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(マスター)
「ん?どしたー?」
(この辺りから先は行った事がありません)
「空にいるから比べる物がなくて速度は判らんけど、遠くまで来たよなー」
(はい)
晶はゼロの背中に乗り空を飛んでいる。
ワイバーンの岩山を出て三日目の午後である。
晶の言う通り空にいるので比較対象がなく、どのくらいの速度が出ているか判り難い。
横ならともかく下では流れる景色としては参考にならない。
下は一面の緑なのだから。
初日は結構騒いでいた。
何を騒いでいたかと言うと、空気抵抗が凄かったからである。
速度が出たら後方へ置いて行かれそうになっていた。
晶は腕力に物をいわせ、ゼロの背中にへばりついた。
翌日には体を起こして周りを見る余裕が出来ていたが。
密かにゼロがゆっくり飛んだという事もある。
出来る奴であった。
時々下に降りてもいた。
ゼロはワイバーンの体に憑依しているらしい。
脳だけを破壊した格好なので内臓、その他は健在であった。
そう生身の体なのだ。
死んだ直後に不死者作成を使えたのが大きい。
謎の生命体と言える。
だから生体を保つために食べなくてはならない。
食べなければ、いずれスケルトンになるのだろう。
それはそれで見てみたいものだ。
だから下で狩りをして食料を得ていた。
晶とゼロに出会ってしまった猪モドキや大猿は不運だったろう。
晶はクリームパンやジャムパンで一緒に食事をしていた。
晶にとって趣味嗜好の類になった食事ではあったが、甘い物が食べたくなった模様。
ゼロにも試食させていた。
ウマイで終わっていた。
それほどの感動は与えられなかったらしい。
肉が好きなのだろう。
張り合いのない事である。
それ以外に森の探索もしていた。
木の実や草の中には地球で見た事がある様な物もあった。
さすがの晶もいきなりそれらを食べたりはしなかった。
ええ、ゼロ君が試食させられていましたね……。
赤色に紫色の水玉模様が混じったキノコはさすがに手を出していなかった。
ゼロ君セーフである。
もっとも猛毒持ちのアークワイバーンなので大丈夫な可能性は高かったが。
魔物であるゼロが食べて大丈夫な物が人間である晶にも大丈夫とは限らないのだが、そこに思い至らない晶であった。
頭、お花畑か。
色々と人間離れしていた晶には何の不調も表れなかったけれども……。
気付かないってのは幸せな事なのかも知れない。
「という事はそろそろオークとかゴブリンがいるのかな?」
(前に見たのはここら辺でしたね)
「二足歩行の豚と緑色の子鬼なんだよな?ちょっとテンション上がるー!」
(弱い奴らですよ?面白い事はないかと)
「チッチッチッ、強さ弱さじゃないんだなー。人間に近いから道具を使ったり文化を持っているかも知れないじゃないか!」
(はぁ、そんなもんですか)
晶は人差指を立てて左右に振っている。
そうじゃないんだよと言いたいらしい。
だが晶はゼロの背中に乗っているのでゼロからは見えない。
まぁ、晶の言いたい事は解らないでもない。
バーバリアンになりかけていた晶にしてみれば文化的な生活が恋しいのだろう。
例え魔物でも人に近い生活をしていると晶は睨んでいた。
少なくとも姿形は人間に近いのだろうから生活も似るだろうと。
願望も混じっている。
人間の使っている物があるかも知れない。
そう言う物を見つけられれば人間がいると証明される。
晶はそう思っていた。
人間が使っていそうな道具がある=人間がいるとは限らないのだが……。
少なくとも文化的な生活の証明にはなるかも知れない。
強い、弱いにしか興味のないゼロにとっては理解し難い話であった。
自然、返事も適当である。
▼
晶とゼロがオークに出会ったのは翌日であった。
太陽が高くなった頃である。
ゼロが空から森に蠢くオーク達を見つけた。
晶も目は良くなっていた。
だが、いかんせんゼロの背中に乗っている身では下を見難い。
晶が索敵を苦手としているのもある。
目や耳が良くなってはいたが、相手が動いて音を出したりしないと見つけられなかった。
魔物に襲われても身体能力の高さで躱し、逆襲していたけれども。
だからゼロが先に見つけるのは自然な事であった。
(降りますか?)
「ふむ」
(?)
「以前にゼロが見た場所から結構離れているな……」
(ですね)
「縄張りを追われた?この森ではオークは弱い?」
(縄張りを持てるほど強くはないですね。森では弱い方かと)
「そうか。よし降りて接触してみよう」
(解りました)
ゼロからの問いかけを一時保留し、自身の考えを述べる晶。
情報の差異から推論した模様。
やれば出来る男であった。
ゼロからの情報で、この森におけるオークの立場を理解していた。
事前情報は大切である。
そして降下するゼロ。
「プギッ!!」
「プギギッ」
「プギーッ!」
「ギャッ!」
「プギャーッ!」
目の前にいきなり現れたモノに驚き騒ぎ立てるオーク達。
オーク達は全部で五体いた。
オロオロしつつも木の棍棒を構えて警戒している。
逃げ出したりはしていない。
いや、笑い声かと間違う様な声を上げたヤツが後ずさりしていた。
前の四体は気づかない。
オーク全てが勇敢な戦士という訳ではなさそうである。
巨体で硬そうなアークワイバーンを見て立ち向かおうと言うのは蛮勇であると思われるが……。
今の所、晶を意識した様子はない。
それどころかオークの目に晶は入っていない。
巨体のゼロ、そんなモノの背中までは判らない。
目の前の怪物で一杯一杯なオーク達であった。
晶はゼロの背中からオーク達を観察していた。
敵になるかも知れないのに豪胆な事である。
舐めプか?
オーク達は素っ裸ではなかった。
腰蓑でもなかった。
毛皮を纏っている。
下半身と上半身に少し。
獣から剥いで蔓で縛っただけの簡素な物。
何の獣かは判らないがそれなりの大きさであった模様。
少しは加工されているが製品と呼べる様な物ではなかった。
手に持つ武器は木の棍棒。
元はただの枝だったと思われる。
血を吸ったのか黒っぽくなっている。
持つところに革が巻いてある様な事もない。
後、装飾品の類は身に付けていない。
「バーバリアンだな……」
(これをバーバリアンと言うのですね)
「野人とも言う」
(ほー)
「プギーッ!」
「プギッ」
「おーい!言葉は解るかー?」
「……会話は通じないっと。俺がヤル」
(解りました。マスター)
晶がゼロに向かってオークの感想を述べているとオークが棍棒を振り上げて襲い掛かった。
言葉は通じていないらしい。
足は遅い模様。
ドタドタといった感じである。
二m近い身長、横幅もある迫力十分。
それが四体も向かって来ていた。
以前の晶であれば逃げる一択な怖さであった。
今は平常心で会話を続けられる余裕が見られた。
一人で戦うと言う晶にゼロは心配もしない。
「うりゃ」
「プ」
「そりゃ」
「とりゃ」
「もういっちょ」
晶は散歩する様な気軽さでオーク達に歩み寄った。
そして繰り出す拳。
晶は成長していた。
体ではなく技がである。
オークには見えていなかったであろうが、晶は拳が当たった瞬間に拳を引き戻していた。
爆散せずに地に倒れるオーク。
悲鳴が上がる事はなかった。
せいぜい大きく息が吐き出された程度である。
それは一瞬の事だった。
オークの体、その内部に衝撃が伝わったらしい。
既に心臓は止まりオークは死んでいた。
きっとマンガか何かのマネだろう。
爆散させて倒した後の凄惨な現場……それが嫌だったとの事。
それで開発される技とか。
褒めるべきか悩ましい所。
晶の体が滑る様に動いて行く。
特殊な歩法だろうか?
足払いを喰らう事がなさそうな隙のなさである。
見様見真似でこちらへ来てから練習したらしい。
それが出来てしまう身体能力の高さ。
センスについては判らない。
そして気合の感じない掛け声。
そんな掛け声のたびに倒れていくオーク。
「臆病者か、状況把握が出来る奴か……どっちだろう?」
(何やら抱え込んでいましたね。アイツだけは棍棒を持っていませんでした)
「それが戦わない理由かな」
(おそらく)
「いってくる」
(はい)
四体のオークを瞬殺した晶。
その目の先には一体のオークが走って逃げていた。
当然ゼロも気づいていた。
そして説明するゼロ。
晶は追いかけるつもりらしい。
軽く走り出した。
ゼロは晶を送り出している。
日常会話の様な気軽さで。
そしてゼロはオークの死体を一か所に纏めるために動き出した。
マスターは言わなかったが望むであろう事をする。
出来た配下であった。
「おりゃ」
晶は逃げたオークを背後から首トンする。
えっと、折れてますよね?
「俺からは逃げられないとか言ったら不謹慎だよな。言わなくて良かった」
言っても理解する者はいません。
変な方向を向いた首のオークは倒れている。
あれれーとか言っていないので気絶させ様と思っていた訳ではないらしい。
まぁ発言は斜め上だが。
「何を持っていたのかな?っと」
晶はうつ伏せで倒れたオークの先にいくつかの物を見つけた。
草?それから石?と……卵?
オークには袋が作れないのか、剥き出しで地面に放り出されている。
晶の目を引いたのは卵であった。
鶏卵より一回り以上大きく、少し黄色っぽい卵。
「おー、これはあれか?俺に懐く系のパティーン!」
何やら嬉しそうである。
「いいね、いいねー!こうこなくっちゃ!!」
いわくありげな卵、草、石を拾い上げる晶。
テンションアゲアゲである。
そして独り言マスターは健在。
さてさて、そう上手く行きますかどうか……。
これで目玉焼きになったら笑える……醤油か塩コショウが好きです。