深夜の逃走劇
少女は空へと逃げた。
高度を上げ、見上げなければ見えない。
……けど。
問題はない。
なんだか、追いつける気がする。
根拠はない。
だが、事実として。
私は追いついている。
速度は、おおよそ原付程度。
それでも。
届く。
前を行く少女の目が、驚愕から恐怖へと変わっていく。
……気のせい、だろうか。
屋上を蹴る。
跳ぶ。
空中で距離を詰め、追いついた。
「なぁんで着いてくんの!? ねぇ!! なんでこの速度で追いついてくるの!?」
少女が叫ぶ。
騒がしい。
けれど、少しだけ楽しい。
ほんのわずかに、口元が緩む。
その瞬間。
少女が、信じられないものを見る顔をした。
――と。
「―――止まれクソガキぃ!!」
横から、鋭い声。
同時に。
視界に、何かが突き出た。
――棒状の物体。
避けるより早く、
ゴッ。
衝撃。
顔面に直撃した。
「しゃおらぁ何しようとしてやがったか正直に答え――……あ゛?」
望遠鏡が、歪んでいる。
そして。
私は、無傷だった。
「……なぁんで????」
「……なぁんで????」
声が、綺麗に重なった。
―――――――――――――
……は????
ちょっと待て。
この望遠鏡、鉄製だぞ。
なんでひしゃげてやがる。
さっき、思いっきり顔面にぶち当てて――それで。
無傷。
……はぁ???
嫌な汗が、背中を伝う。
……やばい。
本能が、警鐘を鳴らす。
「やっっっべぇこの望遠鏡クソ高ぇのに!!!」
「んな高いやつで人ぶん殴るな!!!」
……正直、それどころじゃない。
私は一歩、そいつから距離を取る。
気づかれないように。
視線は外さない。
――なんだ、これ。
「……おい、嶺羅」
声を落とす。
「それ、本当に“人間”か?」
―――――――――――――
「ま〜……取り敢えず」
頭を掻く。
「家、来るか?」
その一言に、嶺羅からとんでもない視線が飛んでくる。
「いやまぁ、確かに怖いけど……」
肩をすくめる。
「このまま野放しにする方が、よっぽど怖ぇだろ」
一瞬の沈黙。
「それも、そうですか……」
――決まり、だな。
その間。
当の少女は。
何事もなかったかのように、空を見上げていた。
……感情が、読めない。




