十二分に理解している司馬懿としては、断りようもなかったのであった。
「ほう。胡昭もなかなか神出鬼没な男よ」
曹操は近侍から連弩を受けとり、それをしげしげと眺めまわした。
「弟子の馬鈞という少年が作成した連弩でございます」
「おまえの弟弟子ということか」
「はっ」
「これが連弩か。余も実物ははじめて見る」
しばらく感心したように連弩を観察してから、曹操は結論を出した。
「まだまだ師にはおよばぬな。これでは腕の力だけで弦を引かねばならん。思うように飛距離が出まい」
「戦で使用するには工夫が必要だろうと、師も申しておりました」
「胡昭ならばそれくらいのことは理解していよう。ふむ……、余にその工夫をしろとでもいうのか。まったく、あの男は……」
曹操は愉快そうに笑い、司馬懿に問いかけた。
「それにしても、なぜ、このような辺境に胡昭がいたのだ? まさか余の軍勢を追いかけてきたわけでもあるまい」
「なんでも、冀県の姜維という少年を弟子にして、帰る途中だったそうでございます」
孔明が弟子を取りたがらなかったのは昔の話である。
異郷を旅してきた孔明は、すぐれた軍人を育成する必要性を感じとり、みずからその嚆矢たらんとしていた。司馬懿は知っているが、曹操は知らないことである。
「そういえば、胡昭にはほかにも弟子がいたな。たしか……鄧艾と石苞といったか?」
いきさつは知らずとも、孔明が弟子を取るようになったことは知っていたのであろう、曹操は思い出したふうにいった。
「ご存じでしたか。来年には、曹操さまのもとへ出仕させられるかと思いますが」
「ならばよい」
連弩を献上されたことよりもよろこんでいるのであろう、曹操は満足げに目を細めた。
「連弩は受けとった。余からも礼状は送るが、おまえからも感謝を伝えておいてくれ」
「ははっ」
うやうやしく拱手して司馬懿が退出すると、それまで沈黙していた賈詡が口をひらいた。
「胡昭どのは、後進の育成に力をそそいでいるようですな」
「あれも苦労しているであろうよ。どれほど優秀な弟子であろうと、あの男の才をひとりで受け継ぐことなどできぬ。馬鈞という弟子は、さしずめ、発明家・胡昭の後継者といったところか」
曹操は愉悦の衝動にひたった。
当たり前だが、後継者問題に頭を悩ませているのは、曹操だけではないのだ。まして、孔明が育てた弟子たちは、つぎつぎと曹操の家臣に加わるであろうから、よろこびもひとしおである。
「それにしても、胡昭の後継者か……。余も年を取るわけだ」
曹操は本気とも冗談ともつかぬことをつぶやき、周囲の者を困らせると、
「賈詡、どうであろう。家督問題に悩む主君に対して、なにか言上すべきではないか?」
「謀が多い者は、他者から疑いの目をむけられるのをさけられません。まして、私はかつて曹操さまに弓引いた身。敵意を買いそうな発言はつつしまなければなりませぬ」
賈詡の返答は、曹操の期待にそうものではなかった。
人払いをしてから、曹操はあらためて訊ねる。
「つまらぬ者からの敵意などより、余にどう思われるかのほうが重要ではないか?」
笑みをにじませながらも声は低い。脅しとも取れる言葉である。
肝が小さい者なら震えあがったろうが、古強者の賈詡は平然と微笑を浮かべて、
「口を閉ざしていたところで、曹操さまのおぼえが悪くなるとは思いませぬ」
「なぜだ?」
「荀彧どのや胡昭どのも、沈黙をつらぬいているではございませんか」
ははは、と曹操は笑った。
「たしかにそうだ。沈黙、それが正しい答えか」
荀彧も孔明も、曹操の不興を買っていないのだ。
賈詡だけをとがめるわけにもいくまい。
「では、質問を変えよう。おまえの後継者はどうするつもりだ」
「はて? 私の後継者でございますか?」
賈詡は眉をひそめて困惑をあらわした。
「余より年長のおまえが、後継者について考えたことがないとはいわせぬぞ」
質問に答えようとしなかったことに対する、意趣返しの感情もないではないが、賈詡ももう七十近い高齢なのだ。
後継者についてなにかしらの考えがあるなら、その意向を汲んでやらなければなるまい。
「私の息子たちは、父親に似ず、単純なきらいがございましてな」
「ほう、父のように、ひねくれてはおらぬか」
「私と同じ職務は、性に合わないかもしれませぬ」
「軍師には不向きということか。ならば、後任として目をつけている知恵者はおらんのか?」
曹操の問いは、彼の胸にある不安のあらわれでもあった。
ただでさえ郭嘉を失い、荀攸を失っている。さらに程昱は老齢のため、荀彧は漢朝を監視するため、遠征には帯同できない身である。
賈詡にはまだ現役でいてもらわなければ困るのだが、年齢を考慮すれば、後任の軍師も考えておかなければならなかった。
今度は賈詡もはぐらかさなかった。
「劉曄、楊修、司馬懿らは切れ者だと存じますが、劉曄は漢室の血を引いておりますゆえ……」
「うむ、重用はひかえねばなるまい」
漢朝への叛意を隠そうともしない曹操だが、それも相談相手が賈詡だからである。
さすがに、劉曄を相手にして、漢朝打倒の策を練ろうとは思えなかった。
その点、賈詡には、漢朝という器の価値を客観的に見ている節がある。
もちろん、漢朝への忠節もあるのだが、涼州人だからであろうか、聖漢の呪縛にとらわれていないように見受けられるのだ。
「そうなると、楊修と司馬懿か」
「文才では楊修が上でございますが、将才においては司馬懿が上かと」
賈詡は両者を批評した。
文句のつけようもない見立てであったが、
「……おまえの後任は、楊修では務まらんよ」
曹操はすこし考えてから、にこりともせずに断言した。
「なぜでございましょう?」
「身をつつしむすべを、楊修は知らぬからだ。あの男にはおのれの才を鼻にかけ、智に驕るところがある。その点、司馬懿は用心深い。狼のように常に背後を警戒している」
賈詡や司馬懿がそなえている慎重さを、楊修は欠いているのである。
「なるほど。曹操さまが疑っておられるのは、楊修の才ではなく、器量でございましたか」
賈詡のいうとおり、曹操は楊修に懸念を抱いていた。
すぐれた才が、かえって身を滅ぼすこともある。
才士才に倒れるという言葉もあるではないか。
「楊修は得がたい才の持ち主だが、その才に振りまわされるようであれば、興ざめもいいところだ。自身の才を御するだけの器量を、身につけてほしいものだが」
日をかさね、曹操軍は漢中郡に隣接する武都郡に入った。
夏侯淵軍も合流し、総兵力は十四万にもなっている。
いよいよ、張魯軍との戦が間近にせまっていた。
まずは、漢中の入り口にあたる陽平関を攻略しなければならない。
曹操は軍議をひらくべく、諸将を集めさせた。
夏侯惇、夏侯淵、曹洪といった同族の重鎮。
張郃、徐晃といった歴戦の名将。
賈詡・司馬懿・劉曄・楊修といった智略の士。
陣容に不足はない。
本来、迅速な用兵を好む曹操は、大軍につきものの行軍の遅さに苛立ちをつのらせていたが、前線に着いたからには、その大軍と苛立ちをまとめて張魯軍に叩きつけてやるだけのことである。
曹操は、諸将が待ちかねているであろう軍議の場へと足をむけた。
その途中で、兵士が飛びこんできて跪拝した。
「西平からの急使が、韓遂の首を持参したといっております」
「なにっ、韓遂の首だと?」
この報告には、さしもの曹操も驚いた。
「病に伏していたところを、部下に裏切られ、命を落としたそうでございます」
「そうか」
すでに曹操に刃向かう力を失っていたにしても、韓遂は隴西の領袖ともいうべき存在であり、曹操の頭痛の種のひとつであった。張魯討伐を前にして、これは幸先がよい報せである。
関中の馬超は、張魯のもとを出奔して行方が知れない。
隴西の韓遂はついに逝った。
次は、漢中の張魯の番であろう。
曹操の天下は、また一歩、実現に近づいていた。




