>>後編
「何の事でしょうか……?」
突然わたくしに頭を下げてきたヒロインネフィーさんにわたくしは心から不思議そうな顔をして首を傾げた。
学園の教室で突然始まった騒ぎに友人たちがわたくしの側に寄って来てくれる。わたくしはそれに目でお礼を伝えて口を挟まないでいてもらった。
惚けたわたくしにネフィーさんは一瞬傷付いた顔をしたけれど直ぐにまたわたくしに向かって頭を下げた。
「っ……!分かっています!
私が浅はかだったのです!
完全に調子に乗ってました!
リゼリーラ様の事をちゃんと考えてませんでした!!
補正があると思ったんです!!
【聖真】なら私に有利だって思っちゃったんです!!
馬鹿でした!!理解しました!!
もう変な事しないので、もう許して下さい!!!」
ネフィーさんはその美しい声を張り上げて謝罪する。勢いのままに発言している様でいて、言葉の内容は他の人には全く理解出来ないものになっている。これを聞いてわたくしを非難する人はいないでしょう。
だって完全に奇行です。
わたくしはどちらかと云えば『おかしな人に絡まれた人』でしょう。
「……困ったわ……
わたくしはただ平穏に暮らしたいだけなのに……」
「わかります!!私も平穏がいいです!!」
噛み合わない会話に周りに居る学友たちが困惑した表情をする。わたくしもあまり会話を続ける訳にもいかないのでネフィーさんの言葉を信じてみようかと思った……。
「……【聖真】誠意、神殿でお祈りされれば許されると聞きましたわ……?
ネフィー様は聖女様ですもの……きっと神がその御心を解きほぐしてくださいますわ」
周りでわたくしたちのやり取りを見ているみんなに向けて困った様に苦笑した表情をしてネフィーさんにそう伝える。周りで聞いている人にはネフィーさんの発言に困って当たり障りのない返事をした様に、ネフィーさんにだけわたくしが言いたい事が何となく伝わる様に。
「はい!
私は聖女として生きていきます!!」
そこまで求めていたつもりはなかったのだけれど、わたくしの言いたい事を汲み取ってくれたネフィーさんは下げていた頭を上げると真剣な顔でそう宣言して教室から出て行った。
教室の扉から出て行く時に教室内を振り返って「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした!」と頭を下げてから出て行かれましたわ。
その後わたくしは教室中のみんなから質問攻めにされましたけれど、「わたくしにも何も分からない」で通しましたわ。
だって言えませんもの。
最近ネフィーさんが悩まされていた『見えない何か』がわたくしの魔法だった、なんて、ねぇ……。
友人たちは「ネフィー様って不思議な方ですのね……」と言って無理やり納得されてましたけれど、ヘリオッド様が
「侯爵令嬢のリゼにあの態度はなんだ!?聖女だからと言って許されていいのか!?」
と言って怒ってしまわれたのでそちらを宥めるのが大変でしたわ。
まぁヘリオッド様はわたくしがじっと目を見て話しかけ続ければ機嫌が良くなるので時間はそこまで取られませんでしたけれど。
◇ ◇ ◇
その後、教会に帰られた聖女ネフィー様は精力的に人々を治癒する為に動かれ、国中を周る為に学園を自主退学されて行きましたわ。
わたくしはネフィーさんに数日ぐらい学園を休んで教会で反省して自演をしない様になってくれればそれでいいと思っていただけだったので、学園まで辞めてしまったネフィーさんに慌ててお手紙を出しましたわ。
しかし届いたお返事には、
『この世界がゲームの世界とか関係なく自分自身の為に生きていいのだと気付いたら学園で勉強するのとか貴族の社交とか考えるの嫌になっちゃった!人助けして感謝されるの嬉しいし、もしかしたら私の両親がまだ何処かにいるかもしれないから、学園になんて囚われてられないわ!私はこの世界を隅々まで見て周るから、リゼリーラ様は貴族の世界で頑張って!!チャオチャオ!悪役令嬢は破滅して当然とか思っちゃってゴメンね!!優しいリゼリーラなら大歓迎よ♪チュ♡』
この世界の文字を器用に丸文字にして書かれた手紙には驚かされましたわ。彼女の今後の活躍には期待しかない……。
そして彼女の手紙を見て気付いたの……。
悪役令嬢に転生した事に気付いて『悪役令嬢にはならない』と思ったけれど、わたくしは未だに何も変わらない『リゼリーラ』のまま。流れに身を任せて言われるままに勉強して……。
もうリゼリーラがラスボスになる事はないけれど、このままただのリゼリーラとしてヘリオッド様と婚姻して王子妃として王城で暮らしていって……わたくしはそれで楽しいのかしら…………。
考えた事もなかった事……今まで一度も考えもつかなかった『自由に生きてもいいのでは……?』という考えに、わたくしは囚われた……。
そんなわたくしに直ぐに気付いたヘリオッド様の猛攻撃にわたくしは学園を卒業する時にはもう完全にヘリオッド様に惚れてしまっていて、ヘリオッド様の側から離れるという選択肢が取れなくなってしまうのでした……。
……愛される人生というものも良いですわよね……♡
あぁそうそう、乙女ゲーム【聖女の愛は真実の愛です♡】の前世のわたくしの最推しは悪役令嬢リゼリーラの義弟エリク・バラディナだったのです。
サラサラの薄茶色の髪を少し長めに伸してその前髪の隙間から覗く赤い瞳か素敵な年下キャラ♡
性格の悪い姉に虐められ、婚約者さえ第2の悪役令嬢と呼ばれる性格の悪さで心を病み、その病み具合からプレイヤーからは『病みエリク』と呼ばれていた程に捻くれちゃうエリクを聖女なヒロインが癒して救うのよ。
ゲームの中では素直になれない女性不信な年下キャラのエリクに萌えたけど、実際にエリクか義弟になったら萌えとか吹っ飛ぶわね。
幼いエリクに「……おねぇさま」って呼ばれた瞬間にわたくしの推しへの愛は全て母性へと進化したわ。
可愛いエリクを守る為、ゲームでは第2の悪役令嬢と呼ばれた婚約者を姉の力で引き剥がしてわたくしが認めた心清らかな令嬢を婚約者にする事に成功して『病みエリク』になる事を永久に阻止したわ。
立派に『婚約者一筋の男』に育ったエリクにわたくしも鼻が高いの。
なんで転生したのか不思議だったけれど、推しキャラの人生を幸せにする事が出来たから、それだけで理由なんてなくてもいいかなって思えるわ。
わたくしはこれからも『平穏』な日々を求めて力を使うだけ……。
──『聖女と最強の王妃がいる国』
なんて将来呼ばれるけれど……
わたくしこれもしかして怖がられてる?(°ロ°)
[完]