そのさん
俺は今、栄大通りにて暇つぶしがてらリフレッシュがてら一人ぶらりと遊びにきてみたわけなのだが、正直後悔していた。
商店街に軒を連ねている小店でもひやかしつつ、ふらふら辺りを彷徨ってみようかしらんという魂胆だったのだが……。目の前に広がる謎の団体行列のせいで、俺は商店街に足を踏み入れることさえできなかった。まったくもってわけがわからない。
なんなんだこの集団は。デモ隊の行進か何かだろうか?
……にしてもとんでもない数である。商店街の通路をフルに塞いでしまうほどの大群だ。よほど何かとんでもないことがあるのだろう。世紀末の大イベントなるものが、この栄という町にて起ころうとしているのかもしれない。
いったい彼らの目指す先には何があるというのだろうか……。
まるで未知数である……。
……いや、確かにそれはまったくもって未知数ではあるが、今はそんなことどうだっていい。
俺は自分の休日の貴重な時間を、こんな謎のデモ軍団のために無駄にしなければならないのだ。いかんせん悲しきかな。わざわざせっかく出かけてきてこの仕打ちとは、無駄足にもほどがある。
しかし、そんな俺の萎え萎えの気持ちなど知る由もなく、群衆どもはきゃっきゃわいわいと楽しそうな喧騒とともに行進を続けていた。たいへんに腹立たしい。
が、きっと彼らにも何か目的があるのだろう。それにこの大勢に立ち向かっていく勇気なんて俺にはない。ここはひとつ運が悪かったと諦めてしまうのが得策だろうか。
「俺はたいへんにタイミングの悪いときに来てしまったな……」
思わず苦笑が浮かんでしまう。今日はたいへんに調子の良くない一日だ。
わらわらと俺の目の前に広がる人の群れを見やりつつ、俺はしみじみとそう思うのであった。今日はダメダメだ。
とは言っても、とにもかくにも後悔したところでこの群衆がどこぞに散ってくれるわけではないので、ここはやはり諦めというものが肝心であろう。
サクッと諦めて家に引き返してしまうのが得策だ。いつまでもこの群衆を眺めていても何も楽しくない。リフレッシュどころか逆にストレスか溜まってしまいそうなまである。
俺は若干の悔しさ虚しさを残しながらも、この商店街を去ることに決めた。せっかく遠出をしたのに、と名残惜しさはあるものの、いったところで仕方がない。
しかし「まわれ〜みぎっ」っとくるり踵を返そうとした、その時のことであった。
俺のぐるりめぐった視線が何かをとらえたのだ。
帰ろうとした俺の足取りを鈍らせるような、何かが映ったのだ。俺の瞳はたしかにとらえたのだ。この空間にあるなど、到底予期もできなかった何かを。何かとんでもない違和感を。
俺はぐるりとまわしかけた踵を、180度反転させ、再び群衆がひしめく商店街を見つめなおす。
あいも変わらず商店街は喧騒と人の群れで溢れかえっている。わらわらわらわらと個々人のパーソナリティーを失ったような群衆がひしめきあっているのだ。
しかし俺は改めて見直したその人混みの中に、少し気になる人影を発見してしまった。「少し」というかだいぶ気になる人影だ。恐らく俺の目に映り込んだ違和感というのも、彼女によるものであろう。
人海の中においても彼女の存在は一際目立って輝いていた。腰のあたりまですらりと伸ばされた黒髪が、アーケードの隙間から溢れ落ちる陽光をきらきらと跳ね返していた。
大和撫子を連想させるような見目麗しいその立ち姿は、きっと誰の目にも同じように輝いて映ったことだろう。
「…………春香?」
俺は思わず独り言のようにそう漏らしていた。一瞬人違いだと自分を疑ってみたものの、見れば見るほど確信に至る……。
…………そう、恐らく彼女は絶賛現役女子中学生「春風春香」ちゃん。俗に言う俺の妹である。
俺がたまたま遊びにやってきた場所で、偶然に鉢合わせるなんて、何か運命じみたものを感じてしまう。もし彼女が妹で無かったら間違いなく恋に落ちているところだ…………って待てよ。そうじゃないだろ!
なんでわざわざ一人でこんなところに遊びに来てるんだ!栄に行きたいんならいつも通り俺を呼べばいいじゃないか!
「何考えてんだあいつ……」
そんな俺の疑問など知る由もなく、彼女は意気揚々として歩いていた。隊列の一員としててくてくと歩いているのだ。
彼女もデモ隊の隊員なのだろうか。俺のいないところでこんな活動をしていたなんてまったくもって知らなかった。
彼女は唖然としたままの俺に気づくこともなく、ただ流れるようにして群衆の波と共に進んでいく。俺はぼーっとその様子を眺めていたのだが、彼女が動くに連れて、さらなる問題点がちらちらと見え隠れしてきた。
俺の気のせいかな?っと目をごしごしこすってみるも、その問題点は消えない。寧ろハッキリとした体を備えて、俺の瞳に映り込んでくるのであった。
問題点は春香の向こうで、ちらりちらりとさらさらの金髪をちらつかせ、まるで俺に喧嘩を売っているようにまでみえる。なんなんだあの男は。春香の隣に立っていい男は俺だけと決まっておろうが。
時折見え隠れする顔には、なんとも楽しそうな笑みが浮かべられていた。それに合わせるようにして、春香も楽しそうにうなづいている。なんともいい雰囲気だ。
楽しそうに会話を交わし合っているふたりは、まるでお似合いのカップルのように微笑ましい様子で…………ってなめとんのか。しばき倒すぞ。
俺の妹に限って、あんなプリンみたいな髪色の阿保面と付き合うわけがあるまい。ありえない。というか絶対に認めない。どこの馬の骨とも分からんような奴に妹は絶対にやらん。
俺の心中はみるみるとイライラに満たされていき、湯気が湧き上がりそうなほどに憤怒していた。楽しそうに微笑む金髪頭をぎしぎしと歯ぎしりをしつつ睨めつける。
俺はしばし群衆の中にのめり込んでいくようにして2人を睨みつけていたが、だんだんとその影も遠くなっていってしまう。俺が手を伸ばしたところで2人には遠く届かない。
それはまるで、妹がどこか俺の知らないところへ行ってしまうような気がして、とてつもない恐怖の念に駆られるのだった。
「春香〜っ!」
無意識に俺は大声で妹の名前を叫んでいた。
周りの人は白い目でこちらを睨みつけていたが、春香たちはまるで気づく様子すらない。2人はずんずんずんずんと進んでいってしまう。一生懸命に張り上げた声ですら、この群衆の喧騒においては無力にも掻き消されてしまうのだ。
幾度も幾度も叫べど、その声が届くことはなかった。
そうして気付いた頃には、2人の姿はもう見えなくなっていた。
✳︎
もうどのくらい歩いたでしょうか?30分ばかりは歩きっぱなしのような気がしますが、まだまだ目的地にはつかないようです。
もしかしたら先頭の人はもう到着しているのやも分かりませんが、私たちのところからでは先頭の人を確認出来ません。前方は永遠に人、人、人です。
彼ら彼女らおよび私は、いったいどこに向かっているのでしょうか。
「あーつっかれたあ……」
彼は気だるそうな声を漏らします。それからなんとも退屈そうにふああと大きな欠伸をひとつしました。
「君は兄弟とかいるのかい?」
唐突に聞いてくるものだからふえっと変な声が漏れてしまいます。
私は冷静を装って、意気揚々と足を進めたまま答えます。
「ひとり情熱家の兄がおります」
「情熱家ねえ」といって彼は楽しそうにくすくすと笑いました。
「兄はどんな時でも暑苦しいのですよ。それに重度のシスコンで私にやたらべったりなんです、鬱陶しい兄ですよまったく」
私はため息まじり自嘲まじりにそう言います。自嘲といっても、別に自分自身のことを嘲り笑っていわけではないのですが……。
彼は私が話し終わると、またけたけたと楽しそうに笑い出しました。
「情熱家で妹想いのお兄さんなんて最高じゃないか。仲良くなれそうだ」
そう言って金髪の彼はまた笑い出します。くしゃっと顔を崩すような笑い方が、なんとも可愛らしいなあと思えました。なんとも彼は女性的な美青年なので、下手したら私より可愛いのでは?と嫉妬心が湧いてしまいそうなまであります。
それに初対面なのにこれだけ気楽に会話ができるなんて、どんだけコミュニケーション能力高いんだよって話です。きっと彼はさぞ周りの女性にもてはやされていることでしょう。
「そういえば君名前はなんて言うの?」
「春風春香です。春の風に春の香りとかいて、はるかぜはるかです」
「こりゃご丁寧にどうも。なんとも爽やかな名前だね結構結構。僕の名前は栢ノ木ひかる、華の高校二年生!」
きゃぴるんっと横ピースをかましつつアイドル風に自己紹介をしてくるあたり、彼は自分が可愛いということを知っているのでしょうか。たいへんに可愛いです。私の中の新しい何かが目覚めてしまいそうなまであります。
「私は華の中学三年生です。先輩は私よりも2歳年上なのですね。それに私の兄とも同い年です」
彼は「ほう同い年か」とさぞ嬉しそうに頷いて、どこか確信めいたような笑みを浮かべました。それが何を意味するかは、まだ今の私には分かりません。彼が私のことを「春風春香」だと認識して近寄ってきたことを、この時の私はまだ知りませんでした。
彼はころりと顔を変えて、不気味な笑みを隠すように再び口を開きます。
「じゃあ今年は受験生なんだね」
「そうですね。受験生です」
「こんなとこで遊んでて大丈夫かい?」
彼はそう言ってまたはははっと笑いました。彼は本当によく笑います。それになんとも人懐こい笑い方なので、こちらも全然嫌味に思えません。
彼が本当に面白いと思って笑っているかどうかは定かではありませんが、私は彼が笑う姿がとても好きでした。こちらもつい笑顔を誘われてしまいます。
「帰ったら勉強ですね」
「大変だなあ。頑張ってくれよ春香くん」
私は彼の応援にビシッと敬礼を返します。彼もそれに「うむ」と満足そうに頷き返すと、私たちは再び黙って歩き始めました。
私は時折背伸びをして前の景色をうかがってみるのですが、私の視界の内では未だ人が途絶えることがありません。ゴールはいったい何処にあるのやら。
「夏兄は今頃なにしてるかしら」
私は置いてきてしまった兄のことがほんの少しだけ不安になりました。
とはいえこれは兄のためなのです。仕方がありません。
私は「頑張れお兄ちゃん!」と応援の念を送り、再び歩き出しました。隊列は止まったり進んだりを繰り返しつつ、時にゆっくり時に軽快に進んでいきます。
私たちが目指すは未知の世界。
ゴールはまではきっともう少しかかるでしょう。




