僕は魔女の弟子 前編「心が動くのはあなただけ」
弟子のレンブラント視点
親に捨てられて死にそうになっていたら、おばあさんに拾われた。
その人を見た瞬間、前世の記憶を思い出した。
あ、この人、杏奈さんだ。
『大丈夫』
『すぐ助けが来るからね』
『レン君とリンちゃんか。私の名前はアンナっていうの。ちょっと似てるね』
自分自身が血だらけになりながらも声をかけ続けてくれた前世の命の恩人。
痛いはずなのに、僕達を安心させるためか最後まで笑顔だった優しくて強い人。
双子の妹の凛と、退院したらお礼を言いに行こうねと楽しみにしていたのに。やっと会えると喜んだのも束の間、遺影と対面なんてあんまりだ。
そのせいか、ずっと忘れられなかった。
忘れたくなかった。
助けてもらった命を粗末に扱うなんてできない。
できるだけ長く、杏奈さんの分まで生きようと頑張ったけれど、髪が全て真っ白になる頃に、交通事故に巻き込まれて呆気なく死んでしまった。
生まれ変わった世界で、なぜ顔も声も全く違うおばあさんを杏奈さんだとわかったのか謎だが、そんな些細な事よりも再び出会えた喜びのほうが大きかった。
前世に続き今世も死にそうなところを助けてもらった。何かお礼がしたい。離れるなんて考えられない。
「お前さん、魔女の弟子になるかい?」
「はい、是非! お願いします」
即答した事に後悔なんてない。そばにいられるのならどんな立場でもよかったんだ。
この日、僕は魔女の弟子となりレンブラントという新しい名前をもらった。
「師匠、どうして僕の名前はレンブラントなんですか?」
師匠は僕をレンと呼ぶ。前世の僕の名前も廉だ。
もしかしたら杏奈さんも前世の記憶があるのかもしれない。
「んー、レンって顔してたからね。ほとんど勘さ。気に入らないかい?」
「いえ、気に入りました。大好きです」
「そうか」
大好きと告げると目尻のしわをより深くして杏奈さんが笑う。
新雪と同じ真っ白な髪と、雲ひとつない青空の一番美しい色をはめ込んだような澄んだ瞳。
自然と惹きつけられる。おばあさんでも綺麗だと思った。
さりげなく日本にしかない言葉を話に織り交ぜたら「最近の若い子はいろんな言葉を知ってるね」と感心されたので、杏奈さんに前世の記憶はないみたいだ。
無意識だとしても、僕の事をわかってくれているみたいで嬉しかった。
できれば、もう一度『レン君』と呼んで欲しかったけれど、そこまで望むのは贅沢すぎる。
記憶がなくてもいい。
これからは弟子としてずっとそばにいよう。
まあ、修行は地獄だったけど。
何度も死にそうになったけど。
ひとつできることが増える度「さすが私の弟子だ」「よくやった」とたくさん褒めてくれるから、次も頑張ろうと思えた。
◆
師匠の弟子として何年か経ち僕は十歳になった。この頃になると、薬の在庫や材料の管理を任されるまでになっていた。
師匠はひとつの場所に留まらず、各国を気ままに渡り歩く。
同じ材料で薬を調合しても、僕だと普通の傷薬、師匠だと欠損部位まで再生する薬ができてしまう。そのため、立ち寄る先々で何かとトラブルに巻き込まれるためだ。
大金を積んで薬を作ってくれと懇願されるならまだマシ。時には子どもを使って情に訴えてきたり、暴力で言う事を聞かせようとしてくる奴もいた。
とある国で僕が攫われかけた時、師匠が怒り狂って周辺を更地にしてしまった事がある。
その国の王がわざわざ謝罪に来るほどの大事になった。国の頂点に君臨する人物を当たり前のように呼び捨てにしていた師匠。魔女は王さえも傅かせる存在なのだと知った。
「師匠の手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「気にするんじゃないよ。むしろ魔女の弟子になったせいですまないね」
「いえ、師匠には良くしていただいております」
落ち込んだ僕を見て、師匠がオロオロと焦り出した。
「いや、そのっ、この国には二度と来ないから……えっと、あー、次はブラウニア王国に行こうか。あそこは菓子が美味しいらしい」
「……はい」
完全に子ども扱いだけど、甘い物で慰めようとしてくれる師匠の優しさが嬉しい。胸の奥深くがくすぐったい。
ブラウニア王国の国境付近の森で、師匠が急に歩みを止めた。
「師匠?」
突然師匠が消えた。いや違う。走り出したんだ。目にも留まらぬ速さで。
急いで追いかけると、深い森の中なのに十人ほどの武装した男達がいた。全員地に伏している。その中心には怒気を隠しもしない師匠。
師匠がやったんだ。
近くの木には手足を縛られた女の子が頭から血を流していた。
「レン、近くに川があっただろう。そこでこの子の手当てをしておあげ」
「かしこまりました」
治療だけならここでもできる。暗にこの男達に尋問するから声の届かない場所に行けと言われている。
女の子の怪我は浅かった。
よかった、これなら傷痕も残らないだろう。
軽く止血をして抱き上げると、女の子と目が合う。
「……凛?」
「やっぱり廉だ」
杏奈さんに続き、双子の妹の凛とも再会した。
川に移動して怪我の手当てをしながら、お互いの事情を報告し合う。
前世の僕が交通事故に巻き込まれて死んだように、凛も別の場所で死んでいたようだ。
「急に胸が苦しくなってね、心臓発作かな?」
生まれた日が同じ双子は死んだ日も同じだったらしい。そして生まれ変わり、誘拐され殺されかけたところを助けに来た師匠の姿を見て前世の記憶を思い出したと。
僕と同じ思い出し方に思わず笑ってしまった。
「凛が無事でよかったです。誘拐されるなんて心当たりはありますか?」
「わたくし、これでも公爵家の娘ですのよ。王子殿下の婚約者ですし、死んで利を得る人はたくさんいますわ」
先程までの砕けた口調から、急にお嬢様言葉になった凛。高飛車な感じが妙に様になっている。
「それより廉。ここは乙女ゲームの世界みたいなの」
「乙女ゲームってあの?」
毎年お墓参りと杏奈さんの実家へ挨拶に行っていたから、家族ぐるみで仲良くなって、生前の杏奈さんの部屋にも入れてもらえるようになった。
そこに置いてあったゲーム機とソフト。僕は意味がわからないと途中でやめたけど、凛はハマって楽しんでいたやつだよな?
「ええ、そうよ。殿下や義弟は攻略対象と同じ名前だし、わたくしは悪役令嬢と言われる存在で間違いないわ。レンブラントも出てくるわよ」
「は? 僕も?」
「魔女を憎んで復讐するキャラよ」
「はあっ⁉︎ 恨んでねぇよ!」
思わず声を荒げて否定する。「廉、素が出てる」と凛に指摘され言葉遣いが崩れた事に気づいた。慌てて元に戻す。
「とにかく、僕が師匠を恨むなんてありえません」
恨むより僕は師匠が好きだ。心が動くのは師匠だけ。
「廉の態度を見ればわかるわ。わたくしだって、助けてくれた杏奈さんがラスボス魔女になるだなんてとても信じられないもの」
「僕と凛に前世の記憶がある時点で、ここは乙女ゲームと似た世界って認識でいいんじゃないですか」
「それはそうなのだけれど、ここがクリスタルシリーズの何作目かわからないから不安で……」
「クリスタルシリーズ?」
凛の話では、クリスタルシリーズは全四部作で構成されていて、一作目『初恋クリスタル』と二作目『恋愛クリスタル』はヒロインがそのままで攻略対象が変わるだけ。
問題は、三作目『愛情クリスタル』と四作目『最愛クリスタル』らしい。
「三作目は悪役令嬢が主役で、四作目は魔女が主役なの」
ちょっと待て。乙女ゲームって、一人のヒロインが複数の男と恋愛を繰り広げる話だったはず。
「凛はともかく、師匠はおばあさんですよ?」
「若返るから問題ないわ。ただ、若返りの秘薬が未完成で一年という期限付きだったけどね。ハッピーエンドでは秘薬が完成して、完全に若返るわよ」
若返りの秘薬。
師匠のレシピは毒以外すべて把握しているが、そんな記述は一切なかった。
これから師匠が作り出すのだろうか。
「しかも、三作目から年齢制限が上がって肌色率が多くなるっていうか、その……ね。バッドエンドもひどい死に方が増えるのよ」
「肌色率も気になりますけど、死ぬってどんな」
詳しく聞こうとしたその時、人が近づく気配と枯葉を踏みしめる軽い音がした。凛を背にかばい戦闘態勢をとる。
「レン、待たせたね。途中で薬草も摘んできたからお嬢さんの傷に……って、どうしたんだい?」
姿を現したのは師匠だ。
安堵とこれからの未来で死んでしまう可能性を知り、思わず抱きついていた。
「わたくしが誘拐された経緯を聞いて心を痛めてしまわれたようなのです。優しい方ですわね」
「レンも最近攫われかけたからね。重ねてしまったんだろう」
「まあ、そうでしたの」
凛が咄嗟にフォローしてくれたけど、抱きつくぐらい普段からしている。人前ではやらないだけで。
「ご挨拶が遅れました。わたくしはカリンディア・ピエーレと申します。助けていただきありがとうございます」
「……ピエーレ。ブラウニア王国三大公爵のひとつじゃないか。そりゃ誘拐されるわ。しかもお嬢さんは可愛いしね」
「可愛いなんて、そんな」
師匠に褒められて凛が照れている。
いつもだったら、僕だって毎日褒められてるし、今だって頭を撫でてくれてるし……と、心の中でマウントをとるけど今はそれどころじゃない。
頭の中は乙女ゲームの事でいっぱいだった。
師匠が恋愛する。色んな男達と。……僕以外の誰かと。そしてひどい死に方を迎えるらしい。それは凛も同じ。
この世界で杏奈さんと再会できて、同じ時を歩めるのなら、どんな関係でも立場でも嬉しかった。
前世はそれさえも叶わなかったのだから。
会いたいと思っても会えない。
杏奈さんの声からどんどん忘れていく。
杏奈さんの顔も、動かない笑顔の白黒の遺影を真っ先に思い出すようになってしまった。
違う。僕が思い出したいのは、助けてくれた時のあの顔なのに。
それが今は、毎日言葉を交わして、色んな表情を見る事ができて、当たり前のように横に並んで一緒に歩く。「レンは私の自慢の弟子だよ」と師匠の人生の一部に僕を加えてくれる。
それで充分幸せだったはずだ。
これ以上は望んじゃダメだ。
それなのに、師匠が誰かと愛を交わすところを想像しただけで、ドス黒い感情が溢れ出てくるほど、僕は欲張りになってしまった。
何より今世では、師匠には寿命まで生きてほしい。苦しんで死ぬなんて認めない。
師匠は僕が必ず守る。
きっとこのために前世の記憶を思い出したんだ。
魔女
魔女達は個々の能力もさることながら物理的な戦闘能力が笑っちゃうぐらい高い。
命令されることが大嫌い。従わせることは困難。
過去には気に食わない国を消し炭にした魔女もいたため、歩く災害と言われ怒らせないようにすることが暗黙の了解となっている。
劇薬の魔女は、はやり病が蔓延すると特効薬のレシピを無料で公開したり、戦争が起きると敵味方関係なく傷を治療したため、魔女の中でも比較的優しいのでは? と思われていた。
そのせいで能力を欲しがる権力者達に狙われ続ける。
弟子を攫ったことにより劇薬の魔女が怒り狂い周辺を更地にし、草一本生えない荒廃した土地に変えてしまった。
魔女に手を出すべきではない。