第29話 クリパー 思い遣り④
詩織ちゃんは涙をたくさん流していたので喋るのは無理かなと思ったが、しばらくして話してくれた。
「び、病院の患者様とそのご家族、また、職員の人達、そして、ひかるさん、愛理栖ちゃん、お姉ちゃん。こんな大勢の人達に私の書いた童話を知ってもらえて、私は感動のあまり言葉がおもいつきません。
本当に、本当に、ありがとうございました」
詩織ちゃんに向けて盛大な拍手がまきおこった。
すると、詩織ちゃんは僕と愛理栖がいる場所に歩み寄り、語りかけてきた。
「ひかるさん! 愛理栖ちゃん!
私、理由がわからなくて。お2人には何にもメリットがない事なのに、どうして私なんかのためにここまでして頂けるんですか?」
「それは決まっているよ。
詩織ちゃんは僕たちのとっても大切な友達だもん!友達に協力するのに理由なんていらないだろ?」
僕は詩織ちゃんに笑顔でそう伝えた。
「友達? 私が…? 友達に……本当にいいんですか?」
詩織ちゃんは驚いたようにそう聞いてきた。
「もちろんよ! 詩織ちゃん、
私、 ひかるさん、 奏さん、
私たちはみ~んな大切なお友達だよ!
頑張ったね。 病室でずっと一人で、
いいえ、お姉ちゃんと二人で頑張って来たんだね。
でもね、これからはもう寂しくないよ。
だって、 これからは私たちも一緒だもん!
もちろん病院の人達もね」
愛理栖は元気よくそう言った。
「嬉しい……」
詩織ちゃんは目にたくさん涙を浮かべてそう答えた。
「詩織、よかったね。
頑張ってきて本当に本当によかったね」
観客席では奏ちゃんが泣きながらそう言っていた。
「それではここでもう一方ゲストをお呼びしましょう。シンガーソングライターの奏さん!
お願いします!」
会場の視線が一斉に奏ちゃんに向けられた。
彼女は一瞬立ち尽くし、驚いた表情を浮かべた。
「え? うち?え~と、 あの~」
奏ちゃんはまさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかった様子でびっくりしていた。
会場の視線が彼女に集中する中、緊張が増していくのが感じられた。
僕は続けた。
「奏さんは詩織先生のお姉さまなんですよね?」
「その変な喋り方やめてよ。
そうです、うちが姉……です」
奏ちゃんは照れながらも、少し固い笑みを浮かべて答えた。
「奏さんはシンガーソングライターらしいですが、 詩織先生の童話の歌詞で歌っていらっしゃると聞きましたがそれは本当ですか?」
僕は優しい口調で尋ねた。
「本当です」
奏ちゃんは深呼吸をして答えた。
その瞳には、少しばかりの不安と大きな決意が宿っていた。
「それでは奏さん。 ここで一曲お願いします。 どうぞ!」
僕が元気よく促すと、会場の照明が少し暗くなり、奏ちゃんの周りに柔らかなライトが当たった。
「…………」
「それでは、 どうぞ!……、
あの~、 奏さん?」
「…………」
「お姉ちゃん……」
奏ちゃんは一瞬黙ったかと思うと、またいつものテンションで話しだした。
「ちょっと冗談でしょ? おじさん後でコロス!」
しかし、奏ちゃんは心の中で自分に言い聞かせながら、一歩前に出た。
「これは詩織のため。みんなのために、
心を込めて歌おう」
伴奏が入り、ボーカルのパートが始まると、
奏ちゃんはマイクを手にした。
「お姉ちゃん……」
妹が固唾を飲んで見守る中、
奏ちゃんは元気よく歌を披露してくれた。
そして、僕達のサプライズは大成功に終わった。
病院の待合室には静かな空気が漂っていた。
「お姉ちゃん今大丈夫?」
詩織ちゃんは心配そうな顔で姉に声をかけた。
「詩織からうちを呼び出すなんて珍しいじゃない。どうしたの?」
奏ちゃんは驚いた様子で振り返った。
詩織ちゃんは一瞬躊躇したが、意を決して話し始めた。
「実はね、お姉ちゃんが喉のことで入院が必要だって知ってるんだよ!」
奏ちゃんは一瞬固まった後、驚きの表情を浮かべた。
「どうして詩織がそのこと知ってるのよ?」
「お姉ちゃんが飲んでたお薬の袋を調べたの。中の裏紙に手術のことが色々書き込んであったから。勝手に見てごめんなさい」
詩織ちゃんは申し訳なさそうに答えた。
奏ちゃんはため息をつきながら答えた。
「そうだったのね。心配かけたくなくて黙っていたの。
うちこそ、今まで秘密にしててごめんね、詩織」
「ううん、いいよ。お姉ちゃんはいつも私のために頑張ってくれているから。
私、お姉ちゃんには本当に感謝しているんだよ」
詩織ちゃんは優しい声で言った。
「ありがとう、詩織」
奏ちゃんは涙を浮かべながら微笑んだ。
詩織ちゃんは少し真剣な表情に変わり、続けた。
「でもね、お姉ちゃん。今の声のままでオーディションに出て大丈夫なの?」
奏ちゃんは驚いて問い返した。
「どうしてそんなこと聞くの?」
詩織ちゃんは切なげな目をしながら答えた。
「お姉ちゃんは今の声のコンディションでたくさんの人に歌を聴いてもらいたいなんて本当は思ってないんじゃない?」
奏ちゃんは一瞬言葉を失った。
「詩織、どうしてそれを…?」
詩織ちゃんは姉を見つめ、真実を語った。
「さっきだって、歌う前に浮かない表情してたよね?
お姉ちゃんは私のこと誰だと思ってるの?
私はね、大好きなお姉ちゃんのこと、
世界で一番知ってるんだから」
「詩織、うちがただ強がって無理してたわ。ごめんね、本当にごめんね」
奏ちゃんは涙を流しながら言った。
詩織ちゃんは優しく微笑みながら言った。
「お姉ちゃん泣かないで。今回のオーディションは残念だけど、ちゃんと喉を治して、
私たちの最高の歌をみんなに聴いてもらおう!ね?お姉ちゃん」
「詩織、うちは、うちは。
うちは絶対、また最高にいい声で歌うからね」
奏ちゃんは感極まり、妹の華奢な肩をギュッと抱きしめた。
そんな二人の姿を僕は目の当たりにした。
自分にも勇気や希望を貰えたような気がする。
僕はなぜか嬉しくなった。
海の風が頬を撫で、遠くで波の音が聞こえる。夕焼けに染まる浜辺で、僕と愛理栖は奏ちゃんに別れの挨拶をしていた。
そのときだった。詩織ちゃんが焦った様子で僕達に駆け寄ってきた。
「ひかるさ~ん!愛理栖ちゃ〜ん!」
遠くから聞こえてくる詩織ちゃんの声に、
僕たちは振り返った。
「お姉ちゃん、さっきから電話しても出なかったからここかなって思って…」
詩織ちゃんは少し息を切らしながら姉に言った。
奏ちゃんは優しい笑顔でそんな妹を迎えた。
「詩織ちゃん、お世話になりました。
童話の執筆頑張ってね!」
「愛理栖ちゃん……。
私の方こそ、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました」
詩織ちゃんは感謝の気持ちを込めてそう答えた。
ぼくは笑顔で二人に言った。
「僕らの方こそ。ありがとうね、詩織ちゃん、奏ちゃん。
それとさ……」
もったいつけるかのように会話を途中で止めた僕は、
詩織ちゃんの方を向き続けた。
「今度僕がトランプと人生ゲームを持ってくるから、4人で遊ぼうよ!」
「はい!ただし、私トランプ強いですよ~!
楽しみに待ってますね」
詩織ちゃんは明るく答えた。
「またねー!さよなら」
「さよならー!元気でね」
詩織ちゃんとの別れを惜しみながら、
僕たちは愛理栖のお母さんの家へと向かった。
海岸線に沿って車を走らせ、
そして、ついに目的地に到着した。
「ちょっと待ってください!」
あろうことか、愛理栖は突然、
僕の手を強く握り、そして引き止めた。
愛理栖の家まではまだ若干距離はあった。
それは、玄関の前にいる人が誰なのか辛うじて見分けられるくらいのギリギリの距離だった。
僕がスマホのカメラでズームしてみると、
玄関には、たしかに愛理栖のお母さんらしき女性の姿が見えた。
しかし……。
愛理栖の体は大きく震えていた。
「お母さん……」
愛理栖は、かすれた声でそう呟いた。
長い間会えなかったお母さんの姿。
愛理栖は、複雑な気持ちでいっぱいだったのだろう。
喜び、不安、そして、少しの寂しさ。
しかし……。
僕は、今愛理栖に何と声をかけたらいいか。
これからどうすればいいのか、わからずにいた。
※今回の要約※
詩織の病気をきっかけに、愛理栖とひかるは奏と協力し、詩織の書いた童話を紙芝居に。奏は歌で参加。
愛理栖の母の居場所がわかったという知らせを受け、ひかると愛理栖は奏と詩織とお別れをした。
愛理栖は母親と再会するが、複雑な気持ちを抱く。
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