第42話 隣にいないあの人
「――まずは、どれほど馬に乗れないかをみましょう。馬岱殿、どこからでもかかってきなさい」
馬の背にまたがり対峙する、イケオジさんと馬岱さん。
馬岱さん、こうやって見ると普通に馬に乗れそうに見えるけどな。
「……では」
訓練用の槍を構える馬岱さん。
顔も中性的でちょっと小柄、セミロングの美しい髪をなびかせながら構える姿は実に絵になる。
……馬の腹を挟む足が、ぷるぷるしていること以外は。
「……参ります」
すごい速さで槍を振り回す馬岱さん。
さすが文長さんと互角の勝負を繰り広げただけのことはある。
……だが、槍を振り回すたびに上半身が持っていかれ、その勢いのまま落馬。
「……参りました」
ここで馬岱さんが降参。
試合終了~!!
……え、嘘でしょ?
「…………」
……イケオジさんも絶句してる。
まあ、何もしてないのに参ったされたら、こうなるか。
「は~はっはっはっ! 馬にすら乗れないとは、武芸者失格だな!」
完全に悪役笑いの文長さん。
……否。さっきから弓の訓練をしているのに、矢が的に一発も当たらない文長さん。
文長さん。その点でいうと、あなたも大概ですよ?
「……」
「ん? なんのつもりだ?」
さすがにカチンと来たのか、馬岱さんが文長さんのところにずかずかと歩いていく。
そして弓を分捕り、その場で離れた矢は……すごい! ど真ん中だ!
「……矢が一発も当たらないとは、武芸者失格だな」
「は~はっはっはっ……決闘だ~~!!」
「……望むところ!」
ふたりが槍を構えた瞬間。
私の横を、閃光のような何かが飛んでいく。
そして閃光はふたりをかすめ、壁に深々と突き刺さる。
閃光を放ったのは……言うまでもない。イケオジさんが放った矢だ。
「……私闘を行った者、その場で処罰すべし。続けるなら、次は当てますよ?」
「……い、いつ構えた?」
「…………」
……はぁ。
化け物を見るのにも慣れてきたな。
「お見事な腕前ですね、ご老体 」
……当たり前のように私の隣にいて、槍まで構えているあなたもお見事です、子龍さん。
たぶん私の横を矢が通ると判断して、護衛のために一瞬で移動したんだろう。
……本当に、どうなってるんだこの人たち。
「……しかしまあ、こりゃ重症だな」
水筒を見ながら話しかけてくる蒲元さん。
なんかあの水筒、気に入られたみたいだな。
中のグリセリンを使い終わったら、あげちゃうか。
「お前さん、槍の構えとか弓の射ち方からして西涼のやつだよな? お前ら、馬が得意なんじゃないのか?」
「…………」
何も答えない馬岱さん。
……つまり、『私は例外です』という事か。
それにしても、馬岱さんは有名な一族だったのか。
まあ、私は西涼がどこかすら知らない人間なので、凄さが全然伝わってこないが。
「西涼の民は遊牧や馬の育成を生業としており、馬上戦が得意な者が多いのです」
「え……?」
「……? どうかしましたか、姫?」
「あ、いえ、解説ありがとうございます……」
……なんだ?
子龍さんが教えてくれたおかげで、状況は理解した。
私はこういう知識が皆無なので、こうやって説明されるのには慣れているが、なんか違和感が……
「それにしても、馬岱殿……でしたね。その名からして、かの有名な馬騰様の一族ですか?」
「……馬寿成様は叔父」
「おお、やはりそうでしたか! ということは、剛勇で有名な馬孟起殿の従弟ですか?」
「……え!? 孟起にぃば知っとっとですか!? はい! うち、強うて、誇り高うて、格好よか孟起にぃん従弟ばい!」
「「「…………」」」
……時間が止まった。
ちなみに、文長さんは爆笑している。
私はよく、変なこと言ってみんなをこういう状態にすることがある。
……なるほど、される側はこういう気分になるのか。
「……馬孟起様を知ってるの? 私は、敬愛する馬孟起様の従弟」
いや、言い直しても無駄だから!
ていうか、なんで九州弁!?
「と、とんでもない西涼訛りだな」
訛り……ああ、忘れてた!
私のチート能力(暫定)の自動翻訳だ!
中国語全然知らない私が、喋れる貴重な能力。
いつもお世話になっております。
……でも、訛りを博多弁で表現するのはやりすぎでは?
京都弁とか、大阪弁に聞こえる人とかいるのかな?
「お、お前……もしかして口数少ないのは、それを隠すためなのか!」
爆笑しながら話す文長さん。
ちなみに馬岱さんは、イケオジさんを涙まじりの目で睨んでいる。
『……こいつ殺す。私闘させろ』と、目で語りながら。
そして、そんな目線をイケオジさんは、ダメですと首を振ってかわす。
……うん、合掌。
「ま、まあ、分かりやすい弱点じゃねえか。ようは、上半身を動かしても落ちないようにすりゃいいんだろ? だったら、何をしても落ちないぐらい下半身を鍛えれば……」
下半身……たしかに、さっきも馬の腹を挟む足がぷるぷる震えてたな。
「「「…………」」」
……また時間が止まった。
改めて、馬岱さんの足を全員が見たわけだが……なにあの、むっちむちの太もも。
鍛える必要なんてないっていうか、もう限界まで鍛えきってるだろ。
あんなのでローキックされたら、私は骨が折れる自信があるぞ。
ちなみに、文長さんは爆笑している。
「……これは典型的な、馬に乗るのが苦手な者の特徴ですな。上半身を動かすことに集中しすぎて、足の締めが緩んでしまうんです」
「な、なら、上半身の動きを抑えれば……」
それを言う蒲元さんに、イケオジさんが首を振る。
どうやら、それをやっても無駄……もしくは、馬岱さんの戦い方に合ってないのだろう。
「理屈は大体分かった。ひと言で言うならば……お前は馬に乗る才能がない!!」
「……!?」
文長さんの言葉に、分かりやすくガーン! となる馬岱さん。
だが、文長さんに言われたのが悔しかったのだろうか。
「……そうだな。お前の弓と一緒だ」
「……なっ!?」
思いっきり言い返してる。
同じように、ガーン! となる文長さん。
「……もうダメだ……もうダメだ……もうダメだ……」
「………………」
そしてふたりは、また体育座りで心が折れる。
……実は仲いいだろ、この人たち。
「……旦那。あと、そっちのやたら強い若いの。何か助言は?」
「「…………」」
おそらくこの大陸最強クラスのふたりですら言葉が出ないらしい。
うーん、でも馬上で体を安定させるってそんなに大変か?
「難問だな。文長の弓が当たらない理由と同じで、理由は分かってるが克服が難しい」
「……え、俺の弓が当たらない理由が分かるんですか?」
「『体がでかすぎて小さい弓を扱いきれてない』のと、『引いたらすぐ撃つ癖』があるところだよ」
「え……その、初耳なんですが……!?」
「大弓かつ、しっかり引いて狙う前提で作られている和弓なら、多少は克服できるでしょうが……馬はどうしたものですかね」
「いや、さらっととんでもないことを言ってませんか!? 俺にとって、かなり重要な話をしていると思いますよ!?」
「あ、そんな事より、質問があるんですけど、いいですか?」
「そんな事より!? 月英様、それ自分には超重要な情報なのですが!!」
「馬について詳しく知らないんですけど……下半身が安定して、上半身を動かすのに集中できればいいんですよね?」
「まあ、そうなりますが……」
子龍さんが困った顔で見てくる。
その顔を見るに、これは『当たり前』なのだろう。
……だからこそ、困ったのだ。
(何度か馬に乗ったことがあるけど、下半身が動いちゃうなんてなかったぞ……?)
当たり前だが、私の太ももはそこそこぷにぷにだ。
自転車乗ったり、農作業をしたりはしているが、食べている量……こほん。
健康的なので、鍛えらているわけではない。
だが、足とか下半身の力で落馬しないようにしたとか、やったことがない。
言うならば、私の記憶とみんなが話している内容が嚙み合わないのだ。
(……うーん、何か原因がある気がするな)
そう思って、馬岱さんの乗っていた馬を見る。
……普通だ。現代の馬に比べてさすがに痩せているが、しっかりしている。
鞍もついているし、馬に原因はないようにみえる。
「あの、馬岱さん。この馬、私も乗っていいですか?」
「「「「……え!?」」」」
……やばい、今度は私が時間を止めてしまった。
え、私が馬に乗るのって重罪!?
なんで!? タヌキだからか!? タヌキは地べたを歩けって事か!?
「姫、馬に乗るならば、お手伝いいたします」
「え、いや、馬に乗るぐらい、私でもできますよ?」
「……ぶふっ!」
私の言葉に、吹き出す文長さん。
おいおい、久しぶりに出やがったな、失礼モードの魏延さん。
タヌキ舐めるなよ? 私のローキックだって、馬岱さん程じゃないだろうが痛いぞ?
「……いや、無理だろ。お前の身長で馬に乗るのは厳しいぞ」
「え、身長……? そりゃ、私はかなり低いですけど、馬に乗れないってほどじゃ……わわっ!」
子龍さんに、いわゆる高い高い状態で持ち上げられてる!?
「え、いや、何これ! なんですかこれ!?」
恥ずかしいのだが! かなり恥ずかしいのだが!!
「姫、暴れないでください。馬にお乗せしますので」
「いやいやいや、馬ぐらい私ひとりでも……」
そう思って、足を……あれ? なんか、足が引っかからないぞ?
「……姫?」
いや、そんな目で見ないでください子龍さん!
高い高いされながら、意味不明な謎の足の動きをしているように見えると思いますが、こっちは必死なんです!
「あれ、な、なん……で……」
……そして、私は気付く。
あるべきものがないことに。
馬具には基本的に付いているものがないことに。
「…………この鞍、鐙が付いてない?」
「鐙?」
「馬に乗る時、足場にするものですよ! 鞍についてるものでしょ? こういう、足の形をしているというか……」
もっと早く気付くべきだった。
馬岱さんのぷるぷるしている足とか太ももばっかり見ていて、足元まで見てなかった。
……なんか足ばっかり見ている変態みたいじゃないか、私?
「……あ~、聞いたことあるな。どっかの地方で、馬乗りの補助に付けてるところがあるって」
「え!?」
もしかして、この時代って一般的じゃないの?
だったらそもそも、どうやって馬に乗り続けて……あ。
「だから、下半身……? この時代の人って、足の力で馬上の体勢を維持してるの?」
「……この時代?」
「ああ、なんでもないです! それより馬岱さん! 馬のこと、文長さんみたいに道具でなんとかなるかもしれないです!」
「……え、ほんとね、タヌキしゃん!?」
「はい! ……おい、今なんて言った?」
「そんな事より、聞かせろお嬢ちゃん。和弓みたいになんとかなるのか?」
「そんな事より!? 私にとってかなり大問題なんですが!?」
さっき同じようなセリフを聞いた気がするが、まあいい。
とりあえず、気持ちを落ち着けて……ふう。
「なんとかなります。もちろん、完全に乗りこなせるようになるわけじゃないですが、少なくとも下半身の安定だけは保証します」
「今度はどんな道具だ? 言っとくが、和弓のこともあるから、作るのに時間かかるのは無理だぞ?」
「大丈夫です。そんなに時間がかかるものではないですから」
そう、大したことはない。
材料さえあれば、1日か2日でできるものだ。
「早速、用意してもらいたいものがあるんです、こうめ……」
……そして私はようやく気付く。
感じていた違和感の正体に。
「……姫?」
心配そうな顔をする子龍さん。
でも、申し訳ないけどそれどころではない。
……変だと思った。
いつも私の足りない知識を説明してくれる人が、私が無茶を言って、道具を用意してって言っても、やれやれという顔でしてくれる。
見えないところで私を助け、背中を押してくれるあの人が……
「……孔明様?」
――孔明様が、私のそばにいないのだ。




