月を纏う 夜空を纏う
街灯の強い光。僕を主人公にしてくれるスポットライト。
月の優しい光。僕を包み込む特上の衣装。
軽やかに、小気味よく音を立ててアスファルトの地面を蹴っては、それらを交互に浴びる。
低く唸るような音に立ち止まって後ろを振り向けば、1台の車が僕を追い越して行った。それを見送った僕は意識して息を1つ吐いて、また道を歩き始める。
鍵穴の縁に鍵を何度かぶつけた。幾ら月明かりが僕を着飾っても、夜を照らしきるには少し頑張りが足りないらしい。
指に鍵を当てて少しずつ穴へと誘導してやれば、力を入れなくても吸い込まれるようにその身を暗闇へと推し進めていく。
そうして闇と一体になった鍵を左に回してやれば、スコン、と乾いた音が響いた。
「ただいま」なんて気の利いた言葉はとうの昔に忘れてしまった。自動照明が仄かに照らす玄関に靴を揃えて置き、太陽にも似た橙色の光の中を突き抜ける。
暗闇の中を振り返って橙の光が消えたのを確認した。壁の左側に手を当てて暗闇の中を進む。
靴下とフローリングが奏でる音に耳を立てながら少し歩けば、リビングに出た。壁に当てていた左手をそのままズラすと、照明スイッチが丁度手の中に収まる。
電気を付けたリビングを支配していたのは静寂と孤独だった。歯を合わせ、唇を少し開け、ユックリと息を吐き出す。この行動に意味なんか無いけれど、一種のルーティンだとでも思えばいい。
身を包む月光
それは優しく、気高く、孤独である
その身自身では光を反射せず、唯あるがままにその身を晒す
夜に浮かぶ月は正しく、夜の王者と言えよう
なれば私は賞賛の声を掛け、この身を貴方に捧げるとしよう
月を見上げながら、1人唄を歌う。これは唄ではなく魔術詠唱なのだが、僕の身に変化は起こらない。これが、僕が1人で過ごしている理由である。
魔術師の家に生まれていながら魔術を使えない。そんな存在を家は許さなかったのだ。
この身体に流れるのは最良の血。混ざりひとつ無い、尊い純粋な魔術師の血。
素質はあるはずだ。才能もあるはずだ。それじゃあどうして使えない。何度も言われた言葉。
身を裂くような修練を積んだ。身体には何も異常は無い。それじゃあどうして使えない。繰り返し掛けられた言葉。
そんなもの、僕にだって分からない。
いつもと変わらない風のはずなのに、その日はとても寒く感じた。




