入学式
数日後の,
広い講堂。
整然と並ぶ椅子と,新しい制服に身を包んだ生徒たち。
ざわめきが,波のように広がっている。
「……人,多いですね……」
嶺羅が小さく呟いた。
「そりゃ入学式だしな」
ダリアが気の抜けた声で返す。
その横で。
「……」
浅葱は,ただ周囲を見ていた。
人の数。
声の重なり。
空気の揺れ。
すべてを,確かめるように。
―――――――――――――
やがて。
壇上に,一人の人物が立つ。
ざわめきが,すっと消えた。
「新入生諸君,入学おめでとう」
低く,よく通る声。
「諸君らは,本日よりこの学園の一員となる」
ゆっくりと,言葉が紡がれていく。
「この世界は,魔力によって成り立っている」
「それは大気に満ち,大地を巡り,あらゆる生命の内を流れるものだ」
浅葱の視線が,僅かに動く。
「我々はそれを扱い,技術とし,文明としてきた」
「火を灯し,都市を築き,空を渡る――」
「それらはすべて,魔力の恩恵に他ならない」
静かな空気の中で,言葉だけが響く。
「そして諸君らがこれから学ぶのが」
「その“扱い方”だ」
一拍。
「魔力を外に行使する技術を“魔法”」
「個人に宿る特異な現象を“魔術”と呼ぶ」
ざわりと,小さな反応が起こる。
「魔術は,個々に異なる」
「同じものは,二つと存在しない」
「ゆえにそれは,個であり,才能であり――時に,危険でもある」
空気が,少しだけ張り詰めた。
「そして――その魔力の源についても,諸君らは学ぶことになる」
校長の声が,わずかに重みを帯びた。
「この世界の中心には,“世界樹”が存在する」
講堂が,ほんの僅かにざわめく。
「大地の深くに根を張り,空の果てに届くとされる巨大な樹」
「魔力は,そこから生まれ,巡り,やがて還る」
浅葱の視線が,ゆっくりと上がる。
「我々の文明は,その循環の上に成り立っている」
「言い換えれば――」
一拍。
「世界樹が在るからこそ,我々は存在できている」
静寂。
「だが」
校長の声が,僅かに低くなる。
「その全てが解明されているわけではない」
「むしろ,分かっていないことの方が多い」
「過去には,世界樹に干渉しようとした者たちもいた」
「そして――その多くは,記録から消えている」
空気が,明確に張り詰めた。
「ゆえに,諸君らは知るだろう」
「この世界の恩恵と,同時に」
「その不可侵性を」
言葉が,静かに落ちる。
「そして」
校長は,ゆっくりと視線を巡らせる。
「この世界には,それらすら逸脱するものが存在する」
「魔力に依らないもの」
「測定できないもの」
「理から外れたもの」
講堂の空気が,僅かに揺れた。
「それらは協会により管理され,観測され,必要とあらば排除される」
その言葉に。
数人が息を呑む。
「諸君らも,いずれ関わることになるだろう」
静寂。
「この学園は,それらに対抗する力を育む場所だ」
「力を持つ者が,力に呑まれぬように」
「未知に対し,無知で終わらぬように」
そして。
「――理解するために」
言葉が,静かに落ちた。
―――――――――――――
「……なんか,思ってたより重くないですか?」
嶺羅が小声で言う。
「毎年あんなもんだろ」
ダリアが適当に返す。
「いやでも,“排除”って言いましたよ……?」
「そういう仕事もあるってことだ」
「いや軽く言いますね!?」
その横で。
「……測定できない」
浅葱が,ぽつりと呟いた。
「……私?」
嶺羅が振り向く。
「……分からない」
浅葱はそう言って,壇上を見つめたままだった。
―――――――――――――
入学式が終わり,人の流れが動き出す。
「そういえば!」
嶺羅がぱっと顔を上げた。
「前の学校の友達と,同じ部屋になったんですよ!」
「へぇ」
ダリアが気のない返事をする。
「浅葱のことも紹介しなくちゃですね!」
「……うん」
浅葱が頷く。
人の流れに乗りながら,寮へと向かう。
―――――――――――――
寮の廊下。
扉の前で,嶺羅が深呼吸をする。
「よし……」
少しだけ緊張した声。
「いきますよ」
ガチャ,と扉を開けた。
その瞬間。
「だーかーらー!!それは違うって言ってんだろ!!!」
「いーや違わない!!!絶対こっち!!!」
怒鳴り声が,飛び込んできた。
「え」
一歩踏み入れた瞬間。
何かが,こちらに向かって飛んできた。
「ちょ――」
――バシィッ!!!
「いっっっったぁあああ!?」
嶺羅の顔面に,枕が直撃した。
衝撃でよろめく。
「……なにこれ」
呆然とした声が漏れる。
部屋の中では。
まだ,言い争いが続いていた。
「だからさぁ!!」
「そっちが間違ってんだって気付けや5歳児!!」
まるで,こちらの存在に気づいていないかのように。
騒ぎ続けている。
「……」
浅葱は,その様子をじっと見ていた。
――静かに。
ただ,観察するように。
そして。
「……ここも」
小さく呟く。
「……違う」
誰にも聞こえないほどの声で。




